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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゆっくりとした冬
3489/3865

3489話

 ギルドに到着した馬車から素早く降りたレイは、そのままギルドに入る。

 その様子を見た者の何人かが悔しそうな表情を浮かべていた。

 その面々は、上司や主君からレイと接触するように言われていた者達だったが、レイがエレーナの馬車……ケレベル公爵家の家紋が彫られている馬車に乗った為に、その馬車を停めるといったことが出来なかったのだ。

 これが例えばケレベル公爵家の家紋が彫られている訳でもない、一般的に使われている馬車なら、あるいは多少強引に動いた可能性もある。

 それでも誰かがケレベル公爵家の馬車を停めるのではないかと期待していた者もいたのだが、結局だれもそのように馬車を停めることはせず、馬車はギルドに到着した。

 誰かが停めれば、それに乗じてレイに接触するなり、あるいは停めた者を取り押さえるという形で接触するなり出来たのだが、誰も停めなかった以上はどうしようもない。

 そうして悔しそうな表情を浮かべている者達の前で、アーラが御者を務める馬車は、貴族街に戻る為に移動を始める。

 もし馬車を停めようとした者がいれば……あるいはその者が武器を手に馬車を停めようとした場合、エレーナの側近であるアーラの剛力をその身で味わうことになっていただろう。

 そういう意味では、馬車を停める者がいなかったのは幸いだった。

 馬車がいなくなると、残ったセトはいつものように馬車用のスペースで寝転がる。

 雪の上ではあるが、それでもセトは全く寒そうな様子はない。

 ケレベル公爵家の馬車がいなくなり、セトが雪の上に寝転がると……やがて、一人、また一人とセトと遊びたい者達が老若男女関係なく集まるのだった。






「レイさん、おはようございます」


 ギルドに入ったレイは、挨拶をしてくるレノラに軽く挨拶を返す。

 レノラの隣にいるケニーにも挨拶をするのは忘れない。

 もしここでケニーを気にせず、レノラだけに挨拶をした場合……間違いなく面倒なことになるだろうと予想出来た為だ。


「それで、これからの予定は? 俺が言うのも何だけど、クリスタルドラゴンの件で俺に接触しようとしていた連中は多かったぞ」

「レイさんには本来ならいらないのでしょうが、冒険者を護衛……というか、人除けの壁として使って貰います」


 そう言いつつ、レノラの表情には申し訳なさそうな色がある。

 レノラにしてみれば、今回の件は予想以上だったのだろう。

 レイが姿を現す以上、接触しようとする者がいるのは分かっていた。

 だが、それでももっと少ないと判断していたのだが、実際にはレノラの予想を上回る人数がレイと接触しようとしていた。


「ああ、頼む。……別に今回の件は気にしなくてもいいぞ。今更だが、俺もこうなってもおかしくはないと思ったし」


 ダスカーによって、マリーナの家を見張っている者達の対処が出来たが、それが影響して堂々と自分に接触出来る機会を見逃さないようにという思いが強くなったのだろうとレイは予想する。

 それが事実なのか、あるいは別の理由があるのかはレイにも分からなかったが。


「ありがとうございます。……では、行きましょうか。予定より少し早いですが、レイさんがギルドにこのままいたら、周囲に色々な人が集まってきそうですし」

「そうね。それに酒場の方も今日はいつもより客が少ないみたいだから、多分酒場の客もレイ君のギガントタートルの解体を待ってるんだと思うわ」

「ちょっと、ケニー? 貴方……もしかして一緒に来る気?」


 当然のように自分も行くという前提で口にしているケニーに、レノラはジト目を向ける。

 だが、いつもならそんなレノラの様子に負けたりしてもおかしくないケニーが、今日は強気だ。


「当然でしょ。レノラ一人だけで、レイ君に何かあった時の対処が出来るの?」

「う……それは……」


 ケニーの言葉にレノラが反論しようとするも、それは出来ない。

 レイに接触しようとしている者達が予想以上に多く、それに対処出来なかったのがレノラなのは間違いないからだ。

 それでもケニーの好き勝手にさせる訳にはいかないと、何とか口を開く。


「でも、ケニーも仕事があるでしょう?」

「今日の分はもう終わったわよ」


 何とか反論しようとするとレノラだったが、ケニーにあっさりと返される。

 元々今は冬で、ギルドの仕事はかなり少ないのは事実だ。

 増築工事の関係で地獄の忙しさと呼ぶのが相応しい春から秋に掛けての仕事量を思えば、それこそ仕事はないに等しい。

 ……あるいはこれでケニーが外見だけが整っていて仕事についてはそこまで有能でないのなら、その少ない仕事にも四苦八苦するかもしれないが、ギルドの受付嬢というのは、驚くべき倍率を潜り抜けてきた者達だ。

 ケニーはレノラ程に書類仕事が得意という訳ではないが、それでも一般的な視点で見れば間違いなく有能な人物なのは間違いなかった。

 だからこそ、あっさりと今日の分の仕事を終わらせたというケニーの言葉に、レノラも黙るしかない。

 黙るしかないが……それでも何とかしようと考え、とあることを思いつく。


「幾らケニーが行きたいと言っても、今回の件はギルドの仕事なのよ。ケニーが勝手にギルドから離れたりしたら、後で怒られるわよ?」

「許可は貰ってあるから大丈夫よ」


 そう言い、一枚の書類をレノラに見せるケニー。

 その書類はケニーがレノラと一緒にレイと行動を共にしてもいいという許可証で……それを見せられてしまえば、レノラもそれ以上何も言えなかった。

 これはギルド職員……それもレノラやケニーの上司がケニーの行動を認めているということなのだから。


「……しょうがないわね」


 上司からの許可を貰っている以上、レノラもケニーの同行を拒否することは出来ない。

 ケニーにしてみれば、してやったりといったところか。


「ふふん。じゃあ、行きましょうか。あまり待たせてもなんだし」


 ケニーの言葉にレノラは大きく息を吐いてから出掛ける準備をするのだった。






「それで、今日は……というか、ギガントタートルの解体の依頼をする人数はどのくらいになったんだ?」


 街中を歩きながら、レイは隣を歩くレノラとケニーに尋ねる。

 その二人とは反対側にはセトの姿があり、その周囲はギルドが護衛……というよりは人壁として雇った冒険者達が固めている。

 その冒険者の中には、レイ達がギルドから出た時、セトを愛でていた者も何人かいた。

 レイの護衛というよりは、セトと少しでも一緒にいることが出来るからと今回の依頼を受けたのだろう。

 勿論それ以外にも、少し金を稼ぎたいと思っていたり、ギガントタートルの四肢を切断するのを間近で見たいとか、色々な理由で今回の依頼を受けた者もいるが。


「二百人以上はいたと思います。ケニー、正確な人数を知ってる?」

「うーん、ギルドに戻れば分かると思うけど、今はちょっと分からないわ」

「……それでも二百人くらいか。去年よりも明らかに多いよな?」


 レノラとケニーの会話から、最低でも二百人を超えてるという話を聞き、驚く。

 レイも去年の正確な人数は知らないが、それでも百人くらいだったように思える。

 その人数が最低でも倍になっていると聞けば、それに驚くなという方が無理だった。


「去年の件で美味しい仕事だというのが知れ渡ったのでしょうね。……ギルドの方でも、スラム街の住人を優先的に雇うようにしてますし、レイさんが倒したクリスタルドラゴンを始めとしたモンスターを解体した大きな倉庫も、去年と同じくスラム街の住人の寝泊まりの場所として貸し出すことになっていますし」


 去年の解体の時、スラム街の住人はギルドの倉庫で寝泊まりをしていた。

 それは凍死しないようにという理由でもあるし、他にもギガントタートルの解体で貰った報酬をスラム街の住人に奪われないようにする為というのもある。

 それ以外にも、ギルドとしてはスラム街の住人に恩を売って立派な冒険者となることを期待してという一面もあったのだろうが。

 とにかくそんな訳で、去年に引き続きギルドは倉庫を寝泊まりする場所として貸し出すことにしたのだろう。


「けど、去年よりも倍近い人数がいるんだろ? 倉庫が間に合うのか? ……いや、足りないなら他の倉庫も使えばいいだけか」


 ギルドに併設されている倉庫は複数ある。

 その中で一番大きな倉庫を寝泊まり出来るように用意したものの、それでも足りないのなら他の倉庫を同じように使えばいいだけだ。

 もっとも、その場合はその倉庫に収納してあった諸々をどこか別の倉庫に移動させるという手間が必要になるが。

 倉庫というのは、別に泊まる場所としてある訳ではない。

 何らかの物資を置いておく為の場所だ。

 ……それ以外に、モンスターの解体を行ったりもするが。


「多分大丈夫だと思います。去年もそれなりに倉庫には余裕がありましたし、それにスラム街の住人を優先しましたが、それ以外の人達がいない訳でもないので。そういう人達は、自分の家なり宿なりありますから」

「レノラの言う通りよ、レイ君。取りあえず倉庫の心配はいらないと思う。……もっとも、解体の依頼を受ける人が急速に増えたりすれば、どうなるか分からないけど」


 そうして会話を続けながら歩き続けると、やがて正門の前に到着する。

 ……なお、移動しているレイに何とか接触しようとした者もいたのだが、多数の冒険者が壁となっている現状では、諦めるしかなかったらしい。

 双方にとって幸いだったのは、レイに接触しようとした者の中に、地位や権力を使って強引に会おうとする者がいなかったことだろう。

 もしそのような者がいた場合、恐らく……いや、ほぼ間違いなくレイとの間に問題が起きただろう。

 とはいえ、レイがそういうのを嫌っているのを知っていれば、レイと接触させるのにそのような人物を用意する筈がない。

 その辺はギルムに住んでいる者達らしく、レイの性格をある程度理解しての使者の派遣だったのだろう。

 これが例えばギルムに来たばかりの貴族や少し大きな商会であれば、地位や権力、金で何とかなるだろうと強引にレイと会おうとしてもおかしくはない。

 そして当然そのような相手に対し、レイは素っ気ない態度を取り……それによって大きな問題となっていた可能性は高い。

 そういう意味では、ギルムの住人だけあってレイの性格を知ることが出来るというのは大きい。


「っと見えてきたな。……後で差し入れでもした方がいいか」


 正門を見たレイがそう呟いたのは、正門から出る手続きをしている警備兵が多数いたからだろう。

 解体の依頼を受けている者は、一応ギルドカードが配布されている。

 ギルドで依頼を受ける以上、冒険者として登録する必要があるからだ。

 ただし、この解体の依頼で貰えるギルドカードはかなり特殊……というか、簡易的な物になっている。

 解体の依頼を受けた者が、その依頼が終わった後でまだ冒険者を続ける場合は、正式なギルドカードを渡される。

 一度に百人、二百人といった者達が冒険者となるのだから、どうしてもこういう形になってしまう。

 それ以外にも、正式なギルドカードを渡せばそれを悪用しようと考える者が出ないとも限らないという理由もある。

 そんな人数を外に出すということで、警備兵達が非常に忙しくなるのは必然だった。

 とはいえ、ギルドの方でも前もって今日レイがギガントタートルの四肢を切断するという……一種のショーを行うというのは警備兵に知らせていたので、警備兵側も応援の人数を多数寄越しており、忙しいことは忙しいものの、身動きも出来ない程に混雑しているということはない。

 それでもこうして自分に関係する理由で忙しそうにしているのを見れば、後で警備兵達に何らかの差し入れでもした方がいいだろうとレイは思う。

 本来なら、わざわざそのようなことをする必要はない。

 前もってギルドから連絡はあったのだし、これが警備兵の仕事なのは間違いないのだから。

 だが、それでもこうして忙しそうにしているのを見れば、そのくらいはしてもいいだろうとレイには思えた。


「うわ。本当に混んでるわね。やっぱりギルムの外じゃなくて、中のどこかにすればよかったんじゃない?」


 ケニーは混んでいる正門を見ながら、そう呟く。

 だが、レノラはそんなケニーに対し、呆れたように言う。


「ギガントタートルの大きさを考えれば、ギルムのどこに出すのよ。下手な場所で出したら、周辺の建物に被害が出るわよ?」

「ぐ……そう言われると……」


 ケニーはレノラの言葉に反論出来ない。

 実際、ギガントタートルの大きさを考えれば、迂闊な場所で出すのが危険なのは間違いなかった。

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