3476話
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「見えてきたな」
視線の先に存在する景色を見て、そう呟く。
レイの視線の先にあるのは、このエルジィンにおいてレイの故郷とも呼べるギルム。
穢れの関係者の本拠地のあった場所からセトに乗って移動すること数日。
ようやくそのギルムに戻ってきたのだ。
「あ、私は悪いけど取りあえずこの辺で一旦別行動をするわね。少しでも早く長に事情を説明したいし。レイもギルムでの報告が終わったら妖精郷に戻ってくるんでしょ?」
「あー……どうだろうな。その辺はまだ分からない。ただ、今日明日は無理かもしれないけど、取りあえず出来るだけ早く妖精郷には顔を出したいと思っている」
「そう? 分かったわ。じゃあね」
そう言うと、ニールセンはあっさりとレイから離れて妖精郷のあるトレントの森に向かう。
そんなニールセンの様子を見ながら、レイはしみじみと思う。
(全く何の騒動にも巻き込まれなかったな)
レイ達が穢れの関係者の本拠地のあった場所からギルムに戻ってくるまでの数日の旅路では、特にトラブルらしいトラブルは何も起きなかったのだ。
盗賊に襲撃されている馬車を見つけたり、あるいはモンスターに襲われている村を見つけたりといったようなトラブルが何も。
……普通に旅をする場合、それが当然ではある。
寧ろ頻繁に盗賊やモンスターと遭遇したり、それ以外にも何らかのトラブルに巻き込まれているレイの方が色々とおかしいのだ。
とはいえ、レイは自分がトラブル誘引体質とでも呼ぶべき存在なのを知っている。
そういうものだと理解しているので、何かがあっても即座に対応出来るようになっており、どうせならそれを楽しんだ方がいいと思うようにもなっていた。
だが、そんなトラブル誘引体質の自分が特に何もトラブルがなくギルムまで戻ってきたのだから、これから何かあるのか? と思ってもおかしくはない。
……もしそんなレイの考えをセト籠に乗っている面々が聞いたら、穢れの関係者の本拠地であれだけの騒動を起こしたのだから、それでまだトラブルが足りないのかと突っ込んでいただろうが。
(まぁ、トラブルはなければないでいいんだけどな)
このままここで考えていても仕方がないと判断したレイは、セトの首を軽く撫でて声を掛ける。
「じゃあ、行くか。雪も少し強くなってきたみたいだし、早く領主の館に行って休みたいだろ?」
「グルゥ!」
レイの言葉にセトは元気よく鳴き声を上げる。
もっとも、セトは領主の館に入ることが出来ないので、休むとしてもいつもの庭でなのだが。
ただ、セトを可愛がっている料理人達がセトが来ていると知ればすぐに料理を持ってきたりするので、そういう意味でセトにとっては庭で休むのは大歓迎だった。
そもそもグリフォンのセトは、真冬で吹雪いていても何の問題もなく眠ることが出来るのだが。
セトは料理を楽しみにしながら、視線の先に見えているギルムに向かう。
レイが言ったように、少しずつ雪が強くなってきたのは上空を見てもセトを確認しにくいという意味でレイ達にとっては幸運だったのだろう。
とはいえ、セト籠の底の部分は周辺の光景に紛れるような機能があるので、セト籠を持っているセトを地上から見つけるのは非常に難しいのだが。
結局セトの姿は雪もあって誰にも見つかることなく領主の館の上に到着する。
セトは慣れた様子で地上に向かって降下していき、やがて掴んでいたセト籠を離す。
庭にはそれなりに雪が積もっていたお陰でもあってか、セト籠が着地した音はそこまで周囲には響かなかった。
それでも領主の館にいる者達の耳には聞こえたらしく、すぐ領主の館から何人もの兵士や騎士が姿を現す。
最初こそもしかしたら侵入者かと警戒した様子だったものの、セト籠を見て……そしてセト籠を下ろしてから一度上空に戻り、降下してきたセトを見て警戒を解く。
「レイ!」
騎士の一人……レイも何度か話したことのある男が、そう叫んで手を振る。
レイもセトの背から下りると、手を振り返す。
「たった今、戻った。ダスカー様に連絡を頼む」
そうレイが言うと、騎士はすぐに頷いてダスカーのいる部屋に向かう。
ちょうどそのタイミングで、セト籠に乗っていた者達が下りてくる。
(あ、しまった。何も考えないでダスカー様に知らせに行って貰ったけど、もしかしてミスったか?)
穢れの関係者の一件は、全員が知ってる訳ではない。
まだ限られた者だけが知っているのだ。
そう考えると、ここにダスカーがやって来ていろいろと話をするのは不味いのでは?
そのように思ってしまう。
誰が事情を知っているのか分からない以上、穢れの関係者については黙っておこう。
そう思いながら、セト籠から出た面々に近付いていく。
「取りあえずダスカー様に俺達が帰ってきたって連絡をして貰うように行って貰った。すぐにダスカー様からどうすればいいのか連絡が……」
「レイは分かってるようでダスカーのことを分かってないみたいね。……ほら」
レイの言葉にそう割り込むマリーナ。
そんなマリーナの視線を追うと、そこには先程の騎士とダスカーの姿があった。
「ダスカーの性格なら、わざわざ呼ぶより自分で直接来るわよ」
「どうやらそうらしいな」
そんな会話を交わす二人。
他の面々も、自分達に近付いてくるダスカーに視線を向けていた。
そんな視線を向けられつつも、ダスカーは特に気にした様子もなく歩き、レイ達に近付いたところで口を開く。
「よく無事に戻ってきてくれた」
そう言い、ダスカーは頭を下げる。
ざわり、と。
それを見ていた者達……それこそダスカーについてはこの場で一番詳しいマリーナですら、そんなダスカーの姿に目を大きく見開く。
ダスカーはこのギルムの領主だ。
そのような人物が頭を下げるというのは、普通なら有り得ない。
場合によっては、辺境伯の爵位を持つダスカーが頭を下げたという行為そのものが問題となる可能性もあった。
これが例えば、ダスカー程に影響力のある者ではなく、没落寸前の貴族であれば頭を下げてもそこまで問題にはならないだろう。
だが、ダスカーはミレアーナ王国における三大派閥の一つ、中立派を率いる人物だ。
そのような人物が頭を下げるということの意味は大きい。
不幸中の幸いなのは、ここがダスカーの住む領主の館で、今は冬ということもあって面会を求める者も非常に少なく、ダスカーが頭を下げた光景を見ていたのは身内だけだったことだろう。
「ダスカー、貴方ね……自分の立場を理解した上で行動しなさい?」
小さい頃からダスカーを知っているマリーナだけに、最初に我に返って小言のように言う。
しかしマリーナの言葉を聞いたダスカーは、下げていた頭を上げて首を横に振る。
「マリーナ達にはかなりの無理をさせたんだ。そのお陰でこの世界は救われた。……本来なら、王都で盛大にパレードを行ったりしてもおかしくないんだぞ? 俺が頭を下げるくらい、何でもない」
きっぱりと言い切るダスカー。
自分の行動に後ろ暗いところはないと、そう全身で示していた。
「エレーナ、ヴィヘラ」
ダスカーの様子に大きく息を吐いたマリーナが、そう二人に声を掛ける。
名前を呼ばれた二人は、すぐに頷く。
「私は気にしていない。このような率直な態度で感謝を示されるのは嬉しいものだ」
「エレーナに同じく。それに、今の私はただの冒険者よ?」
そんな二人の言葉に、マリーナも頷きを返す。
この二人が今回の件で何か妙なことを考えるとは思っていなかったが、それでも万が一を思えば確認しておく必要があったのも事実。
そうして問題がないと判断したところで、マリーナは改めてダスカーに向かって口を開く。
「じゃあ、取りあえずどこかの部屋で話しましょうか。雪も強くなってきたみたいだし」
「そうだな。……セトにも色々と大変な目に遭わせてしまった。うちの料理人がすぐに料理を持ってきてくれると思うから、待っていてくれ」
「グルルルゥ!」
ダスカーの言葉に嬉しそうに喉を鳴らすセト。
実際、今回の一件はセトにとってもかなり予想外のことが起こった。
相棒のレイが、魔力を使い果たして数日の間意識不明になったのだから。
目覚めてからも、魔力が回復するまではかなり大変そうな様子だった。
そんなレイを心配していたセトだ。
そうして苦労した見返りに美味い料理を食べさせて貰えるのなら、大歓迎だった。
嬉しそうなセトを、何人かが羨ましそうな視線で見る。
セトが食べる料理がどれくらい美味い料理なのかを想像したのだろう。
とはいえ、これからダスカーに今回の件の報告をする必要がある以上、羨ましそうに見ている者達がセトと一緒に食事をすることは出来なかったが。
唯一、料理よりもセトと一緒にいるということに価値を見出したミレイヌだったが、そのミレイヌも結局のところ他の面々と一緒にダスカーに事情を説明する必要があるのは間違いない。
せめてもの救いは、基本的な情報についてはレイが療養していた村や、ガラス化した大地のある場所、そしてギルムに戻ってくるまでの数日の野営の時に大体を説明しておいたことか。
その為、これからダスカーに改めて色々と説明をすることになるものの、それでも最初から最後まで微に入り細に入りといった感じで説明をする必要はない。
もっともそれはレイ一行や冒険者組としての話で、ダスカーに直接仕えているガーシュタイナーとオクタビアの二人は詳細な内容を報告書に書く必要があるが。
その報告書は、ダスカーは勿論、場合によっては王都にいる国王も読むことになるだろう。
その為、ダスカーに説明する時のように省略したりすることなく、詳細に書く必要がある。
そういう意味では、ガーシュタイナーとオクタビアの二人にとっては、ダスカーに説明した後で報告書を書く時こそがある種本番なのだろう。
領主の館に入ったレイ達が向かったのは、ダスカーの執務室……ではなく、客間。
それもレイが何度か利用した部屋よりも大きな客間だった。
レイ達は人数が多いので、全員が入れる場所としてこの部屋にしたのだろう。
実際にレイ達が何度か使った客室にこの場の全員が集まれば、ソファは足りなくなるので立ったまま、あるいは床に座ることになった筈だ。
ダスカーもそれを考えたので、この部屋に案内したのだろう。
全員がソファに座ると、ダスカーはすぐメイドに飲み物と軽く食べられるものを用意するように言う。
そうして準備が整ったところで、ダスカーはふと気が付いたように言う。
「レイ、ニールセンはどうした?」
「ニールセンは先に妖精郷に戻りました。長に報告する必要があると言って」
その言葉にダスカーは残念そうな表情を浮かべつつも、不満を口にはしない。
ダスカーが聞いているニールセンと長の関係を考えれば、そのようなニールセンの反応は仕方がないと思ったのだろう。
「レイは近いうちに妖精郷に行くんだろう? なら、その時に出来ればニールセンを連れてきてくれ」
「それは構いませんけど、ニールセンが知ってるようなことはここにいる者なら大体知ってますよ? 俺が意識不明だった時に何かあったら分かりませんが」
「その辺についても聞きたいことはあるが、妖精郷についてのこれからについても聞いておきたい」
今までギルムと妖精郷が協力関係にあったのは、穢れの件が非常に大きな意味を持っている。
しかし、その穢れの件も完全ではないにしろ、解決した。
そうなると、妖精郷との関係がどうなるのかというのは、ダスカーにとって重要な確認事項だろう。
一応ダスカーは自分が直接妖精郷に行き、それなりに話はつけてある。
だが……その相手が妖精となると、それこそ明日にはいきなり妖精郷が消えていてもおかしくはないと思ってしまう。
ダスカーよりも妖精について詳しいレイにしてみれば、長の生真面目な性格を考えるとそんなことはしないと思うのだが。
ただ、それはレイが長と親しいからこそ言えることだ。
だからこそ、ダスカーはその辺について詳しく話を聞いて欲しいと言ったのだろう。
「分かりました。ボブも自由に動けるようになったと言っておかないといけませんしね」
今回の穢れの件は、元々穢れの関係者にボブが追われているのにレイとニールセンが遭遇したところから始まっている。
そしてボブは猟師として色々な場所を旅しながら暮らしていた。
そんなボブだったが、穢れの一件で妖精郷に匿われることになってしまったのだ。
本人がどのように思っているのかは分からないが、取りあえずもう狙われる心配はなくなった……いや、穢れの関係者の拠点はまだあるので、完全に安全になった訳ではないが、それでも前よりは間違いなく安全になったと、そう教えておいた方がいいだろうとレイは思ったからこその言葉だった。