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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゆっくりとした冬
3532/3865

3532話

 レイを含めた一行は、その日は領主の館に泊まっていくことになる。

 話をしている時にはもう完全に外は暗くなっていたのが大きい。

 もっとも、レイを含めて多くの者が強者と呼ばれるのに相応しい実力を持っている以上、例え暗くなかったからといって、貴族街にあるマリーナの家まで戻るのはそう大変なことではない。

 しかし、今はまだトラペラの一件がある。

 レイとマリーナが……あるいはギルムにいる強者の面々がそれぞれトラペラを倒してはいるものの、具体的にまだ他にどのくらいの数がいるのか……そしてギルムに侵入したのか、分かっていない。

 また、精霊魔法を使った探知結界とでもよぶべきものはまだ展開されていない為、日中にレイ達が倒した以上のトラペラが再びギルムに侵入するという可能性は十分にある。

 そう考えると、いつ何があるのか分からないのも事実。

 だからこそ、ダスカーは事情を理解した上で、頼りに出来るだけの実力を持つレイ達には何かあったらすぐに動いて欲しい。

 だが、マリーナの家に戻ってしまうと、何かあったら呼びに行く必要がある。

 それと比べると、領主の館にいればすぐにでも動くのを要請することが出来た。

 ……勿論、そういうことになればレイ達には何らかの報酬を支払う必要が出てくるのだが。

 寧ろ今日の日中にレイとマリーナが動いたのも、本来なら報酬を貰わなければならない。

 何しろ街の治安を守るのは、警備兵の仕事なのだから。

 そして警備兵が無理なら、それこそ騎士団が出張る必要がある。

 そんな中で冒険者のレイ達に要望をしているのだから、これで報酬を出さない筈がない。


「そんな訳で私とレイに報酬が何がいいかと言われたんだけど……どうする?」


 後はもう寝るだけとなり、全員がリラックスした様子で応接室に集まっている中、マリーナがそうレイに尋ねる。

 ただ、それを聞いたレイは微妙な表情だ。


「トラペラの一件……しかも今日だけの報酬だろう? だとすれば、魔法鉱石とか、そういうのを貰うのは……」

「無理ね」


 考えるまでもなく、一瞬でマリーナがそう言う。

 マリーナの反応に、レイは不満を抱くでもなく、そうかと納得する。

 実際に動いたレイも、あの程度の働きで魔法鉱石の類をまた貰えるとは思えなかったからだ。

 穢れの一件で貰った報酬のことを思えば、そのくらいの予想はレイにも出来る。

 だからこそ、マリーナが即座に否定しても素直に納得出来たのだ。


「だろうな。となると、マジックアイテムも難しいか?」

「レイが欲しがるような貴重なマジックアイテムは難しいだろう。その辺の店で売ってるような、日常生活で使えるようなマジックアイテムならともかく」


 次にレイに向かって言ったのは、エレーナ。

 そんなエレーナの言葉も、レイには十分に納得出来た。


「そうなると……食材とか?」

「いえ、そこは強者と戦う機会でもいいでしょう」

「それはヴィヘラの希望であって、俺の希望ではないな。……そう言えば、穢れの一件で香辛料の詰め合わせとかも貰えることになっていたと思うけど、そっちはどうなったんだ?」


 話している途中でふと気になって尋ねたレイだったが、これにはマリーナがすぐに答える。


「レイの魔法鉱石を持ってきた時、香辛料も一緒に持ってきたわ。そっちは一応私の家のキッチンに置いてあるから、使おうと思えばすぐに使えるわよ? ……もっとも、ちょっと使い道が分からないような香辛料もあるんだけど。そっちはレイに頼ってもいいの?」

「無茶を言うな、無茶を」


 レイは別に料理の類に詳しい訳ではない。

 胡椒の類なら肉や魚を焼く時に使うというのは分かっているが、それ以外の香辛料となるとあまり分からない。

 もしレイが料理を趣味としているのなら、全てではないにしろ、ある程度の香辛料の使い方は分かったかもしれないが。

 それはつまり、レイが料理好きでも分からないようなマニアックな香辛料も多数あるということを意味している。


「いっそ、腕の立つ料理人を雇って、それで香辛料を見て貰ってどういう風に使うのかを教えて貰ったらどうだ?」

「やっぱりそれしかないでしょうね。……それに料理人によっては、その香辛料を見たことで新しい料理を思いついたりするかもしれないし」

「それなら嬉しいけどな」


 レイも美味い料理を食べるのは好きだ。

 料理人が未知の香辛料を使い、それによって自分が美味い料理を食べられるようになるのなら、それは非常にありがたいことだった。

 ……もっとも、未知の香辛料を使った料理がそう簡単に思いつくとは、レイにも思えなかったが。


「話がずれているぞ。レイとマリーナの報酬だろう?」


 エレーナの忠告により、そう言えば……とレイは報酬の件について改めて考える。

 とはいえ、実際にどういう報酬がいいのかと言われれば、すぐに思い浮かぶことはなかったのだが。


「マジックテントをもう一個……無理だな」

「無理に決まってるでしょう」


 何気なく呟いたレイの言葉を即座にマリーナが否定する。

 レイが使っているのもそうだが、マジックテントの類はかなり高価なマジックアイテムだ。

 その上、レイは既に一個持っているのに、それに追加して更にもう一個というのは……普通に考えて、無理だろう。

 そもそもそれ以前に、今日の報酬だけでそんなマジックアイテムを貰えると考える方がおかしかったのだが。


「となると、無難なところで何か美味い食材とかか? もしくは、領主の館で働いている料理人が、本気で作った料理とか」


 領主の館で働いている料理人とレイは顔見知りだ。

 いや、顔見知り以上……知人、あるいはもう少し上の友達には届かない友達未満といったところか。

 料理人達はセト好きが多く、セトが領主の館に来れば料理を食べさせることが多い。

 それだけに、セトを迎えに行ったレイと料理人が会うことも珍しくはなかった。

 そんな料理人達だが、具体的にどのくらい料理が上手いのかはレイにも分からない。

 ダスカーと何らかの相談をしている時にサンドイッチを出してくれたりするが、そのサンドイッチは間違いなく美味い。

 ただ、それでもサンドイッチというのはそこまで手間の掛かる料理ではない以上、それらの料理人が本気で料理をした時にはどのような料理が出るのか……レイはそれが楽しみだった。


「なるほど。それはいいかもしれないわね。いっそ、クリスタルドラゴンの肉でも渡して料理して貰う?」

「それだ!」


 マリーナの言葉に、思わずといった様子でレイが叫ぶ。

 クリスタルドラゴンの肉が、間違いなく一級品の……いや、それ以上に美味い食材だ。

 それはマリーナが料理したクリスタルドラゴンの肉を使った料理を食べたレイだけに、強い実感がある。

 だが……マリーナは料理を得意としているが、それはあくまでも一般人の趣味レベルでしかないのも事実。

 そんなクリスタルドラゴンの肉を本職の、それも領主の館に雇われているような凄腕の料理人が料理をした場合、それが一体どれだけ美味い料理になるのかは想像すら出来ない。


「俺はマリーナの意見がいいと思うけど」

「レイがそう言うのなら、それでいいかもしれないわね。……後でダスカーに言っておくけど、それでいい?」

「あー……マリーナが言うのか?」

「そうだけど? 何か不味い?」

「……俺が直接言った方がいいような気がするんだが」


 ダスカーがマリーナを苦手としてるのは、十分に理解出来る。

 そうである以上、ダスカーには自分で言った方がいいと、そう思ったのだが。


(ダスカー様には、セトの件で色々と苦労をさせるだろうし。これ以上大変な思いはさせたくないんだよな)


 レイとマリーナが帰ってきてからの話で、レイが口にしたセトならトラペラを見つけることが出来るという言葉。

 ただし、同時にクリスタルドラゴンの件もあってレイがセトと一緒に行動するとレイと接触したい者が多数現れる可能性がある。

 セトを使ってトラペラを探す場合、その点をどうするのかという問題があった。

 結局セトを使うかどうかは、ダスカーがもう少し考えさせて欲しいということで先送りとなっている。


「クリスタルドラゴンの肉を使った料理か。楽しみではあるな」

「そうですね、エレーナ様。ドラゴンの肉というのは、そう簡単に食べられるものではないですし。出来れば美味しい料理を食べたいところです」


 エレーナとアーラの会話は、聞いている者を納得させるのには十分だった。

 そうして話題は、どのような料理になるのかというものに移っていく。

 今まで自分達が食べた肉を使った料理について話し……その結果、夕食後で後は寝るまで特に何もすることがないというのに空腹となり、夜食を食べることになるのだった。






 どん、どん、どん。

 そんな音が聞こえた瞬間、レイの意識は覚醒する。

 普段であれば十分、長ければ三十分程も寝惚けていることの多いレイだったが、緊急時となれば話は違う。

 それこそ依頼を受けている最中であったり、そして今のような時であったり。

 扉をノックする……いや、拳を叩き付ける、もしくは扉を殴るというような音で目覚めたレイは、素早く起き上がると、周囲が暗い……まだ朝になっていないことを確認しながら口を開く。


「誰だ!」

「レイ、起きてくれ! ダスカー様がお呼びだ!」


 その声に、レイは素早くドラゴンローブを身に纏い、それ以外の準備もする。

 五分……どころか、一分経ったかどうかというところで部屋の扉を開く。

 するとそこには、金属鎧を身に纏った騎士の姿。

 レイにも見覚えのある騎士だ。


「ダスカー様が呼んでいる?」

「そうだ。悪いが、すぐに来てくれ」


 騎士にそう言われれば、レイも断ることは出来ない。

 そもそもの話、ダスカーが呼んでいると言われればレイに断るつもりはなかったが。


「走るぞ」


 騎士はそう言い、レイの返事を待たずに走り始める。

 そんな騎士の後をレイは追う。

 普通なら、例え夜中であってもこうして廊下を走ることは許されない。

 だが、今はそれでも急ぐ必要があるらしいというのは、レイも騎士の様子を見れば言葉にされなくても理解出来る。


(問題なのは、何で俺が呼ばれたか。……考えられるのは、やっぱりトラペラか?)


 結局セトを使ってトラペラを見つけるというのも、どうするのかというのはっきりと答えを貰ってはいない。

 とはいえ、今日は一応マリーナが風の精霊魔法で探知の結界を張るということになったのだが。

 ただし、マリーナが言っていたようにマリーナが幾ら優れた精霊魔法の使い手でも、ギルム全てを探知の結界で守ることは出来ない。

 その為、結界で探知出来る範囲はあくまでも限定されている。

 それこそマリーナの張った結界の外から移動してギルムに入った場合、トラペラの侵入を察知することは出来ないだろう。

 ……もっとも、それでもギルムの今の状況を考えれば、やらないよりはマシなのだが。

 そんな風に考えている間に、レイは何度か使っている応接室に到着する。

 ダスカーに呼ばれたということで、執務室に行くのではないかとも思ったレイだったが、その予想は外れた形だ。

 もっとも呼ばれたのがレイだけであれば執務室に呼ばれたのかもしれないが、一緒に泊まっているエレーナ達までもが呼ばれたとなれば、執務室よりも応接室に呼んだのは十分に理解出来たが。

 騎士が扉をノックすると、すぐに部屋の中に入るようにと声が掛けられる。

 そうして中に入ると……


「ワーカー?」


 応接室の中にダスカーの姿はあるのは、レイも当然だが予想していた。

 そもそも、騎士のノックに返事をしたのもダスカーの声だったのだから。

 だがそこにギルドマスターのワーカーがいるというのは、レイにとっても予想外だった。


「レイ、久しぶりですね。……出来ればこういう時ではなく、もっとゆっくりとした時に会って、食事でもしながら色々と話をしたかったとこなのですが」

「ワーカーが何でここに? いや、こんな時間にここに、か」


 これが例えば日中なら、ギルドマスターのワーカーと領主のダスカーがこうして一緒にいるのはおかしくない。

 何より、トラペラの一件で精霊魔法を使える冒険者をダスカーが欲してたのを思えば、ことの重要性を考えると、ワーカーがわざわざ領主の館に来てもおかしくはない。

 だが……今はまだ真夜中だ。

 懐中時計を出して調べた訳ではないので、正確な時間は分からない。

 それでも眠っていた時間を大体予想し、何より窓の外の闇の深さを考えると、もう少しで早朝と呼べるような時間帯ということはないと予想出来た。


(午前三時くらいか?)


 それは当てずっぽうの予想でしかなかったが、それでも何となくそう間違っているようには思えない。

 そんな時間に、一体何故ギルドマスターのワーカーがここに。

 そう思ったレイだったが、聞くよりも前にワーカーが口を開く。


「スタンピードが起きました」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ギガントタートル肉が手に入ったんだからクリスタルドラゴン肉と一緒に料理してもらえばいいじゃない。ダスカー様の分も作ってなら料理人もっと喜ぶんじゃない?
[一言] この章のタイトルが『ゆっくりとした冬』なのに全然ゆっくり出来てないね!
[一言] 未知のモンスターも出現するギルムでスタンピードって……(汗) 元々がモンスターが多い辺境でスタンピードが起こるなんて大事件じゃないですか、トラペナの出現はこの事態の前兆だったとか?
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