3491話
斬、と。
レイが振るったデスサイズは、あっさりとギガントタートルの足の一本を切断する。
ギガントタートルの死体はうつ伏せの状態で雪原にあったのだが、その足の一本が切断された形だ。
……もっとも、去年の解体の分で足も短くなっていたので、その部分を切断されたことによってギガントタートルの死体はバランスを崩したかのように揺れたが。
幸いなことに、また倒れるという様子はない。
(手応えは……そこそこってところか)
デスサイズを振るったレイの一撃は、少しの抵抗を感じつつもあっさりとギガントタートルの足を切断した。
これがまだ生きていたギガントタートルの足であれば、恐らくここまで綺麗に切断するようなことは出来なかっただろう。
そもそもデスサイズの刃は二m程の大きさだが、ギガントタートルの足はそんなデスサイズの刃とは比べものにならないくらいに太い。
そんな太さを持つにも関わらず、デスサイズは綺麗に足の根元から切断したのだ。
この辺はレイの技量もあるが、やはりレイの魔力が込められたデスサイズだからこそ可能だった一撃だろう。
そうして地面に倒れたギガントタートルの足だったが、それを冷静に見ているのはレイと少し離れた場所にいるセトくらいだ。
見物客も、解体の依頼を受けた者達も……それだけではなく、レイと一緒にやって来たレノラやケニーですら、今の一撃には目を疑う。
……中には、それこそ自分が見ているのは夢か何かではないかと思う者すらいた。
それだけ、ギガントタートルの足を一本切断したというのは、驚くべきことなのだ。
そんな周囲の様子についてはそれなりに気が付いていたレイだったが、レノラやケニーまでも驚きで動けなくなるというのは少し予想外だった。
(何でだ?)
レイはそう疑問に思う。
レイがそのように思った理由として、レノラは自分の担当の受付で、レイがこれまでどのような依頼を受けてきたのか、それを十分に知っている筈だというのがある。
ケニーもレノラの相棒的な立ち位置にあり、レノラと同じくレイがこれまでどのようなことをしてきたのかは知っている筈だった。
であれば、今回の件でそこまで驚くことはないだろうと思っていたのだが……レイから話を聞くのとの、実際に自分の目で見るのとでは大きく違う。
文字通りの意味で百聞は一見にしかずだろう。
「レノラ、取りあえずこの足はこのままにしておくと邪魔だから、ミスティリングに収納しておくけど、それでいいか? もっと小分けにするのは後でやればいいし」
巨体のギガントタートルだが、その身体の中で一番大きいのはやはり胴体だ。
強固な甲羅を持つその胴体は、それこそ足と違って解体するのは非常に難しいのではないかと思える。
勿論足もそんな巨大な胴体を支えている以上、相応の大きさを持つ。
だが、この足だけなら、ギルムの中でもある程度の広さのある場所ならミスティリングから取り出すのは難しい話ではなかった。
だからこそ、今はまずミスティリングに収納しておいてもいいかと、そうレノラに聞いたのだが……
「え? えっと……何でしょう?」
レイの技の冴えに目を奪われていたレノラは、レイに声を掛けられているのは理解したものの、具体的に何を言われてるのかが分からなかったらしい。
それはレノラだけではなく、側にいたケニーも同様だ。
レノラの言葉で我に返ったケニーは、改めて視線の先に存在するギガントタートルの足を……レイが切断した足を見る。
根元から切断されたその足が雪原に転がっている光景は、それが本物であるとは思えない。
まるで幻影か何かを見ているかのように思えてしまう。
それでも漂ってくる血の臭いや、冬の寒風が自分の見ている光景が夢ではないと教えてくれる。
レイやレノラの会話、そして何より冷たい風によってケニーも我に返る。
元々、ケニーはレイが腕利きだというのは知っていた。
それをこうして実際に見て、レイに凄いと言いたくなるが……それでも我慢をする。
今の自分はあくまでもギルド職員の一人としてここにいるのだから。
(と、取りあえずレイ君の行動は予定通りなんだから、今の状況では問題ないわよね。ええ、問題はない筈)
半ば自分に言い聞かせるようにしながら、ケニーはレイとレノラに近付いていく。
その時には既にレノラもしっかりと我に返っており、レイとこれから……というか、レイが切断したギガントタートルの足をどうするのかを話している。
「そうですね。この足がこのままここにあるのはちょっと邪魔になると思いますので、やはりここはレイさんがミスティリングに収納した方がいいと思います。また、レイさんが言うように、明日からの依頼で解体しやすいようにするのは、後での方がいいかと。いつまでもここにいるのは、色々と不味いでしょうし。いえ、護衛の冒険者や、何よりレイさんがいるので心配はいらないと思いますけど」
ギガントタートルの血の臭いに惹かれてやって来るだろうモンスター達のことを考えると、いつまでもギルムの外にいるのは決して好ましいことではない。
だからこそ、レノラとしてはギガントタートルの足の切断は出来るだけ早くして、後はギルムに戻った方がいいと考えていた。
極論を言えば、レイの実力を見せつけるという意味では足を一本切断しただけで十分なのだから。
二本、三本と続けて切断すれば、その分だけレイの実力を見せつけるという意味で効果はある。
だが同時に、最初の一本目程の驚きや衝撃を見ている者に与えるかと言われれば、それは微妙なところだろう。
同じような行動を繰り返した場合、どうしてもその行動を見た者の驚きや衝撃は減っていく。
とはいえ、解体するという意味でもここで他の足を切断しておけば後々楽になるのは間違いなかった。
……また、レイはレノラに言ってなかったが、頭部や尻尾も切断するつもりでいる。
「分かった。じゃあ、あの足は収納して次を切断する」
レノラの指示に従い、レイは切断されたギガントタートルの足を一本、ミスティリングに収納する。
切断された足が消えたのを見た見物客や解体の依頼を受けた者達は、そこでようやく我に返り、ざわめき始める。
レイの振るうデスサイズの一撃がこうも簡単にギガントタートルの足を切断したことに対する驚きでそれぞれ近くにいる者達と言葉を交わす。
中でも冒険者達は、レイの振るう一撃の威力がどれだけの凄まじかったのかを、間近で見ることになった。
……もっとも、ギルムの外ということで護衛として雇われた冒険者達もがレイの一撃を見て驚いていたのだから、護衛としての役割は果たしていなかったのだが。
「レノラ、次の足を切断してもいいか?」
「えっと、少し待って下さい。一応皆に声を掛けておいた方がいいでしょうから」
レノラの言葉にレイは頷き、その場で足を止める。
それを確認すると、レノラは再び周囲にいる者達に声を掛ける。
「見ての通り、レイさんはギガントタートルの足であっても容易に切断出来るだけの力を持っています。皆さんは、このレイさんが倒したモンスターの素材を解体することになります」
その言葉に耳を傾ける者達は多い。
ただし、レノラの言葉を聞きつつもレイを気にしている者も多かったが。
レノラの言葉が重要なのは分かっているのだが、それでも実際にギガントタートルの足を切断したレイがいるのだから、どうしてもそちらに視線を向けてしまうのだろう。
喋っているレノラもレイを気にしている者が多いのには気が付いていたが、それは仕方がないと思い、気にせず言葉を続ける。
自分が見物客の立場でも、恐らく同じようになるだろうと、そう思った為だ。
「レイさんの切断した足はまだ大きいままです。ですが、明日からの解体では、この足を更に切断してある程度取り回しがしやすくなってから渡されることになります。……解体の依頼を受けた人の中には色々な考えを持つ人もいるでしょう。ですが、ギルド職員の指示に従って解体を行うようにして下さい。素材や肉を盗むのは勿論、自分の理屈で解体を行い、ギルド職員からの注意に従わない場合は、途中で依頼失敗の扱いになることもあるので注意して下さい」
なるほど、と。
レイはレノラの言葉を聞いて、何故この状況で再び話をしたのかを理解する。
去年ギガントタートルの解体をした時、ギルド職員が派遣されていた。
依頼を受けている人数を考えれば、全員が依頼の始まる前と終わった後にギルドまで来ると、間違いなく大きな混乱を生む。
それも一日や二日程度であればまだしも、かなりの長期間そのような混乱が続くとなれば、ギルドにとっても問題だった。
だからこそ、解体をしていたギルムの外にギルド職員を派遣し、そこで来たかどうかの確認や、解体が終わった後で報酬を渡すといったことをしていたのだが……その時、少なからず問題が起こったのは間違いない。
最後の方だけちょっとやって来て、最初から解体をしていたと言い張る者や、報酬の額や肉の量が少ないと不満を言う者、報酬として肉と金の両方を寄越せと言う者。
他にも様々な理由から、ギルド職員を困らせる者がいた。
そのような者は依頼を受けた者達のうちの少数でしかないのだが、それでもやはり目立つ。
レノラは去年その辺について担当したギルド職員から話を聞いていたので、今年はそのようなことはないようにと、今ここで言ったのだろう。
ある意味で虎の威を借る狐といった様子だったが、この場合虎どころではなく、それこそドラゴンの如き力を持つレイだ。……いや、そのドラゴンすら倒し、ドラゴンキラーと呼ばれることもあるレイだ。
その上で、ギガントタートルの足を一度の攻撃で切断するといった行為を見せつけたのだから、この光景を見ている者で迂闊なことをする者はいない……訳ではないだろうが、それでも大半は真面目に行動するだろう。
もっとも、今日ここに来なかった者や、何らかの理由で後から追加として依頼を受ける者がいた場合、そのような者達は今回の行動を見ていないだけに、馬鹿な真似をする可能性は十分にあったが。
「レイさん、次、お願いします」
自分の声が全員に行き渡ったと判断したレノラは、レイに向かってそう言う。
その言葉を聞いたレイは、特に緊張した様子もなくデスサイズを手にギガントタートルの死体に向かって歩く。
レイにしてみれば、既に足を一本切断したのだ。
それだけではなく、ギガントタートルは死体でしかない。
近付いても別に攻撃してくる訳ではないのだから、恐れを感じろという方が無理だった。
そうして近付いたレイは、次々にギガントタートルの足を切断していく。
四本全ての足が切断され、胴体が地面に落ちる。
「ありがとうございます。では……」
「まだだ」
「え?」
足の切断が終わったのを見たレノラが、レイに感謝の言葉を口にしようとする。
しかし、レイはその言葉を最後まで言う前にそう言い、ギガントタートルの後ろ……尻尾の生えている方に向かう。
「あの、レイさん?」
「どうせなら、尻尾と頭も切断しておいた方が、これから解体するにも色々と便利だろう?」
「それは……」
レイの言葉が正しい以上、レノラも反論は出来ない。
ただ、今日の予定はギガントタートルの四肢の切断であり、尻尾や頭部は予定になかった。
しかし、予定になかった行動だからといって止める必要があるのかと言われれば、それは微妙なところだ。
レイが言うように、解体をする際に便利になるのは間違いないのだから。
「いいじゃない? 別にレイ君が尻尾や頭部を切断したところで、何か周囲に被害がある訳でもないんだし」
「ケニー」
レノラはケニーの名前を呼ぶが、ケニーの口から出た言葉は決して間違っている訳ではない。
実際にそうした方が解体が楽になるのは間違いないのだから。
「そうね。……じゃあ、レイさん。お願いします」
結局レノラはケニーの言葉に頷き、レイにそう言う。
レイはレノラの言葉を聞くと、すぐにギガントタートルの後ろに向かい……
「はぁっ!」
鋭い一閃が放たれ、それはあっさりとギガントタートルの尻尾を切断する。
足と比べると大分軽いせいか、地面に落ちた時の音もそこまでではない。
積もっていた雪が多少なりとも衝撃や音を吸収したのだろうが。
尻尾が切断されたのを確認すると、次にレイが向かったのは前方。
甲羅から伸びているその頭部は、かなりの迫力がある。
だが、レイにしてみれば既に死んでいる相手だ。
その様子に怯えたりすることなく……放たれたデスサイズの一撃により、あっさりとギガントタートルの首は切断されるのだった。