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レジェンド  作者: 神無月 紅
穢れ
3462/3865

3462話

 キャリスを案内役として連れていくことにしたビズレイは、すぐに村を出発した。

 ただし、ビズレイ達は予備の馬を連れてきてはいなかった為に、一緒にきた騎兵の一人を村に残し、その馬をキャリスが借りる形になる。

 騎兵にとって自分の馬というのは、相棒であり家族でもある。

 その為、普通ならそう簡単に馬を貸すようなことはしない。

 これでキャリスが小柄なら、二人乗りという手段もあっただろう。

 だが、キャリスは平均より少し大きなくらいの体格で、馬に二人を乗せるのは無理とは言わないが、馬の疲労がかなり大きいことになる。

 途中で二人が乗った馬だけが疲労で遅れるということになると、全体の動きも遅くなってしまう。

 だからこそ、ビズレイは馬を貸すように言ったのだ。

 言われた方は完全には納得出来なかった様子だったが、それでもキャリスの案内が必要だというのは理解しているので、馬を貸した。

 キャリスはあまり気が進まなかったが、話が決まってしまった以上は仕方がない。

 それに誰かが案内をしなければならないのなら、自分が案内をした方が面倒は起きないだろうと判断したらしい。

 そうして一行は崖のある方に向かって進んだのだが……


「嘘だろ」


 ビズレイの部下の一人が、思わずといった様子で口に出す。

 それが何を意味しての言葉なのかは、既に何度かこの辺りまで来ている……何より、レイの魔法から必死になって逃げた経験のあるキャリスには理解出来た。


「この距離ならまだそんなに酷くはないけど、この先はもっと酷くなるぞ」


 その言葉遣いは、レイやヴィヘラに対するものと比べるとかなり乱暴だ。

 とはいえ、キャリスの元遊撃隊という経歴を考えれば、そのような言葉遣いも許される。

 ビズレイがその辺りについてはそこまで気にしない性格だからというのもあるのだろうが。


「そうなのか?」

「ああ。レイさんの魔法の威力はとんでもなかった。……それこそ、実際に自分の目で見ても信じられない。いや、実際には自分の目で見てはいないんだが。周囲にも影響の出る魔法を使うから逃げろと言われていたし」


 そんなキャリスの言葉に、話を聞いていた者達は背筋が冷たくなる。

 周囲の気温は既に初夏ではなく真夏に近い温度になっている。

 本来なら暑くて汗を掻く筈が、知らず冷たい汗を掻いてしまう。

 ビズレイやその部下達、そしてカリオン伯爵家から派遣された者達もベスティア帝国に所属しているだけに、レイの強さについては十分に知っている。

 それこそレイが所属するミレアーナ王国より、ベスティア帝国の方がレイの強さについては理解している者が多い傾向にあった。

 これはレイの力を実際に自分達で体験したり、その目で見ているかどうかの違いが大きいだろう。

 ミレアーナ王国との戦争やベスティア帝国で行われた闘技大会、そして内乱。

 それらによって、ベスティア帝国に所属する者達は直接レイと戦ってその強さを実感、あるいは見て驚愕し、仲間として戦った時にこれ以上ない程頼れる仲間だと理解出来た。

 だからこそ、レイの実力はよく知っているのだ。

 ……また、裏の事情に詳しい者であれば、レイが闘技大会に来た時、戦争で家族や恋人、友人を殺された者達が暗殺者ギルドに依頼をしたにも関わらず、レイがその暗殺者達を返り討ちにしたというのもあるし、更に事情に詳しい者であれば内乱の途中で肉樹と呼ばれる正体不明の存在と戦ったりといったことを知り、その強さについてこれ以上ない程に理解出来てしまうだろう。

 それを考えると、ここにいる者達がレイの実力について全てではないにしろ、圧倒的な実力を持つというのは十分に理解出来た。


「そう言えば、そのレイだけど……さっきはいなかったみたいだけど、どうしたんだ?」

「さすがのレイさんでもこれだけ大規模な魔法を使うと疲れるらしくて、今はまだ休んでるよ」


 実際には休んでいるどころか、未だに意識を取り戻していないのだが。

 それについては、キャリスもここで正直に口にしていいのかどうか分からなかったので、黙っておく。

 もしかしたら……本当にもしかしたらの話だが、レイが意識を取り戻さない今のうちにレイを殺そうなどと考える者がいないとも限らないのだから。

 こうして移動していながらでも、レイの魔法の圧倒的な強さというのは漂ってくる熱気によって理解出来る。

 そのような力を持つ者がベスティア帝国に所属するのではなく、次期皇帝メルクリオの判断で今は友好的な関係を築いているとはいえ、ミレアーナ王国に所属しているということに危機感を抱く者がいないとも限らない。

 これでレイが普通の状態なら、そんなことを少し考えても実行に移そうとは思わないだろう。

 だが、今のレイは意識がなく眠ったままだ。

 エレーナ、マリーナ、ヴィヘラといった強者が側にいるものの、レイの状態を知ればろくなことにならない可能性は十分にあった。

 なので、こうしてキャリスは少しの誤魔化しを口にしたのだが……


「そうだよな、幾らレイでもこれだけの魔法を使えば魔力の消費が大きくなるよな」

「あー俺もそう思った。レイのことだから、それこそ幾ら魔法を使っても全く疲れたりしないと思ってた」


 一人がそう言うと、他の一人がそれに同意するように言葉を返す。


(あれ? これって……)


 その会話を聞いていたキャリスは、レイが弱みを見せたことで決して理解不能な存在という訳ではなく、欠点も持つ普通の人間なのだとここにいる者達に認識されたのではないかと思う。

 それが本当かどうかは、まだ分からない。

 だがそれでも、キャリスが尊敬するレイが嫌われるようなこともなく、受け入れられるのならそれに不満などあろう筈もない。

 そうして話していたキャリス達だったが、進むにつれて次第に周辺の気温は上がっていく。

 先程真夏並の気温だったが、今となってはそれこそ猛暑を超える気温になっていた。


「ぐ……これは厳しいな」


 ビズレイが、顔中に汗を掻きながらそう言う。

 特に金属鎧を着ているのもあって、この暑さは堪えるのだろう。


「隊長、ギュニーの奴がかなり危ないです! そろそろ限界です!」


 ビズレイの部下の一人がそう叫ぶ。

 ギュニーと呼ばれた男は、元々そこまで暑さに強くないのか、それとも単純に真冬からいきなり真夏、あるいはそれ以上の気温になって身体がついてこないのか、ともあれ視線が定まらずにぼうっとした様子だ。

 ギュニー程に酷くはないが、他にもギュニーに近い症状の者が何人かいる。

 そんな部下達の様子を見たビズレイは、難しい表情を浮かべる。

 自分も体験しているから分かるが、今のこの状況は非常に厳しい。

 部下の訓練が足りないといった話ではなく、それこそこれ程の暑さであればこうなっても仕方がないと思う程に。


「キャリス、レイ殿が魔法を使った場所までは、後どれくらいだ?」


 汗を掻きながら、ビズレイがキャリスに尋ねる。

 キャリスはどこか救いを求めるかのような雰囲気をビズレイから感じながらも、しかしそれに答えることなく首を横に振る。


「まだ半分どころか二割程度だ」

「なん……だと……」


 心の底からショックを受けたかのように、ビズレイが呟く。

 そしてキャリスのその言葉は、ビズレイだけでなく他の者達の心も絶望に落とす。

 ここまでの苦労は一体何だったのかと。


(あ)


 ビズレイやその部下達を見たキャリスは、心の中で一言だけ呟く。

 今の自分の言葉で、レイの魔法の威力を改めて理解した者達が信じられないといった様子の表情を浮かべたのを見てしまったのだ。

 それはつまり、これだけの魔法を使うレイという存在に畏怖を覚えたのだろう。

 下手に先程レイが大規模な魔法を使って休んでいると聞き、レイにも欠点はあるのだと理解して安堵していたのだが……この場所に来てみれば、寧ろこれだけの魔法を使っても疲れて休むだけでいいのかと思ってしまう。

 それだけレイの使った魔法は桁外れの威力を持ち、周囲に大きな影響を与えていたのだ。


「戻るぞ」


 結局ビズレイはキャリスの口から出た、まだ二割も移動していないという言葉に、戻る決断をする。

 そんなビズレイの判断に、部下達は安堵の表情を浮かべた。

 これでもう少し元気が残っていれば、歓声でも上げたのかもしれないが、ここまでの移動で既に限界だったのだろう。


(こっちも限界までの距離を延ばせたから、文句はないけど)


 キャリスを含めた者達は、村を拠点として動き始めてから毎日のように崖に向かっていた。

 当然その行動は今回のように暑さや熱さによって遮られるが、それでも日々その距離は延びていた。

 その距離が今回ビズレイ達との移動でそれなりに延びたのは、キャリスにとって悪くない成果だった。

 だが同時に、ビズレイに言ったまだ二割程というのも決して大袈裟な話ではない。

 レイが魔法を使った時は必死に……それこそ命懸けで逃げていたので、正確な距離は分からない。

 だが、穢れの関係者の本拠地のあった崖については、十分に理解していた。

 そうである以上、二割というキャリスの言葉も嘘ではない。

 しかし……それは同時に、レイが魔法を使った日から今日までのことを考えると、巨人のいた場所に到着出来るのはいつになるのかは全く分からない。


(レイさんが目覚めれば、もしかしたらどうにかなるのかもしれないけど)


 レイの魔法によって、このような状況になっているのだ。

 そうである以上、レイなら魔法でこの熱気をどうにか出来てもおかしくはない。


「全員、準備はいいな? 村に戻るぞ。これ以上進むのは自殺行為だ」


 ビズレイが指示を出し、馬首を翻す。

 馬に乗っているビズレイ達もこの熱気に苦しんでいるが、そのビズレイ達を乗せている馬もまた、かなり苦しそうにしていた。

 そういう意味では、ビズレイの判断は少し遅かったのだろう。

 それでも最悪というタイミングではなかったのは、馬にとって救いだったのかもしれないが。

 ビズレイ達が戻り始め、少しするとある程度気温が下がってくる。

 少しでも気温が下がれば、多少なりともすごしやすくなる。

 ……ただし、それでもすぐに元気になるのかと言われれば、それは否だ。

 熱気によって消耗した体力はそう簡単に回復するようなことはない。


「隊長、私達は戻ってきましたけど……本当にレイが魔法を使った崖に行けると思います?」

「……どうだろうな」


 無理だ。

 そう言いたいビズレイだったが、今ここで自分がレイの魔法を使った場所に行くのを否定すると、本当に駄目になりそうだったので、そう否定する。

 ただ、少なくても自分がまたレイが魔法を使った場所に行けと言われるのは嫌だなとは思う。

 出来れば誰か他の同僚に……と考え、数日前に賭けで勝った相手に任せようと思う。

 そんなことを考えつつ、ビズレイ一行は村に進み……


「あ、村が見えました!」


 ビズレイの部下の一人がそう叫ぶ。

 その言葉に、多くの者が歓声を上げる。

 この村から離れたのはそう長い時間ではない。

 しかし、その短い時間で受けた疲労は非常に大きい。

 強烈なまでの熱気は、鍛えられたビズレイ達の体調にまで影響を与えていた。

 そんな中でもある程度慣れた様子なのは、今まで何度か同じことを繰り返しているキャリスだ。

 とはいえ、それでも猛烈な暑さの中を移動してきたのだ。

 喉は渇いているし、身体も汗で濡れている。

 それこそ川にでも飛び込みたいと思ってしまう、

 そんなキャリス達を、村にいた面々……村人ではなく、キャリスの部下達やレリューを始めとした冒険者達が出迎える。

 先程はいなかったガーシュタイナーやオクタビアの姿もある。


(あれ? そう言えば会わなかったな。……多分俺達とは別の方向から行ってたとか、そんな感じか?)


 そんな風に思っていると、キャリスの部下達がビズレイやその部下達、そして自分達の隊長のキャリスにも水を渡してくる。

 また、馬は川のある方に連れて行き水を飲ませる。

 皆が渡された水を飲むが、これだけ汗を掻いたのだから当然ながらコップ一杯程度の水で足りる筈もない。

 次々にお代わりを要求する。

 実際にビズレイ達がこの村を出発してから戻ってくるまで、そんなに時間は経っていない。

 だがそれでも、その短時間でビズレイ達は大量の汗を掻いている。

 鎧の下の肌着は、絞れば大量の汗が溢れ出るくらいに濡れているだろう。

 それだけ汗を掻いたのだから、その水分を補おうと水を何杯も飲むのはおかしな話ではない。

 同時に塩分も必要となるのだが、今のところこの場にそれについて指摘をする者は誰もいない。

 結局、ビズレイ達は喉が潤うまで……そして腹が水で一杯になるまで水を飲み続けるのだった。

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