3495話
ギガントタートルの足や尻尾、頭部をある程度の大きさに切断したレイは、セトと共にギルムに戻る。
ただ、普通に街中に入ればセトを連れている以上はどうしても目立つ。
かといって、ギルムの上空から降下することが許されているのは、今のところマリーナの家と領主の館だけだ。
ギルドには直接降下出来ない以上、歩いてギルドまで移動する必要があった。
「悪いな、セト。マリーナの家で待っていてくれ」
「グルゥ!」
久しぶりにレイと思う存分遊べたセトは、嬉しそうに喉を鳴らす。
いつもなら少し寂しそうにするのだろうが、今日はギガントタートルの足を解体する場所でレイと思う存分遊ぶことが出来たので、今は寂しそうにする様子はなかった。
ギルムから少し離れた場所で、レイはセトと言葉を交わし……そしてセトは、翼を羽ばたかせながら上空に駆け上がっていった。
セトが上空からマリーナの家に降りれば、そちらに注目が集まるのは間違いない。
その隙にレイが普通にギルムに入るという……以前にも何度か使っている手段をレイはまた行うことにしたのだ。
(もっとも、報酬の件でダスカー様の方で手を回してくれてるらしいし、そう考えればそこまで小細工をしなくても……いや、やっぱり必要か)
もしかしてそこまでしなくてもいいのでは?
一瞬そう思ったレイだったが、すぐにそれを否定する。
ダスカーが行ったのは、あくまでもマリーナの家を監視している者達に対する対処だ。
マリーナの家以外では、特に何もしていない。……出来ない、という方が正しいのかもしれないが。
その為、ギルドに向かう途中でも馬車に乗ってるにも関わらずレイと接触しようとした者達がいたし、ギルドから出た時は護衛がいてもレイと接触しようと狙っている者達がいた。
そう考えると、やはり警戒するに越したことはないのだろう。
そんな訳で、セトと別行動をしたレイはギルムに向かう。
(あ、これ失敗したか?)
そう思ったのは、街道を歩いているのがレイだけだからだ。
積もっている雪にも踏まれた様子はなく、それはつまりこの雪が積もってから誰もこの雪の上を歩いていないということを意味する。
冬になったからといって、全く誰もギルムに来ないという訳ではない。
しかし、それでもやはり来訪者の数は少なくなる。
特に今日はこうして街道を歩いているのはレイだけだ。
しかも馬車や馬に乗って移動している訳ではなく、歩いて移動しているのだ。
冬にこうして一人だけが歩いて移動しているとなれば、目立って当然だった。
それでもレイにとって幸いだったのは、レイがギガントタートルの足や尻尾、頭部の切断をしている時にいた、解体の依頼を受けた者達や見物客達が既にギルムの外にはおらず、全員中に戻っていたことだろう。
おかげで、こうしてレイが歩いていても注目を浴びるようなことはなかった。
(なら、いっそギルムのすぐ側にセトから降りてもよかったのかもしれないな)
そう思わないでもなかったが、それはもう今更の話だろう。
セトを先に行かせてしまった以上、そんなことを考えても意味はない。
そんな訳で、レイはギルムに向かって進む。
当然ながら、ギルムの正門を担当している警備兵達は、ギルムに向かって歩いてくるレイの存在に気が付く。
特に今日はレイのパフォーマンスがあった為、今は落ち着いたが少し前まではかなり忙しかった。
そのような状況の中でこうして一人がギルムに向かってやってくる以上、そんな相手に興味を抱くなという方が無理だろう。
興味云々がなくても、ギルムの警備兵は真面目な者が多いのでレイの姿を見逃したりはしなかったが。
とはいえ、それでも遠くからギルムに向かって歩いている者がいるというのには気が付いても、それがレイだとは分からない。
一応ということで何があってもいいように準備をしていた警備兵達だったが、レイがギルムに近付くと、それがレイであると何人かが気が付く。
単純に気配や実力からレイだろうと気が付く者や、ドラゴンローブの隠蔽の効果によって普通のローブを着てるように見えるのだが、それでもレイだと見抜く者、身体の動かし方からレイだと見抜く者、あるいはただ何となく……本当に何となくレイだと気が付く者。
そんな者達によって、レイはレイだと認識され……
「レイ、セトはどうしたんだ?」
レイだと見抜いていた警備兵の一人が、正門までやってきたレイにそう声を掛ける。
レイも別に自分の素性を隠そうとはしていなかった――クリスタルドラゴンの件で接触しようとする者達には別だが――ので、特に気にした様子もなく、警備兵に向かって口を開く。
「俺がセトに乗ってギルムに入れば目立つしな。セトには先にギルムに戻って貰ったよ」
警備兵はレイの差し出すギルドカードを受け取り、素早く手続きを終わらせると、ギルドカードと従魔であるということを示す従魔の首飾りを渡す。
レイとセトがギルムを出る時、正門から出たので正式な手続きを踏んでおり、結果としてセトの身に付けていた従魔の首飾りも警備兵に渡していた。
だが、セトは正門からではなく上空からギルムに入った為、従魔の首飾りをつけていない。
その為、こうして警備兵はレイに改めて従魔の首飾りを渡したのだろう。
(あ、この件についてもダスカー様に報酬として免除してもらうようにしておけばよかったな)
今更のようにそう思ったが、既に遅い。
ダスカーから報酬は何がいいと言われた時にこれを言っていれば、恐らくそれは通っただろう。
だが、ダスカーから直々にこの場で言わないで、後からこれが欲しいと言っても聞けないと言われているのだ。
そうである以上、従魔の首飾りの件も今更言ったところで意味はないだろう。
(次は気を付けよう。……まぁ、その時まで覚えていればだが)
これがないと絶対に駄目だとか、セトの命に関わるといったようなことではない。
あくまでも、正門から出る時に従魔の首飾りを毎回外して渡し、中に入る時に受け取るのは面倒だと、そう思うだけだ。
そのように深刻なことではない以上、今はどうにかしたいと思っても、そのうち忘れるのではないかと、レイは自分でも思う。
「これで手続き終了だ。それで、レイはこれからどうするんだ?」
「一度ギルドに顔を出すつもりだ。ギガントタートルの解体の件もあるしな」
「そうか。明日からいよいよ解体の仕事が始まるのか。……去年は大変だったけど、今年はギルムの中でやるんだよな?」
しみじみと警備兵が呟く。
その言葉に、周囲で様子を見ていた他の警備兵達も多くの者が頷いた。
警備兵達にしてみれば、去年行った解体の依頼は、毎朝多くの者が一斉に出ていき、夕方になると一斉に多くの者がギルムに戻ってくるということで、その手続きが大変だったのだろう。
実際、レイは去年多くの警備兵が増員されているのをその目にしている。
ギルドの方でも色々と対策をしたり、ギルムの上層部も手を回したりしたが、それでもやはり警備兵が大変だったのは間違いない。
短期間――それでも春が近くなるまで行われたが――だったこともあり、警備兵達も何とかなった。
だが、今年もまた同じようなことをやれと言われれば、出来ればごめんだというのが正直なところだろう。
そういう意味で、今年の解体はギルムの中……つまり、ギルムから出たり入ったりする際の手続きが必要ないので、警備兵達にとって喜ばしいことなのだ。
「ああ。今日切断したし、ここで切断した後も他の場所に移動して小さく切断してきたから、ギルムの中でも出来る。護衛の冒険者を雇うのも大変だしな」
この護衛の冒険者というのが、ギルドにとってはそれなりに大きな出費となっていた。
これが例えば、ギルムではなく他の……辺境ではない場所での解体なら、護衛はそこまで必要ではない。
だがギルムの外で解体をするとなると、辺境だけにいつ高ランクモンスターが現れるか分からなかった。
実際、今日レイとセトが遭遇した透明のモンスターも、何らかの手段で遠距離、あるいは中距離で攻撃する手段を持ち、空を自由に飛び回り、更には黄昏の槍の投擲でも身体には刺さったものの、貫くことは出来なかった程の防御力を持っていた。
透明なので外見は確認出来なかったが、それでも間違いなく高ランクモンスターだったのは間違いない。
レイとセトだったからこそ、多少は危ない場面もあったが結果として無傷で倒すことが出来た。
だが、もしあの透明のモンスターがギルムの外で解体をしているところで襲ってきたらどうなるか。
間違いなく大きな被害が出るだろう。
何も見えない場所から見えない攻撃をされるのだから。
ギルムの冒険者は基本的に相応の技量を持っている者が多いが、あの透明のモンスターを相手にどうにか出来るかと言われれば……微妙なところだろう。
何しろ護衛の依頼を受けている者達は、冬越えの資金を貯められなかった者達が大半なのだから。
そうなると、ギルムにいる冒険者でも決して突出した強さを持つ者達ではない。
透明のモンスターに襲撃されれば、最終的には倒せるかもしれないが、それでも大きな被害が出てもおかしくはなかった。
だからこそ、ギルムの中で解体を行うというのが警備兵達の労力的な意味だけではなく、解体の依頼を行う者達の安全の為にも歓迎すべきことなのだ。
……もっとも、ギルムの増築工事を行われている現在、ギルムを覆っている結界は正常に作動していない。
だからこそセトも上空から自由に出入り出来ているのだが、それはつまり増築工事をしてる場所……外と繋がってる場所からもモンスターが入り込めるようになっているということを意味していた。
一応冒険者が見回りの依頼を受けているので、そこまで大きな騒動にはなっていないが。
そんな訳でギルムの中でも絶対に安全という訳ではないのだが、それでも外で解体をするのに比べると安全なのは間違いない。
「複数の場所で解体をすることになると思うから、警備兵とかも見回りに来てくれると助かる」
「街中で解体をするとなると、それはそれで外で解体するのとは別の問題が起きるかもしれないしな。肉を奪おうとするとか」
「いや、けどその肉はレイの肉なんだろう? それを奪おうとするような者がギルムにいるか?」
レイと話していた警備兵の言葉に、近くで話を聞いていた別の警備兵がそう口を挟む。
その言葉の内容には強烈な……これ以上ない説得力があり、話を聞いていた者達を納得させる。
ギルムに住んでいる者で、レイと敵対したいと考えるような者は……いないとは限らないが、それでもかなり少ないだろう。
基本的に、レイは敵対した相手に容赦はしない。
ギルムに来たばかりで、レイの外見だけを見て侮るような者であれば、妙な勘違いからレイを攻撃してもおかしくはなかったが。
「そうなった時は警備兵の力を借りるかもしれないな」
そう言うと、取りあえず会話を終わらせる。
レイとしてはもう少しここで話していてもいいのだが、ここで時間を使うとギルドに行った時に依頼を終えて戻ってきた者達で忙しくなっている可能性は十分にあった。
そうなる前にギルドに顔を出すと言っていた以上、レイは出来ればその前にギルドに行きたいと思う。
また、それを抜きにしてもここにいつまでもいれば、レイをレイだと認識する者が出て来かねないという懸念もあった。
「そうか? 分かった。レイなら大丈夫だと思うが、頑張ってくれ」
話していた警備兵の言葉に頷いたレイは、ギルムの中を進む。
(結構賑わってるな。話題は……やっぱり俺の件か)
街中を歩きながら、レイは周囲で話している者達の会話を聞く。
聞こえてくる話題の多くは、やはりレイがギガントタートルの四肢や尻尾、頭部を切断した話をしている者が多かった。
全員がその話をしている訳ではないが、割合としてはやはり多い。
とはいえ、中にはレイの行動を何故か不愉快に思っている者もいる。
それがレイには疑問だった。
一体自分の行動のどこが不愉快に思えたのかと。
もっとも、レイの性格は敵を作りやすいのも事実。
そういう意味では、そのようなことを口にする者がいてもおかしくはない。
ただ、そのような者達もレイが目の前にいれば不満を口に出したりは出来ないだろうが。
(それに……うん。やっぱり俺と接触しようとしてる者はいるな)
頻繁に周囲の状況を確認し、レイを捜していると思しき相手を見つけることが出来た。
そのような相手に見つからないようにしながら、レイはギルドに向かうのだった。