3514話
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猟師は冗談でも何でもなく、レイが猪を全て譲ると言ったのだとようやく理解する。
もっとも、これは猟師のせいではない。
寧ろ猟師の行動こそが、当然のものだった。
普通に考えれば、自分で倒した獲物をそのまま渡すというのが、有り得ないことなのだから。
あるいは知り合い同士であれば、そういうこともあるかもしれない。
だが、レイと猟師は知り合いどころか、少し前……本当に少し前にあったばかりだ。
そんなレイから猪を貰うとなると、それこそ購入するという形になるのではないかと、猟師も少しだけ心配したものの、レイは別に金に困っている訳でもない。
「じゃあ、その……助かった。本当に助かった。ありがとう!」
何度も感謝の言葉を口にし、頭を下げる猟師。
「気にするな。けど、この猪をどうやって村まで持っていくつもりだ? この大きさだと、一人で運ぶのは難しいと思うけど」
「村に行って人を呼んでくる。それまでは……取りあえず雪で隠しておくよ。多分大丈夫だろうけど、狼とかがいたら大変だろうし」
「いや、雪で隠したところで、狼なら普通に見つけそうな気がするんだが……まぁ、いい。俺が運んでやるよ」
もし猪の死体をどうするのかを聞いた時、猟師が何も考えずレイに頼んでいた場合は、レイはそれを無視してセトに乗り、この場を立ち去っていただろう。
自分をいいように使おうとする相手に付き合う義理はないのだから。
だが、猟師はレイに頼らず村に行って人を呼んでくるという選択をした。
それがレイにとっては好印象で、少し手伝ってやってもいいかという考えになったのだろう。
レイにしてみれば、巨大な猪とはいえ運ぶのは苦労しない。
猪が生きていればともかく、死んでいればミスティリングに収納出来るのだから。
猪の死体に触れ、ミスティリングに収納する。
「はぁっ!? ちょっ、おい、猪の死体はどこに!?」
いきなり目の前から猪の死体が消えたことに猟師が驚き、騒ぐ。
猟師にしてみれば、猪の肉は村に漂う憂鬱な雰囲気を吹き飛ばす為のものだ。
それがいきなり目の前から消えたのだから、それに驚くなという方が無理だった。
「安心しろ。別にどこにも行ってない。ほら」
そう言い、ミスティリングから猪の死体を取り出すレイ。
目の前に再び猪の死体が現れたことで安堵する猟師。
「一体何をしたんだ?」
「アイテムボックスって聞いたことがないか?」
「アイテムボックス……?」
「あれ?」
聞いたことがないか? と猟師に尋ねたものの、レイは猟師が間違いなくアイテムボックスについて知っているという前提で話を進めようとしていた。
実際、今まで会ってきた殆どの者はアイテムボックスを知っていたのだから。
だが……猟師の村はかなり小さい村だ。
それこそ。ベスティア帝国にあった穢れの関係者の本拠地の近く、レイが意識不明になった後で療養していた村と同規模の村だ。
人の行き来がない訳ではないが、それでもそこまで多くはない。
そのような村で生まれ育った猟師だけに、アイテムボックスについて知る機会もなかったのだろう。
「分かりやすく言えば、色々な物を収納出来るマジックアイテムだ。例えば、この猪の死体のように……」
そう言い、レイは再び猪の死体をミスティリングに収納する。
「おわ……」
猟師もこれが二度目ということもあってか、驚きの声を上げるものの、最初程ではない。
また、最初に収納された時、その猪の死体を一度出してみせたことでも安心するには十分だった。
「こんな具合に収納出来る訳だ。……さて、そんな訳でとっととお前の村に行くぞ。俺もある程度は余裕があるが、それでもそこまでゆっくり出来る訳じゃないし。……セト!」
「グルルルゥ!」
「おわぁっ!」
レイの言葉に上空から周囲の様子を警戒していたセトが、喉を鳴らしながら降りてくる。
そんなセトの姿に、猟師は驚きの声を上げる。
先程猪を追っていた時も、猟師はセトの姿を見ていた。
だが、その時は猪に追われて命の危機だったこともあってか、セトの存在に驚く余裕がなかったのだろう。
しかし、今は命の危機が去って余裕が出来た。
その余裕により、目の前のセトの存在に驚いてしまったのだろう。
「そこまで怖がる必要はない。こいつはセト。俺の相棒だ。いわゆる従魔って奴だな。お前が妙なことをしない限り、セトがお前を攻撃するようなことはないから安心してくれ」
「それは……本当にか?」
「グルゥ」
「っ!?」
まるで自分の疑問に返事をするように喉を鳴らしたセトに、猟師は思わず後退る。
……実際には、セトは言葉を理解出来るので、返事をするようにではなく、実際に返事として喉を鳴らしたのだが。
「そこまで怖がるな……というのは無理かもしれないが、それでもいつまでもここでこうしてる訳にもいかないだろう? ほら、とっと乗れ」
「……え? 冗談だよな?」
レイが乗れと言いながらセトの背に乗ったのを見れば、レイが自分に何を期待しているのかすぐに理解出来る。
出来るのだが、だからといってセトに乗れと言われてはいそうですかと頷ける筈もない。
これが例えば、ギルムにいるセト好きの面々であれば、乗れと言われれば喜んで乗るだろう。
しかし、それはセトと何度も触れ合った経験があってのことだ。
セトを初めて見たばかりでセトに乗れと言われても、その言葉に従うのは難しい。
猟師も躊躇ってはいたが……
「このままここに猪の死体を置いていくか? そうなると、取りに戻ってきた時、まだ無事とは限らないけど」
そう言われると、猟師も行動しない訳にはいかず……恐る恐るとだがセトの背に乗るのだった。
「あの村だ」
セトに乗って走ること、十分程……セトの走る速度と積もっている雪のことを考えると、レイが猟師を助けた場所からそれなりに離れた場所に村はあった。
猟師もこの十分程でセトに乗るのに大分慣れてきたのか、自分の前に座るレイに向かって言葉を続ける。
「ただ、こう言うのもなんだけど、多分あんた達は村に入れないぞ?」
「だろうな。そういうのには慣れている」
ここがもっと規模の大きな村や、あるいは街であれば、セトも普通に中に入ることが出来るだろう。
しかし、視線の先にある村は決して大きくはない。
そのような村だけに、村の外の人間に強い警戒心を抱いていてもおかしくはなかった。
レイもこれまで同じような経験をしたことがあるだけに、猟師の言葉に不満はあるものの、そういうものだと納得する。
……そもそもの話、レイは別にあの村に入りたいと思っている訳ではない。
この村にやって来たのは、あくまでも猪の死体を運ぶ為だ。
そうである以上、村の入り口に猪の死体を置いたら、あとはもうそのままここを立ち去る……いや、セトが飛ぶのだから、飛び去ればいい。
幸いなことに、今はまだ村の方でもレイ達の存在に気が付いていない。
これが春から秋であれば、近付いてくる相手を監視する者がいてもおかしくはないのだが、今は冬だ。
この寒さの中で、それこそ盗賊すらもろくに来ないような小さな村の見張りをそこまで真面目にやる者は……あの村にはいないらしかった。
「じゃあ、猪の死体はここに置いておくぞ。ここからなら村から近いし、これを運び込む人手を呼んで来る間も、他の動物とかに食われたりはしないだろうし」
「ああ、分かった。……ありがとう。本当に感謝する」
猟師はそう言うと、乗っていたセトの背から降りる。
それを確認したレイは、ミスティリングから猪の死体を取り出す。
セトが少し……本当に少しだけ、猪の死体に羨ましそうな視線を向ける。
セトにしてみれば、いつも猪の肉よりも美味いモンスターの肉を食べているのだが、それだけに普通の猪の肉も食べてみたいと、そう思うのだろう。
レイもそれは分かっていたが、まさかこの猪の肉をセトに食べさせる訳にもいかない。
この肉は、この村の住人が冬の間に食べる重要な食料となるのだから。
「ほら、セト。今日はちょっと奮発してクリスタルドラゴンの肉を食わせてやるから、そろそろ行こう。村の方でもこっちの存在に気が付いたようだし」
村の方からざわめく気配を感じたレイがそう言うと、セトは猪の肉が食べられないのを少しだけ残念そうにしながら……それでもクリスタルドラゴンの肉という言葉に反応し、その場を離れる。
そこに残された猟師は、今聞いた言葉……ドラゴンの肉と、そう言ったのを聞いて、驚きのあまり腰を抜かして雪に座り込むのだった。
「グルルルルルゥ」
上機嫌で喉を鳴らすセト。
既に周囲は暗くなっており、明かりは焚き火だけ。
……いや、今夜は冬の夜にも関わらず、空には雲はあまりない。
冬特有の澄んだ空気の中、月明かりが降り注ぐ。
そんな中、レイはセトの様子を見て笑みを浮かべる。
村で約束したように、今日は特別にクリスタルドラゴンの肉を食べたのだ。
とはいえ、レイはそこまで凝った料理が出来る訳でもないので、串に刺して焚き火で焼くといったような簡単な料理だったが。
レイの料理の腕は高くないものの、そこは食材の質が補った。
レイが作ったとは思えない程の極上の味。
……それを食べたレイは、自分が作ったにしては美味いとしみじみと思ったのだが、同時に本職の料理人がクリスタルドラゴンの肉を調理したら一体どれだけの味になるのかと、そんな風にも思ってしまう。
とはいえ、今の状況を考えるとそのようなことは意味がないと思うのだが。
取りあえずレイの作った料理でセトが満足した。
自分でも美味いと思う串焼きが出来た。
それで十分だろうと。
「ゴーレムを使う練習でもするか」
食休みを終えると、レイはミスティリングからゴーレムを取り出す。
相変わらずボウリングの球のような形状をしているゴーレムは、レイが魔力を流して起動させると、レイのすぐ側に浮かぶ。
「よし。この辺はもう問題ないな。……向こうに行ってくれ」
レイの指示に従い、ゴーレムはレイの示した方向に向かう。
「右に移動」
新たな命令に、ゴーレムは右に移動する。
その後も左、上、下、前、後ろ、斜めといった具合に、命令を続ける。
ゴーレムは素直にその命令に従って行動しており、そのことにレイは満足する。
「セト、ちょっとこのゴーレムと追いかけっこをしてくれないか?」
「グルゥ?」
レイの頼みに、セトは自分が? と喉を鳴らす。
だが、すぐに立ち上がってゴーレムに近付いていく。
「ゴーレム、セト……そう、セトに触れてみてくれ」
セトと名前を呼んだが、それでゴーレムがセトをセトと認識出来るのか、レイには分からなかった。
あるいはセトではなくグリフォンと呼ぶ必要があるのではないか。
そう思ったが、ゴーレムはきちんとレイの指示に従ってセトに近付いていく。
そのセトは、追いかけっこというレイの言葉を聞いていた為かゴーレムに触れられないように後ろに下がる。
当然ながら、ゴーレムはそんなセトを追う。
そうして始まる追いかけっこだったが、ゴーレムがセトという名前を聞き分けたことにレイは満足しながらそれを見ていた。
(とはいえ、どうやってセトをセトと認識したんだ? ロジャーの作ったゴーレムだから、俺の会話を聞いてその辺を予想したとか? ……有り得るのか、そういう事。いやまぁ、実際にこうして聞き分けている以上、何らかの手段があるのは間違いないんだろうけど)
ゴーレムが一体何をどのようにしてそのようなことが出来たのか。
それがレイには疑問だったが、こうして実際に動いているのを見れば、そのような存在であると考えるしかない。
(あるいは、この辺りがロジャーの凄さなのかもしれないな)
元エグジニスにおいて最高のゴーレムの開発者。
一時的には人を犠牲にする非人道的な手法を使う者達によってその座を奪われたが、その件が公になった為に、現在もまた最高のゴーレム開発者という扱いになっていた。
そんなロジャーが作ったのだ。
それもオークナーガの素材を使い、それをベースに開発されたという新技術も使って。
その辺りのことを考えれば、このくらいのことは出来てもおかしくはないのだろう。
そんな風に思いつつ、レイは次の命令をする。
「ゴーレム、お前から離れた場所……向こうに生えている木を中心に障壁を張れ」
そう命令してみるが、ゴーレムは動かない。
その後、色々と試してみると、あくまでも障壁はゴーレムを中心に張ることが出来るのであり、ゴーレムから離れた場所に障壁を張ることが出来ないというのが判明する。
そして今回のように無理な命令、あるいは矛盾した命令をした場合、ゴーレムは空中で動きを止めるということも判明するのだった。