3478話
結局、レイ達一行とダスカーの話し合いは無事に終わった。
途中でダスカーがマリーナを偽物扱いしたことによって、ダスカーの黒歴史が四つ程披露されることになったが。
それでも全体的に見れば、平穏に終わったと言ってもいいだろう。
レイ達が入手した報酬は、一つ目として貴族街にあるマリーナの家を見張ってる者達の排除。
これについては、警備兵ではなく騎士が行うことになった。
最初、レイは何故わざわざ騎士を? と思ったが、貴族街にあるマリーナの家を見張っている以上、当然その見張っている者の雇い主も貴族街の貴族……あるいは貴族街に入れるように手筈を整えられる者となる。
そのような後ろ盾を持つ者に対し、普通の警備兵が注意をしたところで無視されるだけだ。
最悪の場合、その警備兵を殺す……まではいかなくても、邪魔をしないように暴力を振るうといったこともしかねない。
そうさせない為に、騎士が出るのだ。
勿論騎士も無敵という訳ではない。
だが、騎士はダスカーに直接仕えている存在だ。
もし騎士に手を出すようなことをすれば、そのようなことをした者は勿論、その後ろ盾となっている者も何らかの処罰を受けるだろう。
場合によってはギルムから追い出される可能性もあった。
その為、騎士が出ればマリーナの家を見張っている者達も撤退するしかない。
そして第二の報酬は、マジックアイテムの窯。
これについては特に注意事項はない。
ダスカーから注文された錬金術師が、その技術を最大限に活かして最高の窯を作るという事だけだ。
これまで、マジックアイテムの窯はマリーナが料理を作る時にそれなりに使っていたのだが、その窯はあくまでもレイの所有物だ。
レイが妖精郷で寝泊まりしている今、普段はミスティリングに収納されている窯は使えない。
その使い勝手の良さ……特に薪を入れて熱したりせずとも、魔力を使えばそれだけで熱くなるというのは、マリーナにとっても便利だったのだろう。
精霊魔法の使い手として名高く、万能のようにも思われているマリーナだが、精霊の中で火系統の精霊は使えない。
もしそれらの精霊も使えるのなら、わざわざマジックアイテムの窯はいらなかったのかもしれないが。
レイがマリーナからその話を聞いた時は、電子レンジ的な感じなら火を使わなくても料理が出来るのでは? と思ったものの、電子レンジの詳細な説明が出来ない以上、それは無理だった。
そんな訳で、マジックアイテムの窯をいつでも使えるように中庭に設置するというのがマリーナの考えだった。
実際には錬金術師に窯を作って貰い、それをレイがミスティリングで運ぶという流れになるのだろうが。
そして三つ目の報酬が火炎鉱石を始めとした魔法金属の鉱石を樽で貰うというものだ。
具体的にどのような種類の魔法金属があるのかは、レイには分からない。
だが、火炎鉱石が入っているのは間違いなく、他にも多数の魔法金属があるということで期待している。
その魔法金属の鉱石は、鍛冶に使う訳ではなくレイの奥の手の一つ、火災旋風を使う時に威力を増す為に使うのだが。
依頼の報酬四つ目は、香辛料を定期的にマリーナ達に渡すこと。
リザードマン達と共に転移していた緑人達は、現在ダスカーに保護されている。
異世界の存在だからというのもあるが、何より植物に関する特殊な能力を持っているからというのが大きい。
本来ならギルムの気候では育たない植物も、緑人達の能力を使えば育てるのは難しくない。
結果としては、本来ならギルムで購入するとなると長距離を運ぶ影響もあって高額になる香辛料をギルムで育てることが出来る。
実際にそんなダスカーの計画は功を奏し、現在ギルムでは多種多様な香辛料が出回っている。
誰でも自由に買えるという程に安くはないものの、それでも以前に比べれば圧倒的に安くなっている。
……問題なのは、そうして香辛料を以前よりも安く購入出来るようになっても、その香辛料の使い方が分からない者が多いということだろう。
料理を食べるのは好きだが、作ることはそこまで得意でもないレイは、当然ながら香辛料の使い方は知らない。
もし知っていればカレーを作れたかもしれないのにと悔しい思いをしたが。
「さて、とにかくそんな訳で穢れの一件も片付いたから、せめて今日くらいは楽しもう。……乾杯!」
『乾杯!』
「グルゥ!」
「キュウ!」
「ん!」
レイがコップを掲げると短く挨拶をし、他の者達もそれぞれ持っていたコップを掲げて近くにいる相手とコップをぶつけてから、中身を飲む。
とはいえ、レイのコップの中は酒でなく果実水だったが。
ビューネを含め、酒を飲めない者達は全員が果実水だ。
そしてテーブルの上には、レイのミスティリングに入っていた料理が大量に並ぶ。
それだけならいつもと同じ食事風景なのだが、今日はそれ以外にもクリスタルドラゴンの肉といった希少な肉を使った料理も並んでいる。
これらの料理は、マリーナの手製だ。
とはいえ、肉そのものが非常に上質な肉なので、下手に凝った料理を作ってしまえばその肉の美味さが損なわれてしまうので、シンプルにステーキなのだが。
マリーナも料理の腕は悪くないものの、それはあくまでも素人の中ではといった感じだ。
精々がセミプロレベルといったところか。
本職の……それこそ領主の館で料理をしている者達と比べれば、どうしてもその技量は劣る。
そのような者達であれば、クリスタルドラゴンの肉の良さを殺さずに凝った料理を作ることも出来るのだろうが。
「あ……そうか。しまったな」
果実水を飲み、クリスタルドラゴンのステーキを味わって食べていたレイの口からそんな声が漏れる。
その声が聞こえたのか、こちらは新鮮な野菜のサラダを味わっていたマリーナが視線を向けてきた。
「レイ? どうしたの?」
「いや、どうせならダスカー様からの報酬に、クリスタルドラゴンの肉を使った料理……それも一般では作れない、本職ならではの料理を領主の館の料理人達に作って貰えばよかったなと思って。ミスティリングに収納しておけば、いつでも出来たてを食べられるし」
その言葉に、マリーナは驚く。
マリーナにとっても、レイの提案は予想外だったのだろう。
……いや、驚いているのはマリーナだけではない。
つい数秒前まではテーブルの上の料理を楽しみ、話を楽しんでいた他の面々もそれは同様だった。
クリスタルドラゴンのステーキの味を十分に理解しているからこそ、本職の料理人……それもその辺の料理人ではなく、領主の館で雇われるような、ギルムでも最高峰の腕を持つ料理人が料理をしたらどうなるのか、気になったのだろう。
「それは……考えつかなかったわね。どういう風に料理をするのか、間近で見れば勉強にもなるでしょうし」
惜しいことをしたと言うマリーナだったが、それはもう言っても仕方がない。
何しろダスカーが、応接室でどのような報酬を希望するのかと言った時、この話が終わった後で報酬を追加して欲しいと言っても駄目だと、そう言っていたのだから。
「レイ、もう少し早くその件について思いついてくれたら嬉しかったんだけど」
「いや、無理を言うな無理を。俺だってこうして料理を食べていて、それでふと思いついただけなんだから。……とはいえ、料理を作ってくれと依頼するだけなら、ダスカー様ならそんなに問題なく引き受けてくれそうだけど。後はクリスタルドラゴンの肉を報酬として少し渡せばいいだろうし」
「うーん、どうかしら。けどまぁ、そうね。後でちょっと話してみるわ」
そう言い、笑みを浮かべるマリーナ。
そんなマリーナを見て、黒歴史を使うんだろうなとレイは予想する。
もしこれが例えばギルムの運営に関わるようなことであったり、多くの者に影響を与えるようなことなら、ダスカーも自分の黒歴史が派手に広められようとも、決してそれに頷くことはない。
だが、今回のように料理を作って貰うといった程度の話なら、特に問題はないと判断して認めるだろう。
ダスカーも自分の黒歴史を広められたい訳ではないのだから。
……もっとも、料理を作って貰うという点では大したことはないものの、その素材がクリスタルドラゴンの肉であると知れば、多くの者が自分も食べたいとダスカーに要望するだろう。
そういう意味では、多くの者に影響を与えない訳ではないのだ。
とはいえ、その辺は問題ないだろうとレイは思っているが。
一体誰が領主の館の料理人達が、クリスタルドラゴンの肉を使った料理をしていると思うのか。
事情を知ってる者が意図的に漏らさない限り、心配はない。
「料理の件はそれでいいとして……そう言えば、レイ。ギガントタートルの解体の件はどうなったの?」
「明日か明後日か、それとももう少し後か……そのくらいには動くつもりだ」
ヴィヘラの問いにレイはそう答える。
ギガントタートルの解体は、スラム街の住人がスラム街から脱出する手段として大いに期待されている事業だ。
今年は穢れの関係者の本拠地に対する襲撃があったので、去年よりも遅れたが……それでもやらない訳にはいかない。
それだけギガントタートルの解体についてはギルムでも期待されているのだ。
……今となっては、レイがダスカーから貰ったドワイトナイフを使えば解体はそう難しくない。
ないのだが、スラム街の状況を思えばドワイトナイフを使う訳にもいかない。
「なるほど。ギガントタートルの肉は去年結構高値で取引されてたみたいだし、待っていた人もいるんでしょうね」
「その辺はそれぞれの行動次第だな」
去年の解体の時、報酬として現金で支払うか、あるいはギガントタートルの肉を渡すかを選べた。
その時、ギガントタートルの肉を選んだ者の中には、上手く交渉をした結果としてかなりの金額を手に入れた者もいる。
だが、そのような者達とは逆に安値でギガントタートルの肉を買い取られた者もいる。
とはいえ、この辺はあくまでも個人の責任だ。
交渉に自信がないのなら、最初からギガントタートルの肉ではなく現金で報酬を貰えばいい話なのだから。
「でも、去年はギガントタートルの肉がかなり高値で売られていたらしいわよ?」
「あれだけ目立っていたからな」
ヴィヘラの言葉に、エレーナがしみじみと呟く。
実際、その言葉は間違っていない。
去年は毎日のようにギガントタートルをそのまま出して、解体を行っていたのだ。
ギルムに住む者なら、トレントの森で起きた騒動……そこから姿を現したギガントタートルについては知ってる者も多い。
そんなギガントタートルの死体を間近で見ることが出来て、それが解体される光景も直接自分の目で見ることが出来るのだ。
ましてや、多少の例外はあれどもモンスターというのは高ランクモンスターになる程、その肉が美味いというのは常識だ。
美味く、そして希少な肉。
それを欲する者が一体どれだけいるのかは、考えるまでもなく明らかだろう。
「とはいえ、あの巨体ではあっても無限に肉が出てくる訳じゃない。しかもオークのように多数いるって訳でもないし。一匹だけの存在なんだろうな」
「だからこそ、少しでもその肉を食べたいとか、素材を欲しいとか、そう思う者が出てくるのだろう」
エレーナの言葉にレイは面倒そうにしながらも頷く。
せめてもの救いは、ギガントタートルの解体は基本的にギルドを通して行っている為、面倒の大半をギルドが引き受けてくれるということだろう。
中にはレイと直接交渉をしたいと思う者もいるかもしれないが、この時季にギルムにいる者ならレイがどのような存在か知っているので、妙なちょっかいを出したりはしない。
……もっとも、今はギガントタートルではなくもっと珍しい存在……新種のドラゴンのクリスタルドラゴンについての情報を聞こうとしたり、あるいは素材や肉を売って欲しいと交渉を希望する者がいるのだが。
ギガントタートルの件であれば、レイの存在そのものがある種の抑止力となる。
だが、それが新種のドラゴンとなれば話は違ってくる。
本来ならレイにはちょっかいを出さないようにしようと思っている者であっても、クリスタルドラゴンについてなら多少の危険があっても……と。
それでもギルムに住んでいる者なので、必要以上にレイを刺激したり、ましてや高圧的に命令するようなことはしない。
……冬になる前、ギルムについて詳しくない者であったり、レイの噂は作り物だと思っているような者であれば、レイに喧嘩を売るような者もいるかもしれないが。
そういう意味では、ギルムの住人は相応に事情を分かっているということだった。