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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゆっくりとした冬
3492/3865

3492話

 レイはギガントタートルの四肢と尻尾、頭部を切断すると、それをミスティリングに収納する。

 唯一残った胴体も、すぐミスティリングに収納された。

 そうしてギガントタートルの四肢や尻尾、頭部、胴体の全てがなくなると、そこにはもう何も残ってはいない。

 ……いや、ギガントタートルの重量で沈んだ雪や、切断した場所から流れ出た血によって雪が赤く染まっていた。

 後に残ったのはそれだけでしかないものの、レイはそんな光景を見ても特に気にした様子はない。

 しかし、様子を見ていた者達は違う。

 目の前で起こった諸々の出来事は、本当にあったことなのかと思う者も多い。

 特に冒険者でも何でもなく、ただの一般人が面白い出来事があるからということでやって来た者もいたのだが、そのような者達にしてみれば、目の前で起きた光景は現実だったのかどうかも分からなくなってしまう。

 ただ、雪の上にある痕跡を見れば、それが本当にあったことだというのは十分に理解出来たが。


「グルルルゥ」


 レイに向かい、セトが近付いてくると喉を鳴らす。

 お疲れ様と言ってるように思える、そんな行動。

 レイはそんなセトの頭を撫でると、笑みを浮かべて口を開く。


「ありがとな、セト。……俺が言うのもなんだけど、ずっと待っていてセトも退屈じゃなかったか?」

「グルルゥ?」


 大丈夫だったよと、喉を鳴らすセト。

 セトにしてみれば、レイと一緒にいられるだけで嬉しいのだ。

 そうである以上、ギガントタートルの解体にもこうして一緒にいられたので、特に不満らしい不満はない。

 そうして数分の間、レイはセトと戯れる。

 セトはレイに頭を擦りつけ、レイはその頭を撫でるといったように。

 ……集まった者達の中にもセト好きはそれなりにいたのか、セトと遊ぶレイに羨ましそうな視線を向けている者もいるが、セトが喜んでいる以上はその邪魔をするということは考えていないらしい。

 そもそも邪魔をするには、ギガントタートルの四肢や尻尾、頭部を切断したレイに話し掛ける必要がある。

 そんなことが出来る者は、さすがにいない。

 ……あるいは、ここにミレイヌやヨハンナがいれば、それでも声を掛けてきたかもしれない。

 だが、幸か不幸かその二人……セト愛好会の筆頭と見なされている二人はここにはいなかった。


(羨ましいわね)


 そんなレイとセトを見て内心でそう思うのは、ケニーだ。

 レノラと共に、この場での後片付けを行いつつ、レイとセトに何度か視線を向けている。

 ただ、この場合ケニーが羨ましいと思っているのは、レイではなくセトだ。

 出来れば自分がセトの代わりにレイと一緒にいたいと、そう思う。


「ちょっと、ケニー。レイさんの方を見てないで仕事もきちんとしてよね」


 ケニーはレイを見ていたのをレノラに邪魔され、面白くない。

 とはいえ、仕事をする必要があるのは事実だ。

 レノラだけでは色々と大変だということで、ケニーは今回レノラと一緒に行動する許可を貰ったのだ。

 もしレノラの仕事を手伝わず、それを上司に知られたら……間違いなく怒られてしまう。

 それはケニーとしてもごめんだったので、レノラと共に質問をしてくる者達に答え始める。

 現在、解体の依頼を受けた者達のうち、結構な人数がレノラに色々と質問をしている。

 今回のレイのパフォーマンスを見て、本気で解体をしないと不味いと思った者は多かったのだろう。

 ギガントタートルの解体のドサクサに紛れて肉を盗んだりといったことは、まずしないだろう。

 もしそれが判明したら、あれだけの力を持つレイを敵に回す可能性があるのだから。

 また、レイと友好的な関係になれば色々と助けて貰えると思い、レイの情報を欲する者も多い。

 ……中には何を考えたのか、レノラを口説こうなどと考えている者もいたが。

 レノラはその質問に答えつつ……自分を口説こうとする相手はしっかりと断っていたのだが、それだけにケニーがレイを見ていて仕事をしていないことに我慢出来なかった。

 これがギルドの中、いつもの受付カウンターであれば、書類を丸めてケニーの頭を殴っていただろう。

 今は他の者達の相手をしなければならないので、ケニーが殴られることがなかったのだ。

 もっとも、それはあくまでも今はの話で、後で何らかのお仕置きをされる可能性は高かったが。

 レノラの様子を見たケニーは、それを察知したのだろう。自分もすぐに質問をする者達の相手を始める。

 セトと遊んでいるレイの姿を見続けることが出来ないのは残念だったが。


「忙しそうだな」


 セトと遊んでいたレイは、そんなレノラとケニーの様子を見て呟く。

 とはいえ、レノラやケニーにレイのことを聞いている者達はいるが、直接レイに聞きにくる者はいない。

 レイとしては、別に聞きにきたら普通に話してもいいのだが。

 ただ、やはり見上げる程の巨体を持つギガントタートルの足や尻尾、頭部を一撃で切断する実力を持つレイに対しては、迂闊に話し掛けるような度胸の持ち主はいないらしい。

 中にはそれこそスラム街で喧嘩に明け暮れている者もいるのだが、そのような者ですらレイに声を掛ける様子はない。


「えっと……そうなると、俺がここにいる意味ってないよな?」

「グルゥ? グルルルゥ」


 レイの言葉にセトが最初はそう? と喉を鳴らすものの、すぐにそうかもしれないとレイに同意するように喉を鳴らす。

 そんな様子を見ていたレイは、ならいつまでもここにいても意味はないし、マリーナの家に戻った方がいいのかとも思ったが……


(いっそ、切断したギガントタートルの足をもっと解体しやすく切断しておいた方がいいか? とはいえ、ここでそういうことをやっていても人目を引くか)


 今ですら、解体の依頼を受ける者の大半はレイに向かって話し掛けるような者はいない。

 そんな場所で、切断したギガントタートルの足を更に切断して解体しやすくするといったことをした場合、間違いなく目立ってしまう。


(となると、どこか離れた場所……まぁ、気分転換を兼ねてそれでもいいか。もしかしたら冬だけ姿を現すモンスターとかがやって来るかもしれないし)


 それはつまり、レイ達を……より正確にはレイが切断しようとしているギガントタートルの足を狙って姿を現すモンスターということになる。

 その上、セトがいる場所にやってくるということは、セトの強さを見抜けないか、見抜いた上で勝てると思うモンスターか。

 レイとしては、前者よりは後者の方が好ましい。

 そんなことを考えていると、レイは何となくやる気に満ちてきた。


「レノラ、ここにいても俺は特にやることがないし、ちょっとセトと一緒に出掛けたいんだけど、構わないか?」


 ピタリ、と。

 レイがレノラに声を掛けると、レノラの周囲に集まっていた者達が瞬時に静まりかえる。

 レイの実力をその目で見た者達だけに、ここでレイの言葉の邪魔をする訳にはいかないと思っているのだろう。

 そんな周囲の反応を気にした様子もなく、レノラはレイに向かって頷く。


「構いません。ただ、明日から解体が始まりますので、今日の夕方より少し前くらいにでもギルドに来て貰えますか? そこで明日のことについて打ち合わせをしたいのですが」


 夕方ではなく夕方より少し前としたのは、夕方になるとそれなりに依頼を受けた者達が戻ってきて忙しくなるからだろう。

 夕方の混雑の前に来て欲しいというレノラの言葉に、レイは頷く。


「分かった、俺はそれで構わない。じゃあ、また夕方前に」


 そう言い、レイはセトに乗ってその場から飛び立つ。

 冬晴れの中、空を飛ぶセトの姿は非常に絵になる。

 それを見た者達は、自然とその光景を眺めるのだった。






「あの辺りでいいか。広いし、周辺に木や岩もないから、何かモンスターが来ても見つけやすいと思う」


 セトに乗って空を飛ぶこと、数分。

 セトの背の上から、レイは地上を見てそう言う。

 いつもであれば、レイがモンスターを解体する時は周囲に見つかりにくい場所……それこそ林や森の中、もしくは血を洗えることもあって川の側で行う。

 しかし、これからやるのは解体ではあるものの、きちんとした解体ではない。

 明日から始まる解体の依頼で、解体をしやすくするようにギガントタートルの足をある程度の大きさに切り分けるだけだ。

 ギガントタートルの足の大きさを考えると、やはり相応に広くなければミスティリングから出すのは難しい。

 場合によっては、生えている木や岩によってギガントタートルの足が傷ついてしまう可能性もあった。

 本来ならギガントタートルの足には強固な皮があり、そう簡単に傷つくようなことはない。

 だが、その強固な皮もギガントタートルが死んでしまえば完全に能力は発揮出来ない。

 あるいはレイの切断した部分であれば、切断面が汚れたり、傷ついたりする可能性は十分にあった。

 それを避ける為に、レイは広い場所での解体を決めたのだ。


「一面の雪原……とはいえ、今は冬だからだけどな」


 雪原を見たレイはそう呟く。

 この雪原は、秋から冬……まだ雪が降る前には、ガメリオンの狩り場となる場所だ。

 そういう意味では、ギルムにいる者達にとって馴染み深い場所ではある。

 もっとも、こうして雪が積もっている中で来る者は多くないが。

 上空からでも、何種類かの足跡が雪原にあるのを確認出来る。

 人の足跡もあれば、動物、あるいはモンスターの足跡もある。

 この雪原にそれなりに出入りがあるという証だろう。


「グルゥ?」


 どの辺に降りるの?

 喉を鳴らしてそう尋ねてくるセトに、レイは適当な場所を指さす。

 この雪原の上でなら、別にどこでもいいのだ。

 セトもレイの考えを理解したのか、特に何も考えず雪原に……その中央辺りに降下していく。

 雪の上で翼を羽ばたかせると、周囲の雪が舞い散り、冬晴れの太陽の光を反射する。

 目を奪われるような幻想的な光景を見つつ、レイもセトの背から降りる。

 スレイプニルの靴が少し雪に沈むものの、雪はそこまで積もっていないらしく、足が埋まるということにはならなかった。


「あれ? 何でだ?」


 その感触に疑問を抱くレイ。

 それなりに雪が降っているのは、ギルムを見れば明らかだ。

 だというのに、スレイプニルの靴は数cm沈んだ程度だ。

 とてもではないが、今まで降った雪の量から考えるとおかしい。

 おかしいのだが……


「まぁ、辺境だし。しょうがないか」


 色々と疑問はあったが、ここは辺境だ。

 何があってもおかしくはない。

 雪の量が本来降ったよりも少ないくらいは、特に影響はないだろう。

 そう考えつつ、レイは早速ギガントタートルの足を一本取り出す。

 すると、レイの場合は数cmだったものの、ギガントタートルの足は結構な深さまで沈む。


「……単純に雪が固まっていただけか?」


 最初に降った雪が寒さで固まり、その上に新たな雪が降ってレイの体重くらいでは沈まなかったらしい。

 元々小柄なレイだけに、その体重は軽い。

 それでいながら、文字通りの意味で人外の身体能力を持つのは、レイの身体を作ったゼパイル一門の技術がそれだけ凄かったということだろう。


「ともあれ、手早く切断してしまうか。セトは周囲の警戒を頼む。もしモンスターが出て、逃げないで襲ってきたら、倒してもいいから」

「グルルゥ!」


 レイの言葉に、セトは嬉しそうに雪の上を走っていく。

 その足はかなり深く雪に埋まっているのだが、セトは全く気にした様子はない。

 体長三mを超えるセトの体重が具体的にどのくらいなのか、レイには分からない。

 自分より重いのは確実で、それは視線の先の光景が証明していた。

 それでも歩きにくそうではないのは、セトらしいのだろう。

 セトを見送ると、レイは目の前にあるギガントタートルの足に視線を向ける。

 巨大。そう、巨大という表現が相応しい足がそこにはある。


「これを解体するのか。……とはいえ、実際に解体が終わるのはいつになるんだろうな」


 現在レイの前にある足は、去年解体をした足だ。

 それだけに他の足と比べるとある程度は短くなっているが、それでもまだかなりの大きさを持つ。

 一冬でここまでしか減ってないのを考えると、四本の足、そして尻尾と頭部。何よりも甲羅のある胴体といった全てを解体するまで、一体どれくらいの時間が掛かるのかレイには想像も出来ない。

 去年よりは今年の方が依頼を受けた者は多いので、この調子で年々依頼を受ける者が多くなったら、それなりに早く解体が終わるのかもしれない。

 そんな風に思いつつ、レイはデスサイズを手にギガントタートルの足に向かって近付く。

 雪原の中、自分とセト以外に誰もいないこの場所で行動することに少しだけ不思議な気分を抱きつつ、レイはギガントタートルの足に向かってデスサイズを振るうのだった。

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