3469話
「じゃあ、行ってくる。出来るだけ早く戻ってくるから、あまり心配しないで待っていてくれ」
レイが巨人の様子を見に行くと言った翌日、レイは心配そうに見てくるエレーナ達にそう言い、セトの背に乗る。
エレーナ達は本来なら、もう少しレイに休んで貰ってから巨人の様子を見に行って欲しいという思いがあったのだが、それについては昨日の時点でもうレイは自分がどうするべきなのかを決めていて、何を言ってもレイが自分だけで巨人の様子を見にいくのは明らかだった。
そしてレイが一度決めてしまった以上、ここで何を言ってもその言葉を翻すことはないと理解していたからこそ、エレーナ達は渋々とレイの言葉に頷く。
……とはいえ、もし自分達がレイの魔法で生み出された熱気をどうにか出来る手段があった場合、もしかしたら一緒に行っていたかもしれないが。
それが出来ないからこそ、ここはレイに任せるしかないという思いもそこにはあった。
「気を付けてね」
マリーナがそう言い、レイは頷く。
エレーナ達以外にも今回の奇襲に参加した面々がここには集まっており、キャリスやその部下達の姿もここにはあった。
そんな全員から心配そうな視線を向けられつつ、レイは軽くセトの首を叩く。
「グルルゥ!」
レイの合図にセトは喉を鳴らし、数歩の助走の後に翼を羽ばたかせながら空に舞い上がっていく。
エレーナ達に出来るのは、レイやセト達が無事に戻ってくるように祈るだけだった。
「う……この辺からそろそろ厳しくなってきたな。セト、一度止まってくれ」
「グルゥ」
レイの言葉にセトが地上に向かって降りていく。
レイとセトがいるのは、村からかなり離れた場所だ。
キャリスが案内役としてベスティア帝国軍と共に巨人のいた方に向かったことがあったが、その場所はとっくに通りすぎている。
キャリス達が引き返した場所ですら、真昼の砂漠……あるいはそれ以上の暑さだった。
当然ながらそこよりも更に先となるレイ達のいる場所は、普通なら間違いなく死んでいるだろう場所だ。
そのような場所でもこうして平気なのは、まず第一にレイの身体がゼパイル一門によって作られた身体だからというのがある。
また、第二に簡易エアコン機能を持つドラゴンローブを着ているからだ。
……そしてセトだが、こちらはグリフォンだからでというのが決定的だった。
あるいは普通のグリフォンでは無理かもしれないが、セトの場合はレイの魔力を使い、魔獣術で生み出された存在だ。
その為に、レイがドラゴンローブでも暑くてこれ以上進めない場所であっても、少し暑そうにしているだけだった。
「グルルゥ……」
とはいえ、レイ程に厳しくないとはいえ、それでも暑いものは暑い。
レイの言葉に全面的に賛成するといったように喉を鳴らす。
そうして魔法を使うということで意見を一致させたレイとセトだったが、問題なのは具体的にどのような魔法を使うのかということだ。
魔力を回復させる為に休んでいる間、レイもどのようにすればいいのかと色々と考えてはいた。
だが、方法はすぐに思い浮かばない。
これが例えば、ただの火事……いや、噴火をしている山であったり、した場合は、それこそレイは自分の魔法でどうとでも出来る自信がある。
しかし、これからレイが向かおうとしているのは巨人のいる場所だ。
いや、この場合は巨人がどうこうといったことはあまり関係なく、その巨人に向けてレイの使った魔法が問題となっていた。
莫大な魔力を持つレイが、その魔力を限界以上に振り絞って使った魔法。
その熱気をどうにかするのだから、小手先の技ですぐにどうこうといったことは出来ない。
(水系、もしくは氷系……あとは熱を吹き散らすという意味で風系か? そういう系統の魔法を俺が使えれば、ある程度はどうにかなったかもしれないけど)
しかし、レイは炎に特化した魔法使いだ。
無理矢理他の属性の魔法を炎の魔法に組み合わせることで使用出来ない訳ではないが、同じ威力の魔法を他の魔法使いが使う数十倍……あるいは百倍近い魔力を消費し、魔力のごり押しによって何とかその魔法を使っている形だ。
当然ながら、同じ規模の魔法を使った場合、他の魔法使いよりもその威力は弱い。
ましてや、今のレイは魔力が完全に回復した訳ではないのだから、魔力の消費は出来る限り避けるべきだった。
「となると、無理矢理魔法で熱をどうにかするんじゃなくて、受け流す感じで熱をどうにかする必要があるのか?」
呟くも、熱を受け流すというのがレイには想像出来ない。
また、もし熱を受け流すといったことをする場合、どこにその熱を向かわせるかといった問題もある。
もし上手く魔法を使っても、その熱気の向かう先によってはレイ達が拠点としている村のように初夏に近い気温になったり、場合によっては雪崩が起きる可能性もある。
その辺の状況を考えると、やはり熱気をどこかに向かわせるのはなしだなと、そう考え……
「あ、そうか。別に熱をどこかに流すとかそういうのをしなくても、熱そのものを抑える感じにすればいいのか?」
これが熱を燃やすというようなことであれば、魔法を使った時の魔力からレイも無理だと判断しただろう。
……そもそも熱を燃やすというのが、傍から見た場合は意味不明だろう。
とはいえ、それが出来るのが魔法なのだが。
そして魔法はイメージが非常に大きな要素を持っている。
日本にいた時はアニメや漫画、ゲームといったものを好んでいたレイだけに、魔法を使う際のイメージというのはこの世界の誰にも負けない自信があった。
「熱を抑える……抑えるか。うん。何となく出来そうだ。セト、悪いけど少し離れていてくれるか? この魔法は多分問題ないと思うけど、それでも万が一を考えると何が起きるか分からないし」
「グルゥ? グルルルルゥ、グルルルゥ」
離れていろというレイの言葉に、セトは心配そうに喉を鳴らす。
レイが魔力を限界まで使って倒れた時のことを、セトは覚えている。
また、いつもレイを背中に乗せていただけに、その体重の軽さについても理解出来てしまった。
そして村に到着してからは、セトの大きさが影響してレイと会うことは出来なかった。
だからこそ、今はこうしてレイと一緒にいるが、それを心配に思ってしまうのだろう。
レイもそんなセトの気持ちは十分に分かっていたので、そっと身体を撫でる。
「心配するな。完全に……って訳じゃないけど、それでも大分回復はしたんだ。今の俺なら、あの時のようにいきなり倒れるとかはないから」
「グルゥ……グルルゥ!」
レイの言葉を聞き、それでも心配そうにしながらも、大人しくレイの指示に従う。
(これは暫くは大人しくしていた方がいいかもしれないな。……まぁ、これが終われば、春まではギガントタートルの解体とかで、特に何か忙しかったりはしないし、そこまでセトを心配させるようなことはないだろうけど)
そんな風に思うレイだったが、それは半ば自分に言い聞かせるような考えだ。
何しろレイは自分でも自覚出来るくらいに、トラブルに巻き込まれやすい。
場合によっては、自分からトラブルに関わることもある。
そんなレイだけに、本来なら特に何も騒動らしい騒動がなくても、絶対に安全ということは言い切れなかった。
「いや、今はまずそんな未来のことよりも、この熱か。……熱気を減らすには、俺の魔力を使って熱気と接触して、それによって熱気をどうにか出来る……出来る? 出来る。出来る。出来る。多分出来る。きっと出来る。恐らく出来る。……間違いなく出来る」
半ば……いや、完全に自分に言い聞かせるようにしながら、レイは魔法をイメージしつつ魔力を緻密に練り上げていく。
『我が魔力を伝い、熱は伝わる。そして我が思いのまま、その熱を移せ。高きから低きへ。低きから高きへ。大から小へ。小から大へ。その熱は我が思いのままに減少せよ』
回復したばかりの魔力が、ぐんと減ったのがレイには分かった。
しかし、それでも減る魔力は巨人に使った魔力と比べるとかなり少ない。
それを感じながら、魔法が発動出来ると考えてデスサイズの石突きを地面に突く。
『薄まる熱気』
魔法が発動すると、周辺の気温が急激に低くなっていく。
その速度は素早く、先程まではドラゴンローブを着ていてもようやく何とかここにいられるといった周囲の温度が、数分も経たないうちに真夏くらいの温度に、そして初夏の温度に、春の温度に……最終的に冬の温度になるまでに、五分も掛かっていないだろう。
ここまで素早く気温が落ち着いたのは、今の魔法がそれだけ効果的だったからというのもあるが、大きな理由としては熱気の元がレイの魔法だったからというのも大きい。
「村の方は大丈夫だよな?」
呟きつつ、レイは周囲の様子を確認する。
つい先程まで、村では初夏に近い気温ですごしやすかった。
しかし、ここがもう冬の気温となっている以上、村の気温も本来の冬のものに戻っているだろう。
村人達の中には、真冬なのに外に出ても寒くないという奇妙な体験を楽しんでいる者もいた。
そんな者達にしてみれば、レイの魔法によって気温がいつも通りの真冬に戻ったことを不満に思う者もいるだろう。
とはいえ、それが本来の季節なのだから仕方がない。
……巨人の様子を見に行く必要がなければ、気温についてはそのままにしておくという手段もあったかもしれないが、巨人がどうなったのかを確認しなければならない以上仕方がない。
もっとも、巨人を倒すというようなことがなければ、あれだけ大規模な魔法を使う必要もなかった以上、冬なのに暖かい……あるいは暑いという今の状況は、本当に一瞬の幻のような時間だったのだろうが。
気温が冬に戻っても、レイのいる周辺は荒れ地のままだ。
あるいはこれがもっと離れた場所……それこそ村の側なら、気温から春や夏と勘違いして生えてくる植物もいるのだろうが、レイがいた場所は真昼の砂漠以上の暑さだった場所だ。
当然ながら、そのような状況で生える植物は……あるかもしれないが、この辺りには存在しなかったのだろう。
結果として、真昼の砂漠から真冬に戻った周辺には荒れ地が広がっているだけだった。
レイが魔法を使う前はここにも雪が積もっていたのだろうが、その雪は既にレイの魔法の影響で水となり、蒸発し、消えている。
結果として雪も植物も何もない荒れ地だけが周囲に広がっていた。
「動物とかそういうのもいた可能性はあるけど」
冬眠していた動物であったり、あるいは卵の状態で春まで耐え忍ぼうとしていた生き物もいたかもしれないが、そのような生き物が短時間とはいえ、過酷な環境を生き延びられたとは思えない。
つまり、この辺り……いや、巨人のいた場所を中心にして結構な範囲の生き物はその多くが死んでしまった可能性が高い。
それが具体的にどのくらいの数になるのかを想像したレイだったが、すぐに首を横に振って考えるのを止める。
巨人が生きたままだった場合、それこそ世界が破滅した可能性が高いのだ。
であれば、被害がこの辺り一帯だけですんだのは決して悪くない結果だろうと思って。
「さて、取りあえず行動するのに問題はなくなったな。……そうなると、今度は本格的に巨人のいる方に向かうか。セト、構わないよな?」
「グルゥ!」
レイの呼び掛けに、セトは嬉しそうに喉を鳴らす。
それはレイが魔法を使って結構な魔力を消耗したものの、それでもこうして元気だからこそだろう。
セトはもしかしたらまたレイが倒れるかもしれないと、そう思っていたらしい。
レイは近付いて来て顔を擦りつけてくるセトを撫でてやりながら、ある程度落ち着いたところでその背に乗る。
「さて、じゃあいよいよ巨人だ。……どうなってるのか分からないから、慎重に行くぞ」
「グルゥ!」
やる気満々といった様子のセトは、喉を鳴らすと数歩の助走で翼を羽ばたかせて空に駆け上がっていく。
いつものセトが飛ぶ高度百m程の場所まで来ても、気温は問題ない。
真冬の気温になっているので非常に寒いのだが、その辺はドラゴンローブでどうとでも対処出来た。
そのまま空を飛ぶこと、数分……
レイが魔法を使った時、エレーナとセト以外は必死になって走った距離だったが、セトの翼があれば数分でその距離を飛ぶことが可能だ。
その数分によって見えてきたのは……
「まだ、燃えている……?」
レイの視線の先には、間違いなくまだ燃えている炎がある。
レイが自分の魔法によって生み出された炎を見失う筈がない。
それはつまり、巨人がまだ死んでいない可能性を意味していた。