3464話
「なるほど、そんな感じか」
レイはエレーナ、マリーナ、ヴィヘラの三人から自分が気絶した後の状況を聞く。
聞いた内容は大体がレイにも予想出来たことだったので、そこまで驚くようなことはない。
……自分の魔法によって、自分も死ぬところだったというのには肝を冷やしたが。
また、その魔法によって周囲の気温が上がっているというのも驚きだった。
(とはいえ、未だに魔法を使った場所に近づけないというのは、ちょっと疑問だが)
この時、レイの頭の中にあったのは、地下空間での二つの出来事だ。
一つは、神殿の庭に生えていた多数の植物を燃やした時、祭壇に続く階段も燃やされたのに、すぐに冷えたこと。
そしてもう一つは、祭壇にいた大いなる存在を多数の魔法を使って燃やした時、大いなる存在を……同時に魔法の威力を封じていた赤いドームを破壊して、レイの魔法によって祭壇のあった場所の天井が破壊され、神殿のあった場所も全てが燃やされてしまったにも関わらず、レイ達が階段を上がった時には何故か普通に歩けるくらいに冷えていたことだ。
この双方に関わっているのは、大いなる存在。
もっとも前者の場合はまだ儀式の途中だった以上、必ずしも大いなる存在の仕業とは限らなかったが……それでもレイとしては、恐らく大いなる存在が何かをしたのだろうと考えている。
あるいは大いなる存在ではなく、儀式を行っていた長老達か。
はたまた、レイが少しだけ聞いた長老達よりも更に上に位置する者の仕業か。
そのような者達が何かをやったとしても、その力の源は大いなる存在か、あるいはその下位存在の穢れによるものだろう。
であれば、巨人となった大いなる存在であれば、レイが魔力を限界まで使った魔法であってもそれにある程度対処出来るのではないか。
そうレイは思ったのだ。
(俺の魔法で即座に死んでいて、それで周囲の熱をどうにも出来ない……そうなったら、まさに最善の展開なんだけどな。ただ、そこまで俺に好都合な感じになるか?)
ここで自分に都合のいいように考えても、それが本当かどうかは分からない。
であれば、期待しすぎない方がいいと思っておく。
「それで、レイが巨人に魔法を使った場所を見に行きたいんだけど、レイの魔法でどうにかなる?」
マリーナの問いにレイは少し考えてから頷く。
「出来るかどうかと言われれば、出来ると思う。ただし、それはあくまでも俺の魔力がある程度回復してからの話だ。今はまだそこまで魔力が回復していない」
水を飲んで、その上で目覚めてからある程度時間も経ったこともあってか、喋るのには何の問題もない。
だが、身体は別だ。
こちらは喋るという行為よりも露骨に魔力不足の影響を受けているのか、まだレイの思い通りに動かすのは難しい。
勿論、指を動かす、手を振る、膝を曲げるといった行為そのものは特に問題なく出来るが、それでも完全に自分の思い通りに……普段通りの動きが出来るかと言われれば、それは否だ。
「多分……本当に多分だけど、俺が意識を失っていたのは魔力を限界まで消耗したからで、俺が目を覚ましたのは一定の魔力が回復したからだと思う。……妙な夢も見たしな」
「妙な夢?」
「あ、いや。何でもない。ただの夢だ。もう殆ど覚えてないし」
それは事実であり、間違いでもある。
殆ど覚えていないというのは、事実だ。
だが、何かの不思議な夢を見たというのだけは間違いなく覚えており、その夢が何かを示していたかのように思えるのも事実。
もっとも、それはあくまでもレイがそのように思えただけで、実際にどうなのかということまでは分からなかったのだが。
それこそこうして話している間にも、レイが見た夢の印象が次第に消えている。
「夢……ね。魔法使いによっては、夢で予知をするとか、そういう能力を持ってる人もいるけど……レイはそういう感じじゃないわね」
「むぅ、それは……」
ヴィヘラの言葉に反論しようとしたレイだったが、実際にレイも自分がそういうタイプではないと言われると、素直に納得出来てしまうので反論は出来ない。
「でしょう?」
「……否定出来ないのが悔しいけど、そうだと認めるしかないな」
「ふふん」
レイを言い負かしたのが嬉しかったのか、ヴィヘラは嬉しそうに笑う。
そんなヴィヘラに、エレーナが呆れと共に口を挟む。
「その辺にしておけ。とにかく今の状況で重要なのは、巨人が現在どうなっているのかを確認するということだ。……レイ、感覚でいい。どのくらいで魔法を使えるようになりそうだ?」
「そうだな。魔力を限界まで消耗した状態から五日で目覚めたとなると、もう二日から三日といったところだと思う。ただ、これはあくまでも感覚的なもので、本当にそうなるとは限らないぞ」
場合によっては、明日には完全復活しているのかもしれないし、十日が経っても魔力が完全に回復出来ていないかもしれない。
魔力切れで昏睡状態になるのはこれが初めてである以上、具体的にどうこうとは言えなかった。
「そうか。だが、それでも春までこの村にいなければならないという訳ではないと分かっただけでいい。そうしてレイが魔力を回復したら、熱をなんとかして貰って巨人がどのような状況になっているのかを確認する必要がある。それと……」
「ダスカーに連絡をしないといけないわね」
「あ……」
エレーナを継いで口にしたマリーナの言葉に、レイは思わずといったように声を上げる。
寝起きでまだ頭が完全に目覚めていなかったし、穢れの関係者の本拠地から出た後は巨人の相手でそれどころではなかった。
ダスカーにしてみれば、フォルシウスの件を相談して、その途中から五日もの間連絡が取れなくなっていたのだ。
しかもフォルシウス達をどこかに住まわせるといったような話をしていた。
結局大いなる存在の攻撃……というか、レイの魔法を利用して天井を崩した流れで、フォルシウス達は全員が死んでしまった。
だがそれを知らないダスカーは、もしかしたらもう誰かに話を通そうとしているかもしれない。
さぁ……とレイの頭から血が引く。
「わ、忘れてたな。……ダスカー様に連絡をしないと。あ、そうだ。誰かガーシュタイナーかオクタビアを呼んできてくれないか? どうせならそっちでも連絡をした方がいいだろうし」
「分かったわ。じゃあ、私が呼んで来るわね」
レイの言葉にそう言ったのは、ヴィヘラだ。
ヴィヘラは何故かオクタビアと仲が良い。
いや、正確にはオクタビアがヴィヘラの世話を焼いているような感じだった。
それだけに、ガーシュタイナーはともかく、オクタビアを呼ぶなら自分が行った方がいいと判断したのだろう。
他の面々もそんなヴィヘラに反対することもなく、ヴィヘラが部屋から出ていく。
「じゃあ、取りあえず今は少しでも早くダスカー様に連絡をしておくか」
「……レイが意識不明になって何が困ったかって、やっぱりレイのミスティリングが使えないことよね。キャリスがこの村に案内してくれて、そして何よりレイの魔法で冬とは思えない程に暖かいから問題なかったけど、これが冬のままだったらどうなっていたか分からないわ」
現在多くの者が村の中で野営をしているというのは、レイも既に聞いている。
レイは意識不明の状態だったので、村長から家を借りるといったことが出来たが、それ以外の面々は殆どが野営だ。
何人かは村人に宿泊費を支払って家に泊めてもらったりもしていたが。
もしレイが意識不明でなければ、ミスティリングからマジックテントや普通のテントを出すことも出来ただろう。
あるいは地形操作のスキルを使って簡単な家――と呼べるようなものではないが――を作ることも出来た。
レイがいないだけで、生活がボロボロになる……とまではいかないが、それでもかなり不便だったのは間違いない。
「次からはこういう風にならないように気を付けるよ。……もっとも、あの巨人と似たような存在と戦うことなんか、そうそうないとは思うけど」
いつもより意識して手を動かし、ミスティリングから対のオーブを出す。
流水の短剣もついでに出してもよかったかも?
そんな風に思いつつも、レイはエレーナに視線を向ける。
この中でレイと同じくらいに対のオーブを使ってきたのが、エレーナだ。
まだ完全に体調が戻った訳ではないレイよりは、エレーナが対のオーブを使う方がよかった。
「うむ」
エレーナもレイの言いたいことは理解したのか、特に不満そうな様子もなく対のオーブを起動させる。すると……
『レイ、無事か!?』
数秒も経たないうちに対のオーブにダスカーの顔が映し出され、同時にそう叫ぶ。
だが、現在対のオーブの前にいるのはレイではなくエレーナだ。
ダスカーは少し慌てたように言葉を続ける。
『すまない、まさかエレーナ殿がいるとは思わずに怒鳴ってしまった』
「いや、気にしなくてもいい。ダスカー殿もレイを心配していたのだろう。……では、代わろう」
そう言い、エレーナはレイの前に対のオーブを置く。
そうすることで、ダスカーはレイの姿を確認出来た。
『レイ、無事だったか。フォルシウスの件から五日もの間連絡がなかったので、最悪の結果を想像してしまったぞ』
「すいません。穢れの関係者が呼び寄せた大いなる存在と戦うことになってしまったので。その時の戦いで魔力を限界まで使って、ついさっきまで意識不明だったので」
『……随分と痩せてしまっているが、大丈夫なのか?』
「はい。魔力の使いすぎなので、魔力が回復したら元に戻ると思います。ただ、大いなる存在の攻撃によって、フォルシウス達は全員死んでしまいましたが」
『……そうか』
レイの言葉に、ダスカーは複雑な表情を浮かべる。
「その、フォルシウスの件でもう動いてましたか?」
『多少はな』
「すいません」
ダスカーの言う多少というのが具体的にどのようなことなのかはレイにも分からなかった。
しかし、恐らく多少ではなくそれなりに動いていたのだろうとはレイも予想出来た。
その為、ダスカーに謝る。
『気にするな。フォルシウスが死んだのは、別にレイが悪い訳ではないのだろう? なら、レイが謝る必要はない』
そんなダスカーの言葉にレイが何かを言おうとしたところで、そこにマリーナが口を出す。
「はいはい、その話はその辺にしておいて。これからのことについて話しましょう。まずは現在の状況ね」
マリーナが対のオーブに映ったことに微妙に嫌そうな表情を浮かべたダスカーだったが、それでも現在穢れの関係者達がどのようになっているのかについての状況を知る方が先だと判断したのか、大人しく話を聞く。
だが、最初こそ大人しく話を聞いていたものの、マリーナの説明に次第に頬が引き攣っていく。
それだけ大いなる存在、そして巨人……何よりその巨人を倒す為にレイの使った魔法とその影響について、思うところがあったのだろう。
実際、魔法を使った張本人のレイですら、自分の使った魔法が周囲に与えた影響について聞かされた時に驚いたのだから、その話を聞いたダスカーが驚くというのは当然だろう。
もっとも、レイやダスカーが聞いたのはあくまでも現在判明していることだけだ。
実際にはベスティア帝国やミレアーナ王国、はてはその周辺諸国にまで影響を与えていると知れば、驚きはそれどころではなかっただろう。
レイにとってせめてもの救いは、ここまで強烈に影響が出たのはこの近辺だけで、国全体に広がっている影響は、精々が一℃前後上がったかどうかといった程度だったことか。
『ふむ、そこまで強力な存在だったか。世界を破滅させる存在として考えれば、そのくらいの力を持っていても当然かもしれんがな』
「どうだろう。確かにあの巨人は強かった。私の竜言語魔法でも殆どダメージを与えられなかった程に。だが……それでも世界を滅ぼせるかと言われれば、そこまでの力はなかったように思える」
「それは、結局儀式が正式なものじゃなかったからじゃない? 妖精の心臓が入手出来なかった代わりに、穢れの関係者達を生け贄にして、その上で祭壇で儀式を行っている途中にレイやヴィヘラに襲われてたのよ? そんな状況で万全な力を持った大いなる存在が呼ばれるとは、到底思えないわ」
マリーナの言葉に、レイはそれは一理あると思う。
イレギュラーにイレギュラーが重なった状態で儀式が行われたのだ。
その儀式にもレイ達が乱入したのを考えると、マリーナの言葉は正しいように思える。
「そうなると、頑張った甲斐があったな」
もしレイ達が穢れの関係者達と戦わなければ、完全な状態で大いなる存在が現れていたのかもしれない。
そんな風に思いつつ、マリーナが先程レイにしたのと同じような説明をダスカーにするのを聞くのだった。