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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゆっくりとした冬
3517/3865

3517話

「レイ、やはり戻ってきていたのだな」


 領主の館に入り、広めの応接室に案内されたレイに、エレーナはそう言って笑みを浮かべる。

 元々非常に整った顔立ちのエレーナだけに、満面の笑みを浮かべた時の衝撃は大きい。

 幸いなことに……いや、幸いかどうかは人によって違うだろうが、とにかくレイはそんなエレーナの笑みを見ることが多く、そういう意味ではエレーナの笑みを見慣れていたのだが……それでも少し目を奪われつつ、口を開く。


「ああ。ちょうどさっきな。……部屋の前に魔法金属の鉱石が入っていた樽が大量に置いてあって驚いたけど」

「ちょうどレイがいない時にダスカー殿の使者が持ってきてくれたのだ。どこに置くのか迷ったが……見つけられたようで何より」

「個人的にはもう少し多くてもいいと思ったんだけど……レイ、お帰りなさい」


 エレーナに続き、マリーナがレイに向かって笑みを浮かべる。

 こちらはエレーナとは違って強烈なまでの女の艶を感じさせる笑みだ。

 マリーナ本人は別にそのような笑みを浮かべようと思っている訳ではなく、自然とそのような笑みになってしまうらしい。

 ……それはつまり、マリーナが意図して艶のある笑みを浮かべた時はより破壊力が強くなると言うことを意味している。


「ああ、ただいま。取りあえず目的のゴーレムは受け取ってきた。……それでヴィヘラとビューネの二人は?」

「あの二人なら、透明のモンスターを求めて街中に向かったわ」

「それは……らしい行動ではあるけど、それだと寧ろ周囲が危険じゃないか? 俺が聞いた話だと、透明のモンスターは強者にしか攻撃をしないって話だったし」


 もし透明のモンスターが強者だけを狙うという予想が正しく、街中にいるヴィヘラを狙った場合……そうなると、ヴィヘラと透明のモンスターとの戦いによって周囲に被害が出る可能性がある。

 そのようなことにならないようにする為にも、やはりここはヴィヘラも街中に出ないで領主の館にいた方がいいのではないか。

 そうレイは思うのだが……


「私もそう言ったけど、それでも止められないのがヴィヘラでしょう? それに……まだこの件について知らない冒険者……いえ、冒険者に限らないけど、とにかく透明のモンスターについて何も知らない強者がいたら、その強者を助けるという意味でも、ヴィヘラが出るのは悪くない選択肢なのよね」

「まぁ……それはそうか。大々的に透明のモンスターについて知らせている訳じゃないらしいし」


 レイが聞いたところ、限られた者にのみ透明のモンスターについて知らせているという話だった。

 もしギルムの中にモンスターが……それも透明な為、何匹か分からないというのを知れば、一般人は間違いなく混乱する。

 また、透明のモンスターは今のところ強者にだけ攻撃するという性質を持っているのも、その判断に影響してるだろう。


「アーラから聞いた話によると、マリーナの精霊魔法を使えば一応透明のモンスターを把握出来るって話だったけど?」

「出来るかどうかと言われると、出来るわね。ただ、ギルムのように多くの人がいる場合だと風の精霊も判別が難しいのよ」

「空を飛んでる、もしくは空中に浮かんでいる奴だけを狙ってみるのはどうだ?」

「それでも、完全とはいかないわ。……勿論、何もしないよりはいいでしょうけど」


 マリーナの言葉はレイを驚かせるのに十分だった。

 レイが知ってる限り、マリーナの精霊魔法は万能とも呼ぶべき効果を発揮している。

 勿論、万能だと思ってはいるものの、本当の意味で万能ではない……マリーナにも出来ることと出来ないことがあるのは知っている。

 だがそれでも、今回の件は出来ることだろうと思っていたのだ。


「意外だな」

「あのね、レイは私を何だと思ってるのかしら? ……取りあえず、もう少ししたらダスカーが来ると思うから、その時にこれからどうするのかを相談しましょう」

「そうだな。……ダスカー様はやっぱり忙しいのか?」

「そうでしょうね。それにしても、ダスカーもこの冬くらいはゆっくりと休めるかと思っていたら、穢れの一件に、それが終わったら透明のモンスターのギルムへの侵入。……休む暇がないわね」


 そう言い、マリーナは意味ありげな視線をレイに向ける。

 いや、マリーナだけではない。

 エレーナとアーラもレイに視線を向けていた。

 その視線は、あたかもレイのせいでこのようになっていると言いたげな様子。


「そ、そう言えばイエロはどうしたんだ? マリーナの家にいなかったということは、イエロもここに来てるんだろう?」


 慌てて話を誤魔化すレイ。

 ただ、話を誤魔化す為にそう言ったものの、イエロの姿がないのを疑問に思っていたのも事実。


「イエロなら、いつもセトがいる場所に行っている。レイが来たということは、今頃セトもいつもの場所に行ってるのだろう? イエロも喜んで遊んでいる筈だ」

「ああ、そういう……イエロの性格を考えると、そんな風になってもおかしくはないか」


 イエロより長く生きており、身体も大きいセトだったが、そのセトは甘えたがりな性格をしている。

 それに対して、イエロにもそのような一面があるのだが、それ以上に好奇心が強い。

 今はその好奇心が発揮され、存分に飛び回っているのだろう。

 ……いつもはマリーナの家から出られないのに、今日は出ているというのもイエロを興奮させている理由かもしれないが。


「そうか。イエロが喜んでいるようなら何よりだ。後は、ダスカー様が……ん?」


 ダスカー様が来るまで待つだけだ。

 そう言おうとしたレイだったが、その言葉を途中で止め、扉に視線を向ける。

 レイから一瞬遅れ、他の面々も扉に視線を向ける。

 誰かが走り、この部屋に向かってきているのを感じたのだろう。

 部屋の中にいる全員の視線が扉に向けられ……やがてノックもせず、扉が開かれる。

 普通に考えれば、それはかなり失礼なことだ。

 何しろここには貴族派の象徴でもあるエレーナや、元ギルドマスターのマリーナといった二人がいる。

 特にエレーナは、ダスカーにとっても非常に重要な存在だった。

 また、レイも冒険者ではあるがダスカーの懐刀という評判が広がっている。

 そのような者達のいる場所に、ノックもなしに入ってきたのだ。

 もしこの件がダスカーに……いや、領主の館で働いている上層部に知られれば、厳しい叱責を受けてもおかしくはない。

 それどころか、首になってもおかしくはない。


「た、大変です! 訓練場に透明のモンスターが現れました!」


 ノックもなしに扉を開くと、メイドは一瞬の躊躇もなくそう叫ぶ。

 その言葉に、レイは何故メイドがこのようなことをしたのかを納得した。

 問題となっている透明のモンスターが現れたのなら、それこそノックをするという悠長な行為をする訳にはいかないだろうと。


「場所は訓練場だな? 分かった、すぐに行く」


 そう言い、部屋を飛び出すレイ。

 そんなレイを他の面々も追う。

 レイは廊下を走りながら、自分のすぐ後ろにいるマリーナに尋ねる。


「マリーナ、訓練場という限定された場所なら、精霊魔法で透明のモンスターを認識出来るか?」

「そのくらいの大きさなら問題ないわ」

「なら、倒すのにそこまで苦労はしなくてもよさそうだな。……最悪、魔法を使って広範囲攻撃をすることも考えていたけど、その心配はいらなさそうだ」


 レイの魔法を使えば、広範囲を一度に攻撃出来る。

 だが、そうして攻撃をすればモンスターも焼き尽くされる可能性が高く、モンスターの生態を調べるのは難しい。

 透明のモンスターについてはまだ分かっていないことが多い。

 それこそ可能なら生け捕りにして欲しいと思う者がいてもおかしくはない。

 レイとセトが倒した二匹は、既に解体されている。

 だが、新たに現れたモンスターの方は、それこそ数が多いだけにきちんと死体を調べることが出来る筈だった。

 レイもそれが分かっているので、生け捕り……とまではいかないが、魔法によって焼き殺すといったことはせず、デスサイズや黄昏の槍で普通に殺したいと思っている。


「任せておいて。エレーナも、何かあったらよろしくね」

「任せてくれ」


 マリーナの言葉に、エレーナは自信に満ちた声で言う。

 一行は領主の館の中を、訓練場に向かって走る。

 この時ばかりは、今が冬だったのが幸いした。

 もし春から秋に掛けて、増築工事が行われている時であれば、それこそ領主の館には大量の人員がおり、廊下にもかなりの人数が行き来してただろう。

 だが、今は冬で領主の館にいる者の数も春から秋に掛けてと比べると圧倒的に少ない。

 ……あくまでも少ないであって誰もいないのではないが、廊下を走るレイ達を見て、通り道から避けるといったことが出来る程度の余裕がある。

 もっとも、そうして道を空けたメイドや執事、あるいは事情を知らない兵士や騎士といった者達にしてみれば、一体レイ達は何をしているのだろうかと、そのように驚き、疑問に思ってもおかしくはなかったが。

 そんな面々を置き去りにしながら走り続けるレイ達は、やがて領主の館から外に出る。

 領主の館から出ても足を止めることなく、レイは訓練場に向かう。

 エレーナとマリーナ、アーラ達もそこで足を止めることなく、レイを追う。

 領主の館を飛び出してから数分も掛からず、レイは訓練場に到着する。

 そこには怪我をしているのだろう。地面に座り込んでいる者が数人……それ以外に、長剣や槍を手に周囲の様子を警戒してる騎士達の姿があった。


「透明のモンスターか!?」


 訓練場に入るなり、レイはミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を取り出しつつ叫ぶ。

 そんなレイの……そしてエレーナ達の行動に騎士の何人かは過敏に反応して武器を向けるが、それがレイ達だと知ると、すぐに周囲の警戒に戻る。


「そうだ! どこにいるのか全く理解出来ない! 前のように、偶然に頼る訳にもいかないんでな」


 レイに向かってそう言ったのは、騎士団の中でも腕利きと評されている男だった。

 金属鎧に身を包んでいるものの、その鎧には幾つかの傷がついている。

 恐らくレイもやられた、何らかの遠距離からの攻撃手段で攻撃されたのだろうと予想するのは難しくはない。

 他にも何人か、騎士団の中では上位に入る強さを持つ者達が集団となっている者達から離れて周囲の様子を確認している。


「マリーナ、この訓練場なら問題ないか?」

「このくらいなら問題ないわ」


 レイの呼び掛けに、マリーナが躊躇なくそう告げる。

 そのようなマリーナにレイは頷いて素早く指示を出す。


「じゃあ、早速頼む。倒せるのなら倒してしまってもいい」

「……出来れば生け捕りにしたいところなんだけど」


 透明のモンスターについては、まだ分かっていないことも多い。

 そうである以上、出来るだけ早くその生態を調べる必要があった。


「捕らえた後で逃がしたりしないのなら、それでも構わないと思うけど、その辺はどうだ?」

「任せて。駄目なら生け捕りにした後で殺すことになるだろうけど」

「その辺は任せる。……マリーナが精霊魔法を使うから、気を付けろ!」


 レイは騎士達にそう叫び、足を進める。

 マリーナの言う通りに出来れば、レイの仕事は特にない。

 だが、もし何らかのミスをした結果、透明のモンスターを捕らえることが出来ずに攻撃してきた場合は、レイが対処するつもりだった。

 騎士達も、マリーナの精霊魔法の技量については十分に理解している。

 マリーナが精霊魔法を使う邪魔にならないように、訓練場からレイ達の方に向かってゆっくりと……透明のモンスターを刺激しないようにしながら移動する。

 そして数十秒が経過したところで、マリーナの精霊魔法が発動する。

 ギシリ、と。

 空間からそんな音が聞こえると同時に、ドサリと何かが地面に落ちる音が周囲に響く。


「やったか?」


 おい、それはフラグだ。

 騎士の一人が呟いた言葉にそう突っ込みたくなったレイだったが、この状況でフラグがどうこうと言われても意味が分からないだろうと、やめておく。

 ただし、それでも騎士の一人がフラグを立てたのは間違いないので、いつ透明のモンスターが風の精霊の束縛から脱出しても対処出来るようにしながら、音の聞こえてきた方に視線を向ける。

 ……もっとも、モンスターは元々透明で、そのモンスターを捕らえている風もまた目で見て分かるものではない。

 レイの視線の先に、本当に透明のモンスターがいるのかどうかレイには分からない。

 気配を殺すのが上手いというのも大きい。

 ……とはいえ、透明のモンスターにしてみれば自分が捕らえられたのは分かっている以上、何とか風の束縛から脱出しようとしており……それによって、レイも気配を察知することが出来るのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 透明なモンスターは予想通り強者の集まる訓練場に現れましたか、精霊魔法の使い手マリーナがいる時に出現したのは不幸中の幸いと言えますね。 そしてマリーナの魔法によって拘束される透明なモンスター…
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