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レジェンド  作者: 神無月 紅
ゆっくりとした冬
3480/3865

3480話

「美味いな」


 マリーナがレイの為に手を回し、出張して貰った料理人が作ったうどんは美味かった。

 レイの口から素直にそのような感想が出るくらいの味だったのは間違いない。

 特にスープがレイの好みだった。

 濃厚な味というよりは、滋味深い味と表現した方がいいような味。

 一体どういう材料を使っているのかは、レイにも分からなかったが。

 何しろ料理人達はスープは既に出来た状態で鍋に入れて持ってきたのだから。

 ここでやったのは、うどんを茹でて水でヌメリを取り、温め直しただけだ。

 それ以外だと、料理の上に振り掛ける薬味……どことなく大葉に似ている香りを持つのだが、葉っぱではなく茎を細かく切って振り掛ける程度だ。

 大葉はレイにとっても馴染み深い味の一つだ。

 日本にある家の前には、毎年夏になると大量の大葉が生える。

 数年前に購入した大葉の苗が育ち、夏の終わりから秋の初めに掛けて種を地面に落とした結果、その多くが春になると芽を出し、夏になると大葉が大量に生える。

 レイは夏になれば、まさに大葉食べ放題となっていたのだ。

 ……もっとも、大葉は基本的に薬味だ。

 たまに豚バラ肉と大葉の炒め物や天ぷらが夕食で出る時もあったが、それでもやはり大葉は薬味として使うのが一般的で、それを示すように冷やしぶっかけうどん、蕎麦、冷やし中華といった麺類に大葉は使われていた。


「この薬味はうどんによく合って美味いな」

「え? あ、そうですか? ありがとうございます」


 うどんを食べるセトを見て幸せそうな様子だった料理人が、レイの言葉で我に返る。

 だが、料理人だけあって自分の料理が褒められたのは嬉しかったのだろう。

 笑みを浮かべて口を開く。


「実はそれ、最近ギルムで出回っている新しい香辛料の一つなんですよ」

「そうなのか?」

「ええ。最近はそれなりに安く香辛料が買えるようになってきたので、私達にとっては大助かりです」


 そう言う料理人は、まさか香辛料が安く流通するようになった件にレイが関係しているとは思ってもいないのだろう。


「こうした生の香辛料……って言っていいのかどうかは分からないが、そういうのもあるんだな」


 レイが香辛料と言って思い浮かべるのは、やはり胡椒の類だ。

 あるいはローリエを始めとして、料理漫画に出て来るようなものか。

 それらの香辛料は基本的に日持ちするように乾燥させられていた。

 それだけに、どうしても香辛料はそうした乾燥したものだという認識がレイにはあったのだろう。

 レイが気にしていた大葉も分類としては香辛料なのだが、レイの中では身近すぎて薬味と香辛料はイコールで結ばれていなかったのだろう。


「そうなんですよ。こうした生の香辛料は、香りとかが乾燥したものよりも上だったりするんですが、どうしても日持ちがしませんからね。育てている場所でしか食べられないんです。……冬で雪が降っているのに、こういう生の香辛料が出てるのはちょっと意外ですけど、多分マジックアイテムが何かなんでしょうね」


 どうやら料理人は緑人については知らなかったらしい。

 こうして本来なら大葉に似た香辛料が育つ筈ではないこのギルムにて、こうして出回っているのはマジックアイテムによるものだと思っていた。


(日本でも、冬に大葉とかが出回っていたしな。……ハウス栽培とかは、この世界でも出来そうだけど……あ、でもモンスターとか盗賊とかそういうのに対処するとなると、街中でやるしかないし、そうなると場所の問題もあるのか)


 そう思いつつ、レイは料理人との会話を楽しむ。


「この香辛料も、普通にうどんを売る時にはちょっと出すのが難しい値段なんですけど、今日は特別ですしね」


 こうして出張料理人としての仕事をすると、当然ながら普通に街中で料理を食べるよりも高くなる。

 料理人にしてみれば、マリーナからしっかりと報酬を貰っているので、普段自分の店では出さないような食材を使ってみたいと思うのはおかしな話ではない。


「そうか。美味いからよかったけどな」


 多少奮発した食材を使い、それによって料金が高くなったところで、その料金はレイ達にしてみれば誤差の範囲内でしかない。

 レイだけではなく、他の面々もうどんを楽しむ。

 ただ、ビューネはまだ年齢も影響してか、レイが気に入った大葉に似た香りを持つ薬味があまり好みではなかったようだったが。

 そうして満足するまでうどんを食べて、楽しい昼食の時間は終わる。

 ……料理人達は、レイとセト、ビューネといったように普通以上に食べる者達が満足するまでうどんを作り続けたので、かなり疲労困憊といった様子だったが。

 これで実はレイとビューネはともかく、セトはまだ余裕で食べることが出来ると知ったら、料理人がどうなるか。

 セト愛好家の一人として、疲労困憊でもうどんを作るか。

 それとも勘弁して欲しいと思うか。

 少しだけ……本当に少しだけそれを試してみたいと思うレイだったが、それでも疲れ切った様子の料理人を見れば、やっぱり止めておこうと思う。

 レイも別に、料理人を苛めたい訳ではない。

 自分に美味い料理を作ってくれて、そしてセトを好む一人なのだから。

 そのような相手に、わざわざ意地悪をする必要はないだろうと思い……


(ん?)


 そんな自分の思考に、レイはふと気が付く。

 うどんを食べるまでは、燃え尽き症候群に似たような感じでやる気が起きなかった。

 だが、今はそうでもない。

 これはうどんを食べたお陰で気分転換が出来たのか、それとも時間が経ったことで自然と燃え尽き症候群が治ったのか。

 それはレイにも分からなかったが、自分の中にやる気が満ちている……とまではいかないものの、倦怠感の類がなくなったのは事実。

 そんな風に思っている間に料金の支払いも終わり、料理人は帰っていく。

 そうして料理人がマリーナの家から出ていったところで、エレーナがレイに尋ねる。


「レイ? どうかしたのか?」


 レイの様子が変だと気が付いたらしいエレーナの言葉。

 とはいえ、それはエレーナだけではなくレイと親しい他の面々もレイの様子……雰囲気の変化には気が付いていたらしい。

 それだけ今日のレイは昨日までと違って燃え尽き症候群の影響が大きかったということなのだろう。


「皆でうどんを食べたお陰か、やる気が出てきた」

「それは何よりだ。穢れの件が終わったとはいえ、レイもまだ色々とやることがあるだろう。レイのやる気によって、効率も変わってくる」

「そこまでやることは……まぁ、ない訳じゃないけど」


 そう言いつつ、レイは自分がやるべきことを考える。

 ギガントタートルの解体。妖精郷に行って長に穢れの件の報告をする。頼んでいたゴーレムの受け取り。

 ざっと思いつくだけでも、これだけある。

 それ以外にも美味い料理を買い集めたり、何かいいマジックアイテムがないかを探してみたり、セトやイエロと一緒に雪遊びをしたり……細かいことも含めると、やるべきこと、やりたいことはかなり多い。


(あれ? 何だかんだと結構やることが多いな。……穢れの件が終わってもう少しゆっくり出来ると思ったんだけど)


 そう思うレイだったが、春から秋に掛けて自分がやって来たことに比べると、総合的に見た場合は楽な状態なのは間違いないと思い直す。

 春になれば迷宮都市に向かうことになっているので、それまでにやるべきことはやっておく必要もあるのだろうと思いながら。


「じゃあ、今日はどうするの?」


 ヴィヘラの声に、レイは少し考えてから口を開く。


「妖精郷に行く……と言いたいところだけど、その前にやっぱりギルドだな。ギガントタートルの件は出来るだけ早く決めておく必要があるし」


 ギガントタートルの解体の件は、ギルムにとって少しでも早く行われるべきことだろう。

 去年は雪が降ってからすぐに解体が始まったが、今年はレイ達が穢れの関係者の本拠地に行っていた為もあって……また、単純に例年よりも雪が降るのが遅かったというのもあって、去年と比べるとギガントタートルの解体がかなり遅れてしまっている。

 だからこそ、レイは少しでも早くギルドに行って話をつける必要があった。


(あ、しまったな。どうせならダスカー様から報酬を聞かれた時に、ギガントタートルの解体についても全面的なフォローとか頼んでおけばよかった。……今更だけど)


 ダスカーから報酬を求められた時、その場で言わなければ後でこれが欲しいと言ってもそれは聞かないと、しっかり言われている。

 そうである以上、レイも今更ダスカーに頼むことは出来ないというのは分かっていた。

 分かっていたが……


「ギガントタートルの解体についてはギルムの問題でもあるんだし、ダスカー様も協力してくれそうだと思うけど、どうだ?」

「うーん……それは……」


 普段ならダスカーを使うことに何の躊躇も持たないマリーナだったが、レイの言葉に悩ましげな様子を見せる。

 その表情は非常に艶っぽく、マリーナを見慣れているレイですら視線を奪われてしまう。

 それでもすぐ我に返り、そっと視線を逸らすが。

 レイの行動に気が付いたのか気が付いてないのか。

 やがてマリーナは悩ましげな表情のまま口を開く。


「これがいつもなら問題ないなんだけど、今のダスカーは穢れの関係者の件で忙しいと思うわ。ガーシュタイナーとオクタビアの二人も報告書を提出する必要があるでしょうし、その報告書を読んで王都に連絡をしたり、場合によってはベスティア帝国に派遣する人選をしたり」

「……うん。止めておくよ」


 マリーナの言葉にレイはそう判断する。

 春から秋までは、ギルムの増築工事や、砂上船の工場について、それ以外にも領主としての仕事があり、面会を求めて来る者達の相手をして、非常に忙しい毎日を送っていた。

 冗談でも何でもなく、激務という表現が正しい日々を送っていたのだ。

 そんなダスカーも冬になったことでようやく仕事が減り、ある程度の余裕が出来たのだが……そこで今回の穢れの関係者の本拠地の奇襲だ。

 増築工事の仕事がないので何とかなっているが、もしこれが春から秋に起きていたら、さすがにダスカーでも限界を超えていただろう。

 だからこそ、春に向けてレイはダスカーにこれ以上あまり忙しい毎日をして欲しくはないと思い、ギガントタートルの解体について全面的にダスカーからの協力を貰おうという考えは止めた。

 一応、以前ダスカーとギガントタートルの解体についての話はしていたのだが、その辺りについてはギルドや警備兵に協力して貰えば何とかなるだろう。

 ギルドは勿論、警備兵もギガントタートルの解体をすることによってスラム街の住人が社会復帰を果たすということになれば、スラム街で起きる騒動、あるいはスラム街の住人が大通りで起こす騒動といったものが減るので、悪くない話だ。

 また、単純にレイが警備兵の多くと親しい関係を築いているというのも大きい。

 今は領主の館やマリーナの家に直接上空から出入りしているレイだったが、以前は普通に正門から入る時、警備兵はセトに干し肉を食べさせたりして、可愛がっていた。

 それ以外にも、レイの持つトラブル誘引体質とでも呼ぶべきものは、自然とレイを大きなトラブルに巻き込むことになり、それによってギルムの犯罪者が何人も捕らえられている。

 人によっては警備兵の仕事を増やしているようにも思えるのだが、そんなレイの行動によってギルムの治安が上昇したのも事実。

 ギルムの警備兵にしてみれば、それこそレイのお陰だと思って好意的に思う者も少なくない。

 ……それでも全員がそのように思っている訳ではないのだが。


「取りあえず今日やるべきことはもう決まった。なので、午後からはギルドに行ってくるよ」


 そう言うレイの言葉に、話を聞いていた他の面々は異論を挟む様子はない。

 レイと直接接したマリーナは当然だが、他の面々もレイが活力をなくしていたというのは聞いており、だからこそ心配をしていたのは間違いない。

 実際、食事の準備が出来て中庭にレイが姿を現した時も、どこか元気がないように見えたのだから。

 しかしうどんを食べた今、かなりやる気になっている。

 今のレイは数時間前までと同じ人物かと言われると、疑問を抱く者もいるだろう。


「そう? でも今もギルムでレイが見つけられると大きな騒動になるから、その辺は気を付けてね。……一応、レイが出る前に精霊で周囲の様子は確認しておくから」

「ああ、頼む。ダスカー様の部下の騎士達が行動してくれていれば、普通に出ることも出来るんだろうけどな」


 ドラゴンローブの隠蔽の効果とフードで顔を隠せば、取りあえず自分をレイだと見抜けない者もいるだろうと思うのだった。

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