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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゆっくりとした冬
3507/3865

3507話

「ここだな」


 ロジャーの隠れ家は、以前レイもエグジニスにいた時に何度か行ったことがあったので、特に迷うことなく到着する。


「……何もなかったな」


 そのことに少しだけ不気味なものを感じながら。

 レイの場合、特に何も騒動に巻き込まれず平穏無事というのは珍しい。

 実際には宿屋の銀の竪琴亭でどこかの商会の若旦那に絡まれたりもしたのだが、その件については宿の従業員と若旦那の護衛によって特に大きな騒動になることもなかったので、取りあえずあの一件は騒動ではなかったということにしてある。

 普通の者にしてみれば、それは間違いなく騒動だ。

 だが、レイにしてみれば特に自分が暴れるようなこともなく、怪我人も出なかったので、騒動とは考えていなかった。

 そして街中を歩いている時も、ロールサンド……エグジニスにおいてはマガメム焼きと呼ぶらしいが、その屋台で買い物をした以外は特に何も起きてはいない。

 レイ以外の者にしてみれば、それは普通のことだろう。

 だが、レイにとってはここまで何も起きずに目的地に到着出来たことで、エグジニスに来る時も特に何も騒動がなかった関係もあり、平穏無事なことを喜ぶと同時に何かの前触れではないかとすら思ってしまう。

 ある意味、トラブル誘引体質の悪影響に近い。

 自分が何のトラブルもなく、こうして予定通りに行動出来ることは、レイにとってそれだけ驚くべきことなのだ。


「まぁ、その辺は考えなくてもいいか。なるようになるだろうし。まずは……」


 ロジャーの隠れ家の扉をノックする。

 コンコン、という扉を叩く音が周囲に響く。

 だが、十秒、二十秒、三十秒……一分、二分と経っても誰かが出てくる様子はない。


「いないのか?」


 そう呟くも、隠れ家である以上はロジャーがいなくてもおかしくはない。

 元々いない可能性は十分にあると考えた上で隠れ家にやって来たのだから、少し残念に思いつつも隠れ家の前で待つ。


(隠れ家だけに、今日来るとは限らないけど……そうだな。もし今日来なかったら、明日は工房の方に行ってみるか。さすがに向こうでなら、ロジャーがいるか、あるいはいなくてもどこにいるのか分かるだろうし)


 もう少し待ってロジャーが来なかったら、銀の竪琴亭に戻ろう。

 そう思っていたレイだったが……


「ん?」


 ふと視線を感じる。

 その視線の主はと顔を上げると、レイの方に近付いてくる二人の男の姿。

 ……これが例えば、チンピラの類なら小柄でドラゴンローブの隠蔽の効果によって普通のローブを着ているように見えるレイだけに、いいカモだと思われたと判断したかもしれない。

 だが……レイに視線を向け、近付いてくる二人が警備兵の格好をしているとなれば、話は別だ。


(あー……うん。しょうがないか。怪しむなって方が無理だし)


 現在の自分の状況を客観的に考える。

 中に人がいるのかどうかは分からないが、その家の前で一人の男が……それも警備兵にとって見覚えのない男が、特に何をするでもなく立っているのだ。

 門番をしていた警備兵であれば、あるいはレイであると認識したかもしれない。

 あるいは門番からレイが来たという情報を聞いた者であれば、レイではないかと認識出来たかもしれないが……残念ながら、警備兵達はそのような情報を聞いておらず、レイを不審者と認識していたのだ。

 どうするべきかとレイが考えている間に、二人の警備兵はレイに近付いてくる。

 出来ればこのまま自分の前を通りすぎて欲しい。

 そのように思っていたレイだったが、残念なことに警備兵達はレイの前で足を止める。


「君、この家に何か用があるのか?」


 警備兵の一人が、レイに向かってそう尋ねる。

 その様子は、何か怪しいところがあれば即座に確保すると、そう示しているように思える。

 出来ればこれ以上面倒なことにならないで欲しい。

 そう思いながら、レイは口を開く。


「ああ。この家の住人と会う約束をしていたんだ。けど、来て見たら留守でな。どうすればいいか迷っていたところだ。このまま待つか、一度銀の竪琴亭に戻るか」

「……銀の竪琴亭?」


 その名前を聞いた警備兵の一人が、戸惑った様子を見せる。

 警備兵にしてみれば、レイはそれこそこの家に空き巣に入ろうとしているように見えたのだ。

 だからこそ、こうしてレイに声を掛けたのだが……まさかそのレイの口から、銀の竪琴亭という名前が出て来るとは思わなかったのだろう。

 警備兵である以上、当然ながら銀の竪琴亭がどのような宿なのかは知っている。

 そのような宿に泊まっている以上、空き巣をするとは思えない。

 とはいえ、それはあくまでもレイが本当に銀の竪琴亭に泊まっていればの話だ。

 銀の竪琴亭がどのような宿なのかを知っていれば、それだけにレイに対する疑惑が強くなる。

 ドラゴンローブの隠蔽の効果で、現在のレイは普通の……魔法使い初心者が着るようなローブを着ているように見えている。

 街中をただ歩くだけなら問題はないが、銀の竪琴亭に泊まっているような人物がそのようなローブを着ているのは明らかにおかしい。

 警備兵達にしてみれば、レイが自分達から逃げる為に適当なことを言ってるのではないかとすら思う。


「銀の竪琴亭か。いいところに泊まっているな。あの宿にある家具はどれも高級で、俺達は触るのをも怖いくらいだよ」


 そう言い、警備兵は銀の竪琴亭について色々とレイに聞いてくる。

 本当に銀の竪琴亭に泊まっていれば分かるだろうと、そのようなことを尋ねる警備兵。

 ただ、レイが銀の竪琴亭に泊まってるのは間違いないものの、それでも今日エグジニスに来て、銀の竪琴亭にも今日初めていったばかりだ。

 ましてや、部屋で少しゆっくりしたところですぐにロジャーに会う為に宿を出て来た。

 そうなると、銀の竪琴亭についてそこまで詳しい訳ではない。

 その為、警備兵の質問には答えられない者も多く、それによって警備兵がレイに向ける疑惑の視線はより強くなっていく。

 元々がレイが怪しいという前提での質問なので、質問をしながらも警備兵はお互いに視線を交わす。

 既に警備兵の中では、レイが銀の竪琴亭に泊まっているのは嘘だと認識していた。

 後はいつ話を打ち切るかだが……


「レイ? もしかしてお前はレイか?」


 不意にそんな声が周囲に響く。

 自分の名前を呼ばれたこともあり、レイは声のした方に視線を向ける。

 するとそこには、レイが待っていた人物……ロジャーの姿があった。

 ただし、連れている護衛は以前レイがエグジニスにいた時とは違う二人だ。

 その護衛の二人は、レイを信じられないといった視線で見る。


(ん? 不審とかそういうのじゃなくて……何でこんな視線なんだ? いや、もしかしてロジャーから俺の話を聞いていたのか?)


 護衛の視線について疑問に思うレイだったが、すぐに予想を立てる。

 レイの目から見て、ロジャーは決して人当たりのいいタイプではない。

 ……もしロジャーがそれを知れば、お前が言うなと突っ込んでもおかしくはないが。

 ともあれ、ロジャーに友人はいない……訳ではないだろうが、それでも数は決して多くないだろう。

 そんなロジャーだけに、自分の友人――ロジャー本人がレイを友人と認めるかどうかは別として――のレイについての話を護衛にしてもおかしくはない。

 その際は、友人ではなく知人といった表現を使ってのものだろうが。


「貴方は……ロジャーさん!?」


 レイを怪しんでいた警備兵だったが、このエグジニスでも有名人のロジャーのことは知っていたので、その名を呼ぶ。

 驚きの色が強かったのは、まさかここでロジャーのような有名人に会うとは思っていなかったからか。

 そして同時に、ロジャーが呼んだ名前もこの場合は大きな意味を持っていた。

 レイ、と。ロジャーは間違いなくそう呼んだのだ。

 レイという名前そのものは、そこまで珍しいものではない。

 このエグジニスでも、恐らく同じ名前の者が数人いてもおかしくはない程度にありふれた名前だ。

 だが、それを呼んだのがロジャーとなると、少し話は変わってくる。

 ロジャー程の有名人の知り合いが、こうしてレイの名前を呼ぶのだ。

 そしてロジャーとレイという組み合わせは、ネクロゴーレムの件もあってそれなりに知られている。


「その……申し訳ないが、君は異名持ちの冒険者だったりするのか?」


 恐る恐る……出来れば違っていて欲しい。

 そんな思いから、警備兵の一人がレイに向かって尋ねる。

 この時、ロジャーに尋ねなかったのは、ロジャーの口からレイの正体を聞くよりは、レイから直接聞いた方が自分のダメージが少ないと思ったからだろう。

 また、それだけではなくロジャーに聞けばロジャーの知り合いを怪しんでいたということでロジャーを不機嫌にしてしまうかもしれないという思いもあったのだろう。

 そんな警備兵達の考えを理解しているのかいないのか、レイは特に気にした様子もなく頷く。


「ああ、深紅の異名がある。……ちなみにこれがギルドカードだ」


 ミスティリングから取り出したギルドカードを警備兵に見せる。

 そして警備兵達も門番をやる機会があるので、それなりにギルドカードを見る機会はある。

 レイから渡されたギルドカードが偽物ではないのは、自分の目で見れば明らかだった。


「失礼しました。ずっとここにいたようなので、一体何をしているのか疑問に思って聞いたのですが……まさか、エグジニスの恩人の深紅のレイ殿だったとは思いませんでした」


 ギルドカードを確認して、それが本物だと判断し……そして何より警備兵が口にしたように、エグジニスの恩人とも言うべきレイだと知り、警備兵の態度は一変する。

 そんな警備兵の態度に思うところがあったレイだったが、一軒の家の前でこうしてずっと待っていたのは事実だ。

 それを見た警備兵が怪しんだと言われれば、そういうものかと納得するしかない。


「気にしなくてもいい。客観的に見た場合、俺が怪しかったのは間違いないし。それより、疑いが晴れたのならもういいか? 俺はロジャーに用件があってここで待ってたんだし」

「あ、はい。では私達はこの辺で失礼します」


 そう言うと、二人の警備兵は同時に頭を下げる。

 そのタイミングは全く一緒で、その為の訓練でもしてるのではないかと思える程だ。

 ただ、レイもその件にわざわざ突っ込むようなことはしなかったが。

 そのお陰もあってか、それ以上は特に騒動らしい騒動が起こることもなく、警備兵達は自分の仕事に戻った。

 その後ろ姿を見送っていたレイは、警備兵が離れたところで改めてロジャーに視線を向ける。


「久しぶりだな、ロジャー」

「ああ、本当に久しぶりだ。……ゴーレムを頼んでおきながら、全く取りに来る様子もなかったから、すっかり忘れていたのかと思ったぞ」


 若干の呆れが込められた視線が向けられるが、レイはそんなロジャーに落ち着かせるように口を開く。


「悪いな。こっちもこっちで色々とあったんだよ」

「……レイのような異名持ちなら、そういうこともあるのかもしれないな」


 実は異名持ちとかそういうのは全く関係のないところで忙しかったのだが、それをわざわざ言う必要もないだろうと、レイは忙しかった件……具体的には穢れであったり、妖精については何も言わない。

 ロジャーの性格を考えれば、穢れについてはともかく、妖精について知ればそこに興味を持ってギルムまでやって来るといったことになりかねないと判断した為だ。


「そういうこともあるんだよ。で、その忙しい件もある程度片付いたから、こうしてゴーレムを受け取りに来たんだ」

「冬になってからか? いや、こっちで保管してあったゴーレムを渡せるという意味では助かるが、わざわざ冬になってからこなくてもいいと思うが」

「春になったらちょっと迷宮都市に行く予定があるんだよ。冒険者学校の教官という役割だが、それでもダンジョンに挑めるだろうから、その時に防御用のゴーレムがあったら色々と役立つんじゃないかと思って、今のうちに取りに来た」

「ほう」


 迷宮都市やダンジョンという言葉に、ロジャーの目が鋭く光る。

 あ、これもしかして失敗したか?

 そう思ったレイだったが、もう言ってしまった以上は仕方がない。

 それに迷宮都市は、迷宮都市でもミレアーナ王国にある迷宮都市ではなく、ミレアーナ王国の周辺国……より直接的に表現をするのなら、従属国とでも呼ぶべき国だ。

 もしロジャーがダンジョンに興味を抱いても、自分が行く迷宮都市に顔を出すことはないだろうと、レイは自分を安心させる。


「色々と詳しい話を聞きたいところだし、ゴーレムの受け渡しもある。取りあえず中で話をしないか」


 ロジャーのその言葉に、レイは頷くのだった。 

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