3473話
レイの説明が始まってから一時間程。
そのくらいの時間が経過したところで、ようやく巨人……シャロンについてであったり、大地全てがガラス化していたといった説明が終わる。
シャロンの件についてはともかく、大地全てがガラス化しているというレイの説明は、レリューを含めて多くの者が納得出来なかったらしい。
とはいえ、以前と違って現在は熱もレイの魔法によって何とか出来た以上、穢れの関係者の本拠地のあった場所には容易に移動出来る。
以前の、それこそ真昼の砂漠……あるいはそれ以上の熱気を持つ灼熱地獄ではなく、普通に移動出来るようになっているので、見に行くことはそう難しくはない。
「そんな訳で、取りあえずこれで報告は終わりだな。ガラス化した大地には、見たい者は好きに行ってくれ。……あるいはセト籠で全員一緒に移動してもいいかもしれないな」
その言葉に、何人かは早速巨人のいた場所に行こうと考える。
特にガーシュタイナーとオクタビアの二人は騎士という立場上、ダスカーに事情を説明する必要がある。
一応レイが目覚めた時に大雑把に説明はしてあるのだが、シャロンの件やガラス化した大地といった光景は、実際に自分の目で見ておかないと説明する時に困る。
二人の騎士にしてみれば、それこそ実際に対のオーブを使って直接ダスカーにガラス化した大地を見せればいいと思ったのだが。
「あ、ねえ、レイ。もうここでやるべき事は終わったのよね?」
「え? ああ、まぁ、そうだな」
いきなりのヴィヘラの言葉を不思議に思いつつも、レイは素直に頷く。
「なら、キャリス以外はそろそろギルムに戻るのよね? その途中でシャロンのいた場所に寄っていけばいいんじゃない? ダスカー殿にも、対のオーブ越しではあるけどガラス化した大地というのを見て貰えるでしょうし」
その言葉に、話を聞いた者達の大半が賛成した様子を見せる。
そんな中、レイが気になったのはキャリスが微妙な表情をしていたことだ。
「キャリス、どうした? 何かあったのか?」
レイの言葉に、キャリスは慌てて首を横に振る。
「い、いえ。何でもありません。ただちょっと……内乱が終わった後、俺がギルムに行った方がよかったのかもしれないなと思って」
そう言うキャリスの言葉には強い実感が込められている。
ベスティア帝国の内乱が終わり、そんな中でレイと一緒にギルムに来た者達は結構な人数になる。
その大半が、キャリスと同じく元遊撃隊……つまり、内乱においてレイの実力を間近で見た者達だ。
そのような者達にしてみれば、レイの実力を間近で見たからこそ、レイと敵対したら自分達が生き残れないと判断した。
一応内乱でメルクリオが勝利したことにより、ベスティア帝国はミレアーナ王国と友好的に接するということになってはいたのだが、それでも万が一を考えての決断だったのだろう。
親兄弟、親戚、恋人……はては友人。
そんな諸々を引き連れて、ギルムに引っ越してきた者達も多い。
だが同時に、遊撃隊全員がギルムに来た訳でもない。
色々な理由によって、ベスティア帝国を離れられない者。あるいは家族や恋人を説得出来ずにベスティア帝国に残った者といった具合に。
キャリスもそのような理由でベスティア帝国に残った一人だった。
そのお陰で、当初は腕は立つものの一兵卒でしかなかったキャリスが曲がりなりにも部隊を率いる身となれたので、キャリスもベスティア帝国に残ったのは決して悪いことだとは思っていない。
思っていないのだが、レイが使った魔法を直接その目で見た……訳ではなく、その余波だけで自分が数百回は死んでもおかしくない威力だったのを考えると、やはり何としても自分もギルムに行った方がよかったのではないかと、そう思ってしまったのだ。
それだけレイの使った魔法は圧倒的だった。
キャリスにとってせめてもの救いは、レイがその魔法を使った結果意識不明になったことだろう。
レイを恩人だと思っているのは間違いないが、それとは別の意味でレイがあれだけの大規模な魔法を連発出来ず、それこそ一度使ったら魔力切れで数日は意識不明になるというのは、ベスティア帝国の人間としてはありがたい話だった。
それこそあれだけの威力の魔法を連発出来たりするのなら、キャリスは自分がベスティア帝国に残っている諸々の理由を全て放り投げてでも、ギルムに行っただろう。
「キャリスくらいに腕の立つ奴なら、ダスカー様も歓迎すると思うけどな」
「あ、あははは。さすがに今の状況でギルムに行く訳にはいかないので、今回の騒動が一段落したら少し考えてみます」
それは遠回しな断りの言葉にも思えたが、レイは特に指摘しない。
誘ってはみたものの、恐らく無理だろうと予想していた為だ。
「そうか。じゃあ、気が向いたら来てくれ。ヨハンナとかも喜ぶだろうし」
そこでキャリスとの会話を一旦止めると、次の話題に移る。
いや、話題を戻したという方が正しいだろう。
「で、ギルムに戻るという話だけど、俺は賛成だ。ここでやるべきことはもうないしな。誰か反対の者はいるか?」
尋ねるレイが集まった面々を見るが、誰も反対する者はいない。
……あるいは、この村がまだ初夏の気温であれば、真冬のギルムに戻るよりはここでもう少しゆっくりしていきたいという意見の者もいたかもしれないが、レイの魔法によって既に気温は急速に冷えてきている。
であれば、このような小さな村に残るよりも、酒場や娼館、カジノ、それ以外にも様々な遊び場のあるギルムに戻った方がいいのは間違いない。
ミレイヌ、レリュー、グライナーの冒険者三人にしてみれば、今回の件でたっぷりと報酬を約束して貰っているので、遊ぶ金には困らないという思いもある。
もっともミレイヌの場合、セトに貢ぐだけでその報酬が全て消えてしまいそうだったが。
「どうやら反対はいないようだな。じゃあ、そういう訳で。……善は急げって話でもないけど、今日中に出発するぞ。今からなら、まだ明るいうちにダスカー様にガラス化した大地を見せられるだろうし」
「え? 今からもう? 少し早いんじゃない?」
マリーナがそう言うが、すぐに首を横に振る。
「いえ、そうね。今回の件は少しでも早くダスカーに報告する必要があるし、王都にも連絡をする必要がある。それにレイが目覚めるのを待っている間、私達はゆっくりと休めたから体力的にも問題はない。そう考えると、今回の件は悪くないのかもしれないわね」
実際には、レイが意識不明の状態だった時にエレーナ、マリーナ、ヴィヘラの三人はほぼつきっきりでレイの世話をしていた。
ただし、レイが目覚めてから数日。
今はエレーナ達も夜になればゆっくりと休むことが出来ていたのは事実。
今となっては体力も全快している。
「えっと、それでこっちはどうすれば……」
レイとマリーナの会話を聞いていたキャリスが、戸惑ったように言う。
キャリス達はベスティア帝国の所属で、ギルム……より正確にはミレアーナ王国に所属するレイ達とは組織系統が違う。
「そっちはそっちで、好きにすればいいんじゃないか? 報告に戻るもよし、もう少しここにいてもいいし」
「部下の何人かはもう少しここにいたいと言うでしょうけど……」
そう言うキャリスは、この村の住人と良い雰囲気になっている……もしくは明確に恋人となっている数人の姿を思い浮かべる。
その数人は、村からすぐに出発すると言って納得するかどうか。
あるいは……本当にあるいはの話だが、この村に残ると言うような者もいるかもしれない。
さすがにそれはないと思いたいキャリスだったが。
「それはそっちで決めてくれ。ただ、今回の件はそれこそベスティア帝国の上層部にまで話が通るのは間違いないと思う」
「ミレアーナ王国からも情報を持った人を派遣してるだろうしな」
レイの言葉に追加するように言うエレーナ。
実際、その言葉は間違っていない。
何しろ穢れというのは世界を崩壊させかねない存在なのだ。
そうである以上、その件について自分達と同じくらいの国土や国力を持つベスティア帝国に知らせないという選択肢はミレアーナ王国にはない。
本当に自分達だけでどうにか出来るとしても、万が一を考えれば気楽には考えられないだろう。
「う……分かりました。元々、あの辺りに怪しい人影があるからと調査の命令が下ったんですよね」
遠い目をしたキャリス。
当初はそれこそ盗賊か何かがいるのかもしれないと思っていたのだが、蓋を開けてみれば世界が崩壊するかどうかの、大きな……とてもではないがキャリスは自分が関わるような大きさの騒動ではないだろうと、そう思ってしまう。
「色々と大変だが、頑張ってくれ。……さて、じゃあ最後に村長に挨拶をしてから出発するか」
そのレイの言葉により、皆は動き始めるのだった。
「村長、世話になったわね」
「いえいえ、何があったのかは分かりませんが、マリーナ様達がいなければこの村がどうなっていたのか分かりません」
村の入り口でマリーナの言葉にそう返す村長だったが、本当に何も知らないのかどうか、それは見ていたレイにも分からない。
ギルム組が口を滑らせるようなことはないと思うが、キャリスの部下には村人と恋人になった者もいる。
そこから何らかの情報を得ていたとしても、レイは驚かない。
もっとも、その情報を面白おかしく他の村の住人や、旅人、行商人といった者達に話した場合は、そのことを後悔するようなことになるだろうが。
「レイ殿も、元気になったようで何よりです。それに肉もありがとうございました」
そう言い、村長はレイに頭を下げる。
村長にしてみれば、それ以外にも家を貸した代金も貰っており、レイ達の中には横暴に振る舞うような者もいなかったので、まさに上客といった相手だった。
それこそ、レイ達ならいつまで村にいても構わないと思う程に。
とはいえ、そのレイ達も村を出発すると言っている以上、それを無理に止めるようなことはなかったが。
「ああ、村長が家を貸してくれたお陰で、俺も目覚めるまでゆっくりとすることが出来た。……それに目覚めた後も、身体を休めるという意味では十分満足した。感謝する」
レイと村長が会話を終えると、他の面々も会話を終える。
そうしてレイは村長達から離れると、ミスティリングからセト籠を取り出す。
ざわり、と。
突然姿を現したセト籠を見て村長を含めた村人達が驚く。
ギルム組であったり、キャリスやその部下達はレイがミスティリングを使うのは何度も見ているので、そこまで驚きはしない。
だが、村人達はレイがミスティリングを使う光景を初めて見た者が大多数だ。
村長を含め、そんな光景に驚きを露わにするのは当然だった。
「お……おい。今のって……俺の気のせいか?」
「いやいや、気のせいって訳じゃないだろ。俺だって何が起きたのか分からねえぞ」
「凄いわね。マジックアイテムかしら。ああいうのがあれば、家事が楽になるんだけど」
「いや、家事とかそういう問題じゃないだろ」
村人達の驚きの声を聞きつつも、レイにしてみればミスティリングを使って驚かれるのは既に慣れているので、特に何らかの反応はない。
「じゃあ、入ってくれ。この村に残るつもりなら、別に止めないけど……ガラス化した大地を確認したら、そのままギルムに戻るから、そのつもりでな」
そう言うレイの言葉にギルム組は全員がセト籠に乗り込む。
……ニールセンも、今日はレイと一緒に行動するのではなくセト籠で移動したいのかセト籠に入る。
既に村人達の前で姿を隠すといったことはしていない。
レイが眠っている時、既にニールセンは普通に村の中を移動していた。
当初はセトやイエロの存在もあってかなり驚いたものの、その辺はレイ達を受け入れた大らかさも関係してか、大きな騒動になることはなかった。
もしこれが閉鎖的な村であったり、自分が妖精を独占したいと考える者がいた場合は、ニールセンを捕らえようとしてもおかしくはない。
もっとも、ニールセンを含めて妖精達には妖精の輪という転移スキルがある。
転移出来るのはあくまでも短距離だが、もし捕らえられても逃げるのは難しくない。
……そしてここにはギルムの精鋭が集まっている以上、もしニールセンを捕らえようとした者がいた場合、即座に鎮圧されるだろう。
そのようなことにならなかったのは、レイ達にとっても村人達にとっても幸運なことだった。
「じゃあ、キャリス。俺はそろそろ行く。ベスティア帝国に残った他の元遊撃隊の連中にも、会うことがあったらよろしく言っておいてくれ」
「分かりました。レイ殿もお元気で」
そうして短く言葉を交わすと、レイはセトの背に乗る。
セトは数歩の助走で翼を羽ばたかせて空を駆け上がると、ある程度の高さになったところで反転し、地上にあるセト籠に向かって降下していき……そして、セト籠を掴むと、ガラス化した大地に向かうのだった。