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レジェンド  作者: 神無月 紅
穢れ
3463/3865

3463話

「それで結局駄目だったのね」


 尋ねるヴィヘラに、ビズレイはようやく喉の渇きが収まったのか、それとも元皇女を前に無理をしているのか、とにかく水を飲む手を止めて頷く。


「はい。キャリスの案内通りに進んだのですが、あの暑さ……いえ、熱さはとてもではありませんが普通の状況ではどうにも出来ませんでした」

「レイが魔法を使った場所から離れる時、マリーナが精霊魔法で対処してようやくどうにかなったんだもの。特に何の対策もなく行くのは……もっと時間が経って冬の寒気でレイの魔法を使った場所の気温が下がるのを待つしかないんじゃないかしら」

「それは……出来れば出発する前に、もっと詳細に教えて欲しかったのですが」


 少しだけ恨めしそうな視線を向けるビズレイだったが、ヴィヘラはそんな相手に向かって呆れと共に言う。


「私が何かを言ったところで、あのまま止まった? 結局のところ自分で少しでも実際にどういう風になっているかを経験しないと納得出来なかったんじゃない?」

「それは……」


 ヴィヘラの言葉が事実なだけに、ビズレイも反論は出来ない。

 実際にもしヴィヘラからレイが魔法を使った場所に行くのを止められていても、ビズレイは本人の性格的にも、そして上に報告する時に実際に自分で経験していなければ詳細に説明は出来ないと判断して、素直にヴィヘラの忠告は聞かなかっただろう。


「ですが、もっと水を持っていくようにするとかは出来たと思いますけど」

「そうね。その辺はちょっと配慮が足りなかったかしら。……けど、そのお陰でレイが魔法を使った場所まで行くのは無理だと、そう判断出来たでしょう?」

「そうですね。……レイの力は十分に理解してました。こう見えて、レイが異名で呼ばれるようになったミレアーナ王国との戦争には私も参加していましたので。その時に遠くから見た炎の竜巻については、今でも時折夢に見ることがあります。ですが……それでも案内をしてくれたキャリスが言うには、魔法を使った場所までまだ二割程の距離しか移動していないというのですから……」


 そこまで言うと、ビズレイは何を言ったらいいのか分からないといったように、首を横に振る。

 今回の件については、本当にそれだけ厳しい事態だというのは分かる。

 分かるのだが、それが具体的にどのくらい危険なのかと言われると、判断が出来なかった。

 既に事態はビズレイの想像を超えた場所にある。


「それで、取りあえずこの異常現象についての理由は分かったし、それを体験もした。それでこれからビズレイはどうするの?」

「部下達と馬が動けるようになったら、戻ります。ヴィヘラ様には納得出来ないかもしれませんが、私には知ったこと、そして体験したことを知らせる義務がありますので」


 申し訳なさそうに言い、ビズレイは頭を下げる。

 ヴィヘラの様子から、出来ればこの件についてはまだ上に……それこそ皇族に知られたくないと、そう思っての行動だった。

 だが、そんなビズレイに対してヴィヘラは首を横に振る。


「いえ、この件については説明しても構わないわ。多分、ミレアーナ王国側からも事情を説明する必要があると人が派遣される……いえ、もうとっくに派遣されているのかしら。とにかく、私はこの件を別に隠そうとは思ってないから、安心して報告してちょうだい」

「……そうなのですか?」

「ええ。詳細についてはこの場で言えるようなことではないけど、崖に本拠地を持っていた犯罪組織はそれだけ危険な存在だったのよ」


 そう言うヴィヘラの表情は、何らかの誤魔化しがあるようには思えない。

 そして実際、ヴィヘラも心の底からそのように思っていた。

 実際には犯罪組織といった可愛いものではなく、それこそ世界の破滅を求める集団だったのだが。

 犯罪組織と穢れの関係者達。

 そのどちらが危険なのかと言われれば、やはりそれは圧倒的に後者だった。

 もし穢れの関係者達の儀式が成功して、完全な状態で大いなる存在が呼び出されたとしたら。

 そうなったら、今回のように上手くいったかどうかは分からない。

 そして倒すのに失敗していた場合、世界の崩壊はここから……このベスティア帝国から始まったのだ。

 その危険性を考えると、迂闊に全てを説明出来る訳でもない。


(もっとも、レイの魔法で大きなダメージを与えたのは間違いないけど、本当にそれで倒せたのかどうかはまだ分からないのよね)


 何しろ、魔法を使ったレイですらその魔法の結果がどうなったのかを確認出来ない程の灼熱地獄が生み出されたのだから。

 ましてや、その魔法を使ったレイは魔力を限界まで使ったので、魔法を使ってすぐに意識を失い、今もまだ目覚めない。

 レイなら、もしかしたら魔法を使った結果を確認出来る何らかの手段を持っているのかもしれないが、そのレイがまだ目覚めていない以上は、巨人がどうなったのかを確認する手段はなかった。


「分かりました。では、取りあえず私は知ってる限りのことを上に報告します。それを上がどう判断するのかは、それこそ上に任せるということで」

「それがいいでしょうね」

「では……大分回復もしてきたので、そろそろ失礼します。出来ればレイと会いたかったのですが……」

「悪いわね。あんな規模の魔法を使ったばかりで、まだ本調子じゃないのよ」


 そう言われると、ビズレイもこれ以上は無理を言えない。

 あるいはこれがヴィヘラ以外の相手であれば、レイと会えるようにもう少し粘ったかもしれないが。


「残念ですね。では、失礼します」


 そう言い、ビズレイは去っていく。

 村の中で休憩している部下達、そして案内役をしているカリオン伯爵家の者達を呼びに行ったのだろう。


「さて、取りあえずこれで落ち着いたけど……本当にレイはいつ目覚めるのかしらね」


 ヴィヘラは大きく息を吐きながら、レイの看病――という程に何かやるべきことがある訳でもないが――をする為に、村長から借りている家に戻るのだった。






 何かがある。

 それが何なのかは分からないが、それでも間違いなくそこには何かがある。

 レイは自分が誰なのかも分からないまま、その何かに手を伸ばす。

 だが、届かない。

 感覚的には自分のすぐ側にある何かだが、しかしそれに手を伸ばしても全く掴むことが出来ない。

 既にレイは自分がどのような状況にあるのか、それどころか自分のことすら朧気ながら、ただひたすらにその何かを掴もうとする。

 しかし、それでも全く届かない。

 一体どのくらいの時間そうしていたのか。

 時間の感覚もなく、自分のことも殆ど覚えていない状況だったので、具体的にどのくらいの時間そうしていたのかは、分からなかった。

 だが……同じことを繰り返していても、何度も行えばそれは自然と慣れてくる。

 結果として、偶然かあるいは必然か……レイはその何かを掴み……


「掴んだ!」


 叫んだ瞬間、目を覚ます。


「う……あ……?」


 掴んだと叫んだと思ったし、実際に手を伸ばしていることからそれは間違いではないのだろう。

 だが、自分でも信じられないくらい身体が怠い。

 思ったように動かせず、伸ばした手も力なくベッドの上に落ちる。


「レイ!?」


 そんなレイの様子に、ベッドの近くにいたエレーナが叫ぶ。

 普段は姫将軍と呼ばれ、凜々しい美貌を持つエレーナだったが、今のエレーナにはそのような痕跡を見つけることは出来ない。

 ただ口を押さえ、目を潤ませながらただレイを見ているだけだ。

 ……いや、そのような状態であってもエレーナの美貌は絶世のという表現が相応しい以上、それが姫将軍らしいのではないか。

 まだあまり働かない頭の片隅でそんなことを思いつつ、レイは口を開く。


「ど……うした? あ……?」


 どうしたと、そうエレーナに聞こうとしたレイだったが、思うように口が動かない。

 一体自分の身体がどうなっているのか全く理解出来ず、記憶を探る、探る、探る……そしてレイが思い浮かべたのは、大いなる存在が巨人となり、その巨人に対して自分が全ての魔力を使って放った魔法。


(あー……今の俺のこの状況は、魔力不足か? それとも……)


 ふと、嫌な予感を覚える。

 以前何か……病院が出てくる漫画か何かで、何ヶ月、あるいは何年も眠っていた者は身体が弱り、目覚めてもろくに身動きが出来たり、喋ったり出来ないといったシーンがあった為だ。

 もしかしたら、自分は魔力を使い果たした後で数ヶ月、あるいはそれ以上の時間目覚めなかったのではないか。

 そんな心配を抱き、レイは注意しながら口を開く。


「俺は、一体、どのくらいこうしていた?」


 ゆっくりと、一言ずつ確認するように尋ねるレイ。

 そんなレイの言葉に、エレーナの隣にいたマリーナは笑みを浮かべながら、同時に呆れも込めて口を開く。


「レイが気絶してから、まだ五日よ」

「……本当に?」


 それだけの間目覚めなかったというのには、色々と思うところがない訳でもない。

 だが、それでも五日目覚めなかったからとはいえ、ここまで身体が動かないのかと疑問に思う。

 しかし、この状況でマリーナが嘘を言うとは思えない。


(そうなると、この身体の怠さというか、思うように動かないのは魔力を限界まで使ったからか?)


 今までもレイは魔力を大量に使ったことはある。

 レイが使う炎帝の紅鎧の時は、まさにその典型だろう。

 だが、それでも今回のように限界まで魔力を使い切ったということはなかった。

 その結果として、今のような圧倒的な身体の怠さや思うように動けなくなっているのではないかと、そう考える。


「水を、くれ」


 レイの言葉に真っ先に動いたのはエレーナ。

 部屋の中にあった水差しからコップに水を入れる。

 その間に、マリーナはレイの上半身を起こす。


(病院だな、まるで)


 マリーナによって現在の自分がどのような状態なのかを理解したレイは、自分の様子に呆れる。

 それでもマリーナの言葉だから、意識不明の状態がずっと続いた影響で身体を動かしにくいのではなく、あくまでも魔力の消耗によるものだということで、少し安堵している部分があった。

 魔力を限界まで消耗した影響でこうなっているのなら、魔力が回復すれば体調も回復するのではないかと思ったからだ。

 勿論、それが本当なのかどうかは分からない。

 あくまでもこれはレイが現在の身体の状況を魔力の消耗に結びつけ、だからこそ魔力が回復すれば身体もいつも通りに動けるようになると、そう理解しての話なのだから。

 実際には魔力を回復しても身体はレイの思い通りに動かないという可能性もあるし、魔力以外の理由で回復するという可能性も十分にあった。


「美味い」


 エレーナに渡された水を苦労しながら飲む。

 すう、と。

 喉を通った瞬間、まるで染み渡るかのように身体に吸収される水。

 実際には普通に胃に流れていったのだろうが、レイにしてみれば本当にそのように思えてしまう程の美味さだった

 頭の片隅で、この状況で流水の短剣から出した水を飲んだらどうなるのかと思ったものの、まさか魔力が足りない中で無駄に魔力を消費する訳にもいかない。

 ゆっくりと一口、二口と、水を味わいながら飲む。

 そうして動いているレイを見たエレーナやマリーナは、また感極まって目が潤む。

 そんな二人の様子を見ていたレイだったが、ちょうどそのタイミングで扉が開いてヴィヘラが姿を現し……


「え?」


 ヴィヘラの視線の先で、レイが上半身を起こして水を飲んでいる光景にそんな声が漏れ出る。

 ヴィヘラにとって、この光景は完全に予想外だったのだろう。


「よう」


 そんなヴィヘラに、レイは笑みを浮かべて声を掛ける。

 水を飲んだお陰か、身体の怠さはそのままだが、目覚めた時よりも自由に身体を動かせるようになっているし、言葉もある程度スムーズに出せるようになっていた。


「レイ……」


 言葉を掛けられたヴィヘラは、そう名前を呼ぶと嬉しそうに……心の底から嬉しそうに笑みを浮かべる。

 もしベスティア帝国の者がその笑みを見れば、即座にヴィヘラ派に所属したいと思ってもおかしくはないような、そんな笑み。


「全く、私がいない時に目が覚めるって、どういうことよ? ビズレイがまだいたら、お仕置きしないといけないわね」


 笑みを浮かべつつ、同時にビズレイの相手をしなければならなかったことでレイの目覚めに立ち会えなかったことを心の底から悔しく思うヴィヘラ。


「そう言われてもな。俺が自分の意思で今ここで目覚めると決めた訳じゃないし。……それはとにかく、だ。取りあえず現在の状況について色々と教えてくれないか? 俺が戦った巨人……あれがどうなったのか、しっかりと確認しておく必要がある」


 そう言うレイに、ヴィヘラも……そしてエレーナとマリーナも真剣な表情で現在の状況を説明するのだった。

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