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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゆっくりとした冬
3531/3865

3531話

「じゃあ、これが現在集まっている分のギガントタートルの解体された肉です」


 レノラから渡されたアイテムボックス……正確にはその簡易型から取り出したギガントタートルの肉をミスティリングに収納すると、続けてレイはぶつ切りにされたギガントタートルの解体部位を渡す。

 本来なら、簡易型のアイテムボックスというのはそこまで大量に物を収納出来る訳ではない。

 だが、ここは辺境にあるギルムのギルドだ。

 いつ何があるのか分からない以上、ギルドで用意されているアイテムボックスは簡易型だが、その中でもかなりの高性能だった。

 ……そもそも、ギガントタートルの解体は結構な人数が行っているのだ。

 そうである以上、当然ながら解体される肉もそれだけ多くなるし、解体する部位も相応の量が必要となる。

 しかも、五日分纏めてとなると……その量はかなりのものとなるのは当然だった。

 当然ながら、そのようなアイテムボックスはギルドにとってもかなり貴重で、数は多くない。

 ……あるいは、それでも複数そのようなアイテムボックスの簡易版を持っているのを驚くべきか。


「じゃあ、行きましょうか。この倉庫の中にはあまり長時間いない方がいいでしょうし」

「だろうな」


 レノラの言葉に、レイは素直に頷く。

 この倉庫は、ギルドの倉庫の中でも現在は多種多様な貴重品が集められている場所だ。

 本来なら一番大きな倉庫に集められているのだが、現在その倉庫はスラム街の住人でギガントタートルの解体の依頼を受けている者達の宿泊所となっている。

 なので、現在レイ達のいるこの倉庫には大きな倉庫にあった物が置かれていた。

 その為、当然ながら多くの者にとって非常に魅力的な素材や武器、防具、マジックアイテム、それ以外にも色々とあるので、警備は厳しくなっていた。

 レノラが言うように、出来るだけ早く外に出た方がいいのは、長く中にいることで妙な疑いをされない為でもあった。

 レイとレノラは倉庫の外に出る。

 するとそこには、見て明らかに高ランク冒険者と思しき者達が複数いた。

 ……ただし、その冒険者達はレイ達に鋭い視線を向けることもなければ、声を掛けてきたりもしない。

 倉庫の外で待っていたマリーナを前に、動くに動けなかったのだ。

 冬になった今ギルムに残っているのは、基本的にギルムを拠点としている冒険者達だ。

 そしてこのような重要な倉庫の護衛として雇うのだから、ギルドからの信頼も高い。

 そのような冒険者達は、その多くがマリーナがギルドマスターをやっていた時に助けて貰っている。

 そんな恩人を前に……あるいは中にはマリーナに恋心を抱いている者もいるが、とにかくそんな者達にとってこうしてマリーナが目の前にいる以上、ふざけて仲間同士で話をしたりといったことは出来ない。

 いや、やろうと思えばやれるし、マリーナも今はもうギルドマスターではなく冒険者なのだから、特に問題はないのだが。


「待たせたか?」

「ううん。そんなに時間は掛からなかったし、問題ないわ。それで、肉の受け渡しは無事に終わったの?」

「問題なく。……じゃあ、次は領主の館だな」

「そうね。何だかんだとギルドで時間を使ったし……もう暗いし、ダスカーも待ってると思うわ。じゃあ、行きましょうか」


 マリーナの言葉に頷き、レイはレノラと軽く挨拶を交わしてからギルドを出るのだった。






「そうか。……スラム街の方にも……それで、どうだ? スラム街には他にもトラペラがいると思うか?


 領主の館にある応接室。

 そこでレイとマリーナはダスカーに事情を説明していた。

 応接室にはダスカー以外にもエレーナ、アーラ、ヴィヘラ、ビューネの姿もある。

 ヴィヘラとビューネの二人は、レイとマリーナが外に出ている間に領主の館に戻ってきたらしい。

 ……なお、トラペラを結局倒すことは出来ず残念がっていたヴィヘラだったが、トラペラの能力を思えば、見つけられなかったのはそんなにおかしな話ではない。


「取りあえず今日一日だけでそれなりにトラペラを倒した。……問題なのは、まだ生きているトラペラが、そしてギルムにいるトラペラがいることだろうな」


 ダスカーもレイ達が倒したトラペラの数に嬉しそうではあったが、同時に今日だけでギルムに侵入した全てのトラペラを倒したとは思っていない。

 レイ達以外にも、トラペラに襲撃された者は大抵が撃退に成功しているし、倒した者もいる。

 だが……レイとマリーナが出掛けてから入ってきた情報によると、何人か死人が出ているのも確認されていた。

 勿論、それが絶対にトラペラの仕業とは限らない。

 中には単純に何らかのトラブルに巻き込まれて死んだという者もいるだろう。

 日本では人が死ねば一大事で全国的なニュースにもなるが、このエルジィンにおいて人の命は軽い。

 特にここは辺境のギルムという特殊な環境である以上、人が死ぬというのは珍しくはなかった。

 勿論、それでもスラム街に比べれば人の命は大分重いのだが。

 そんな訳で、例え高ランク冒険者であっても何らかのトラブルに巻き込まれて、あるいは自分がそのトラブルを起こし、その結果死ぬというのは珍しい話ではない。


「どうにかしてトラペラを一掃出来ればいいんだが。……マリーナ、何かないか?」

「あのねぇ、無理を言わないでくれる? 精霊魔法を使っても広大なギルムだとその一部しか探索出来ないのよ?」

「マリーナくらいの精霊魔法の使い手が複数いてくれればな」

「さすがにそれは無理だと思うわよ?」


 ダスカーが何気なく漏らした呟きに、マリーナがそう返す。

 ダスカーもそんなマリーナの言葉に反論は出来ない。

 何しろマリーナは、ダークエルフとして精霊と強い親和性があり、何より世界樹の巫女と呼ぶべき存在だ。

 本人の能力と世界樹の加護により、マリーナは万能とも呼べるだけの精霊魔法の使い手となった。

 単純に精霊魔法を使うだけなら、エルフやダークエルフ、あるいはそれ以外の種族でもいるだろう。

 だが、マリーナ程に精霊魔法を使いこなす者がそうそういる筈もない。

 それはダスカーも分かってはいたのだが、それでもトラペラが複数侵入したギルムの状況を考えると、そう言いたくなるのも当然だった。


「取りあえず、他の精霊魔法使いについてはどうしたの? 侵入したトラペラを見つけるのは無理でも、トラペラが……あるいはそれ以外にも他のモンスターが侵入してきた時に察知出来るようにしておいた方がいいって話だった筈でしょう?」

「ああ、その辺については協力を要請している。……最悪、領主の権限で強制的にでもこちらの指示に従って貰う事になると思う」

「出来れば避けたいわね」

「俺もそうだよ。だが、今の状況を思えば、精霊魔法使いには可能な限り協力して貰う必要がある。……今回は強者にしか興味がなく、一般人は襲わないトラペラだったから、あまり問題はなかった。だが、それは幸運だっただけだ。もしここで一般人を襲うような普通のモンスターが襲撃してきたら、どうなると思う?」

「普通のモンスターなら、そもそも強者が揃っているギルムに近付いたりはしないと思うけどね。……まぁ、今回のトラペラのように高ランクモンスターなら話は別だけど」

「だろう。そうならない為にも、精霊魔法による結界は必要だ」

「私が言うのもなんだけど、別に精霊魔法じゃなくて普通の魔法でそういうのが出来たりはしないの? そうなれば、ただでさえ数の少ない精霊魔法使いよりも、人を揃えやすいでしょうし」


 そう言いつつ、マリーナの視線が向けられたのはレイ。

 だが、レイはそんなマリーナの言葉に首を横に振る。


「そういう魔法があるかもしれないけど、俺は使えない。ただでさえ炎の魔法に特化してるんだし」


 実際には、レイの特性は炎属性に特化しているのは事実だが、同時にそれでもレイの持つ莫大な魔力を無理矢理使って他の属性の魔法を使うことも出来る。

 出来るのだが、感覚的に魔法を使うレイにとって、そのようなことは魔法を使えるという思い、確信があってこそのものだ。

 そんなレイにとって、風の魔法のようなことが出来るかと言われれば、少し難しいだろうとレイには思えた。


「そうなると、何らかのマジックアイテムを使うとか?」

「無茶を言うな、無茶を。狭い範囲だけならともかく、ギルム全体となると一体どれだけのマジックアイテムが必要だと思うんだ」


 マリーナの言葉にダスカーがそう言う。

 実際、今回の一件で重要な意味を持つ本来のギルムに張られる結界も、考えようによってはマジックアイテムの一部と見なすことも出来る。

 その結界を張るのに、一体どれだけのコストが必要なのかを考えれば、普通のマジックアイテムで同じような効果をもたらすのはかなり難しいことなのは間違いなかった。


「ギルムにいる錬金術師なら、その辺についてもどうにか出来るんじゃない? 実際、穢れの件でもすぐにマジックアイテムを作ったんだし」

「どうだろうな。やろうと思えば出来そうだが、何もないところから新たに作るのと、現在ある物を改良して効果を増すのは同じようで違うだろう」


 レイの言葉に、マリーナが残念そうな様子を見せる。

 そんなやり取りを不満そうに見ているのはヴィヘラだ。

 何匹もトラペラを倒したレイ達と違い、結局ヴィヘラはトラペラを倒すことは出来なかったのが不満なのだろう。

 不機嫌そうなヴィヘラの様子を見て、レイは少しだけ疑問を抱く。


(トラペラは強者を狙う性質を持っている。だとすれば、何故ヴィヘラを狙わない? ……ヴィヘラが不機嫌なのは、その辺の理由もあるのかもしれないな)


 トラペラに狙われなかったということは、つまりトラペラの視点ではヴィヘラは強者とは認識されなかったということになる。

 ……単純に、ギルムには強者が多いので、偶然ヴィヘラはトラペラに遭遇しなかっただけなのではないかとレイには思えるのだが。

 とはいえ、実際にそれを口にしてもヴィヘラが素直にそれを喜べるかと言われれば微妙なところだが。


「とにかく、精霊魔法使いであってもトラペラを見つけるのはかなり重労働になると思うわ。それに、今は私もトラペラを探す方に集中した方がいいでしょう? そうなると、ギルムに上空から入ってくる相手を風の精霊で見つけられるようにするにも、手が足りないわ。かといって、私がそっちにつくと、今度はどうやってトラペラを見つけるのかという問題があるし」

「ぬぅ」


 マリーナの言葉に、ダスカーは何も言えなくなる。

 実際、今回の件はマリーナの精霊魔法が大きな頼りになるのは事実。

 しかしマリーナが一人しかいない以上、風の精霊による結界――という程に大袈裟なものではないが――か、もしくはトラペラを見つけるどちらかに集中する必要があるのは事実だった。


(マリーナが二人いれば……いや、それは絶対に却下だ)


 ダスカーは一瞬、本当に一瞬だけだが、マリーナが二人いればいいと思うも、即座にその考えを否定する。

 今この時は、マリーナが二人いれば助かるのは事実。

 だが、それが終わった後でマリーナが二人いたら……一人だけでも手に負えないのに、二人いたら、ダスカーの胃が死ぬ。

 一人だけでも扱いかねているのに、そこに更にもう一人マリーナがいたら……そう思うと、ダスカーの背筋が冷たくなる。


「ダスカー? どうしたの?」

「何でもない!」


 マリーナに改めて声を掛けられたダスカーは、慌てて首を横に振って何でもないと示す。

 だが、小さい頃からダスカーを見てきたマリーナは、そんなダスカーの態度から何か後ろめたいことを考えていたのだろうというのを何となく予想出来た。

 とはいえ、今はそれよりトラペラの対策だと、この件は今の慌ただしさが一段落してからにしようと、そう考えて突っ込まないでおく。

 そして付き合いが長いのはお互いに同様だ。

 つまり、マリーナが何か良からぬことを考えているというのは、ダスカーにも理解出来た。

 ダスカーはマリーナに向かって何かを言おうとして口を開き……


「ダスカー様、セトならマリーナ程に遠距離からトラペラの存在を把握は出来ないですけど、ある程度近ければトラペラの存在を察知することが出来ると思います」


 実際にマリーナに何かを言うよりも前に、レイがそう口を挟む。

 そんなレイの言葉に、ダスカーはマリーナに向かって開きかけた口を閉じ、少し考え始める。

 やがて数分が経過し、ダスカーはレイに向かって口を開く。


「レイ、セトがいればトラペラを見つけられるのか?」

「ある程度近くにいればですが。また、俺とセトが一緒に行動しているとクリスタルドラゴンの件で接触してくる者も出て来ると思いますので、その対策も必要だと思います」


 そう言うレイの言葉に、ダスカーは再び考え始めるのだった。

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