表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
レジェンド  作者: 神無月 紅
ゆっくりとした冬
3488/3865

3488話

「んー……今日はいい天気だな」


 セトの背の上で、レイは遠くまで続く青空を見て呟く。

 昨日は夕方近くまでずっと雪が降っていたので少し心配だったのだが、今日はこうして晴れている。

 今日は四日前にギルドでレノラと約束した通り、ギガントタートルの解体が始まる日だ。

 実際には解体は明日からで、今日行うのはレイがギガントタートルの足を切断するのを、解体の依頼を受けた者達に見せるだけなのだが。

 ギガントタートルの大きさを見て、その足を容易に切断するレイを見せる。

 これによって、解体の仕事中にこっそりとギガントタートルの肉を盗んだりするのを防ぐという目的があった。

 それ以外にも、解体をする者達に自分達がどのようなモンスターを解体するのか見せるという目的もあったが。

 そのような理由から、レイはギルムに行く必要があった。

 ……とはいえ、レイはずっと妖精郷にいた訳ではない。

 マリーナの家と妖精郷にそれぞれ泊まっている。

 本来なら一日ごとにということであれば、昨夜はマリーナの家に泊まる予定だったのだが、昨夜は妖精郷で少し騒動があったのが理由で、結局二日連続妖精郷に泊まることになった。

 とはいえ、解体をしている時はマリーナの家の方に多く泊まることになるだろうと思えば、そこまでおかしな話ではないのだが。


「グルルゥ?」


 そろそろ行ってもいい?

 そう喉を鳴らすセトに、レイは頷く。


「そうだな。じゃあ、行くか。今日はセトも一緒にギルドまで行くぞ」

「グルゥ!」


 レイの言葉に嬉しそうに喉を鳴らすセト。

 クリスタルドラゴンの件があってから、レイがギルムを出歩く時は基本的に周囲から自分がレイであると見つからないようにして行動していた。

 そうなると、セトがレイと一緒に行動する訳にはいかない。

 セトはギルムでは非常に有名な存在だし、そのセトが付き従う相手となれば、一人しかいない。

 それはレイと接触したいと思っている者達にとって、これ以上ない程の目印だ。

 レイもそれが分かっているからこそ、セトを連れて出歩くようなことはしなかった。

 セトもそんなレイの考えは十分に理解していたものの、それでもレイと一緒にギルムを出歩けないのは寂しかった。

 ……実際にはセトだけではく、ミレイヌやヨハンナを始めとするセト好きの面々も、セトを愛でることが出来ずに寂しく思っていたのだが。

 そういう意味では、穢れの関係者の本拠地を奇襲する件でセトと一緒に行動することになったミレイヌは幸運だったのだろう。

 もしヨハンナが穢れの一件について聞けば、恐らく……いや、間違いなくミレイヌを恨めしく思うだろう。

 場合によっては、暴力沙汰になってもおかしくはない。

 結果的にということになるが、レイ達はベスティア帝国においてキャリスと遭遇した。

 元遊撃隊の一員のキャリスと行動を共にするのなら、それこそ同じ遊撃隊であったヨハンナが一緒に行動してもよかったのではないかと、そう主張してもおかしくはない。

 もっとも、キャリスと遭遇したのはあくまでも結果的にだ。

 本来ならキャリスと遭遇や合流をする予定は存在しなかった。

 そのような状況でヨハンナを一緒に連れていくということになったかは……正直なところ微妙だろう。

 ヨハンナはベスティア帝国でもそれなりに大きな商会の家の出なので、ベスティア帝国の中でも端の方ではなく帝都や大きな街といった場所でなら、連れていってもよかったかもしれないが。

 とはいえ、そもそもレイ達としては最初は穢れの関係者の本拠地を奇襲するつもりだったし、無事に奇襲が終われば他の拠点についての情報を始めとして、色々と探すつもりだった。

 そうなると、本拠地で寝泊まりをすることになっていた可能性が高く、村に行く必要はなかった。

 レイ達が村に行ったのは、レイが魔法を使って魔力を限界以上に消耗した結果、意識不明になったからだ。

 そうである以上、普通に考えればやはりヨハンナを連れていく必要がなかったのは間違いない。


「っと、そろそろ見えてきたな。じゃあ、セト。下りてくれ」

「グルゥ!」


 レイが考えごとをしてる間に、セトは既にギルムの上空にやって来ていた。

 下にあるのは、レイにとっても見慣れたマリーナの家。

 とはいえ、セトがいつも飛んでいる高度百mの上空から見ると、どうしても地上は小さく見える。

 これでマリーナの家が貴族街にある他の貴族達と同じくらいの大きさであれば、上空から見てもそれなりに広く見えるのだろうが、マリーナの家は小さい。

 勿論、この場合の小さいというのは貴族街にある他の貴族の屋敷と比べての話で、マリーナの家は平均的な家と比べても明らかに大きいのだが。

 しかし、上空から見て小さくてもセトには関係ない。

 それどころか、今まで何度もこの高さからマリーナの家に降下していることもあり、レイの言葉を聞けば躊躇することなく地上に向かって降下していく。

 その仕草は非常に慣れており、レイも怖がったりすることなく安心してセトに任せておける。

 ……もっとも、慣れていてもセトが地上に向かって降下するという行為そのものが非常にスリルのある体験なのだが。

 遊園地にあるジェットコースターとかに慣れてる者でも怖いだろうな。

 そんな風に思っている間にもセトは地上との距離を縮め、十分地上に近くなったところで翼を羽ばたかせて速度を殺す。

 落下してきた速度が一瞬にして消え、ふわりと地面に着地する。

 セトがやっているのはそう簡単に出来ることではないのだが、レイは特に驚いたりしない。

 レイにしてみれば、セトがこのように衝撃も殆どなく着地するのは普通のことだからだ。


(騎士が何人かいたけど……まさか、ギルドから情報が流れてるのか?)


 セトの着地の見事さは全く気にした様子がなく、レイが考えているのは上空からマリーナの家の周囲を見た時の様子だった。

 穢れの一件の報酬として、マリーナの家の周辺を騎士が見回ることによって、見張っている者達の対処をすることになったのだが、それにしてはレイが上空から見た感じでは騎士の数が多かった。

 これはレイが今日ギルドに行くという情報を手に入れ、それを待ち受ける為に監視している者を増やしたのではないかと思ったのだ。

 ダスカーも、レイに直接接触するのを禁止した訳ではない。

 あくまでもマリーナの家の周囲を監視している者達の対処でしかないのだ。

 だからこそレイが今日ギルドに来るという情報があれば、そのレイが最初に下りてくるマリーナの家の周囲にいつも以上に人がいてもおかしくはない。

 普段――とはいえ、レイ達が穢れの件を終えて戻ってきてからの話だが――なら騎士によって退去するように言われるので、マリーナの家を監視することは出来ないが、レイが来るのなら接触する為に多少の無理をしてもいい。

 そのように思っている者は多いのだろう。

 その情報の入手先はギルドから流れた情報だろう。

 そう思ったレイだったが、すぐにその意見を否定する。

 今日ギガントタートルの解体……具体的には四肢を切断するというのは、ギルドを通じて解体の依頼を受けている者達に知らされている筈だ。

 そして解体の依頼を受けた者は結構な人数となる。

 そのような者達から情報を聞き出すのは、決して難しいことではないだろう。


「レイ」


 そう声を掛けられて視線を向けると、そこにはエレーナを始めとして身内と呼ぶべき者達の姿がある。


「よく来た……と言いたいところだが、素直に喜ぶことは出来ないな」


 エレーナが騎士のことを言ってるのは明らかだったので、レイもその言葉に頷く。


「そうだな。騎士達が結構いるのを見た。今日のギガントタートルの件は結構広まってるみたいだな」

「それはそうでしょう。何しろギガントタートルを初めて見る人もいるんだし、去年見た人でも一年ぶりである以上、見たいと思う人も多いでしょうね。実際、ここ数日結構な噂になってるわよ?」


 マリーナがそう言うと、他の者達もその件については知っていたのか同意するように頷く。

 レイはギルムにいる時も基本的にはマリーナの家から出なかったし、あるいは妖精郷にいてギルムの情報を入手は出来なかった。

 それだけにマリーナの言葉には素直に驚く。


「そういうものか。……いや、ギガントタートルの大きさを考えれば、そういう風に認識してもおかしくはないかもしれないな」

「だからこそ、今日の一件には解体の依頼を受けてない見物客も多いでしょうね」


 マリーナの言葉に、喜べばいいのか面倒だと思えばいいのか、微妙な気持ちになるレイ。

 とはいえ、ギガントタートルの解体は半ば公共事業に近い性質がある以上、多くの者にギガントタートルの死体を、そして四肢を切断する光景を見せるのは悪くないだろうと思い直す。


「話は分かった。……けど、そうなると一体どうやってギルドまで行くかだな。時間的にそろそろ出発した方がいいと思うけど、周辺にいる連中をどうするかだな」


 ギルムにおいて時計は基本的に鐘の音で表す。

 レイが持つマジックアイテムの懐中時計もあるが、これはかなり……いや、非常に高価なので、入手出来る者は限られている。

 何しろ電波時計の如く、魔力を込めれば自動的に時間を合わせてくれるという機能を持つ時計だ。

 懐中時計というだけでも非常に多くの部品を使っており、魔力によって自動的に時間を合わせてくれるという機能を持つのだから、高価なのは当然だった。

 マジックアイテムではない懐中時計もあるが、それは当然ながら時間を自動的に合わせてくれたりはしない。

 そしてレイは基本的に懐中時計をミスティリングに収納しており、ミスティリングに収納されると時間の流れはない。

 つまり、魔力で自動的に時間を合わせてくれる懐中時計でないと、時間の流れのないミスティリングに収納すると時間がずれる。

 そんな訳で、レイの持つ懐中時計は時間を確認する上で非常にありがたいものだった。

 ともあれ、そのように時間を詳細に確認出来るレイとは違い、一般人はあくまでも鐘の音で時間を確認する。

 その為、待ち合わせの時間に遅れたりするのも珍しいことではない。

 ……それによって、気の短い恋人に叱られるということはあるのかもしれないが。

 そのような時間の感覚である為、時間的にそろそろ行った方がいいだろうとレイは思ったのだが、やはり問題となるのはマリーナの家の周囲でレイに接触する機会を窺っている者達だった。


「エレーナの馬車で移動するのはどう?」


 ヴィヘラの言葉に、皆の視線がエレーナに向けられるのだった。






「やはり馬車を出したのは正解だったな」


 エレーナが馬車の中でそう言う。

 その気持ちは他の面々も同じだったので、皆が素直に頷く。

 それはレイも同様だったが、窓の外を歩いているセトのことを思えば、少し申し訳なく思う。

 セトはレイと一緒に街中を歩くことを楽しみにしていたのだ。

 楽しみの一つに、屋台で買い食いをするというのがあったのだが、今の状況ではそれも出来ない。

 ……ただ、そのように思われているセトは、馬車に乗っているとはいえレイと一緒に行動しているのが嬉しく、それなりに上機嫌だったが。

 セトにしてみれば、ここ最近はレイがギルムに来ても自分は居残りだった。

 それがこうしてレイと一緒に出掛けられているのだ。

 それを嬉しく思うなという方が無理だった。


「見て。どうするか迷ってる人が結構いるわよ」


 窓の外を見ていたヴィヘラが、面白そうに言う。

 その言葉に他の面々も窓の外を見ると、ヴィヘラが言うように怪しい動きをしている者が何人かいた。

 セトが一緒にいる以上、この馬車にレイが乗っている可能性は非常に高い。

 上司や主君からレイと接触するように言われている者達にしてみれば、この馬車を停めたい。

 停めたいのだが、この馬車が誰の馬車なのかは馬車に刻まれた紋章を見れば明らかだ。

 そしてエレーナがギルムにいるのも知っている以上、馬車を停めると最悪貴族派を敵に回すことにもなりかねない。

 ……その上で、実際に馬車を停めてそこにレイが乗っていなかったら、それこそ破滅が待っている。

 いや、レイがいてもケレベル公爵家を敵に回すというのは自殺行為でしかない。

 だからこそ馬車に接触しようとする者はいないのだろう。


「このまま無事にギルドに到着すればいいんだけどな」


 呟くレイの言葉に、ヴィヘラは笑みを浮かべる。


「このままの様子だと問題ないと思うわよ。それにギルドに到着すれば、冒険者達が周囲にいるから接触しようとしても無理でしょ」


 その言葉にレイはなるほどと頷くのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 時計そんな設定でしたっけ? 確かミスティリングと同期かなにかさせることで、時間にズレが生じないようにしてると読んだような。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ