3477話
「なるほど。色々と大変だったみたいだな」
レイ達から今回の一連の行動についての説明を聞いたダスカーの口からは、そんな言葉が漏れる。
既に対のオーブで説明してあるところは基本的に省略し、ダスカーが疑問に思った場所についてはその都度答えるといった感じで説明は行われた。
ダスカーも幾つかの疑問が解消され、安堵した様子を見せる。
「とにかく、世界が破滅する危機から救われたのはいいことだ。……ただ、分かってると思うが、この件は基本的に口外無用で頼む」
「でしょうね。そういうのが出来ると知れば、それをやってみたいと思う人が出てくるのは当然だもの。その度にまた私達が駆り出されるようなことになるのはごめんだから、私は構わないわ」
そう言うと、マリーナは他の面々にもどうする? と視線で尋ねる。
そんなマリーナの視線に、話を聞いていた者達……具体的には冒険者組とレイの一行は揃って頷く。
騎士達はダスカーに仕えている以上、ダスカーが言うなと言えば口外することはない。
中には口の軽い者、酔っ払って口が滑る者もいるが、ガーシュタイナーやオクタビアは最初からダスカーがその辺も考えた上で派遣した人材だ。
ダスカーに忠誠を誓っているこの二人なら、それこそ拷問されても今回の件を口にすることはないだろう。
冒険者組にしてみれば、高額な報酬には口止め料が入っているのも最初から承知している。
下手に今回の一件を自慢する為に口にして目立つようなことがあれば、誰にどのように狙われるか分からないというのも十分に理解している。
冒険者である以上はある程度目立って実力を示さなければならないのだが、それも場合による。
今回の穢れの一件は、それを口にするべきではないというのはこの場にいる者なら十分に理解出来た。
世の中には穢れの関係者達のように世界を破滅させたいと思っている者が他にもいるだろうし、中には自分達なら上手い具合に穢れや大いなる存在をコントロール出来ると勘違いし、それを自分達の力として利用するという馬鹿な考えを抱く者もいるかもしれない。
そのような者達にレリュー達が自慢げに今回のことを話しているのを知られたら、間違いなく面倒なことになる。
勿論、レリュー、グライナー、ミレイヌの三人は十分な強さを持つ。
レリューは疾風の異名を持ち、グライナーはランクA冒険者で、ミレイヌはランクこそ二人に及ばないものの、レイさえいなければギルムにおける若手の中でも最高峰の実力を持つ。
だが……そのように自分の力で何とか出来るからといって、わざわざ自分から危険を呼び込むような真似をする筈もない。
それで何らかの利益でもあるのなら話は別だが、そういう情報を欲してくる者達の相手はひたすら面倒なだけなのだから。
レイ達も事情は冒険者組と同じようなものだ。
……いや、レイ達の場合は姫将軍の異名を持ち、貴族派の象徴たるエレーナであったり、世界樹の巫女にして元ギルドマスターのマリーナ、元ベスティア帝国の皇女のヴィヘラといった具合に、冒険者組よりも面倒な事情を持った者達が集まっている。
それに加えてトラブル誘引体質を持つレイがいるのだ。
そんな中でわざわざ自分から好んで面倒を引き寄せるようなことをしたいとは思わない。
そうして全員がこの件については口外しないというのを確認したところで、改めてダスカーが口を開く。
「それで報酬についてだが……ガーシュタイナーとオクタビアには、後で今回の件の特別報酬を出す。レリュー達はそれぞれ光金貨でよかったんだな?」
騎士組と冒険者組はそれぞれ頷く。
そんな中でも、特にミレイヌは心の底から嬉しそうな様子を見せている。
何故そこまで嬉しそうなのか、レイは……いや、ダスカー以外の全員が理解していた。
誰でもミレイヌと一緒に数日……いや、一日でも一緒にいれば、その理由は理解出来るだろう。
もっとも、そこにセトがいたらという条件付きだが。
つまり、ミレイヌがここまで喜んでいるのはセトに貢ぐ為の料理を好きなだけ買えるというのが大きい。
「それで、レイ達だが……どうする?」
「あのね、普通こういう時はダスカーの方で支払う報酬を決めるんでしょう?」
ダスカーの言葉に呆れたようにマリーナが言う。
そんなマリーナに何かを言おうとしたダスカーだったが、その前に冒険者組に視線を向けて口を開く。
「お前達はもう下がっていい。ゆっくりと休め。報酬はギルドで受け取ってくれ。それと、もし今回の件でまた何か聞きたいことがあったら呼び出すかもしれないから、その辺は承知しておいて欲しい」
「分かりました。呼び出す時はギルドに連絡をして貰えば助かります」
冒険者組を代表し、グライナーがそう言う。
他の二人もその言葉に異論がなく、そのまま応接室を出ていく。
「ガーシュタイナーとオクタビアも、まずはゆっくりと休め。報告書の作成はそれからでいい」
続いて騎士組もダスカーの言葉に頷き、部屋を出ていく。
……オクタビアはヴィヘラに何か言いたげな様子だったが、結局何も言っていない。
そして応接室に残ったのは、ダスカーとレイ一行のみとなる。
「で? 何だってわざわざ他の人を帰したりしたの?」
マリーナがダスカーに尋ねる。
本来なら、この一行のリーダーはレイだ。
だが、ダスカーとの交渉はマリーナの方が向いているのは間違いなく、だからこそレイはそんなマリーナの言葉に口出ししたりせず、じっと見守る。
ダスカーが少しだけ恨めしそうな視線をレイに向けた。
ダスカーにとって、マリーナは天敵だ。
自分の黒歴史を知られている相手との交渉となれば、どうしても不利なのだから。
……他の面々を帰らせなかった方がよかったか?
少しだけそう思ったダスカーだったが、すぐにそれを否定する。
もしここに他の者がいたら、その相手にダスカーの黒歴史が知られてしまうということになりかねなかったのだから。
仕方がないと諦め、ダスカーはマリーナとの交渉を行う。
「仕方がないだろう。お前達の場合は、報酬として金を渡してもそこまで嬉しくはないだろうし」
「……全員がそうではないけどね」
そう言うマリーナだったが、それはダスカーの言葉を殆ど認めていた。
何しろレイ一行の中で金に困っている者はいない。
以前……本当に以前、最初にレイがビューネと会った時は金に困っていたものの、今のビューネはレイ達と行動を共にしているということもあって金に困ってはいない。
とはいえ、マリーナが言った全員がそうではない……つまり金が報酬で嬉しいと思うのはビューネなのだが。
それだけ貧乏だった時の印象が本人に強く残っているのだろう。
だが、そんなビューネ以外の面々は特に金に困ってはいない。
それこそレイのミスティリングの中には今まで盗賊狩りで稼いだ金が大量に入っており、普通の人なら数度生まれ変わっても遊んで暮らせるだけの額がある。
勿論金を貰って嬉しくない訳ではない。
金というのはあって困るものではないのだから。
だが……それでも、公に出来ないとはいえ、文字通りの意味で世界を救ったレイにしてみれば、金貨や白金貨よりも高額な光金貨であっても、そこまで欲しいものではない。
ダスカーもそれが分かっているからこそ、わざわざレイ達だけを残して報酬についての交渉を行ったのだろう。
(正直なところ、俺は少し前にドワイトナイフを貰ったし、それで十分ではあるんだけど)
毎回モンスターを解体する作業をする必要がなく、魔力を込めてモンスターの死体に突き刺せば、それだけで自動的に解体が行われるという効果を持つドワイトナイフ。
魔獣術の件やセトや自分の食料という意味もあって、モンスターと戦う機会の多いレイにしてみれば、ドワイトナイフというマジックアイテムは非常にありがたい。
それこそ世界を救った報酬がこのドワイトナイフであったと言われても、特に不満は抱かない。
……もっとも、だからといってそれを自分から言う気もないが。
マリーナが交渉してくれているのだから、何か追加でマジックアイテムが貰えるのなら、レイにとっても大歓迎なのは間違いなかった。
「そうだな。以前にも何かの報酬で支払ったと思うが、火炎鉱石はどうだ?」
ダスカーの口から出たのは、レイにとっても欲しいと思えるものだ。
火炎鉱石というのは火や炎といった魔力が込めれた魔法金属を作る為の鉱石だ。
最初にレイがその存在を知ったのは、とある商会と揉めていた時に戦ったハーピーの群れの住処でだ。
火炎鉱石はレイの代名詞である火災旋風……炎の竜巻を生み出した時に投げ入れると、その威力を増すという効果を発揮する。
自分の象徴とでも呼ぶべき火災旋風の威力を高めるということを考えれば、火炎鉱石が欲しいのは間違いない。
「そうね。火炎鉱石というのはいいと思うわ。けど、どうせなら他の魔法金属の鉱石も貰えないかしら」
「……分かった。幾つか見繕う。他には?」
「そうね。現在緑人の力を借りて香辛料を栽培してるわよね? その香辛料について全種類を定期的に私達に渡すようにして欲しいのだけど」
「それは……どのくらいの量を渡すかにもよるが、前向きに検討しよう」
ダスカーにしてみれば、香辛料をどのくらい渡すのかにもよるので、すぐに頷くことは出来ない。
マリーナの性格を考えればないと思うが、生産された香辛料の半分をずっと自分達に渡せと言われたりしたら、ダスカーとしては素直に承諾出来ない。
ギルムで栽培されている香辛料は、基本的にこの辺りでは本来育たない植物のものだ。
その香辛料は、同じ大きさの金と……いや、香辛料の種類によってはミスリルよりも高額で扱われる場合すらある。
ようやくその香辛料の栽培も上手くいき始めており、現在はギルムの中でもそれなりに香辛料が手頃な値段で買えるようになってきた。
来年の春からは、それなりに大規模に香辛料を売ってギルムの利益にしようと考えていたダスカーだ。
増築工事もそうだが、将来的に回収出来るのは間違いないものの、一時的にギルムの持ち出しはかなり凄いことになっている。
ミレアーナ王国唯一の辺境のギルムだからこそ、それでも問題なく運営出来ているのだ。
その回収の大きな手段となるだろう香辛料に関係するだけに、ダスカーが慎重になってもおかしくはなかった。
「そう。後は……そうね。レイが持っているマジックアイテムの窯を知ってる?」
「は? ああ、まぁ。話を聞いたことくらいなら」
「なら、それと同じ……いえ、もっと大きめで高性能な窯のマジックアイテムを作って貰える? 持ち運びとかは考えなくてもいいから」
その提案はダスカーにとっても予想外だったのだろう。
驚きの表情を浮かべる。
とはいえ、マジックアイテムの窯については香辛料と違って特に迷うこともない。
これについては、別途錬金術師に料金を支払って作って貰えばいいだけなのだから。
マジックアイテムを特注で作るとなると相応の金額が掛かるが、世界を救ったレイ達への報酬として考えれば問題ない。……いや、寧ろその程度でいいのかとすら、思わないでもなかった。
「他には何かあるか? 言っておくが、後から何かを追加されてもそれは聞けないぞ。もし何かあるのなら、今ここで言ってくれ。……それを受け入れられるかどうかは、また別の話だが」
「うーん、そうね。その辺りでいいわ」
「……何?」
まだ色々と要求されるだろうと思っていたダスカーは、マリーナの言葉に目を大きく見開く。
魔法金属の鉱石に、定期的に香辛料を渡す、そしてマジックアイテムの窯。
どれも相応に価値があるものだし、ちょっとした依頼の報酬としては難しいだろうものだ。
だが、それでもレイ達は世界を救ったというのに、その報酬として考えると明らかに安い。
「いいのか? さっきも言ったが、後から追加でこれを報酬にして欲しいと言われても困るぞ?」
「あー……そうね。じゃあ、私の家の周囲を見張ってる人達をどうにかしてくれないかしら。それ以外は特に希望はないわね。……ダスカーもこれから数年は大変でしょう? それに今のところはそこまで必要な物はないしね」
その言葉に、ダスカーは目を大きく見開く。
そして恐る恐るといった様子で口を開く。
「偽物か?」
その言葉に、マリーナは満面の笑みを浮かべる。
……目が笑っていない笑みだったが。
そんな笑みを浮かべるマリーナを見たダスカーは、自分が思い切りミスをしたと思いつつ、何とか話を誤魔化そうとするのだった。