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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゆっくりとした冬
3501/3865

3501話

 ギルドを出たレイ達が向かったのは、それなりに離れた場所にある解体屋だった。

 解体屋という仕事をしている以上、場合によっては大きなモンスターを解体する必要も出てくる。

 今回のギガントタートルのようなモンスターは例外にしろ、熊くらいの大きさのモンスターともなれば、荷馬車で運ぶといったことをする必要がある。

 そうなると、やはり人の多い大通りよりは人通りがあまり多くない場所で解体屋をやるのが最善の選択だった。

 解体屋に解体を依頼するのは、基本的に希少なモンスターであったり、大きくて自分達で解体するのは難しいと判断されるモンスターが多い。

 そのようなモンスターを運ぶ時、人の多い場所を移動したいとは思わないだろう。

 もし何らかの事故があってモンスターの死体が損害を受ければ、素材となる部位に悪影響が出る可能性もある。


「俺が魔の森のモンスターの解体を頼んだところも、ギルムではかなり端の方にあったな」

「そうでしょうね。利便性を考えれば、やはりそうなるかと」

「でも、こういう場所にあるから時々馬鹿なことを考える人がいるのも事実なのよね」


 レイとレノラの会話に、ケニーがそう口を挟む。

 馬鹿なこと? と視線を向けると、ケニーが困ったような笑みを浮かべつつ言葉を続ける。


「解体屋に運んでいるモンスターの死体は希少なモンスターの可能性があるでしょう? 中には、そんな死体を運んでいる冒険者を襲って死体を奪おうとする人もいるのよ」

「それは……また……」


 呆れたようにレイが言葉を発する。

 希少なモンスターを倒せるということは、その冒険者達は当然ながら相応の強さを持つということだ。

 そのような冒険者達を襲うのだから、それは馬鹿げているとすら思える。

 モンスターを運んできた以上、そのモンスターと戦った疲れもあるだろうし、精神的にも体力的にも消耗していてもおかしくはない。

 そういう意味では、全力の相手に挑まなくてもいいのだろうが……だからといって、それでも強い冒険者を襲って勝てるかどうかはかなり分が悪いだろう。

 そもそも、そのようなことが出来る実力があるのなら、捕まる危険のあるような襲撃ではなく、自分達でモンスターを倒した方が手っ取り早い。


「成功率は低いらしいけどね」

「だろうな」


 そうして話をしながら歩き続けると、やがて目的の場所に到着する。

 それなりに大きな建物なのは、大きなモンスターを解体することも出来るようにと考えてのことだろう。

 そんな解体屋の前には、冒険者が一人いた。

 それは解体の依頼を受ける為に臨時で冒険者になったようなものではなく、相応に腕の立つ冒険者だ。

 解体をする者達がこっそりと肉や素材を盗んだりしないように見張りをしたり、ギルド職員の護衛を請け負っていたりもする冒険者となる。


「あ、レノラさん。ケニーとレイも。待ってましたよ」


 真っ先にレノラの名前が出るところに、男が誰を重視しているのかがしっかりと表れていた。

 とはいえ、冒険者として受付嬢と接する機会が多ければ、それはそう不思議なことでもない。

 接する機会が多くなる相手に好意を抱きやすくなるのは自然なことなのだから。

 ましてや、レノラの名前を先に呼んだからといって、レイを敵視している訳でもない。

 そういう意味では穏当なレノラのファンだった。


「すいません、少し待たせてしまったようですね。……それで解体の依頼を受けた人はもう全員解体所に?」

「はい。ただ、ギルド職員の人に聞いてみたところ、何人か来てない人もいるようです」

「それは仕方がないでしょうね。では、中に入りましょう。他の場所にも回らないといけないので、レイさんから解体する部位を出して貰うのは早くして貰わないといけませんから」


 解体をするにも、解体する部位がなければ、そもそも解体出来ない。

 それは当然のことである以上、まずレイは自分の持っているギガントタートルの一部を次々に渡していく必要がある。

 五日分である以上、それなりに多くの解体用部位を置いていくべきだろう。

 レノラの言葉に従い、レイ達は建物の中に入っていく。

 そんな中、ケニーはここで待っていた冒険者を見て意地悪い笑みを浮かべている。

 レノラと一緒に行動することの多いケニーだけに、男がレノラにどのような想いを抱いているのかは知っている。

 そしてレノラが男に対してあくまでもギルドにいる冒険者の一人としか思っていないことも。

 とはいえ、ケニーとしてはその件について特に指摘するつもりはない。

 その方が面白いからというのもあるが、同時に自分が口出しすべきことではないと思っているのが大きかった。

 もしレノラが男に告白され、その件で相談されれば話も変わるだろうが。


「結構広いな。……これなら二十人くらいは余裕で仕事が出来るか」


 建物の中にある、解体をする場所にやって来たレイは周囲の様子を確認しながらそう呟く。

 バスケットボールのコート一面分くらいの大きさの部屋の中には、解体に使うのだろう台の類が幾つか並んでいる。

 ただ、以前レイが解体屋に訪ねた時には、解体をする場所には他にも解体用の道具の類が多数置いてあった筈だが、この建物の中にはそれらしい道具はない。

 いや、多少の道具は置かれているものの、それは解体を専門にしている者達が使う道具として考えれば、明らかに少ない。


「ちなみに、レイ君が見ている解体用の道具はギルドで用意した物よ。自分の解体道具があるのならともかく、そういうのがない人にはギルドが貸し出すことになったの」

「……スラム街の住人が多いしな」


 ケニーの言葉に、解体の依頼を受けた者達に視線を向ける。

 全員がそうだという訳ではないが、半分……いや、七割から八割くらいは恐らくスラム街の住人なのは間違いないだろう。

 勿論、スラム街の住人であっても、何かあった時の護身用に……場合によっては人を襲う時に使う為に、短剣の類を持っている者はいるだろう。

 だが、解体をするとなると、そのような短剣では不衛生というのもあるし、何よりやはり解体用に作られた刃物と比べると解体の効率が落ちる。

 ギルドとしては、綺麗に……そして出来るだけ素早く解体を行って欲しいと考えているのだろうから、相応の道具を用意するのは当然だった。


「けど、中には渡された道具をそのまま自分の物にしたりするような奴もいるんじゃないか?」


 いわゆる、借りパクという奴だ。

 レイも日本にいた時、小学校の頃にゲームを友人に貸したら、その友人が誰かに又貸しした結果、結局そのまま返して貰えなくなったという事がある。

 そのような経験がある以上、借りパクというのはあまり好ましくは思えない。


「そういうことを考える人がいるのは否定出来ないわ。けど、何の為に護衛の冒険者を雇っていると思うの? それに少し考えられるような人なら、そんなことをするよりも普通に解体の依頼を続けた方が報酬は高くなるとわかるでしょうし」

「そんなのを考えられない奴も結構いると思うけどな」

「そういう人は、容赦なく切るでしょうね」


 この場合の切るというのは、首にするという意味の切るであって、物理的な意味での斬るではない。

 レイもそのことは分かっていたが、今の様子からするともしかしたら……という風に思えた。


「レイさん、こちらに」


 ケニーと話していたレイは、レノラに呼ばれてそちらに向かう。

 そこにはレノラの他にギルド職員が二人、あとはこの解体屋の従業員……いや、その外見から職人と表現した方が相応しい中年の男の姿がある。

 その三人は、レイを見るとすぐに頭を下げてくる。

 職人風の男は、本来なら頑固な性格をしており、こうしてすぐに頭を下げるようには見えない。

 だが、レイを相手にした場合は素直に頭を下げた。

 これは冒険者としてのレイを尊重してのこともあるし、何よりギガントタートルを倒したということについて深く思うところもあったのだろう。


「レイさん、早速ですがギガントタートルの解体する分を一つ取り出して貰えますか? それを見てから、一日分の解体を決めたいと思いますので」

「分かった。どこに出せばいい? 床でいいのか?」


 尋ねるレイに、レノラは職人に視線を向ける。


「どうします?」

「どのくらいの大きさだ? それによって変わる。ギガントタートルは俺も見たが、そのまま足一本を出すって訳じゃねえんだろ?」

「そうですね。昨日足を切断した後で、レイさんが別の場所に移動してある程度の大きさに切断してきたという話でしたが……レイさん、その辺どうです?」

「説明がしにくいな。取りあえず出してみるか。それで問題ないようなら、解体をする台の上にでも置けばいいだろうし」


 その言葉には異論もなく、取りあえず一度出してみることにする。


(視線が集まってるな。……無理もないけど)


 この場所……解体用の倉庫にいる、二十人程の解体の依頼を受けた者達がレイの言葉に視線を向けていた。

 これからレイが出すのが、自分達が解体する物なのだ。

 そうである以上、それに興味を持つなという方が無理だろう。

 とはいえ、レイはこの世界に来てから注目を浴びるのには慣れている。

 セト、デスサイズ、ミスティリングといったように。

 他にも深紅の異名を持つ冒険者として多くの行動をしており、それが噂や吟遊詩人によって広まっているので、レイを直接見たことがない者が初めてレイを見れば、その小柄さに驚くこともあった。

 そんな諸々で注目を集めるのに慣れているレイだけに、二十人程度の視線を集めたところで特に気にした様子もなくミスティリングからギガントタートルの足……それも解体しやすいようにレイがぶつ切りにしたものの一つが姿を現す。

 ざわり、と。

 それを見た多くの者達がざわめく。

 中には昨日レイがギガントタートルの足を切断する光景を見た者も多かったが、こうして間近で自分が解体する部位を見るのは、ただの見物人だった昨日と違って思うところがあったのだろう。

 あるいは昨日はかなり離れた場所から見ていたが、今はかなり近い場所で見たというのも影響しているのかもしれない。

 レイが取りだした部位は、重量にして数百kg……もしかしたら五百kgに届くかもしれない程の重量だ。

 足をぶつ切りにした一部でこれだけの重量なのだから、ギガントタートルが一体どれだけ重いのか想像しやすい。


「これは、また……凄いな。だが、このくらいの大きさなら台の上に上げても問題はない。解体を進める上で、床にあるよりも台の上にあった方がやりやすいだろう」

「分かった。ならそうするか。台は……あれか?」


 この倉庫の中にある一番大きな台を見るレイに、職人は頷く。


「ああ、あの台なら問題ないと思う」

「なら……いや、ミスティリングを使った方がいいか」


 レイの身体能力なら、五百kg程もあるだろうギガントタートルの足の一部を持ち上げるのは難しくはない。

 ただし、その場合は大きさが大きさなので、身体でしっかりと密着して持つ必要がある。

 そうなるとドラゴンローブにギガントタートルの血や体液、肉の一部を触れさせることになるので、それを嫌ったレイはミスティリングに収納する。

 再び消えたギガントタートルの一部に、見ていた者達が先程よりは小さくざわめく。

 昨日の件も含めて何度か見ていても、やはりミスティリングを使った物の出し入れというのは珍しいのだろう。

 特にスラム街出身の者達にしてみれば、それこそ魔法のように思えてもおかしくはない。

 そんな驚きの視線を向けられつつ、レイは指示された台の上に先程と同じギガントタートルの一部を出す。


「それで、これから解体して貰う訳だが、これ一個で五日は大丈夫か?」


 そう言い、レイが視線を向けたのはここを担当するギルド職員の二人だった。

 そのような視線を向けられた二人のうち、年上の方……恐らく四十代が五十代と思しき男は首を横に振る。


「分かりません。多分大丈夫だとは思いますが、何しろこのような場所で全員が解体するのは今日が初めてですしね。出来れば、同じような部位をもう一つ……いえ、二つ程置いていって貰えれば、こちらの方で収納しておきます」


 そう言い、男は革袋を見せる。

 話の流れから、レイには男の持つ革袋が何であるのかは容易に予想出来た。


「アイテムボックスか」

「はい。勿論レイ殿の持ってるような本物ではなく、廉価版ですが。ただ、廉価版の中でもそれなりに高性能で多少は時間の流れを遅く出来ます。私物ではなく、ギルドから今回の件で貸与された物ですが」

「それはまた……さすがギルムのギルドというべきか」


 感心しつつ、レイは男の言うように追加で二つ程ギガントタートルの一部を取り出すのだった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 高位や希少なモンスターの死体を運んでいる強い冒険者を襲って死体を奪うという成功率の低い事に成功するほどの強奪犯。 それだけの強さがあるなら、強奪なんかしないで冒険者になった方が稼げると思う…
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