3471話
「それで、シャロン。お前は結局巫女だったのになんで大いなる存在とやらになってるんだ?」
「ミコダカラコソヨ」
「巫女だからこそ……つまり、生け贄にされたのか?」
そう言いつつも、レイはそのことそのものにはそこまで驚いたりはしなかった。
何故なら、そもそも穢れの関係者の本拠地にいた者の多くの死が生け贄として捧げられる為に必要だったのだから。
恐らくは祭壇にいた者達だけが生き残る……もしくは祭壇にいた者達ですらも生け贄として大いなる存在の為に使われたとしても、特に驚くようなことはない。
「シカタガナカッタノ。ヒツヨウナモノガテニハイラナカッタカラ」
「必要な物……? ああ」
シャロンの言う必要な物が何なのか。
それはレイにもすぐに理解出来た。
そもそもレイが知っている限り、穢れの関係者達が必死になって……何が何でも求めていた物があったのをすぐに思い浮かべた為だ。
(妖精の心臓か)
穢れの関係者達に追われているボブと遭遇した時、向こうが欲していたのはボブの命もそうだが、何よりもレイと一緒に行動していたニールセンの心臓だった。
当初は何故そこまで妖精の心臓を欲するのかと疑問に思ったのだが。
(考えてみれば、妖精の心臓がなかったから大いなる存在を呼び出す儀式は失敗……とはいかなくても、中途半端な成功に終わったのかもしれないな。そうすると俺が魔力を限界以上に絞り出して使用した魔法で倒せたのも、実は大いなる存在が本来の実力を発揮出来なかったからなのか? そもそも、シャロンは生きてるし)
儀式に必要な妖精の心臓はなく、儀式を行っていた者達も次々とレイやヴィヘラに殺された。
そんな状態で実行した大いなる存在を呼び出すという儀式が、まともに成功したとは思えない。
だが、それでもレイにしてみれば自分が使える最大限の魔法を使い、それでようやく巨人に大きなダメージを与えることが出来たのだ。
殺すことは出来ず、こうしてシャロンはまだ生きているが。
「それで、シャロンはこれからどうするんだ?」
そう尋ねるレイは、こっそりとだがデスサイズと黄昏の槍を握る手に力を込める。
もしここでシャロンがまだ戦うというようなことを口にした場合、レイはその対処をする必要があった。
そんなレイの思いはセトにも伝わったのか、ガラス化した地面にサクリとセトの四肢の爪が突き刺さる。
しかしシャロンはそんなレイとセトの様子に気が付いた様子もない。
あるいは気が付いても気にしていないだけなのか。
「ドウスルトイワレテモ、ワタシハモウスグキエルワ」
シャロンの口から出た言葉は、レイにとっても少し驚きだった。
あるいはこれが死ぬであれば、そういうこともあると納得したかもしれない。
だが、シャロンが言ったのは消えるで、死ぬではない。
「消える? 死ぬじゃなくてか?」
「オオイナルソンザイノヨリシロトナッタワタシガ、フツウニシネルトオモウノ?」
そう言われると、レイも何とも反論出来ない。
レイが知っている穢れというのは、悪い魔力であると妖精郷の長から聞いていた。
その悪い魔力の上位に位置するのが大いなる存在である以上、その存在が普通とは明らかに違うと言われてもレイは納得出来る。
もっとも、それはあくまでも感覚的にそう思うだけで、具体的にどうしてそのように思うのかと言われても、即座に答えることは出来なかったが。
「それで、消えるか」
「エエ。ホンライナラアノホノオニヤカレテソノママショウメツスルハズダッタノダケド」
その言葉に、レイは何と言えばいいのか迷う。
こうして話していると、レイから見てシャロンは普通の相手のように思える。
少なくても、オーロラのように世界の破滅の為なら何をしてもいいと思っているようには思えない。
(巫女という立場だから他の穢れの関係者と違うのか? もしくは、元々そういう性格なのか。あるいは大いなる存在の依り代になったからや、俺の魔法によって性格が変わったという可能性もあるか)
その辺はレイにも詳細には分からない。
もしシャロンが大いなる存在の依り代となる前、巫女として活動していた時に会ったことがあれば、その性格の違いについても理解出来たかもしれないが。
「そうか。こういう場合、何て言えばいいんだろうな。ちょっと分からない」
自分の魔法によって、死ぬのではなく消滅しようとしているのだ。
その上で、シャロンは自分を消す魔法を放ったレイを恨んでいる様子はない。
レイにしてみれば、いっそのこと恨んでくれればまだやりようもあるのだが。
「ワラエバイイトオモウワ」
「……笑うのか? シャロンが消えるのに?」
「フフ、ヤッパリワカラナイノネ」
何故かレイにそう言い、意味ありげに笑うシャロン。
そんなシャロンの様子に疑問を抱きつつ口を開こうとしたレイだったが……
「ア……」
レイが口を開く前にシャロンの声が周囲に響く。
その言葉にレイは疑問を抱くが……
「え?」
次の瞬間、レイの口から驚きの言葉が漏れる。
それは、シャロンの身体の一部がまるで点滅するかのように明るくなったり消えたりしたからだ。
現在目の前で起きている現象がなんなのか、レイには分からない。
分からないが、それでも恐らくこれがシャロンの言っていた消えるという言葉なのだろうというのは理解出来る。
「消えるのか?」
「ソウラシイワネ。ザンネンダケド、オワカレノヨウヨ」
シャロンはレイに向かって自分が消えるという言葉を肯定する。
しかし、その言葉には恐怖や怒り、悲しみといったものはない。
素直に自分が消えるのを受け入れているのは明らかだ。
本当にいいのか?
そう聞こうと思ったレイだったが、シャロンの様子――殆ど表情は理解出来ないが――から、ここで自分が何を言っても恐らく消えたくないといったようなことを言うとは思えない。
そもそもの話、もしここでシャロンが消えたくないと言ったところでレイにはどうにも出来ない。
あるいはマリーナのように卓抜した精霊魔法使いなら、精霊にするといったような手段が使えるかもしれないが、そもそも大いなる存在や穢れの近くでは精霊魔法は使えないのだ。
その時点で精霊魔法によってどうにかするといったことは出来ない。
「そう、か。……俺が言うのも何だけど、寂しくなるな。他にも色々と聞きたいことがあったんだが」
後者はレイにとってかなり残念な出来事だ。
穢れの関係者の本拠地が焼滅してしまった以上、他の拠点についての情報を入手するにはギルムで捕らえられているオーロラから何とかして情報を聞き出すか、あるいはシャロンから何か知ってることがないかと聞くしかない。
長老達よりも上の立場の巫女であった以上、穢れの関係者の拠点や他にも色々と情報を聞き出せるかもしれないと思っていたのだが、そんなレイの予想が見事に外れてしまった形だ。
「アア……キエルヨウネ……サイゴニダレカトアエテヨカッタワ。バイバイ」
「え? ちょっ、いきなりすぎないか!?」
シャロンが消えるとはいえ、もう少し余裕があると思っていたレイは、突然のシャロンの様子に驚き、慌てる。
だが、そんなレイの前でシャロンは何度とも瞬くようにしながら、プツンとその姿を消す。
まるで切れかけの電球の最後のようなその様子に、レイは唖然とするしかない。
一瞬前までシャロンのいた場所をじっと見る。
だが、そこには既にシャロンの姿はない。
本当に数秒前までそこにシャロンがいたのかというようにすら見えず、もしかしたら自分は幻影か何かを見ていたのではないかと思ってしまう。
そんな風に思うレイだったが、視線の先にシャロンがいたのは間違いない事実だ。
「うわ……マジか……」
レイとしては、大いなる存在……巨人が死んだのは間違いない。
実際には本人曰く死んだのではなく消えたのだが、とにかく目の前からいなくなったのは間違いなかった。
それは間違いないものの、欲していた情報が何も入手出来なかったのも事実。
そのことにレイが落ち込んでいると、セトがガラスの地面を踏みながら近付いてくる。
「グルルゥ、グルルルルルゥ、グルゥ」
レイを励ますかのように喉を鳴らし、顔を擦りつける。
そんなセトの様子に、レイも落ち込んでいた状況から首を横に振って強引に気分を切り替えた。
「そうだな。元々巨人は死んでると思っていて、それを確認する為にここに来たんだ。そういう意味では、寧ろ巨人……いや、シャロンが生きていたのが予想外の出来事だったんだろう」
自分に言い聞かせるように呟くレイ。
数分の間じっとシャロンのいた場所を眺めていたレイだったが、やがて口を開く。
「取りあえず問題なくここに来られるようになったのは大きいな。それに……今は冬だけど、春になれば他の拠点からここに来る奴がいるかもしれないし」
本拠地と他の拠点では、何らかの方法でやり取りをしていたのは間違いない。
それが対のオーブのようなマジックアイテムを使ってのやり取りなのか、あるいはテイムしたモンスターや召喚したモンスターで手紙を出してるのか、もしくはレイにも全く分からないような何らかの未知の手段なのか。
生憎とレイにはその辺については分からなかったものの、それでも何らかの手段で連絡をしていたのは間違いない。
であれば、その連絡がなくなった以上、春になったら他の拠点からここに何かがあったのかと様子を見にくるのではないか。
そのような相手から尋問や拷問して情報を聞き出すか、あるいは尾行して拠点の位置が判明したところで一気に攻め込むか。
その辺りはレイにも分からなかったが、その辺についてはもっと詳しい者達がどうにかするだろうと思う。
「取りあえず……戻るか? 当初の目的は達成したし」
元々レイがここまでやって来たのは、レイが使った魔法で生じた熱気をどうにかする必要があるというのが大きい。
シャロンが生きていたのはレイにとっても予想外だったが、この場所がどうなっているのかの確認は出来た。
「グルゥ」
レイの言葉に同意するようにセトが喉を鳴らす。
セトもこのままここにいてもこれ以上はやるべきことはないと判断したのだろう。
「それにしても……これで終わったのか」
セトを撫でながら、レイは周囲を見る。
多数の崖があった場所も今は既に何もなく、一面にどこまでも広がるガラス化した大地。
ボブとの一件から始まった穢れの関係者達との戦いだったが、それがようやく終わったのだ。
時間としては、レイが穢れと関与した時間はそんなに長くはない。
だが、穢れの関係者達の狙いが世界の崩壊と非常に大きな話で、しかも明確にレイが――実際にはボブやニールセンを始めとした妖精達もだが――狙われていた以上、どうしてもレイが戦う機会が多くなった。
他にも当初はレイの魔法くらいしか穢れを倒せる方法がなかったというのも大きく、穢れが出ればレイがその相手を任せられていたのだ。
その辺りの理由もあって、レイは延々と穢れの相手をしていたような思いがそこにはある。
だが、こうして大いなる存在、巨人、巫女のシャロンが死んだ今となっては、取りあえずその全てが終わったと思ってもいい。
実際には先程レイが考えたように、春になったら様子を見に来た拠点の人員を尾行するなり、捕らえるなりといったことを行う必要もあるのだが、それについては既にブルーメタルやミスリルの釘があるので、無理にレイが何かをする必要はない。
つまり、こうしてレイが見ている景色はレイにとって穢れに関係する全てが終わったということを意味していた。
「それにしても今回は危なかったな」
「グルルゥ!」
レイの言葉に、セトがいつもより強く鳴く。
レイが限界まで魔法を使った結果、見るからに痩せ細ってしまったのを背中に乗せたセトはそれを実感として理解してしまった。
その辺りの状況を考えると、セトにとっても今回の一件は大きな意味があったのは間違いない。
「分かってる。次からはあまり無理をしないよ。というか、ここまで無理をしないと倒せないような相手とは、あまり戦いたくない。戦いたくないけど……」
途中で言葉を止めるレイ。
トラブル誘引体質とでも呼ぶ自分の特性については本人も十分に理解している。
そんな自分のことだから、普通にしているつもりでも何らかの騒動に巻き込まれ、大いなる存在とまではいかないが、何らかの強大な存在と戦うことになるのではないかと思ってしまう。
穢れの件は自分でボブを助けるという選択をし、それが今のような流れになっている。
だが、もしボブを助けなければ穢れの関係者について知ることはなく、それこそ知らないうちに世界が崩壊していた可能性もある。
そう考えると、これからもやっぱり同じようなことになるのだろうと、そう考えるのだった。