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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゆっくりとした冬
3483/3865

3483話

「グルルルゥ」


 久しぶりに見たトレントの森に、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。

 そんなセトの背中に乗っているレイの視線の先には妖精郷がある。

 正確には霧の結界によって覆われているので、妖精郷があると思しき場所という表現が正しいのだが。

 ただし、その妖精郷があると思しき場所は現在夕日によって赤く染められていた。

 本来ならもっと早く妖精郷に来る筈だったのだが、その前にリザードマン達が……そしてリザードマン達の護衛を任されている冒険者達が現在暮らしている生誕の塔に寄ってきた為だ。

 レイとしては少し顔を出すといったつもりだったのだが、生誕の塔にいる者達は退屈していたり、何より穢れの件がどうなったのかを知りたがり、結局夕方までは説明をすることに。

 そちらの相手が終わり、現在レイとセトはようやく当初の目的地である妖精郷の側までやって来たのだ。


「じゃあ、行くか。……実際にはそこまで長く離れていたって訳じゃないんだが、何だか随分久しぶりにここに来たような気がするな」


 ベスティア帝国に存在した、穢れの関係者の本拠地。

 そこに向かってからそこまで時間は経っていない筈なのだが、レイは言葉通り随分と久しぶりに妖精郷にやって来たと思っていた。

 実際には本拠地まで行くのに数日、そしてレイが魔力を限界まで消耗して意識不明になって数日、目が覚めて回復するまで数日、そしてここに戻ってくるまで数日……何だかんだと、レイが妖精郷を出発してから結構な日数が経っているのは間違いないのだが。

 レイは感慨深いものを感じながら、妖精郷に……正確にはその周辺にある霧の空間に入っていく。

 不思議なことに、トレントの森は地面に雪がつもり、生えている木々の枝にも雪が積もっていたというのに、霧の空間の中には雪が積もっていない。


(長がどうにかしたのか? まぁ、雪があったら動きにくいしな)


 この霧の空間は、場所にもよるが最も霧の濃い場所となると、それこそ一m先を見ることも出来ない程の濃霧となる。

 この霧の空間の中で生活してるのは妖精達に雇われている狼達だが、その狼達がある程度は暮らしやすいようにと、そう思ってのことだろうとレイは予想した。

 実際にはどうなのかは分からない。

 ただ、レイが恐らくそうだろうと思っただけだ。

 そんな風に思いながら、レイはセトと共に霧の中を歩く。

 途中で幾つかの気配を感じたが、その気配はすぐに離れていく。


(狼達が俺達……というか、セトのことに気が付いたんだろうな)


 霧の空間で暮らしてる狼達は、もし妖精郷に侵入しようとする相手がいたら命懸けで……それこそ比喩でも何でもなく、文字通りの意味で命懸けで侵入者を倒そうとする。

 だが、レイとセトは長から直々に妖精郷の出入りを認められており、この霧の空間も自由に出入り出来る。

 狼達もそれを知っているからこそ、レイとセトを確認したらすぐに離れたのだろう。

 侵入者に対しては命懸けで戦う狼達だが、だからといってわざわざ自分が死にたい訳ではない。

 そしてセトが自分達よりも圧倒的な強者であると知っている以上、わざわざ近付こうとは思わなかっただろう。

 実際には、別にセトも狼を嫌っている訳ではない。

 妖精郷にいる、狼の子供達がモンスターとなったピクシーウルフ達には懐かれており、頻繁に一緒に遊んでいるのだから。

 しかし、ピクシーウルフはまだ子供だ。

 それに対して霧の空間にいる狼は大人だ。

 子供の頃から遊んでいたセトならともかく、大人になってからセトと遭遇してしまった狼達にとっては、まさに触らぬ神に祟りなしなのだろう。


「グルゥ」

「気にするなって」


 狼達が自分を怖がっているのはセトも理解したのか、残念そうに喉を鳴らす。

 レイはそんなセトを励ましつつ、霧の空間を進み……やがて妖精郷に入る。


「あ、レイ?」

「え? あ、本当だ。レイじゃない。久しぶり」

「えー、別に久しぶりって程じゃないでしょ? この前も会ったばかりじゃない」

「ちょっと、この前っていつのことよ」


 妖精郷に入った途端、近くにいた妖精達がレイとセトを見つけて騒がしく声を掛けてくる。

 そんな妖精達の様子に、レイは笑みを浮かべた。

 普段であれば騒がしいと思うかもしれないが、久しぶりということもあって妖精達の騒がしさもどこか微笑ましいものを感じる。


「久しぶりだな。元気にしてたか? ……というか、この寒さの中で飛び回っていて平気なのか?」


 この妖精郷は、長の力によって守られている。

 だが、マリーナの家とは違い、雨や雪を防ぐということは出来ない。

 つまり外で雨が降っていれば妖精郷の中でも雨が降るし、それは雪も同様だ。

 気温についても妖精郷の外と中ではそう違いはない。

 レイはドラゴンローブを着ており、セトは高ランクモンスターだから全く問題はないものの、妖精達にしてみれば真冬の中でこうして外で集まっているのだ。

 寒いのではないかとレイが疑問に思うのは、そうおかしな話ではない。

 しかし、そんなレイの言葉に妖精達は全く気にした様子もない。


「そう? うーん、寒い……かも?」

「えー、私はちょっと暑いと思う」

「ちょうどいいじゃない」


 レイの言葉に妖精達がそれぞれに言葉を交わす。

 とはいえ、決して寒いのを無理に我慢しているようには見えなかったので、レイも取りあえず妖精達が風邪を引くといったことはないのだろうと判断した。


「ニールセンはどこにいるか分かるか? 長に色々と報告することがあるんだが」

「分かんない」


 レイの問いに、妖精の一人が即座にそう言う。

 その様子から、もしかしたらニールセンと仲が悪い妖精なのかとも思ったが、改めて聞いてみるとそういう訳でもないらしい。

 ただ、ニールセンと会った長が微妙に不機嫌になっており、それで今はニールセンに関わりたくはないということらしい。


(ニールセンが報告の時、何かやったか?)


 それが具体的に何なのかは、レイにも分からない。

 だが、今までニールセンが長を相手に口を滑らせ、それでお仕置きされたことがあるというのは知っている。

 恐らくそれと同じことになっているのだろうと思っているレイだったが……実際は違う。

 レイは全く気が付いていなかったし、長もそれを匂わせるようなことはしていなかったが、長はレイを慕っている。

 それは友情ではなく、男女間の好意だ。

 とはいえ、長にしてみればそれは自分の中に収めておくことだった。

 自分の想いを他の者に知られるのは絶対に避けるべきことだった。

 だったが、それはそれ。

 恋する乙女としては、レイが穢れの件を解決して戻ってきたのに自分に会いに来るのではなく、ギルムで一晩泊まったというのは面白くない。

 こうしてレイは会いに来ているものの、既にレイが帰ってきた翌日の夕方だ。

 この妖精郷の長としては納得出来るものの、恋する乙女としては不機嫌になってもおかしくはなかった。

 長が凄いのは、自分の想いをレイだけではなく他の妖精達にも隠していることだろう。

 妖精というのは、好奇心の強い者が多い。

 もし長の想いを知れば、一体どのようなことになるのかは考えるまでもなく明らかだ。

 それでいながら、妖精達は勘が鋭かったりもする。


「じゃあ、取りあえず俺は長に会ってくるよ。報告も必要だし。セトは……」

「グルルゥ」


 レイの言葉に、セトはとある方向に視線を向ける。

 するとそこには、積もった雪の上を走ってくる二匹のピクシーウルフの姿があった。


「ワン!」

「ワフゥ!」

「……グルルルゥ?」


 セトの足下までやって来ると、二匹のピクシーウルフは嬉しそうに鳴き声を上げる。

 自分に懐いている二匹の遊ぼうという誘いに、セトは困ったようにレイに視線を向けて喉を鳴らす。

 レイはそんなセトの様子に、笑みを浮かべて口を開く。


「こっちは俺だけで十分だから、セトはそいつらと遊んできてもいいぞ」

「グルゥ!」


 レイの言葉にセトはありがとうと喉を鳴らし、ピクシーウルフ達と共にレイの前を走り去る。

 一体どのような遊びをするのかはレイも分からないが、取りあえずピクシーウルフについてはセトに任せておけば問題ないだろうと判断し、その場を後にする。

 妖精達がお土産を期待するような視線をレイに向けていたものの、レイがこれから長に会いにいくというのを知っている以上、ここで迂闊にレイにちょっかいを出せば、長のお仕置きを受けることになってしまうと理解していたからだろう。

 長のお仕置きがどれだけ過酷なのかは、ニールセンを見ていれば十分に理解出来る。

 ……寧ろそれを知っている妖精達は、長に何度もお仕置きをされているにも関わらず、それに懲りた様子もなく、すぐにまたお仕置きを受けるニールセンが理解出来なかった。

 そんな訳で、レイは途中で何人かの妖精に会うものの、軽く言葉を交わすだけでその妖精達と別れ、邪魔をされることなく進み……


「レイ殿。ようこそいらっしゃいました」

「あれ?」


 笑みを浮かべて声を掛けてきた長に、レイの口からは疑問の声が漏れる。

 話を聞いた限り、長は不機嫌だということだったのだが……レイの視線の先にいる長は、明らかに笑みを浮かべていた。

 一瞬……本当に一瞬だけ、作り笑いでもしているのかと思ったレイだったが、すぐにそれを否定する。

 レイも長とそこまで親しい訳ではない――と本人は思っている――が、それでも何となくその笑みが作り笑いか本心から浮かべている笑みかというのは理解出来る。

 勿論、それも絶対という訳ではない。

 レイを誤魔化せる程に上手く作り笑いを浮かべる者もいるだろう。

 しかし、レイから見て長はそのようなタイプではないと思えた。

 つまり長が浮かべているのは本心からの笑みなのだろうと。

 ……とはいえ、前もって妖精達から聞かされていた情報と違いすぎるのが疑問だったが。


「どうしました、レイ殿?」

「いや、ニールセンがいないと思ってな」


 まさか、不機嫌だと聞いていたのにここまで嬉しそうだったとは言えず、別のことを口にする。

 もっともニールセンがここにいない件について疑問に思っていたのも間違いのない事実なのだが。


「ああ、ニールセンですか。ニールセンなら、今日はゆっくりすると言ってましたよ。……色々とご迷惑をお掛けしたようで、申し訳ありません」


 そう言い、頭を下げる長。

 その様子から、恐らく今回の一件についての詳細は既にニールセンから聞き出しており、その行動の途中でニールセンが起こした諸々についても聞き出しているのは間違いないらしい。

 レイにとっては、そこまで気にするようなことでもなかったのだが。


「いや、気にしなくてもいい。ニールセンがいるお陰で、旅の雰囲気が悪くなかったのも事実だし」


 これは嘘でも何でもなく、レイの本心だ。

 色々な腕利きと共に行動したとはいえ、向かったのは世界の破滅を求める組織なのだから。

 しかもそれがお伽噺でも、叶えられないと分かっている目標でもなく、頑張れば……具体的には、妖精の心臓を始めとして幾つかを入手出来れば実際に行えただろうことなのだ。

 どうしても穢れの関係者の本拠地に向かう時……特に野営をする時には時々暗い雰囲気になる時もあった。

 そういう時、ニールセンは場の雰囲気を明るくしており、レイを含めて他の面々にとってニールセンの存在がありがたかったのも事実。

 とはいえ、それでもニールセンが幾らかの騒動をおこしたりしたのも間違いなかったが。


「そう言って貰えると助かります。……今回の一件は、元々私達にとっても他人事ではありませんでしたから」

「穢れの件は、別に妖精だけの問題でもないと思うけどな。……ちなみに、長の様子を見た限りでは問題ないようだけど、ここ暫くはトレントの森に穢れは現れてないと思っていいのか?」

「はい。ニールセンから聞いた話によれば、レイ殿が穢れの関係者の本拠地に突入した日から穢れがトレントの森に現れたことはありません」

「……なるほど」


 レイにとって未だに残っていた疑問の一つが、どうやって穢れをトレントの森に転移させていたのかということだ。

 恐らくは本拠地……いや、地下にあった祭壇のあった場所で儀式か何かで転移をさせていたのだろうと予想していたレイだったが、その可能性が更に高まった感じだ。

 もっとも、その祭壇も含めてレイの魔法によって完全に焼滅してしまった以上、転移についての詳細を知ることは不可能だろうが。


「これもレイ殿のお陰です。ありがとうございました」


 空中で頭を下げる長。

 レイはそんな長に気にするなと首を横に振ると、穢れの関係者の件についての話を進めるのだった。

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