3508話
ロジャーの隠れ家に上がったレイは、応接室に案内される。
もっとも、そこは名前こそ応接室となっているが、実際にはそこまで大それたものではない。
普通のリビングと表現した方がいいだろう。
「ここはいいから、お前達は休んでいてくれ」
「ですが……」
ロジャーの言葉に、護衛の二人はレイに視線を向ける。
この二人の護衛は、レイの知らない相手だ。
それはつまり、この二人もレイのことを知らないということになる。
もっとも、レイの名前は有名だ。
特にこのエグジニスにおいては、ネクロゴーレムを倒したということでかなり名前が広まっている。
だが……それはあくまでもレイを直接知っている訳ではなく、レイの噂を知っているだけだ。
ロジャーの護衛を任されている身としては、雇い主が言うからといって素直に従う訳にもいかない。
ロジャーはそんな護衛達の様子に不愉快そうに眉を顰める。
ただ、護衛達が自分の仕事をこなす為にそのようなことを言ってるのは分かっているので、実際にその不満を口に出すようなことはなかったが。
(意外だな)
そんなやり取りを見ていたレイは、表情には出さないようにするものの、少し驚く。
レイが知っているロジャーは、錬金術師としては間違いなく才能がある。
それが天才と呼ばれるレベルなのか、あるいは秀才止まりなのかは分からないが。
ともあれ、才能があるからこそある程度好き勝手に出来ていた。
もっとも、レイが初めてエグジニスに来た時は、新型のゴーレムに性能面で押されていたが。
ただ、その新型のゴーレムは人を犠牲にするようなものであり、それが表沙汰になってしまった以上、ロジャーが再びこのエグジニスにおいてゴーレム作りの第一人者といった扱いになったのは間違いない。
だからこそ、自分が気にくわないことがあれば苛立ちを露わにするかもしれないと思っていたのだが、レイの視線の先にいるロジャーはそのようなことはせず、言い聞かせるように護衛に向かって言う。
「レイは俺の知り合いだ。それに……こう言うのも何だが、レイは強い。もし本人にその気があるのなら、それこそお前達がいてもいなくても関係ないだろう」
「それは……」
痛いところを突かれたといった様子で、護衛の一人が呻く。
実際、ロジャーの言葉は間違っていない。
ロジャーの護衛を任されるだけあって、この二人も相応の実力者なのは間違いない。
その辺のチンピラ程度なら余裕で倒せる実力は持っているだろう。
だが……それでも、レイが見たところではランクCの上……もしくはどんなに頑張ってもランクBの下といった程度の実力しかない。
普通に考えれば、かなりの実力者なのは間違いないものの、だからといってレイがロジャーに何かをしようとしたからといって、それを防げるかとなれば話は別だ。
「分かるだろう。レイが私に危害を加えようとした場合、お前達がいても紙の盾程度にしかなれない。それに……レイはそのようなことをする相手でないのは、多少なりとも付き合いのある私が知っている」
セトには危害を加えられたけどな。
初めて会った時のことから、そう突っ込もうかと思ったレイだったが、それはそれで面倒なことになりそうなので止めておく。
レイがロジャーと初めて会ったのは、ロジャーが新型のゴーレムに対抗する方法を探していたところに、セトを……グリフォンを見つけ、その素材を入手しようとしたというものだった。
当然ながらセトがそのようなことを許す筈もなかったが。
(そう考えると、こうして良好な関係……取りあえずゴーレムの製造を頼めるくらいになったのは、悪くない結果だよな)
しみじみとレイが考えている間に、ロジャーは護衛の説得を終えたらしい。
二人の護衛は完全には納得した様子がなかったが、それでも部屋から出ていく。
そうしてロジャーと二人になったところで、レイは気になっていたことを尋ねる。
「前の護衛はどうしたんだ?」
「結婚やら実家の商売を継ぐやら、そんな感じでな」
「あー……なるほど。喜んでいいのかどうかは微妙なところだが」
本来なら喜ばしいことなのだろうが、結果としてロジャーが信頼していた護衛がいなくなってしまった。
そういう点ではマイナスだろう。
「そういう訳で、今はあの二人と……今日は休みだが、他にも二人護衛がいる。腕は悪くないものの、性格が少し頑固でな」
「そんな感じだったな。けど、普通に護衛として考えた場合は悪くないんじゃないか?」
「そうだな。しかし、もう少し融通を利かせてくれてもいいだろう」
その辺が不満らしい。
ロジャーの様子に笑みを浮かべながら、レイはミスティリングの中から果実を幾つか取り出す。
夏が旬の果実で、本来ならこの季節に食べるにはドライフルーツにするくらいしか方法がない、そんな果実。
だが、レイのミスティリングであれば、冬であっても新鮮な果実をそのまま食べられる。
「ほら、これでも食べて少し落ち着け」
「む……これは……分かった」
ロジャーもその果実については知っていたらしい。
果実を渡され、それを食べることで多少は落ち着いた様子を見せる。
「それで……俺がいなくなってから、エグジニスも大分復興したな。正直なところ、正門を見た時にはここが本当にエグジニスかどうか迷ったくらいに」
「その辺はゴーレムの力だな」
レイの言葉に自慢げな様子を見せる。
エグジニスという街に色々と思うところはあれど、やはりゴーレムを作る錬金術師として思うところがあるのだろう。
「ちなみにロジャーの作ったゴーレムも活躍したのか?」
「当然だろう。私のゴーレムがいなければ、エグジニスの復興がここまで早く終わらなかった……というのは少し大袈裟かもしれないが、それでも大きな力になったのは明らかだ」
自慢しているその様子に、レイはそうだろうなと頷く。
ロジャーの錬金術師としての腕は決して伊達ではない。
エグジニスにはロジャー以外にも多数の錬金術師がいる。
だが、レイが知ってる限りではロジャーの技量を上回る錬金術師は……いるかどうか分からない。
エグジニスにいる錬金術師の数を考えると、実はロジャーより腕利きの錬金術師がいてもおかしくはなかったが。
「そうなると、ロジャーの名前も大分有名になったんだろうな」
「元から私はそれなりに有名だったのだがな」
レイの言葉に少し不満そうな様子を見せるロジャー。
ただ、本当に心の底から不満に思っているのなら、それこそ怒鳴りつけてもおかしくはない。
そのようなことをしていない時点で、ロジャーがレイに気を許している証なのだろう。
「とにかく、エグジニスがここまで復興したのは凄いと思う。ギルムでの増築工事も、ゴーレムを使えばもっと早く出来そうな気がするけど」
「ギルムには行ったことがないので正確には分からないが、一般的な街並みと同じだと考えれば、恐らくそうなるだろう。もっとも、ギルムの大きさは噂で聞く限りはかなり大きいと聞く。エグジニスと比べても大きいのだろう?」
「そうだな。それは否定出来ない」
エグジニスもゴーレム産業が盛んという関係もあり、普通の街と比べても明らかに大きい。
大きいのだが、それでもギルムと比べればかなり小さい。
正確に調べた訳ではないので、詳細なところは分からないが、ざっとレイが上空から見た感じだと、エグジニスはギルムの三割程の大きさ……あるいはもう少し大きいかもしれないが、それでも半分には届かないだろう。
これはエグジニスが小さいのではなく、単純にギルムが大きいのだ。
ましてや、そのギルムは現在増築工事が行われており、それが完成すれば更に大きくなる。
ギルムと他の街の間では、同じ街という規模であってもどうしても違ってきてしまう。
「それだけの規模の場所の工事をするとなると、ゴーレムも大量に必要になる。そのゴーレムをこのエグジニスから、どうやってギルムまで運ぶかという問題も多い。ましてや、それだけ大量のゴーレムを運んでいるのを盗賊に知られれば、間違いなく襲撃されるだろう」
「それは……俺がミスティリングに収納して運べばいいんじゃないか?」
レイの口から出た言葉は、ロジャーにとっても予想外の言葉だったのだろう。
一瞬動きを止める。
「そうか。レイはアイテムボックス持ちだったな。それも量産した物ではない奴を」
ロジャーも、アイテムボックスを使ってゴーレムを運ぶというのは考えたことがある。
だが、一般的に使われている――それでも非常に高価で希少品なのだが――量産されたアイテムボックスは、レイの持つミスティリングと違って、収納出来る量が限られていたり、時間の流れもそのままだ。
特に前者の収納出来る量は、どうしてもそこまで大きくは出来ない。
そうなると、当然ながらその大きさに入るゴーレムしかアイテムボックスで運べないということを意味していた。
「そうなる。だから俺なら大量のゴーレムを運ぼうと思えば運べるな」
「話は分かった。だが、その件についてはレイが勝手に決められることではないだろう?」
「ダスカー様に聞く必要があるな」
「では、ここで私達が話していても、意味はない。もし本当にそのようなことに挑戦したいと思うのであれば、実際に権限を持つ相手を説得してからにしてくれ」
「分かった。それに……俺がいないと色々と問題があるという時点で駄目だろうし」
「レイがいないと? それは一体どういう意味だ?」
「春になったら、俺はミレアーナ王国ではない場所にある迷宮都市に行くことになっていてな。今日こうして注文していたゴーレムを引き取りにきたのも、掃除用はともかく防御用のゴーレムはダンジョンの中で使えると思ってだし」
「……なるほど」
レイの言葉に頷きつつ、ロジャーは羨ましそうな表情を浮かべる。
ロジャーにとっても、ダンジョンというのは挑戦してみたい場所なのだろう。
レイにとっては少し意外だったが。
レイから見たロジャーというのは、それこそ錬金術……より正確にはゴーレムの研究をしていれば満足出来るという相手だった。
そんなロジャーがダンジョンに興味を持つというのは、一体どういうことなのかと。
「ロジャーもダンジョンに興味があるんだな。何を目当てにしてだ?」
「色々とある。私もそれなりにロマンには興味があるし、私のゴーレムがダンジョンでどれだけ戦えるのかが気になるし、それ以外にもダンジョンでは珍しいモンスターが出るので、そのモンスターの素材や魔石によってゴーレムの新技術を生み出せるかもしれない。それにダンジョンではマジックアイテムが見つかることも多いと聞く」
立て板に水といった様子で、ロジャーはダンジョンについて話す。
その様子を見る限り、ロジャーは本当に……それこそ心の底からダンジョンに興味があるらしい。
「そこまでダンジョンに興味があるのなら、別に俺が行くような迷宮都市じゃなくても、どこか他のダンジョンに挑んでみたらいいんじゃないか?」
「……それが許可されると思うか?」
「ロジャーの立場を考えれば難しいか」
ロジャーは凄腕の錬金術師だ。
そのロジャーを雇っている工房にしてみれば、まさに金の卵を産む鶏といったところか。
一時期は新型のゴーレムに負けていたものの、そのゴーレムが人を生け贄にしなければならない仕組みで、それが公になった以上は当然ながら禁止されている。
そうなると、やはりロジャーはエグジニスにおいても高性能なゴーレムを生み出すことが出来る人物なのだ。
そんなロジャーが、場合によっては命の危険があるだろうダンジョンに行きたいと言っても、そう簡単に許可される筈がない。
「いっそ黙って行くのはどうだ?」
「無理だろう。私がダンジョンに挑むとなると、戦力としてゴーレムは必須だ。そしてゴーレムを持ち出すのだから、誰にも知られずにそのようなことが出来る……といったことには、まずならない」
「ゴーレムに拘るとそうなるのか。だとすれば、それこそ粘り強く交渉して許可を貰うしかないな。あるいは不測の事態があってもロジャーの安全を確保出来る腕利きの護衛を雇うとか」
「そこはパーティを組むとかじゃないか?」
「ロジャーの安全を第一に考えるのなら、それはパーティじゃなくて護衛だと思うけどな。……まぁ、その辺はいいとして、そろそろ注文したゴーレムを見せてくれないか? それとも、実は工房にあるとかか?」
「いや、こっちに持ってきてある。そこまで大きなゴーレムではないしな」
「なら、頼む」
レイの言葉に、ロジャーは自信満々といった様子で笑みを浮かべるのだった。