3525話
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「一体……何がおきたんだ?」
ゴーレムの張った赤い障壁の中から、レイとトラペラの戦い……いや、それは最早一方的な処刑と呼ぶべきか。とにかくその様子に、ベルリッヒの口からは理解出来ないといった声が出る。
ベルリッヒも、レイが何か……恐らくはモンスターなのだろうが、そんな相手と戦っていたのだということは理解していた。
理解出来るものの、だからといってそれで納得が出来るのかと言われれば、また話は別だが。
ベルリッヒも、このスラム街でそれなりに生きてきた男だ。
時折全く理解が出来ない何かがあっても、そういうものだと思う。
しかし、それこそ全く透明な……そこにいるのは分かるが、それでもどう見ても、そして死んでも透明な存在というのは、どういう存在なのか理解出来なかった。
そんなベルリッヒの様子を見つつも、レイは赤い障壁越しにマリーナに声を掛ける。
「それで、マリーナ。他にトラペラは確認出来るか?」
「……残念ながら、すぐには無理ね。ただ、今回のように私が操る風の精霊の探索範囲内に突然入ってくることもあるから、絶対にそうだとは断言が出来ないけど」
「そうか。なら、どうする? もう少しここで待機しているか? それともスラム街を中心にして、もう暫く歩き回ってみるか?」
「うーん、難しいところね。あるいは仲間が死んだことで、残りのトラペラがスラム街から出ていく可能性もあるし」
「なら、少しここで待機するか。……グルトスとベルリッヒがいれば、妙な連中に絡まれたりもしないだろうし」
「え? ……おい、本気か!?」
トラペラの存在に驚いていたベルリッヒだったが、レイの言葉が聞こえたのか我に返り、レイに向かって叫ぶ。
ベルリッヒにしてみれば、レイが何をしにスラム街に来たのか分かった以上、もうここにいる必要はない。
すぐにでもここを離れて仲間と合流しようと思っていたのだ。
だが、レイの言葉を聞く限りでは自分はもう暫くレイと一緒にいないといけないかのように聞こえる。
それが間違いであって欲しい。
そんな思いと共に叫んだのだが……
「勿論本気だ。……守ってやったんだから、恩くらいは感じてもいいんじゃないか?」
「守ったって……」
レイの言う守ったというのは、トラペラからのことだというのは、ベルリッヒにも分かる。
だが、実際にはトラペラはレイによって戦いらしい戦いにもならず、一方的に殺されたようなものだ。
「守っただろう? ……こいつから」
そう言い、レイはトラペラの死体をミスティリングに収納する。
既に戦いは終わっているので、デスサイズと黄昏の槍もミスティリングに収納されており、トラペラの死体を収納するのに困るようなことはない。
「いや、けど……守るって言っても、そいつはレイが殆ど一方的に殺しただろう? なら、別に……」
「それでも守ったのは間違いない。それとも、俺のゴーレムなしでこいつの前に立ちたかったか?」
「それは……」
そう言われれば、ベルリッヒも頷くことは出来ない。
ベルリッヒもスラム街で多少なりとも組織を率いている男だ。
スラム街で組織を率いるということは、当然ながら相応の実力を必要とする。
スラム街は実力……それも強さこそが最大の価値を持つ。
そういう意味ではベルリッヒも相応の強さを持つのは事実。
だがそれは、あくまでもスラム街の住人、それも小規模な組織での強さだ。
ベルリッヒは、自分があの透明なモンスターの前に立って無事にどうにか出来るとは到底思えなかった。
「分かった。ただし、俺は別にこの辺りを仕切ってる訳でもない。スラム街の連中が来たらレイ達に絡まないように忠告は出来るが、あくまでもそれだけだ。中には俺の忠告を無視してレイ達にちょっかいを出す奴もいるかもしれないけど、そうなったからってこっちを責めないでくれよ」
「ああ、それでいい。ベルリッヒの忠告を聞かないような奴が来たら、俺が……」
「ちょっと待った。そこは護衛の俺の出番だろう。それに俺が出れば、向こうも大人しく退く可能性はある」
グルトスの言葉に、レイはなるほどと納得する。
筋骨隆々の熊の獣人であるグルトスの外見は、かなりの迫力があった。
それでいて、外見だけではなく実際に腕も立つ。
スラム街の……それもその辺の小さな組織程度では、それこそグルトスなら一人で潰すことも出来るだろう。
「分かった。じゃあ、ベルリッヒの忠告を無視する奴がいたら、グルトスに任せる。……マリーナ、どのくらいここで待てばいい?」
最後の方はグルトスやベルリッヒではなく、マリーナに尋ねる。
マリーナはそんなレイの問いに、首を横に振る。
「具体的にどのくらいと言われても、ちょっと分からないわね。それこそレイの方でいつくらいまでと決めた方がいいと思うわ」
「そうか? ……なら、三十分程度はこの場で待機して、トラペラが出て来ないかどうか待とう」
三十分というのは、特に何か根拠があっての数字ではない。
適当に……それこそ勘でそう口にしただけだ。
とはいえ、レイにしてみればここでトラペラを待つのは三十分で十分。それ以上はスラム街の他の場所で探してみるのもいいだろうと、そのように思っていた。
レイの言葉に特に異論はないのか、マリーナもその言葉に頷く。
「分かったわ。じゃあ、そうしましょう。……このゴーレムはどうするの? 暫くはこのまま?」
「ここはスラム街だしな。それこそ、正面から来るんじゃなくて、遠距離から襲ってくる可能性もある。その時のことを考えれば、念には念を入れておいた方がいいだろ」
最初にレイ達に絡んできた者達は、強そうなのはグルトスだけだったので、そのグルトスをどうにかすればレイとマリーナはどうとでもなると思っていた。
なので、面倒が少ない正面からレイ達を襲ったのだが……そのようなことを考えず、自分達の被害を可能な限り少なくしたいと思えば、遠距離から一方的に攻撃をするという選択をする者がいてもおかしくはない。
「そうだな。俺もそうした方がいいと思う。俺が言うのも何だけど、スラム街には質の悪い連中も多い。そういう連中が何をするのかは、それこそ分かったものではないし」
ベルリッヒの言葉には強い実感がある。
このスラム街に住んでいるだけに、スラム街の住人がやるだろうことは十分に理解しているのだろう。
「じゃあ、このままで決まりだな。……後は待つだけか」
その言葉の内容に、ベルリッヒは困った様子を見せる。
ベルリッヒは、偶然レイの顔を知っていた。
だからこそレイと敵対するのがどれだけ馬鹿らしいのかを理解しており、友好的に接するという選択をしたが……それはベルリッヒだからこそだ。
最初にレイに絡んでいた者達のように、レイのことを知らない者であれば、その外見からレイ達に攻撃を仕掛けるという可能性は十分にあった。
もっとも、スラム街の中には情報に詳しい者もそれなりに多い。
特にレイは、過去にスラム街にある裏の組織……それこそベルリッヒ達程度では従うしかないような者達を相手に、大暴れして相手に手を引かせた人物だ。
スラム街にある裏の組織だけに、面子というのは大きな意味を持つ。
レイを相手に手を引くというのは、その面子を潰すことになるのだが、それでもレイと戦い続けることで受ける被害は大きく、許容出来ないと判断したのだろう。
賢く判断出来なかった組織は、結局立ち直れない程の被害を受けて、他の組織に潰されるという末路を迎えていた。
そんなレイだけに、少しでも情報に詳しい者ならベルリッヒ同様に顔を知っていてもおかしくはない。
「最善なのは、妙な連中が絡んでこないで、トラペラを追加で倒せることなんだけどな」
「……レイ、そのトラペラというのは、さっきの……透明の奴のことでいいのか?」
「そうだ。ギルムに多数侵入した高ランクモンスターだ。幸い、何故か強者にしか攻撃しないという習性を持っているみたいだから、一定以下の強さしかない奴には安全なんだが」
「そうか」
レイの言葉に安堵するベルリッヒ。
自分は勿論、自分の部下達も決して強者とは呼べない。
そういう意味では、自分達がそのトラペラというモンスターに襲撃されることはないと安堵したのだろう。
「……来ないわね」
二十分程が経過したところで、マリーナがそう呟く。
マリーナもすぐにトラペラが自分の索敵範囲に入るとは思っていなかった。
だが、それでももしかしたら……と、そのようには思っていたのだが、その予想が見事に外れた形だ。
「もしかして、さっきの一匹が最後だったか……あるいは、さっきの一匹でマリーナの操る風の精霊がどのくらいの範囲にいるのかを把握して、その範囲内には近付いてこないとか?」
「レイの言うことが正しければ、ここで待っていても意味はないわね。……少し早いけど、別の場所に移動してみる?」
マリーナの提案に、レイは少し考えてから首を横に振る。
「いや、予定していた時間まではもう少しあるし、どうせなら最初に決めた予定通りに動こう」
もう十分かそこらだ。
ここで多少の時間を使っても、この後の自分達の行動に何らかの意味があるとは思えない。
なら、そのくらいは待っていてもいいだろう。
そう判断したレイの言葉に、マリーナも異論はないらしく頷く。
「グルトスもそれでいいか?」
「構わん。俺は元々護衛として雇われてここにいるんだ。ここで少しくらい待ったところで……あるいはその少しの間でスラム街の住人の襲撃とかがあるかもしれないが、それでもさっきの連中程度なら問題はない」
「よし、決まりだな」
「ちょっと待ってくれ。俺の意見は?」
グルトスの次は自分にどうするかと聞かれるだろうと思っていたベルリッヒだったが、それがスルーされたことで反射的にそう口を挟む。
「残念ながらベルリッヒは俺達と一緒に行動して貰う予定だ。それを自分で望んだんだろう?」
「いや、それはそうだが……でも、少しは聞いてくれてもいいだろうに」
「そのつもりだったけど、トラペラだったか? それについてはもう分かったんだし、一緒に行動する必要はそこまでないと思うから、そろそろこの辺りで失礼しようかと思ってたんだが」
「一度一緒に来ると言ったんだから、この先もきちんと一緒に行動して貰うぞ」
「……ちょっと待った。この先って、もしかしてここだけじゃなくて、この先まで俺を連れていくつもりか!?」
ベルリッヒにとっては、完全に予想外だったらしい言葉。
しかし、レイは最初からそのつもりだった。
それこそスラム街での活動が終わるまで、ベルリッヒは自分と行動を共にするのだと、そうは認識していたのだ。
お互いの認識が完全にすれ違っていた形だった。
「勿論そのつもりだが? 何度かスラム街には来たことがあるけど、それでもここの住人程に事情に詳しい訳じゃない。そうなると、やはりここはお前に一緒に来て貰った方が色々と助かるし」
「嘘だろ……」
まさかという思いと共に、ベルリッヒは呟く。
レイが本気で自分を引き連れてスラム街を移動するつもりだというのを理解した為だ。
スラム街と一口に言っても、そこには小さい勢力も含めれば多種多様な者達がいる。
ベルリッヒの一党もそこそこの規模を持つが、だからといって他の勢力をどうにか出来る規模ではない。
それこそスラム街にはベルリッヒ達よりも規模の大きい勢力は幾らでもあるのだから。
そのような場所に連れて行かれ、レイの仲間として話を通し、あるいは襲ってくる者達にも止めるように言う。
(無理だ)
即座にベルリッヒはそれが不可能なことであると認識する。
そのような場所に自分がいても、それこそ意味がない……どころか、場合によってはレイの名前を借りて好き勝手に振る舞っていると思われてもおかしくはない。
「レイ、この周辺だけならともかく、他の場所に俺が一緒に行っても、それこそ足手纏いにしかならないと思う。俺がレイの名前を借りてでかい顔をしていると思われれば、本来なら友好的な関係を築ける相手だとしても、それが出来なくなると思う。だからこそ、ここは俺を連れていかない方がいいと思うんだけど、どうだ?」
ベルリッヒが必死に言葉を紡ぐ。
何とか自分がレイと一緒に行動するのを、避ける必要がある。
その為、心の底からの思いでレイに言い……
「そういうものか?」
通じた! と、レイの言葉を聞いたベルリッヒは内心で叫ぶ。
そしてそのままレイにスラム街についてのある程度の常識を話し……
「分かった。なら、ベルリッヒはここまででいいぞ」
何とかレイからそんな言葉を引き出すのだった。