3485話
「なるほど、そういうことでしたか。解体をするだけなら、レイ殿の持つマジックアイテムを使えばすぐに出来ると思ったのですが……」
レイがギガントタートルの解体についての説明をすると、それを聞いた長は感心したように言う。
ただの解体だけなら、それこそレイのマジックアイテムのドワイトナイフでどうとでもなる。
だが、解体するだけではなく、スラム街の住人をそこから抜け出させるという側面があり、それ以外にも冬越えの資金が足りなかった、もしくは予想より多く使ってしまった者達にとって、レイの出す依頼は悪くない。
「しかし、レイ殿はそれでいいのですか? 聞いた話によると、報酬というのはレイ殿が出すのですよね? だとすれば、レイ殿の損になるのでは?」
「その一面があるのは間違いない。ただ、ドワイトナイフは使うのに結構魔力を使うんだよ。ギガントタートル程の巨体だと、魔力をどのくらい消費するのか分からないのが痛い」
「そうですね。では、やはり今回のような形にした方がいいのでしょう。……ですが、資金的に問題はないのですか?」
「そっちについては何の問題もない。それこそ、足りなくなったら持ってる素材を売ったり、盗賊狩り……は今は難しいから、春になってからやればいいし」
これが金に困っている者なら、とてもではないがレイのようなことは出来ないだろう。
ギガントタートルの一件は、一種の公共事業に等しいものなのだから。
だが、レイの場合は幸か不幸か自由に出来る金が大量にある。
勿論その金を無駄遣いするつもりはないが、今回の件はギルムが暮らしやすくなるという意味では意味のある使い方だ。
「それに……報酬については、別に全額俺が出す訳でもない。ギルムやギルドからも結構な額を出してもらってるしな」
ギルムにしてみれば、これは半ば公共事業のようなものだ。
スラム街の住人が減り、社会復帰を果たすことによってギルムとしての労働力が増えるのは大きな意味を持つ。
また、ギガントタートルの解体によって、得られた報酬を使うことで経済が回り、ギガントタートルの肉を売ることでもギルムにとっては大きな意味を持つ。
ギルドもスラム街の住人のうち、どのくらいかは分からないが有能な冒険者として活動するかもしれないし、何よりギルムの増築工事を行っている間の労働力は幾らあっても困ることはない。
ギルムもギルドも、双方共に利益があるのだ。
これが例えばギガントタートルのような巨大なモンスターではなく、熊や猪、鹿といったモンスターの解体を頼むのなら、半ば公共事業のようにはどうやっても出来ない。
解体をする為に人を雇うにしても、一人か二人いればいいだろう。
もっと言えば、ギルムに複数存在する解体屋に頼むなり、それこそギルドに解体を頼むという手段もある。
それではスラム街の住人を雇ったりは出来ない以上、当然ながら報酬も全てレイが支払う必要があった。
それと比べれば、ギガントタートルは巨大だ。……いや、巨大すぎる。
それこそ一つの解体屋だけで解体するのは不可能な程に。
「レイ殿がそう言うのなら、私からはこれ以上何も言いません。……ところで、レイ殿は春になったら迷宮都市に行くと以前言っていましたが」
「ん? ああ、その予定になってるな」
急に話が変わったことに疑問を抱きつつも、レイは素直に頷く。
迷宮都市に行く件は隠していた訳ではないし、以前長にも言ったのだから。
「その件ですが、いつくらいに戻ってくるのでしょう?」
「いつくらい? ……そう言われてもな。正直なところ分からないとしか言えない。ただ聞いた話だと、その迷宮都市にあるダンジョンはかなり深いらしい。その上、俺は純粋にダンジョンを攻略しに行く訳じゃなくて、冒険者学校の講師として行くから、ダンジョンに潜れるような時間も限られてるし」
レイが行こうと思っているダンジョンは、具体的にいつ発見されたのかは分からない。
だが、それでも迷宮都市として成立しているのを考えれば、都市となるように多数の建物が完成するだけの時間は掛かっている筈だった。
それこそ数年……いや、十年、二十年といった時間ではないだろう。
それだけの時間が掛かっていても、迷宮都市にあるダンジョンが攻略されていないのを考えれば、そのダンジョンの巨大さが理解しやすいだろう。
ビューネの故郷の迷宮都市もそうだったが、そう簡単に攻略されるようなダンジョンでは、そもそも迷宮都市として成立はしない。
つまり、数十年……場合によっては数百年が経過しても攻略出来ないようなダンジョンの周囲にしか、迷宮都市は存在しないのだろう。
……いや、正確には迷宮都市になればいいと思いつつダンジョンの周囲で街作りをしつつも、その途中でダンジョンが攻略されて迷宮の核が持ち出されるなり、破壊されるなりしてダンジョンがダンジョンではなくなり、迷宮都市にならずに自然消滅していったという話はレイも本で読んだことがあったが。
「では、その……もしかしたら長い間帰ってこないということもあるのですか?」
少し、本当に少しだけ、恐る恐るといった様子で尋ねる長。
レイはそんな長の様子に疑問を抱くも、まさか長が自分に好意を寄せているとは思わない。
いや、友人としての好意は寄せているかもしれないとは思っているが、それが男女間の好意だとは思いもしていなかった。
だからこそ、レイは特に何を考えるでもなく、思ったままに口を開く。
「実際にダンジョンに挑んでみないと何とも言えないけど、もしそのダンジョンに未知のモンスターが大量にいたり、マジックアイテムがあったりするのなら、来年はずっと向こうにいる可能性も否定出来ない」
レイにとってダンジョンというのは、未知のモンスターの魔石を入手出来る……つまり、セトやデスサイズが魔獣術で強化出来る場所という認識だった。
それ以外にも、ダンジョンではレイが集めているマジックアイテムを入手出来る可能性がある。
……そういう事情を考えれば、レイとしてはそれなりにダンジョンに潜っていたいと思える。
(それに……ダンジョンの核の件もあるし)
今までレイは何度かダンジョンを攻略してる。
そのダンジョンは迷宮都市が出来るような大きなダンジョンではなかったが、それでもダンジョンの核があるのは事実。
そしてダンジョンの核をデスサイズで破壊すると、何故か地形操作のスキルレベルが上がるのだ。
基本的にはモンスターの魔石によって強化されるのに、何故ダンジョンの核で……それも地形操作のレベルだけが確定で上がるのか、レイにも分からない。
ただ、そういうものだとして行動するしかない。
それに、レイにとってそれは決して悪いことではない。
レイは火災旋風……炎の竜巻を使うことによって、一人で軍隊ですら相手に出来る。
しかしデスサイズの持つ地形操作のスキルは、炎の竜巻と同様に……いや、場合によってはそれ以上に多数の敵を相手に出来るスキルだ。
しかも、炎の竜巻を生み出す際にはレイだけではなくセトの協力も必要なのに対して、地形操作はデスサイズがあれば、自分だけで使用出来る。
その上で、地形操作のレベルが上がればそれだけ地形操作で操ることが出来る規模が大きくなっていく。
現在の地形操作のレベルはレベル六で、半径二kmの距離で地形を十m上げたり下げたりといったことが出来る。
これがレベル七、八、九……そして現在では恐らく最高レベルだとレイが思っている十に達した場合、どうなるのか。
(今がレベル六である以上、ダンジョンをもう四つ攻略すればいい訳だ。……とはいえ、迷宮都市にあるダンジョンを攻略するのは難しいだろうけど。そうなると、いっそのこと出来たばかりのダンジョンとかを探した方がよかったりするのか? まぁ、そういうダンジョンを都合良く見つけられるかどうかは微妙なところだけど。……あ、でも俺ならどうにかなったりするか?)
レイは自分はトラブル誘引体質だというのを知っている。
そうである以上、ダンジョンの近くまで行けば勝手に自分がダンジョンに関係するトラブルに巻き込まれるのではないかと思う。
具体的には、ダンジョンから出て来たモンスターと遭遇したり、ダンジョンに向かっている冒険者と遭遇したりといったように。
もっとも、そもそもダンジョンの出来る可能性が非常に小さい以上、それに期待するのは難しいかもしれないが。
「そう……ですか。レイ殿にとって、ダンジョンというのはそれだけ興味深い場所なのでしょうね」
「ああ。実入りがいいのは事実だ。ただ、その分だけ危険も大きいけど」
まさにハイリスクハイリターンだなと、レイは言葉に出さずに思う。
幸運に恵まれた――実力が伴った上でだが――場合、ダンジョンというのは一度の挑戦で巨万の富をもたらしてくれることもある。
だが同時に運に恵まれない、実力が足りないといった場合には、文字通りの意味で命を落としかねないのも事実だった。
「ニールセンを始めとして、妖精達が興味を示しそうな場所ですね」
しみじみと呟く長に、レイも異論はない。
好奇心の強いという妖精の特徴を思えば、ダンジョンがどのような場所なのかを知った上で興味を持つなという方が無理なのだから。
「ダンジョンの近くに妖精郷を作ったりはしなかったのか?」
「ええ。幸いにも今までダンジョンを見つけたことはなかったので。……私は長になる前に少しダンジョンに入ったことがありますが」
そう言い、少し恥ずかしそうに笑みを浮かべる長。
今は真面目で落ち着いた様子の長だったが、小さい頃……それこそまだ長になる前、普通の妖精だった頃は、他の妖精と同じく好奇心旺盛で色々と騒動を起こしたのだろうなと、レイは思う。
「どうかしましたか?」
レイの視線に首を傾げる長。
今の長からはただの妖精だった頃のヤンチャ振りは分からない。
「いや、何でもない。……ただ、長が妖精だった頃にヤンチャだったのなら、ニールセンも将来的には落ち着くのかと思っただけだよ」
「それは……どうでしょうね」
長としては、そうであって欲しいと思う。
自分の後継者なのだから、今の性格のままで妖精達を率いることが出来るのかと思ってしまうのだ。
だが過去の自分を思えば、何となく大丈夫だろうと思えるのも間違いなかったが。
「将来の楽しみだな。俺がそれを見られるかどうかは分からないけど」
「レイ殿なら、私達はいつでも歓迎します」
「それでも、いつまでも妖精郷がここにあるとは限らないだろう?」
実際、妖精郷がトレントの森にあるのも、どこか別の場所から移動してきて新たに妖精郷を作ったからなのだから。
「妖精郷は余程のことでもない限り、そう簡単に移動したりはしませんよ」
「それはつまり、余程のことがあれば移動するんだろう? そしてこの妖精郷は、ギルムに開かれた妖精郷になる。……多分、来年からは人もそれなりに来るだろうし、そうなると妙な考えをしてる奴も多いと思う。貴族とか商人とか」
レイはこれまでそれなりに色々な相手と接してきたものの、その中には傲慢な貴族や自分が儲かることしか考えていない商人といった者達はそれなりにいた。
特に貴族は下手に権力を持っているだけ、厄介な相手なのだ。
そんな貴族がこの妖精郷に来て妖精達を見たらどう思うか。
妖精の作るマジックアイテムにも心惹かれるだろうが、妖精もその幻想的な愛らしさ――見ている分にはだが――から、妖精を欲しいと思ってもおかしくはない。
見ているだけでは満足出来ず、自分の権力を使ってでも妖精を欲しがる者、あるいはいっそ妖精を強引に誘拐してしまえばいいと考える者がいてもおかしくはなかった。
もっとも、誘拐については妖精の輪という転移能力がある以上、ほぼ無意味なのだが。
それでも権力にものを言わせて、どうにかしようと考える者は多い筈だ。
……せめてもの救いは、ここがダスカーの領土ということだろう。
普通に考えれば、ここで自分の権力を無理に行使しようとすれば、それこそダスカーを敵に回すことになりかねない。
そのようなことをした場合、それこそ中立派を全て敵に回すことになってもおかしくはなかった。
それだけではなく、例えば貴族派であっても現在中立派と協力している以上はそのまま放っておくということはしないだろうし、ダスカーと敵対するかどうかを考えれば切り捨てるだろう。
国王派の貴族の場合も、中立派を敵に回し、中立派と友好的な関係を築いている貴族派も敵に回しかねないのだから。
「ふふっ、そうなったら面白いことになりそうですね」
優雅でありながら、目は笑わずに長は笑みを浮かべるのだった。