3490話
正門から出る手続きを終えたレイ達は、ギルムから出る。
するとそこには、多数の者達が集まっていた。
ギガントタートルの解体をする依頼を受けた者が大半だが、それ以外にも単純にレイがこれから行うパフォーマンスを見る為に集まってきた者も多い。
冬ということで、やることがない者も多く、そのような者達にしてみれば今回のレイのパフォーマンスはいい見世物なのだろう。
レイとしては、そんな好奇心による見物客達に多少思うところはある。
しかし、ギガントタートルの姿を見せるという風に考えれば、そこまで悪い話でもないだろうと、そう思い直す。
「グルルゥ?」
レイの隣を歩いていたセトが、どうしたの? とレイを見て喉を鳴らす。
そんなセトを撫でつつ、レイは笑みを浮かべる。
「何でもないから、気にするな。それで俺はこれからギガントタートルの解体をしてくるけど、セトはどうする?」
「グルルゥ……」
レイの側にいると、喉を鳴らすセト。
レイも別にセトを無理に他の場所に行かせるつもりはなかったので、そんなセトの言葉に頷くだけだ。
「レイさん、ではそろそろ?」
レイとセトの様子を見ていたレノラが尋ねると、レイは頷きを返す。
「ああ、そのつもりだ。……ギルムの近くとはいえ、こうして人が多く集まっているとモンスターが襲撃してくるかもしれないしな」
一応、それなりの数の冒険者が護衛として周囲を守ってはいる。
だが、護衛の人数は決して十分ではない。
ギルドからここまでレイ達を守る……というか、レイに接触しようとする者達に対する人壁として雇われていた冒険者達も、レノラとケニーの指示によって周囲の護衛に加わっている。
結果として、現在レイの周囲にはセトとレノラ、ケニーしかいないのだが、この状況でレイに接触しようと考えている者はいない。
……正確には、出来れば接触したいと考えている者はいるのだが、それでも今の状況でそのようなことをすれば、後々面倒なことになりそうだと予想は出来るのだろう。
「じゃあ、そろそろ始めましょうか。レイ君がこうしているだけで人目を集めているし……早いところ、ギガントタートルの四肢を切断して、それを見せつけたら街中に戻りましょう」
ケニーの言葉にレノラも異論はないらしく頷き、それを見たレイはならやるかと考える。
セトと共に集まった者達……特に解体の依頼を受けた者達の間を掻き分けるようにして移動していく。
もっとも、最初こそレイやセトの存在に気が付いていない者達だったが、それでもすぐにレイをレイだと認識する。
セトが一緒にいるのを見れば……そしてレノラとケニーというギルド職員が二人一緒にいるのを見れば、それが誰なのかを想像するのは難しくない。
何より、ギルドから今日ここに集まるようにと言われていたのだ。
そのような状況でこうして姿を現したのだから、それが誰なのか分からない方が問題だろう。
……もっとも、中にはそのような者もいたが。
スラム街で育った者達にしてみれば、スラム街の外の常識は自分達の常識ではない。
それでもスラム街で生き残るには、相手の危険さを理解する必要がある。
自分よりも圧倒的な強さを持つ相手に襲い掛かれば、それは死を意味するのだから。
そんな訳で、レイをレイと知らない者もグリフォンのセトは見ただけでその強さを察することは出来るので、妙な……いや、自殺行為に等しい馬鹿な行動をする者はいなかった。
皆の前に出ると、多くの者達からの視線がレイ達に集まる。
そのような状況で口を開いたのは、レノラだった。
「さて、皆さん。今日はようこそいらっしゃいました。明日から始まる解体の依頼の参加者だけではなく、それ以外の人達も多くが見に来てくれたことを嬉しく感じます」
レノラの言葉に、集まってきた者達が視線を向ける。
依頼を受けた者達だけで二百人以上……勿論、全員がここに来ている訳ではない。
ギルドからは来るようにと言われているのだが、二百人以上もいれば身体の調子が悪い、寝坊した、何か他の用件がある、何となく……そんな理由から、ここに来ていない者も相応にいるだろう。
ただし、今回の件については多くの者が知っていた以上、依頼とは関係のないただの見物客も多くいる。
集まった者達の人数の正確なところはレイにも分からなかったが、それでもざっとみたところ六百人近くはいるのではないかと思えた。
準都市というべき規模のギルムの住人のうち、六百人。
ギルム全体で見た場合、その人数は決して多くはない。
だが、こうして六百人が集まっているのを見れば、結構な迫力があるのは間違いなかった。
しかし、レノラはそんな六百人の視線を向けられても決して怖じ気づいた様子がない。
勿論、内心でどのように思っているのかはレイにも分からなかったが、こうして横で話を聞いている限りだと、声が掠れたりすることもなく堂々と話していた。
隣にレイやセト、そして何よりケニーがいるのが大きいのだろう。
(あるいは、ケニーは最初からその辺について分かっていて、こうしてやってきたのかもしれないな)
ケニーは軽い性格をしているものの、友人思いなのは今までの付き合いで知っている。
そんな中で、レノラがこうして大勢の人の前で話をする時に自分が隣にいるというのを実感させる為に一緒に来たと言われても、レイは特に驚いたりはしない。
レイが考えている間にもレノラの会話は続けられる。
ギガントタートルの解体がどのように行われるか。
これによってギルム全体でどのような影響があるのか。
そして何より、このギガントタートルの解体というのがレイからの依頼であるということを。
特にギガントタートルを倒したのがレイで、だからこそ解体をする際にギガントタートルの肉や素材を盗むといったことはしないように暗に匂わせる。
「では、話が長いと退屈する人もいるでしょう。……レイさん。お願いします」
レノラに名前を呼ばれたレイは、小さく頷いてレノラ達から離れる。
本来なら、こういう時は前に出るものなのだろうが、これからやることを思えばレノラ達から離れる必要があった。
そうして十分に離れたところで、レイは一応ということで周囲の様子を確認する。
ギガントタートルの大きさを考えれば、もし間違って死体を取り出した時、死体を出した場所に誰かいた場合、間違いなく死ぬからだ。
何しろギガントタートルの大きさはちょっとした山くらいはある。
巨大なモンスターということであれば、トレントの森の近くに転移してきた湖の主のスライムがいたが、ギガントタートルはそのスライムよりも大きい。
そんな大きさに潰されるようなことになれば、それこそレイやセトであっても死んでしまうだろう。
どんなに幸運であっても、重傷になるのは避けられない。
その為、レイは周囲の様子をきちんと確認し……そこに本当に誰もいないのを確認してから、ミスティリングからギガントタートルの死体を出す。
ざわり、と。
突然姿を現したその巨体に、見物客の多くがざわめく。
……いや、ざわめくという表現では生温いだろう。
中には驚きから奇声を発している者すらいたのだから。
解体の依頼を受けた者には、去年このギガントタートルを解体した者もいる。
見物客の中にも、去年の解体で物見遊山として見に来た者もいた。
そういう意味では、ギガントタートルの死体は初めて見た者だけではない。
しかし、そのような者達であっても一年振りに見ると驚くのだろう。
あるいは、それこそ去年一度見ているからこそ、余計に驚くといった者もいるかもしれないが。
レイもまた、一年振りに見るギガントタートルの死体に目を奪われる。
一年の間に、レイもそれなりにギガントタートルの肉は食べているが、それは去年解体された分の肉だ。
死体そのものをミスティリングから出すといったことはなかった。
何しろ死体は当然ながら出しておけば傷む。
モンスターの肉は魔力によって悪くなりにくい一面があり、このギガントタートルのような高ランクモンスターであれば尚更だ。
クリスタルドラゴンの解体にもそれなりに時間が掛かったが、肉が悪くなるといったことはなかった。
解体を行った倉庫がマジックアイテムで腐敗を遅らせる効果があったのも影響はしているが。
だが……それでも、絶対に悪くならないという訳ではない。
夏に死体を出しっぱなしにしておけば、腐敗は加速度的に進むだろう。
ギガントタートルを出す必要はない以上、わざわざ死体を出す必要はない。
(あ、でも今こうして思えば……武器になるか?)
ギガントタートルの大きさを考えると、この死体を上空から落とすだけで圧倒的な威力を叩き出すだろう。
一瞬そう思ったレイだったが、それでもすぐに首を横に振る。
高い場所から落とすのなら、ギガントタートルの死体ではなくミスティリングに入っている岩で十分だろうと判断した為だ。
「レイさん、お願いします」
ギガントタートルの死体を見上げていたレイは、レノラの声で自分のやるべきことを思い出す。
レノラもギガントタートルの死体を見て驚きはしたのだが、ギルド職員としての義務感から何とか我に返ってレイに自分のやるべきことをやるように言ったのだろう。
レイはそんなレノラの言葉に頷き、デスサイズを取り出す。
これが戦闘であれば、いつもならデスサイズの他に黄昏の槍も取り出すのだが、今回はギガントタートルの四肢を切断するのが目的である以上、黄昏の槍は必要ない。
(あ、別に四肢に拘らなくてもいいのか? 首や尻尾も切断してもいいかもしれないな。後でまた切断する為にギガントタートルの死体を出すのは面倒だし)
面倒は一度で終わらせておきたいと思うのは、レイにとってはおかしな話ではない。
また、ギガントタートルの死体をミスティリングから出すというだけでもかなりの騒動になるのは今の見物人達の様子を見れば明らかだ。
であれば、やはりここで首や尻尾も切断しておいた方がいいだろう。
(とはいえ、この冬でこの全てを解体するのはまず無理だろうな)
レイの視線の先には、ギガントタートルの足がある。
四本ある足のうち、三本は完全な状態だが、そのうちの一本は他の三本よりも短くなっている。
その短くなっている分が去年解体された分だ。
それはつまり、去年の解体では足を一本すら完全に解体することは出来なかったということを意味している。
だからこそ今年は少しでも効率的に解体をする為に……そしてギガントタートルの腐敗を遅らせるという意味もあり、レイが四肢を切断してその切断した部分を更に小分けに切断し、それぞれに解体をするという流れになっていた。
そうすることによって、毎日ギルムの外に出て来るようなことはなく、モンスターに対処する護衛をわざわざ雇う必要もなくなる。
その分、解体をする者達を多く雇えるという点も大きい。
去年の解体に際しては、モンスターの襲撃で多少の怪我をした者はいるが、死んだ者はいない。
それだけの腕利きを雇ったのだから、護衛の報酬もそれなりに高額になる。
「さて……じゃあ、まずはあの足だな」
レイが真っ先に切断すると決めたのは、去年の解体で相応に短くなっている足。
その足から切断すると決めたのは、特に何か理由がある訳ではない。
ただ何となく……本当に何となくそうした方がいいだろうと思っての行動だった。
ギガントタートルに近付きつつ、レイは手に持つデスサイズに魔力を込めていく。
そんなレイの様子に、ギガントタートルを見てざわめいていた者達が次第に静まっていく。
解体の依頼を受けている者の中には、スラム街の住人ではなく金が足りなくなった冒険者もいる。
また、物見遊山でやって来た者の中にも、相応の強さを持つ冒険者の姿があった。
そんなある程度の実力を持つ者達にしてみれば、デスサイズを手に歩いているレイの姿を見ただけでも、その強さを理解出来てしまう。
背筋に冷たい感覚を覚えつつ見ている者達。
そのような者達の視線を気にした様子もなく、レイはギガントタートルに進む。
近付けば、それだけギガントタートルの大きさを確認出来る。
漂ってくる血の臭いは、まだ新鮮だ。
(この血の臭いに惹かれて、モンスターがやって来るんだよな。……とはいえ、今はセトがいるから多分安心だろうけど)
ゴブリンのようにセトの強さを理解出来なかったり、セトの強さを理解した上で攻撃をしようとするモンスターであれば襲撃の可能性はある。
そのようなモンスターが来るよりも前に、切断した方がいい。
そんな思いと共に、レイはギガントタートルの足の一本に向けてデスサイズを振るうのだった。