3470話
セトの背に乗っているレイが見た、炎。
その炎は間違いなくレイが使った魔法であると、そう認識出来る。
だが同時に、その炎がまだ存在しているということは、巨人がまだ生きているということを意味していた。
もし巨人が死んでいるのなら、レイの魔法によって生み出された炎は既に消えている筈なのだから。
「マジか」
炎を見たレイの口から出た言葉は、そんな言葉だけだ。
レイにしてみれば、それこそ全ての魔力を、それこそ限界以上の魔力を振り絞って放った魔法だったのだ。
その魔法の威力がどれだけのものなのかは、それこそ巨人と戦ったこの場所からレイが身体を休めていた村までの距離がかなりあるにも関わらず、村が初夏に近い気温だったことからも明らかだろう。
実際にはレイは魔法を発動させてからすぐに意識を失ったので、この場所がどれだけの高温に晒されたのかは分からない。
だが、巨人を燃やしているであろう炎のある場所を中心に、広大な範囲が何もない……そう、文字通り何もなくなっているのだ。
レイの記憶が確かなら、巨人のいた場所の周囲には多数の崖があった筈だ。
しかし眼下には崖の類も一切なく、もしかしたら自分が見た崖は夢か幻だったのではないかと一瞬思ってしまう。
とはいえ、実際には崖を通って地下にある神殿や、その更に地下にある祭壇に行ったりしたのだから、それが夢の筈はない。
上空から地上の様子を見ていたレイだったが、雲の隙間から微かに太陽が姿を現わす。
「ん?」
その光そのものはどうでもいい。
あるいはこの場所の熱気が雲に影響して何かレイには思いもつかない状況になっていた可能性もあるが、今レイの口から疑問の声が出たのは、その為ではない。
太陽の光に照らされた地面が光っているように思えたからだ。
いや、思えたのではなく、実際にレイの視線の先にある地面は輝いている。
「何だ? 雪……な訳がないし。ともあれ、降りてみるか。セト、頼む」
東北の田舎で育ったレイだけに、雪に光が反射するという光景はそれなりに見慣れている。
だが、今は地面が輝いた光景は、明らかに雪の反射とは違う。
……そもそもそれ以前の話として、先程レイが魔法で熱をどうにかするまで、この辺りは灼熱地獄と呼ぶべき状態だった。
そんな中で、とてもではないが光に反射する雪があるとは思えない。
それが何なのか、空中からでは分からなかったが……セトが地上に、それも念の為に巨人から大分離れた場所に着地した時、理解した。
「ガラス……?」
パキリ、と。
スレイプニルの靴で踏んだ地面が割れた音からレイが呟く。
同時にそう言えば……とレイは日本にいる時にTV番組で見た内容を思い出す。
インドやパキスタンの辺りにある古代遺跡の中には、核爆発やそれに準ずる熱によって地面や街がガラス化している遺跡があるというのを。
いわゆる古代核戦争という説。
それが事実かどうかは、レイには分からない。
ただ、そういうのがあるというのをTVで見て知ってるだけだったが、目の前にある光景はどこかそれを思い起こさせた。
実際にはレイの使った魔法により生み出された熱は、核爆発をも超える熱だったのだが。
「セト、気を付けろよ」
「グルゥ」
ガラス化した地面は、延々と広がっている。
それ故に、その地面を踏めばガラスが割れる音が周囲に響くものの、それは同時に足がガラスで傷つけられる恐れがあるということでもあった。
とはいえ、高ランクモンスターのセトの足は、ガラスを踏んだ程度でどうにかなる筈もない。
その為、セトは問題ないといったように喉を鳴らしている。
そんなセトと共にレイはガラス化した地面を進む。
見渡す限り何もなく、ただ周辺にはガラス化した地面だけが広がっている。
(熱をどうにかしないと、多分この状況がかなりの間続いていたんだろうな)
最初はそんな風に思いながら歩いていたのだが、それでも次第に飽きてくる。
セトがレイの安全を思って巨人から離れた場所に降りたのはいいのだが、それでも着地した場所が巨人のいた場所からかなり離れていたのが原因だ。
とはいえ、セトもレイの安全を思っての行動である以上、不満を言える筈もない。
ここは巨人のいた場所である以上、一体何がおきるのか分からない。
レイもそれを理解していたので、出来るだけ集中力を切らさないようにしながら歩いていたのだが……
「あれ?」
遠くに巨人の姿が見えたのだが、その様子に違和感を抱いて声を上げる。
「グルゥ……」
そんなレイの違和感に同意するように、セトも喉を鳴らす。
「何だ、この違和感……」
呟きつつも、レイとセトは足を止めない。
あるいは、もし崖がそのまま残っていたら違和感の正体に気が付いたかもしれない。
だが、崖の類は存在せず、レイとセトは違和感に疑問を持ちながらも歩みを止めない。
そうしてある程度近付いたところで、レイはようやくその違和感の正体に気が付く。
「小さくなっている?」
そう、レイが知ってる巨人は、それこそ巨人というよりは人型機動兵器という表現が相応しいくらいの大きさだった。
遠近感の関係でまだ正確には分からないが、レイの見ている光景が正しければ、巨人は小さくなっているのは間違いない。
とはいえ、具体的にどのくらいの小ささなのかと言われれば、レイにもそれは分からなかったが。
もしかしたら半分くらい、あるいはそれよりも小さいのか。
何かあった時は即座に反応出来るように、レイはミスティリングからデスサイズと黄昏の槍を手にして歩みを続ける。
セトもまた、巨人が何かをしたら即座に反撃出来るようにと準備を整えていた。
一人と一匹はそうして進んでいたのだが……
「え? あれ? マジ?」
十分に近付いたところで、レイの口から戸惑いの声が漏れる。
当然だろう。
巨人として戦った時の大きさから、小さくなっているとはいえ、それでもまだ大分大きいと思っていたのだが……十分に近付いたところで、レイはその大きさをしっかりと確認出来た。
周辺にはガラス化した大地しか存在しないので、遠近感が正しいのかどうか確認は出来なかったものの、近付いたところでレイが見た感じでは巨人はレイとそう違いがない……いや、場合によってはレイよりも小さいのではないかと思えるくらいのように思える。
レイはこの世界の平均身長よりも低い。
崖を超える大きさを持っていた巨人が、レイよりも小柄になったのだから、驚きの声を上げるなという方が無理だろう。
だが、レイは首を横に振って驚きを何とか消しさる。
巨人……いや、既に巨人とは呼べなくなったものの、小柄になった相手が具体的にどのようになっているのかは、レイにも分からない。
ただ、こうしてレイとセトが近付いているにも関わらず、巨人……いや、人型が攻撃をしてくる様子はない。
(とはいえ、いつこっちに穢れを飛ばしてきてもおかしくはない。あるいは穢れの上位に位置するのが大いなる存在である以上、穢れ以上に危険な何かを飛ばしてくる可能性もある)
一応ということで、ブルーメタルの鋼線を左手首に巻く。
これでもし穢れを放ってきても、近付かせないように出来る筈だ。
……もっとも、穢れの上位に位置する大いなる存在の放つ穢れがブルーメタルで対処出来るかどうかは微妙なところだが。
それでも何もしないよりはいいだろうと、レイはセトの首にもブルーメタルの鋼線を巻いておく。
「グルルルゥ……」
少し不満そうな様子で喉を鳴らすセトだったが、万が一のことを考えればレイもここでは退けない。
そんなレイの様子に、セトも仕方がないと諦めた様子を見せる。
そうしてレイとセトは進み続け……人型との距離が十mを切っても向こうには何かこれといった動きはない。
(実はもう死んでいるとか? なら、こっちとしてもやりやすいんだが)
楽観的に考えるレイだったが、実際には本当にそのようになっているとは思っていない。
そこまで自分に好都合な出来事になるのなら、それはそれで面白いとは思ったが。
とにかく今の状況を考えると、出来れば相手に何らかの反応をして欲しかった。
あるいはそう思ったのが切っ掛けだったのか……人型は、顔と思しき場所をレイに向ける。
「っ!?」
そんな相手の様子に緊張するレイ。
セトも何かあったら即座に攻撃に移るなり、あるいレイを咥えてその場から退避するなりといったように準備を整えるが……
「動かない?」
顔をレイ達に向けたものの、人型が動く様子はない。
まるでレイ達が近付くのを待っているかのように動きを止めていた。
自分を待っているように思える以上、進むしかない。
そう思いつつ、前に進み……やがてレイは人型の前に到着する。
「オソカッタワネ」
人型の口から出た言葉は、レイを驚かせるに十分だった。
「喋れたのか?」
「キキグルシイデショウケド」
その言葉通り、人型の言葉は人の言葉ではあるが、聞き取りにくいのは間違いない。
「言葉を喋れるだけで十分だよ。……単刀直入に聞く。お前は俺の敵か?」
「ドウデモイイワ」
「……どうでもいい?」
まさかそのような言葉が出て来るとは思わなかったのだろう。
レイは驚く。
だが、実際に人型はレイに敵対するようには見えない。
だとすれば、完全に信じることは出来ないが、それでもある程度は安心してもいいのかもしれない。
少し……本当に少しだけデスサイズと黄昏の槍を握る力を弱める。
(あ、ブルーメタルが全く効果を発揮してないな)
今更ながらにそんなことに気が付くが、相手が敵対的ではない以上、取りあえず構わないかと思いつつ口を開く。
「今更だが、自己紹介をするべきか?」
「ジコショウカイ? ドウセワタシハモウシバラクシタラキエルノニ、スルヒツヨウガアル?」
「……消えるのか?」
「エエ」
あっさりと自分が消えると口にする人型。
その理由が何なのかは、当然ながらレイにも分かっている。
自分の魔法によるものだろうと。
しかし、その割には目の前の人型……光すら吸収するかのような黒い物質で構成されている身体のラインや、何より言葉遣いから女だろうと思しき相手からは自分に対する恨みを感じない。
「俺を恨んでないのか?」
「ソンナオモイハナイワ。アノママダトワタシハイッタイドウナッテイタノカワカラナイ。ソレヲトメテクレタノダカラ、ムシロカンシャシテルワ」
「……さっき自己紹介はいらないって言ってたけど、一応聞かせてくれ。お前の様子を見る限りだと、大いなる存在というのが自我を持ったとか、そんな風には思えない。だとすれば、誰だ?」
「アラ、ワカラナイノ? テッキリジョウホウシュウシュウヲシテ、ワタシガダレナノカヲシッテルトオモッタノダケド」
「……誰だ?」
「ワタシハシャロン。ミコヨ」
ミコという言葉に、御子、あるいは神子、もしくは巫女と色々な単語を思い浮かべるレイだったが、話の流れから恐らく巫女なのだろうと思う。
そして同時に、何となく人型が……いや、シャロンが誰なのかを理解出来た。
「そう言えば、フォルシウスが長老達の上には誰かがいるって言っていたな」
「アラ、メズラシイナマエネ。ソウイエバフォルシウスハドウシタノカシラ」
え? と。
シャロンの言葉に、レイは疑問の声を上げようとしてなんとか堪える。
レイが知ってる限り、フォルシウスは既に死んでいる。
それもシャロンの攻撃によってだ。……その大元はレイの魔法だったが。
まだ人型となっておらず、祭壇の上に巨大な黒い塊となっていた大いなる存在を焼き殺そうと、レイは複数の魔法を連続して使った。
その魔法もまた、レイの使った魔法によって赤いドームで周囲に影響が出ないように、かつ威力が上がるようにしたのだが、大いなる存在はそれの赤いドームを破壊した。
破壊されたのが上だった為に、赤いドームの中のレイの魔法は、真上に放たれ、祭壇のある場所の天井を破壊し、神殿のある場所の天井も破壊して自由に外に出られるようになったのだが……レイの魔法の威力によって、神殿のある地下空間一帯はまさに焼滅という表現が相応しい状況になり、フォルシウス率いる穏健派もそれに巻き込まれてしまう。
その件について話した方がいいのかとも思ったレイだったが、シャロンの様子を見た限りではその時の記憶は一切残っていないらしい。
本当に覚えていないのか、あるいは忘れた振りをしているだけなのか。
レイにはその辺は分からなかったものの、今は少しでもシャロンから情報を引き出す必要があると判断し、フォルシウスのことには触れずに会話を進めるのだった。