3484話
レイと長は、数時間程も話し続ける。
途中で喉が渇いてミスティリングから取り出した果実水を飲んだり、小腹が空いたということで果実や焼き菓子を食べたりしたものの、話の内容そのものは非常に真面目なものだった。
「なるほど。……それにしてもレイ殿、無理をしましたね」
報告が一通り終わったところで、長がレイに向かってそう言う。
その無理というのが何についてなのかは、レイも当然ながら理解している。
自分の持つ莫大な魔力を限界まで……いや、限界以上まで使い切り、結果として意識不明になった件だろう。
いや、これがただの意識不明ならともかく、意識不明になったレイは今の外見からは予想も出来ない程に痩せ細っていたのだ。
レイを想う長にしてみれば、それをニールセンやレイから聞かされて心配するなという方が無理だろう。
「そうだな。自分でもそう思う。だが……同時に、あそこで無理をしないとどうしようもなかったのは間違いない」
いつ巨人になったシャロンの意識が戻ったのか、レイは分からない。
もしかしたら、あそこまで強力な魔法を使わず、もう少し時間稼ぎをしていればいずれシャロンの意思が戻った可能性はある。
だが……それはあくまでも今だからこそ言えることでしかない。
当時はまさかシャロンが大いなる存在の依り代になっていたとは思いもしなかったのだから。
(あ、いや。でも……顔を攻撃されたらムキになっていたのは、その辺の理由もあったりするのか?)
シャロンという名前や話し方……何より巨人の外見が女らしい曲線を描いていたのを思えば、女というのは間違いない。
そして女にしてみれば、自分の顔を攻撃されるというのは許せることではないだろう。
今更なことを考えつつも、レイは不満そうな様子を見せる長を何とか落ち着かせる。
「それはそうですけど……ですが、まさかレイ殿が意識不明になるなどとは。ニールセンから話を聞いた時は、本当なのかと思いました」
「あー……うん。だろうな。そんな風に思っても仕方がないか。正直なところ、俺も数日意識不明になるとは思ってなかったし。……ただ、繰り返すようだけど、それだけの魔法を使わないとどうなっていたか分からないのも事実だ。それこそ、穢れの関係者が望んだように、世界が崩壊していたとか」
レイの言葉に、長は不承不承ながら納得した様子を見せる。
長にしてみれば、穢れの関係者によって世界が滅ぼされるのは許容出来ない。
だが同時に、レイがそこまで……それこそ、今回は数日の意識不明と痩せた程度でどうにかなったが、場合によっては命すらも魔力として全て使い、最悪死んでいた可能性もあるのだ。
それを思えば、とてもではないが今回の一件を素直に認める訳にいかないのも事実。
とはいえ、長の立場としてはレイの言葉こそが正論であると認識しなければないのも事実。
「分かりました。……ただ、今回は何とか無事ですみましたが、次も大丈夫とは限りません。今回使った魔法は、出来るだけ使わない方がいいと思います」
「そうだな。俺も別に自分から望んで死にたい訳じゃないし」
そう言う長に、レイも特に反論はなく頷く。
レイにとっても、正直なところあそこまで自分が衰弱するとは思わなかったのだ。
口にしたように、レイも死にたいと思っている訳ではない。
そうである以上、無理をして同じ魔法を使おうとは思わないのも事実。
(禁呪とか、そんな感じか?)
我ながら厨二っぽいと思うものの、禁呪という表現に感じるところがあるのも事実。
また、レイとしては二度と経験したくはないものの、世界を滅ぼすという大いなる存在と同レベルの敵と遭遇した時、それを倒せる……かもしれない手段を持っているというのは、決して悪い話ではないのも事実。
レイにとって何よりも怖いのは、同じような敵がまた姿を現した時、それに対抗する手段がないことだ。
いざという時の手段の有無というのは、この場合非常に大きな意味を持つ。
「ともあれ、穢れの件についてはこれで終わりだな。……後はダスカー様から何らかの連絡があるかもしれないが、その時は任せる」
「はい。任せて下さい」
長は問題ないといったように頷く。
最大の問題が片付いた以上、これからはそこまで面倒なことはないと長は理解しているのだろう。
もっとも、それは穢れの件についてだけだが。
穢れの件が片付いた今、妖精郷とギルムの関係をもう少ししっかりと煮詰める必要があるのも事実。
その辺については、長も決して手を抜くつもりはなかった
「そう言えば……」
「はい、何でしょう?」
これからの件について考えていた長は、レイの言葉で我に返る。
「ボブはどうした?」
レイの口から出たのは、ボブの名前。
レイが穢れに関わることになった理由の人物でもある。
元々、ボブは猟師をしながら旅をしている人物だった。
初めて行く林、森、山、草原……そんな場所でも獲物を獲れるのだから、ボブは間違いなく腕利きの猟師だろう。
普通なら地形をしっかりと理解している場所で狩りをする者が殆どなのだから、それを考えればボブがどれだけの凄腕なのか分かりやすい。
そんなボブだったが、別に冒険者という訳ではなく純粋な猟師だ。
遠距離から弓を使って攻撃することは出来るが、近距離まで近付かれると逃げるくらいしか出来ない。
また、弓で攻撃するのも猟師という関係上、自分が一方的に攻撃することになり、相手からの反撃は想定していない。
……中には大きな動物が矢で身体を射られても、構わずに向かってくるということもあるが。
ボブはそのように一般人に比べれば戦う手段は持っているものの、冒険者に比べればその辺ではどうしても劣る。
そんなボブが、穢れの関係者が行っていた何らかの儀式を見たのだ。
今まで多くの者達に組織の存在を知られることなく、世界の崩壊に向けて行動していた穢れの関係者達にしてみれば、そんなボブを放っておく訳にはいかない。
結果としてボブは穢れの関係者に追われることになり、レイ達がボブと遭遇したのはそのような時だった。
そしてレイとニールセンがボブを妖精郷に匿うという提案をし、それをボブが受けた。
つまりボブが妖精郷にいるのは、穢れの関係者達から殺されない為というのが最大の理由だった。
ボブにしてみれば、妖精郷を出れば穢れの関係者に殺されるという思いがある。
……もっとも、妖精達と一緒に妖精郷を出てトレントの森で狩りをしたりもしていたが。
その際に穢れと遭遇し、ボブが穢れと遭遇した場所には翌日から大量の穢れが集まってくるようにもなってしまった。
そんなボブだったが、穢れの関係者の一件が解決した……正確には本拠地とオーロラのいた拠点は潰したものの、他の拠点はまだそのままということもあり、本当の意味では完全に解決した訳ではないのだが、それでも転移を行っていただろう祭壇はレイの魔法によって焼滅しており、トレントの森に穢れが転移してくるという心配はないだろう。
そういう意味で、ボブがもう妖精郷にいる必要はなくなったのも事実。
元々が旅をしていたボブなら、穢れの関係者の襲撃を心配しなくてもよくなった以上はいつまでも妖精郷にいるとは思えなかった。
「ボブは春になったら妖精郷を出ると言ってました。本人は今すぐにでも他の場所に行きたかったようですが、冬の今……それも辺境と呼ばれているこの辺では危険だということで、春になったら出発するようです」
長から返ってきたのは、レイにとっても予想通りの言葉だ。
ただし、長が少しだけ不機嫌そうな様子を見せているのはレイにとっても意外だったが。
レイの知ってる限り、長は決してボブを歓迎していた訳ではない。
だからといって嫌っていた訳でもないのは間違いないが。
最初にレイとニールセンがボブを連れて来た時は、ボブには穢れの残滓があり、それを妖精郷に入れるのは許容出来ないとして、ボブは暫くの間……その穢れの残滓をどうにかする算段がつくまでの間、妖精郷の外で野営をしていた。
そしてボブは穢れの残滓の対処をして、その上でレイとニールセンの口添えもあって妖精郷に入ることを許されたのだが、だからといって長がボブを好意的に見ていた訳ではない、
それでもかなりの間、こうして妖精郷で暮らしていたのに、あっさりと出ていくと言われれば、面白くないと思ってしまうのだろう。
そんな長の内心に気が付いた様子のないレイは、ボブの性格ならそのように行動するだろうなと思う。
「とにかく、これでボブが狙われる心配はなくなった訳だ。ニールセンから話を聞いて喜んでただろう?」
「はい。ですが、ボブに懐いていた妖精達は残念そうにしてましたが」
長の言葉に、レイはそういう妖精もいたなと思い出す。
そもそも妖精というのは好奇心が強い。
ボブが妖精郷の外で野営をしていた時から、それなりに妖精は様子を見に行ったりしていたのだ。
また、ボブは旅をしながら猟師をしている以上、色々な場所に行っている。
その時の話は、妖精達にとっても非常に興味深いものだろう。
そんな訳で、ボブを好む妖精は一定数いる。
「もしかして、その妖精達がボブと一緒に旅に出るとか、そういうのを心配してるのか?」
「それもあります。……ニールセンの件もありますしね」
長の言葉に、レイは納得してしまう。
ニールセンはレイと共に色々な場所に行っている。
その大半は長による指示があったからこその行動であったし、何よりもニールセンが長の後継者ということも関係してるのだが、他の妖精達にしてみればニールセンがやってるのだから、自分もと思ってもおかしくはない。
旅をしながら猟師をしているボブと一緒に行動すれば、それこそ妖精郷にいるだけでは見られない、色々な光景を目にすることが出来るのだから、妖精が興味を持たない訳がなかった。
(長が心配してるのはその辺なんだろうな)
レイはそんな風に思いつつも、そこまでは心配していない。
妖精郷に住む妖精達は、長を恐れてはいるが同時に信頼し、尊敬し、好意を抱いているのも事実だからだ。
そんな長がやっては駄目だということを……それが例えば悪戯程度のものであればともかく、取り返しのつかないようなことであれば、妖精達がそれを聞かない筈がないというのがレイの予想だった。
「ボブが一度レイ殿に会って話をしたいと言ってましたが」
「そうか? じゃあ、長との話が終わったらちょっと様子を見てくるか。ボブは今日何をしてるんだ? 妖精郷に入ってからここに来るまで、ボブとは会わなかったけど」
「恐らく狩りに出掛けていると思います」
「穢れの心配がないのなら、それも仕方がないか。けど、大丈夫なのか?」
少しだけレイが心配に思ったのは、ここが辺境で今が冬で雪が降っているからだ。
今までボブがどのような場所を旅してきたのかは、レイも分からない。
だが、辺境においては冬になって雪が降っている時、その季節しか出ないようなモンスターが現れる。
そのようなモンスターは基本的に普通のモンスターよりも強いことが多い。
もしボブがそのようなモンスターと遭遇して、大丈夫なのか。
そのように疑問を抱く。
「妖精達が何人か一緒に行動しているので、モンスターと遭遇しても倒すことは難しいかもしれませんが、逃げることは可能でしょう」
「……まぁ、穢れと遭遇した時も妖精に協力して貰って逃げられたのは間違いないしな。なら、ボブが戻ってきたら教えてくれるか?」
「分かりました。……それで、レイ殿は今日はこちらに泊まるということでよろしいでしょうか?」
「ああ、そのつもりだ。ギルムの方でも大分落ち着いてきたし、今回の件の報酬でダスカー様に手を打って貰うことになったから、ギルムで寝泊まりしてもそこまで問題はないんだけどな」
レイの言葉に、長は微かにだが残念そうな表情を浮かべる。
長にしてみれば、出来ればレイにはずっとここにいて欲しいと思っていたのだろう。
だが、無理にレイを引き留めることも長には出来ない。
取りあえず今日は妖精郷に泊まるということで納得する。
「ああ、ただ四日後から暫くの間は毎日ギルムに出掛ける必要が出てくる。その時はギルムで寝泊まりするようなことになるかもしれないから、そのつもりでいてくれ」
「……それはまた、何故? いえ、勿論話すことが出来ないのなら無理には聞きませんが」
「別に隠すようなことじゃない。この妖精郷のあるトレントの森が出来た時、ギガントタートルという巨大なモンスターが出たんだが、俺はそれを倒したその結果として、死体は俺のミスティリングに入っていて、それを解体する仕事を依頼してるんだよ」
そう言い、レイはある程度の事情を説明するのだった。