3468話
村を一通り見て回ったレイは、無事にマジックテントまで戻ってきた。
とはいえ、このような小さな村を見て回るのに、一体どのような問題があるのかと言われれば、レイも即座にそれに答える事は出来なかっただろうが。
敢えて万が一についてを話すのなら、レイの体調がまだ完全に回復しておらず、村を見て回ったことによって体力を消耗し、体調が悪化する可能性だが……そのようなことにはならなかった。
そもそもレイが目覚めなかった理由は、極端な……それこそ限界以上に魔力を消耗した結果だ。
そうである以上、魔力が回復すれば体力が元に戻るのはそう難しいことではない。
「どうだった?」
マジックテントのベッドにレイが横になると、マリーナが尋ねる。
レイと一緒に村の中を歩き回ってきたのは、マリーナにとっても軽いデートというような感じで悪くなかった。
いや、寧ろ非常に楽しかったのは間違いない。
嬉しそうに笑みを浮かべてレイに尋ねているのは、その辺も理由の一つなのだろう。
「そうだな。良くも悪くも小さな村って感じだった。閉鎖的かとちょっと心配したんだが、そんな感じでもなさそうだったし」
「その点は助かったわね。もし閉鎖的だったら、他の村まで移動することになっていたでしょうし」
ここで強引に村を占拠するといった言葉が出て来ないのは、マリーナの性格だろう。
もっとも、口にしないだけでその可能性は考えただろうし、もし本当にレイが他にどうしようもない……それこそ一刻でも早く休ませなければならない状況であれば、そのような手段を取っていた可能性は十分にあっただろうが。
ともあれ、この村の住人が閉鎖的でなかったのは、そういう意味では双方共にとって幸運だったのだろう。
「キャリスが選んだ場所だ。もし閉鎖的だったら、そもそもキャリスも最初から他の場所を選んでいたと思うぞ」
「レイはキャリスのことを十分に知ってるから、深く信じることが出来たかもしれないけど、私やエレーナはキャリスのことを知らなかったのよ? レイのように完全にキャリスを信じることはちょっと難しいわよ。……もっとも、今となっては話は別だけど」
この村に到着してから、キャリスは率先して動いてくれた。
ヴィヘラとの接し方を見ても、取りあえずキャリスが何かを企むということはないだろうと思えるくらいには信頼している。
「キャリスが馬鹿なことを考えなかったのは、どっちにとっても幸運だったな」
もしキャリスが妙なこと……それこそミレアーナ王国の異名持ちであるエレーナを確保しようとした場合、キャリスが一体どのような目に遭っていたのかは、考えるまでもない。
もっともキャリスも相応の技量を持っている以上、相手との力の差は十分に理解出来る筈だ。
それを考えれば、エレーナに迂闊なちょっかいを出すとは思えなかったが。
「それで、今日見た感じだと大分身体の調子も戻っていたし、念には念を入れて今日は休んで、明日には巨人のいた場所を見に行きたいんだけど、どう思う?」
「レイがそれで問題ないと判断したのなら、構わないわ」
「……いいのか?」
明日には巨人のいる場所に行ってみたいと口にはしたものの、恐らくもう少し回復してからにした方がいいと言われるのかと思っていた。
だが、言ってみれば即座にOKが出たのだ。
これはレイにとってかなり驚きだった。
「レイが自分で問題ないと判断したんでしょう? 目覚めたばかりの時のように、見るからに危険だといった場合ならともかく、今のレイならそこまで問題はないと思えるから構わないと思うわよ? もっともこれは私がそう思っただけで、エレーナやヴィヘラがどう判断するのかは分からないけど」
この場にいない二人の名前を口に出されると、レイも何と答えればいいのか迷ってしまう。
とはいえ、出来るだけ早く巨人について調べた方がいいのは事実。
そう考えると、エレーナとヴィヘラにも早く言っておいた方がいいのも間違いない。
「分かった。二人には食事の時にでも言うよ」
レイが目覚めてから、食事はエレーナ達と一緒に食べている。
勿論、エレーナ、マリーナ、ヴィヘラの三人だけではなく、アーラやビューネ、ニールセン、イエロといった面々も一緒だし、他の面々がそれに加わることもある。
食事は基本的にマジックテントの中で食べているので、セトは残念ながら中に入ることは出来ない。
とはいえ、今日はレイもマジックテントの外に出たので、これからはマジックテントの外で食事をしても構わないのかもしれないと思っていたが。
その食事の時に言うと口にすると、マリーナもそれがいいと頷く。
そうして話は決まり……夕食の時間まで、レイはゆっくりとベッドの上で休むのだった。
「明日? 少し早いのではないか?」
夕食の時、レイがミスティリングから出した料理を楽しんでいる中、明日巨人の様子を見に行くと口にすると、エレーナはそう言う。
そんなエレーナと比べて、ヴィヘラはマリーナと同じ立場なのか、すぐに頷く。
「レイの方で問題がないのなら構わないんじゃない? ダスカー殿も少しでも早くどうなったかの結果を知りたいでしょうし」
「ヴィヘラ、だが……レイの体調はまだ完全という訳ではないのだろう? なら、もう数日待ってもダスカー殿にはそう違いはないと思うが」
「エレーナの言いたいことも分かるけど、レイはもう自由に村を歩き回れる程度には回復してるんでしょう?」
「村を、だ。別に戦闘が出来る程に回復している訳ではない。……あるいは回復してるのかもしれないが、それは確認していない以上はその辺を確認する必要もある。巨人が死んでいるのなら、それは構わない。だが、もし生きていた場合、再び巨人と戦うことになるのかもしれない。なら、万全の状態で挑んだ方がいいというのは、そこまでおかしな話でもないと思うが」
言葉の最後は、話していたヴィヘラではなくレイに向かってのものだ。
レイもそんなエレーナの言葉には納得出来るところもあったが、それでも首を横に振る。
「それこそ、巨人がまだ生きていた場合、下手に時間を与えて向こうを回復させたりはしたくない」
レイの言葉に、エレーナは納得出来ないといった様子で黄金の髪を掻き上げる。
エレーナがレイを心配しているのは間違いない。
レイもそれは分かっているのだが、それでも今は少し無理をしてでも巨人がどうなったのか確認しに行く必要があるのも事実。
ここまで体調が回復した以上、もう数日があってもそれはあまり違いはないとレイには思えてしまう。
「悪いが、これは決めたことだ。……俺に任せてくれないか?」
「……レイだけで行くと?」
「そのつもりだが」
実際にはレイだけではなく、セトも一緒なのだが。
とにかくレイは自分とセトだけで向かうつもりなのは間違いない。
「それは私も素直に賛成出来ないわね。私が今回の件で賛成したのは、私も一緒に行くというのが前提だったんだから」
レイの言葉にそう反論したのはマリーナだ。
最初にレイの言葉に賛成をしたマリーナにしてみれば、自分もレイと一緒に行くと考えていたのだろう。
だが、レイはそんなマリーナに対して首を横に振る。
「駄目だ。俺とセトだけで行動する。そもそも、マリーナは巨人に近付けば精霊魔法を使えないだろう? なら、一緒に行っても足手纏いになるだけだ」
少し厳しい言い方だったが、レイとしてもマリーナを一緒に連れていけば、マリーナが大きなダメージを受ける可能性があった。
精霊魔法を使えないマリーナは、戦力としてそこまで強力ではない。
勿論、マリーナの弓の技量を考えれば、普通に行動する分には十分な戦力となる。
例えば盗賊を相手にするような場合、それこそ弓を使うマリーナが一人いれば、それだけで勝てるくらいの技量を持つ。
……だが、それでもやはり精霊魔法使いとしての力こそがマリーナの最大の実力なのは間違いない。
「それは……」
「それにセトに乗って移動する場合、それは地上を走るんじゃなくて空を飛んでだ。巨人がどんな状況になっているか分からないが、まさかセト籠を使って移動することは出来ない。あるいはセトの足に掴まって移動するという方法もあるが、それも巨人の状態によっては致命的になる。その辺を考えると、やっぱり即座にその場で対応出来るように俺とセトだけで行動するのが最善だ」
「それは……」
レイの言葉を聞けば、すぐに反論は出来ない。
セトの背にレイ以外が乗るのは不可能ではないにしろ、かなり疲労するのは間違いない。
巨人の様子がどうなっているのか分からない以上、何かあったら即座に行動する必要があるのも間違いない。
そう言われると、やはりレイとセトだけで行くのが最善なのは間違いなかった。
「では、イエロを……」
「それも止めた方がいいだろうな。イエロはドラゴンだが、まだ子供だ。これが普通の……その辺にいるモンスターならともかく、巨人を相手にした場合はイエロが死ぬ可能性もある。エレーナもイエロを殺したくはないだろう?」
そう言われると、エレーナも即座に反論は出来ない。
エレーナにとってイエロは使い魔だが、そのイエロに対して強い愛情を抱いているのも事実。
だからこそ、そのイエロが死ぬかもしれないと言われれば、それでもレイやセトと一緒にイエロを行動させるとは言えなかった。
「分かって貰えたな。そんな訳で、俺とセトだけで行動する」
「ちょっと、レイ。私は? 穢れの件なんだから、私が一緒に行動しないと駄目でしょ!」
今までは黙って話の成り行きを見ていたニールセンだったが、このままでは自分も置いて行かれると思ったのだろう。
ニールセンにしてみれば、自分は当然レイと一緒に行動するものだと思っていた。
実際に今まで穢れを相手にする時は、レイと一緒に行動してきたのだ。
今回もそれと同じだろうと思っていたのだが、話の流れを考えると、もしかして自分もこのまま置いていかれるのでは?
そう思って慌ててレイに向かって不満を露わにしたのだ。
「いや、ニールセンも留守番だ」
「ちょ……本気で言ってるの!?」
「本気だ。巨人がどれだけ理不尽な存在なのかは、ニールセンも分かっているだろう? 俺の魔法で死んでるのならいい。けど、もしまだ生きていた場合、とどめを刺す必要がある。その時の戦いがどうなるのかは……考えるまでもないと思わないか?」
レイの言葉に、ニールセンも反論出来なくなる。
実際にレイとエレーナ、セトが巨人と戦った時、レイの魔法によって季節までもが変わってしまったのだから。
それを間近で見ていた……というか、レイの魔法の被害から必死になって逃げていたのはニールセンも同様だ。
もしまたレイが巨人に対して同じ威力の魔法を使った時、自分がそこにいればどうなるか。
ドラゴンローブの中にいれば、もしかしたら安全かもしれない。
だがそれは確定している訳ではない。
もしかしたらドラゴンローブの中にいてもニールセンを守り切ることが出来ず、焼け死ぬ可能性は十分にあった。
それだけ、レイが巨人に対して使った魔法の威力はもの凄かったのだ。
つまり、無理を言ってレイと一緒に行動した場合、ニールセンは死ぬ。
実際には、死ぬかどうかは巨人の状態次第だ。
もしレイの魔法によって巨人が死んでいれば、ニールセンがレイと一緒に行動していても危険はないだろう。
だが、生きていた場合……その時は、ほぼ死が確定してしまう。
普通に考えれば、あれだけの魔法を使われた巨人が生きているとは思えない。
思えないのだが、それでも巨人は大いなる存在が変化した姿で、常識が通用するとは思えないのも事実。
その辺りの事情を考えると、ニールセンもこれ以上無理を言えないと思ってしまう。
「長に何て言おう……」
「長には俺の方から説明しておくから、心配するな」
「そう? なら、頼んだわよ? 本当に頼んだわよ? 本当の本当に頼んだからね!」
ニールセンにしてみれば、最後の最後で自分が見ていなかったということを長に咎められ、お仕置きされるのではないかという恐怖があったらしい。
念には念を、更に念を押して言ってくるニールセンにレイは分かったと頷く。
レイもまた、ニールセンが長にお仕置きされている光景を何度か見たことがあり、そのお仕置きの凄さは自分では経験したいと思わなかった。
とはいえ、ニールセンに言わせればレイが見たお仕置きはまだそこまで酷くない方だということだったが。
ともあれ、今回レイが自分だけで行くというのは、あくまでもレイの都合だ。
そうである以上、それでニールセンがお仕置きを受けるのはどうかと思うので、もしその危険があったらレイは口を挟むつもりだった。