3465話
マリーナが対のオーブに映し出されたダスカーに事情を説明し、レイとエレーナがその説明に時折補足を挟む。
そうして話してると、扉が激しく叩かれる。
(うわ、マジか)
マリーナが中に入ってもいいと声を掛けているのを聞きながら、レイは表情に出さないように憂鬱な気分になる。
何故なら、いつもなら扉の外に誰かがいれば気配で気が付くのだが、実際に扉がノックされるまで全くそのことに気が付かなかったのだ。
これも恐らくは魔力を限界まで使った影響だろうと思いつつ、出来るだけ早く全快したいと思う。
「ダスカー様、今回の任務の失敗は申し訳なく思っております」
対のオーブに映し出されたダスカーに、ガーシュタイナーとオクタビアが頭を下げる。
冒険者ではなく、ダスカーに仕えている騎士という立場の二人にとっては、今回の結果は必ずしも目的通りという訳ではなかったのだろう。
それでも最低限の目的……世界を破滅させる大いなる存在を倒した――かもしれない――は果たしているのだが。
『構わん。色々と事情は聞いた。そちらの状況を考えれば、お前達は可能な限り最善の行動は取った筈だ。……違うのか?』
「いえ、出来る限りのことはしました。ただ、それでも完全に任務を達成出来なかったのは、私達の未熟によるところです」
『なら仕方がないだろう。穢れの関係者の拠点のある場所が分からなくなったのは痛いが、それはどうにかしてオーロラを尋問すればいい。幸いなことに、本拠地が壊滅して大いなる存在とやらも死んだ……かどうかは分からないが、それでも大きなダメージは受けた筈だ。それを伝えれば、オーロラを動揺させることも出来る』
「寧ろ話を信じない可能性の方が高いと思うけど」
茶々を入れるように、マリーナがそう言う。
その言葉に反論しようと思ったダスカーだったが、実際にその反論が声になることはない。
ダスカーも尋問をしている者達からの報告は聞いている。
その報告によれば、オーロラは穢れについて……今となってはその上位存在である大いなる存在についてもだろうが、全面的に信じている。
狂信と評しても決して間違いではないくらいに。
そのような相手だけに、今回の件について話しても素直に信じるとは到底思えなかった。
自分を動揺させ、情報を引き出す為の小細工としか思わないだろう。
それでもオーロラに今回の件について話すとすれば、実際に本拠地のあった場所にオーロラを連れてくるといったくらいのことはしないといけない。
そしてオーロラをブルーメタルで覆われている部屋から出すという事は、穢れを使う機会を与えるということを意味している。
フォルシウス達にそうすると言ったように、奴隷の首輪やブルーメタルのアクセサリか何かをつけさせれば、穢れを使わせないといったことも可能かもしれないが、それが実際に出来るかどうかは今のところ全く試していないので何とも言えなかった。
『オーロラの件はもう少し考えてみよう。それでレイ達はこれからどうする?』
これ以上マリーナと話をしていると、それこそ何を言われるのか分からないと判断したのだろう。
ダスカーは露骨に話題を変えてくる。
レイもそれは分かってたが、それでも今はまず色々と話すのが先決だろうと、口を開く。
「取りあえず真っ先に確認したいのは、やっぱり巨人がどうなったかです。自分で言うのも何ですが、俺が使った魔法は圧倒的な威力を発揮した筈ですし、感覚的に恐らく倒せただろうとは思っています。ただ、それを考えても確認する必要があるのは間違いないですし」
『そうだな。ことの大きさを考えれば、敵を倒したという感覚があるからとはいえ、それを確認しないということは出来ないだろう』
「はい。なので、取りあえず今すぐには無理ですが、身体がある程度動くようになったら魔法を使って熱気の対処をして、それからあの巨人がどうなったのかを確認してきたいと思います」
そう言うレイの言葉に、ダスカーは頷く。
ダスカーとしては、少しでも早く巨人が……大いなる存在がどうなったのかを知りたいという思いがある。
だが同時に、それを知るにはレイが動く必要があった。
一瞬マリーナに視線を向けるダスカーだったが、すぐに穢れの側では精霊魔法をまともに使えないということを思い出し、視線を逸らす。
もっとも、マリーナとの付き合いを考えると、ここでマリーナに無理をさせるようなことをしたら、後で何を要求されるか分からないのだが。
場合によっては、それもまた弱みとして後日何らかの無茶を言われる可能性がある。
成功の確率が高いのなら、それもいいだろう。
だが、ダスカーが聞いた情報から予想する限り、かなり難しいというのは理解出来た。
あるいは本当に時間がない……例えばレイの回復に年単位で時間が掛かるのなら、マリーナに頼むのもやむを得ないだろうが、レイの感覚では数日で問題なく動けるようになるだろうということだ。
であれば、レイに任せるのは最善なのは間違いなかった。
『では、巨人の確認はレイが動けるようになってからにしよう。ただ、今回の件は上にも報告する必要がある。それに……ベスティア帝国にも知られたのだろう? 既にこちらから事情は知らせているが、本拠地であったことの詳細についても報告する必要がある。レイには悪いが、多少は無理をしてでも、出来るだけ早く巨人の生死を確認して欲しい』
「分かりました」
ダスカーの申し訳なさそうな言葉に、レイはそう頷く。
レイにとっても、今回の件は出来るだけ早く終わりにしたいという思いはあったのだから、ダスカーの言葉に異論はない。
『じゃあ、取りあえずこれで話は終わる。他にも色々と聞きたいことがあったりするが、レイにはゆっくりと休んで、出来るだけ早く回復して貰う必要があるからな』
「あははは。そうですね。今はまずゆっくりと休みます。ただ、その前に野営用の道具とか、そういうのをしっかりと出しておく必要がありますけど」
今は村長の家を使わせて貰っているレイだったが、こうして目覚めた以上はミスティリングに収納されているマジックテントを取り出せる。
そしてマジックテントは、間違いなく村長の家よりも快適な空間なのだ。
少しでも早く自分の身体の異常を治したいレイとしては、見知らぬ村長の家よりも、慣れたマジックテントの中で休みたいという思いがあった。
(村長には礼を言わないとな。感謝の印として、宿泊料は多めに渡すべきか。後はこういう村だと食料品とかも結構困ってそうだし、ガメリオンの肉とかを渡してもいいかもしれないな)
トレントの森にいる多くの冒険者達に、ガメリオンの肉を解体して貰った。
また、ダスカーから貰ったドワイトナイフによって、妖精郷でミスティリングに収納されたままだったモンスターの死体も多くを解体している。
それらの肉の量は、それこそ一家族が一生分食べる以上の肉がある。
……もっとも、レイの場合はセトという相棒がいる。
そのセトの食べる量を考えると、それこそ今の肉があってもいずれ肉が足りなくなるのは明らかだった。
『では、この辺で失礼する。ゆっくりと休むように』
そう言い、対のオーブが切れる。
「ふぅ……」
対のオーブが切れたのを見た瞬間、レイが微かな疲れを感じて息を吐く。
ダスカーと喋っている時は特に疲れているという自覚はなかったものの、話が終わるとこうして疲れたということは、本人も気が付かないうちにいつの間にか疲れていたのだろう。
「レイ、大丈夫?」
「ああ。目覚めてすぐだったから、疲れただけだ。……とはいえ、まさか俺がこんな風になるとは思いもしなかったな」
今の身体になってから、レイは疲れるということはなかった……訳ではないが、それでも一晩眠れば全快していた。
それが今回は五日もの間意識不明の状態になり、そしてある程度魔力が回復して起きた今でも、身体を動かすのにかなり苦労する。
それでも水を飲んだお陰か、目覚めた当初のようにろくに言葉も口に出来ないような状態からは回復していたが。
「レイ殿。遅くなったが、回復おめでとうございます」
ガーシュタイナーがそう言い、オクタビアも同僚の言葉に頷いて口を開く。
「まさか、あのレイ殿がこんな状態になるとは思いもしませんでした。それだけあの巨人が強力だったということでしょうね」
そんな二人の言葉に、レイが浮かべるのは苦笑だけだ。
こういう場合にどのように答えればいいのか、少し迷ったというのもある。
「ともあれ、今はまずこの家から出てマジックテントとか普通のテントをどこか適当な場所に用意する必要があるな。村長もいつまでも家を使えないというのは厳しいだろうし」
「そうね。村長一家は特に何も言ってなかったけど、やっぱりその件については色々と不満を抱いてもおかしくないし、その方がいいかもしれないわね。けど……大丈夫なの?」
「どうだろうな。もし駄目だったら……」
「その時は私が肩を貸そう。レイのように小柄な相手なら、全く負担にはならない」
そう言ったのは、エレーナだ。
実際、エレーナの体力を考えるとレイに肩を貸して歩くのは全く苦にならない。
レイとしては、少し気恥ずかしい思いもあるが、善意で言っているエレーナの言葉に嫌だとは言えない。
(これは、何としてもしっかりと身体を動かさないと……不味いことになるな)
そんな風に思いつつ、レイは布団を寄せる。
当然ながら、レイが眠る時は出来るだけ楽になるようにドラゴンローブやスレイプニルの靴は脱いでおり、着てるのは簡単な肌着だけだ。
肌着姿のレイを見たエレーナ達は、薄らと頬を染めてそっと視線を逸らす。
レイがまだ目覚めていなかった時は、レイの世話をしていたのはエレーナ達だ。
そういう意味では、レイの肌着姿もそれなりに見慣れている。
見慣れているのだが、それでも実際に動いているレイの肌着姿となれば話は違ってくる。
……レイ本人は、そんなエレーナ達の様子に気が付いていなかったし、気が付いても何を照れてるのかと疑問に思うくらいだっただろうが。
ともあれ、レイはベッドから降りて……
「おう」
床に足がついた瞬間、自分の意思とは関係なく膝が折れそうになったことに驚きの声を上げ、何とか踏ん張る。
「あ」
そんなレイの様子を見て我に返ったエレーナがすぐにレイに手を伸ばす。
そしてレイの身体を掴むと、倒れないように補助する。
「悪いな」
「……構わん」
普段のレイとは全く違う、弱っている姿。
それがエレーナにとっては、慣れないということもあってか、その美貌が薄らと赤く染まる。
普段であれば、レイもここまで近い状態でエレーナが照れていれば、そのことに気が付いただろう。
だが、今のレイは自分の身体が予想していた以上に思い通りに動かないことにショックを受けていた。
(身体が元通りに動くようになるまで数日って話をしたけど、これは本当に数日でどうにかなるのか?)
数日というのは、あくまでもレイがそう感じたことだ。
明確に何らかの根拠があってそのように言った訳ではない以上、もしかしたら数日が経っても身体が自由に動かせないかもしれない。
そのように思ってしまうが、自分の中にある弱気を押し殺す。
今の状況がこのような感じであっても、とにかく数日。数日が経ってみないと分からないと。
病は気から。もしくはプラシーボ効果という言葉をレイは頭の片隅で思い浮かべる。
その二つの言葉は正確には全く同じ意味という訳ではない。
だが、それでも似たような意味を持つ言葉として使われるのは間違いない。
人間の思い……精神というのは、身体に大きな影響を与える。
だからこそ、レイは今の自分が数日後には完全ではないにしろ、ある程度は動けるようになっていると信じ込む。
(まぁ、病は気からって別に俺の今のこの状況は病気って訳じゃないんだけど)
今のレイの状況は、あくまでも魔力を限界まで消耗してしまった為のものだ。
それは病……つまり病気とは違う。
違うが、それでも今の自分の状態を考えると、とにかく自分はすぐに元に戻ると強く思っていた方がいいのは間違いないと、そうレイは自分に言い聞かせる。
「レイ、足を出してちょうだい」
そうヴィヘラに言われるとレイは素直に足を出す。
その足にスレイプニルの靴を履かせるヴィヘラ。
マリーナはドラゴンローブを持ってきて、それをレイに着せる。
それでいながら、レイはエレーナに身体を押さえて貰っており……歴史上稀に見る美女三人によって身支度を整えられるという、喜べばいいのか情けなく思えばいいのか、とにかくレイはそんな状態で三人のなすがままになるのだった。