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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゆっくりとした冬
3493/3865

3493話

 斬、と。

 レイはデスサイズを振るってギガントタートルの足をある程度の大きさごとに切断していく。

 見る者が見れば、その鋭さに目を奪われるだろう。

 だが、ここにいるのはレイだけだ。

 セトもいるのだが、そのセトはレイから大分離れた場所で歩き回り、モンスターが襲撃してこないように警戒している。


「まぁ、こんな感じか」


 ギガントタートルの足は、切断した端からすぐにミスティリングに収納していく。

 結果として、レイがデスサイズを振るえば振るうだけ、ギガントタートルの足は短くなっていった。


「グルルルルルゥ!」

「……ん?」


 もう少しで、ギガントタートルの足を全て切断して収納出来るというところで、不意にセトの鳴き声が聞こえてくる。

 その鳴き声は、警戒を示すものだった。

 この状況でそのような鳴き声を発するということは、セトがいても近付いてくるモンスターがいるということなのだろう。

 つまり、ゴブリンのように相手の強さを見抜くことが出来ないようなモンスターか、もしくはセトの強さを見抜いた上でやってくるモンスター。


(多分後者だな)


 もしゴブリンのように相手の強さを理解出来ないモンスターが現れたのなら、セトの鳴き声に警戒の色が含まれている筈がない。

 それこそ近付いて来たモンスターに向かって、セトが攻撃すればそれで相手は実力差を理解し、逃げ出すだろう。

 しかし、後者の場合……セトの強さを理解した上で襲ってきたのなら、それは高ランクモンスターであることを意味していた。

 残っていたギガントタートルの足をミスティリングに収納し、黄昏の槍を取り出す。

 いつもの二槍流となったレイは、周囲の状況を確認する。

 セトが警戒の声を上げた以上、もしかしたら既に現れたモンスターとセトが戦いになっているかもしれない。

 そう思い、またそんなレイの予想を裏付けるように遠くからセトの雄叫びが、そして何らかの爆発音と思しき戦闘音が聞こえてくる。

 それを聞く限り、セトが攻撃してきたモンスターと戦っているのは間違いないだろう。

 なら、自分もそっちに向かうべきかと考えたレイだったが……


「ん?」


 ふと、何か違和感があった。

 それが具体的に何なのかは分からない。

 分からないが、それでもこれまで多くの戦いの経験から、こういう時の自分の勘は重要な意味を持っているというのを理解していた。


(何だ? 何に違和感がある?)


 分からない。分からないが、それでも違和感があるのは事実。

 周囲の様子を警戒していたレイだったが……


「っ!?」


 その時、動けたのはそれこそ勘に従ったからか、あるいは本能に従ったからか。

 何かが……そう、何かとしか表現出来ないような存在がレイのいた空間を貫いたのだ。

 レイは勘や本能に従って回避しつつ、半ば反射的な動きでデスサイズを振るう。

 その一撃は、空中を通りすぎ……次の瞬間、斬という音と共に何かが切断される手応えがレイの手にあった。


(何だ?)


 何かを切断したのは間違いない。

 それはデスサイズを握る手に伝わってきた感覚から明らかだ。

 だが問題なのは、その切断した何か……間違いなく切断した何かが雪原に落ちたにも関わらず、そこにはやはり何もないということだろう。


「けど、これは……」


 一瞬の動揺。

 だが、レイはすぐにその動揺から立ち直る。

 もしこれが普通の冒険者なら、それこそ何が起きたのか分からないままに死んでいただろう。

 レイがこうしてすぐ我に返ることが出来たのは、セトの持つスキルの一つに光学迷彩があるのを知っているからだ。

 光学迷彩……それは透明になるスキルだ。

 決まった時間しか透明になっていることは出来ないが、セトのような高ランクモンスターが透明になって襲い掛かってくると思えば、それが襲われる方にどれだけの恐怖をもたらすか、想像するのは難しくない。

 そんなセトの光学迷彩を知っているからこそ、レイは恐らく自分に攻撃してきている敵も全く同じ……とは限らないものの、似たような攻撃をしているのだろうと予想出来た。

 予想さえ出来れば、それがどういう攻撃なのかを理解し、未知の恐怖からは解き放たれることになる。


「とはいえ……それでも敵がどこにいるのか分からないというのは疑問だけどな」


 呟きつつ、レイは周囲の様子を確認する。

 レイの持つ、気配を察知する能力はかなり高い。

 その辺のモンスターであれば、その気配を見逃すということはないだろう。

 だというのに、現在この雪原においてレイは敵の気配を察知することが出来ない。

 それはつまり、敵が相応の強さを持つモンスター……高ランクモンスターであることを意味していた。

 相手がそのような存在であると知れば、レイも相応の対処は出来る。

 寧ろレイにしてみれば、相手が高ランクモンスターなら襲ってきたのは大歓迎だ。

 倒したことで入手出来る魔石は、レイに……より正確にはデスサイズやセトにとって、強化出来るということを意味しているのだから。


(とはいえ、まずはモンスターを倒さないといけない訳だが)


 敵がいるのは分かっているものの、その敵がどこにいるのか分からない。

 また、勘や本能に従って回避しているものの、敵がどのような手段で攻撃してきてるのかが分からないというのも、レイにとっては大きい。


(セトがいてくれれば、嗅覚や聴覚、あるいは魔力を感じて敵がどこにいるのかが分かるんだろうけど。俺だとそれが分からないんだよな)


 そうして考えつつ、レイは地面を蹴って移動する。

 次の瞬間、レイのいた場所を何かが通りすぎた。


(ん?)


 一瞬、一瞬だけだったが、レイの目の前で起きた光景に違和感があった。

 地面を蹴って移動したレイだったが、その際に地面に積もっている雪も多少ではあるが地面を蹴った影響で空中に浮かんだ。

 その浮かんだ雪が、姿を消したのだ。

 勿論、雪が熱か何かによって解けた訳ではない。

 それを示すかのように、数秒……いや、一秒も経たないうちに、レイが移動した時に舞った雪が地面に落ちていたのだから。


(つまり、一瞬ではあるけど見えなくなっていた。……やっぱり光学迷彩の類か?)


 セトの使うスキルの一つ、光学迷彩。

 それと同じ……かどうかは分からなかったが、それでも似たような性能のスキルを持つモンスターが何らかの理由で攻撃してきているのは間違いない。

 とはいえ、それが具体的にどのような攻撃なのかはレイにも分からなかったが。


(けど、消えてるだけで何かがあるのは間違いない。なら、攻撃を命中させれば当たるのは間違いない)


 頭の中を空っぽにして、敵の行動を待つ。

 そんなレイの雰囲気を感じたのか、今まではかなり頻繁に攻撃をしてきた筈の敵が急に攻撃を止める。

 レイも相手の攻撃を読み、集中して待つ、待つ、待つ、待つ。そして……


「はぁっ!」


 鋭い叫びと共にデスサイズが振るわれる。

 次の瞬間、デスサイズの柄を握るレイの手には、間違いなく何かを切断する感触が伝わってきた。

 同時に、雪の上に何かが落ちる。


「ギュピィッ!」


 周囲に響く悲鳴。

 それを聞いた瞬間、レイは左に持っていた黄昏の槍を投擲する。

 そして黄昏の槍は空中で停止する。


「……違うな」


 黄昏の槍が地面に落ちたのを確認しながら、レイはデスサイズを振るう。

 刃に付着していた、恐らく血だろう何らかの液体が雪の上に落ちる。

 いつもなら血ということで、白い雪に血の赤がコントラストを生む。

 だが、透明なモンスターは血までもが透明なのだろう。

 雪に血の雫が落ちたのは間違いないが、そこには何の色もない。


(スキルで透明になってた訳じゃないのか?)


 これが例えば何らかのスキルなら、スキルを使っていたモンスターが死んだり、そのモンスターから離れた……もしくは切断された部位はすぐ目に見えるようになる。

 絶対にそうだという訳ではなく、あくまでもレイのこれまでの経験からの話だが。

 もしかしたら、身体から離れてもスキルの効果が持続する、あるいはそもそも種族的な適性で、スキルではない可能性もあった。

 しかし、自分が切断した何かや血についても気になるレイだったが、その視線はすぐに雪の上に落ちている……ように見える黄昏の槍に向けられる。


(木の幹や石の壁であっても、容易に貫く黄昏の槍が、敵に突き刺さったまま雪に落ちた? つまり、甲羅なり鱗なり毛皮なりで高い防御力を持ってるということか)


 そうして冷静に観察出来るのは、黄昏の槍が動いていない為だ。

 もし貫いたモンスターが生きているのなら、動く気がなくても呼吸によって多少なりとも黄昏の槍は動くだろう。

 しかし、レイの視線の先に存在する黄昏の槍は、全く動かない。

 ……いや、風によって多少は動いてるように思えるが、言ってみればそれだけだ。

 そうである以上、黄昏の槍が貫いたモンスターは死んだのだろうとレイは判断していた。


「とはいえ、こっちもか」


 モンスターが死んだにも関わらず、黄昏の槍に貫かれた死体は透明なままだ。

 一体どのような外見のモンスターなのか、透明なままではレイには理解出来ない。

 どうしたものかと考えていると、雪を踏む音が聞こえてくる。

 ただ、その足音を聞いてもレイは武器を構えたりしない。

 近付いてくるの気配の主がセトなのがレイには分かっていたからだ。

 しかし、そんなレイにも疑問はある。

 この戦いの始まりとなったセトの鳴き声。

 その鳴き声を発してから、こうしてセトが来るまで相応の時間が掛かっている。

 いつものセトなら、それこそ戦いの最中……場合によっては戦いが始まる前に、レイと合流してもおかしくはなかった。

 なのに、何故?

 また、こうして近くに来たにも関わらず、セトが鳴き声を発さないのも気になる。

 振り向いたレイが見たのは、何かをクチバシで咥えているセトの姿。

 何かというのは、それが具体的に何なのか分からなかったからだ。

 だが、それが何なのかは分からなかったものの、どのような存在なのかはレイにも理解出来た。

 何しろ黄昏の槍が突き刺さって死んでいるモンスターがいるのだから。


「つまり、俺に警告したのはいいけど、その直後にセトもこのモンスターに襲われた訳か。……あるいはこのモンスターに襲われたから警告の鳴き声を上げたのかもしれないな」


 レイの言葉を聞いたセトは、咥えていたモンスターの死体を雪の上に置くと、その通りだと喉を鳴らす。


「グルゥ」

「そうか。……見て分かる通りというか、見て分かるかどうか微妙なところだが、俺もセトと同じモンスターに襲われた。黄昏の槍がモンスターの身体を貫いている。……問題なのは、死んでも透明なモンスターをどうやって解体するかだな。やっぱりドワイトナイフを使うべきか?」

「グルルゥ」


 レイの言葉に、セトはそれがいいと喉を鳴らす。

 何しろ死んでも透明なままなのだ。

 普通に解体をする場合、それこそ自分の指を切る可能性は十分にあった。

 ……いや、場合によっては指を切るのではなく、切断するようなことになっても間違いない。

 それなら最初から解体の効果があるドワイトナイフを使って解体すればいい。

 セトも賛成したからということで、レイは黄昏の槍のある場所まで移動する。

 黄昏の槍には、レイが望めば一瞬にして手元に戻ってくるという能力がある。

 だが、今ここでその能力を使えば、殺したモンスターの姿を確認するのも一苦労となる。

 そうならないようにする為、レイはそのまま黄昏の槍のある場所まで移動し……そっと手を伸ばす。

 透明で外見が分からないが、それでも触れればそのモンスターがどのような形をしているのかは分かる。

 まず最初にレイの手に触れたのは、鱗だ。

 死体の大きさは大体一mくらい。

 全体の輪郭は分からないが、鱗があるのは間違いない。


(鱗ってことは、爬虫類系か? ……冬に? いや、モンスターなんだから、爬虫類系のモンスターであっても寒さに強いとか、そういうのはあってもおかしくはないんだけど)


 モンスターとなったことにより、寒さを克服したと考えれば、爬虫類型のモンスターが冬に活動していてもおかしくはない。

 そう理解すると、レイは一瞬別の場所……自分が切断した何かのある場所に視線を向けるものの、やはりそこにあるのは雪だけだ。


(俺が切断したのって……もしかして舌とか? もしくは触手とか? ああ、尻尾という可能性もあるな。というか、この黄昏の槍が空中でこのモンスターに突き刺さったということは、このモンスターは空を飛んでいたとか、そんな事になるのか?)


 そんな疑問を抱きつつも、レイはドワイトナイフに魔力を流してモンスターの死体に突き刺すのだった。

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