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レジェンド  作者: 神無月 紅
穢れ
3451/3865

3451話

 セトに乗ったレイが大いなる存在に向かって移動していたのだが、その距離が半分程になった瞬間、大いなる存在の動きが一際激しくなる。

 とはいえ、それは大いなる存在が……空中に浮かぶ巨大な黒い塊がその場から移動するという意味で激しく動いているのではなく、空中に浮かんだ巨大な黒い塊が激しく動いているといったような、そんな感じだ。

 水風船やゴムボールの中に何かが入っていて、その何かがその内部で激しく移動している……もしくは無理矢理水風船やゴムボールを突き破って出ようとしている。そんな表現の方が相応しい状態だった。


「これは……黄昏の槍は使わない方がいいな」


 そう呟き、レイは持っていた黄昏の槍をミスティリングに収納し、代わりにいつ壊れても構わない、武器屋から格安で購入した、あるいは捨てるのも面倒だからと無料で貰った槍を取り出す。

 穂先が欠けているその槍は、普通に槍として使って戦闘した場合、ほぼ間違いなく壊れるだろう。

 そんな壊れかけの槍だったが、使い捨ての投擲用……そして何が起きるのか分からない相手に投擲する武器として考えれば、そう悪い話ではない。

 レイはまだ十分に距離がある中で、左手に持つ使い捨ての槍を投擲する。

 セトが飛ぶよりも素早く、風を斬り裂くかのような勢いで飛ぶ槍。

 壊れかけの槍であっても、それが命中すればその辺のモンスターであれば容易に殺せるだろう。

 そんな一撃が暴れている大いなる存在に向かい……だが、次の瞬間に槍の穂先が大いなる存在に触れた瞬間、砕け散る。


「……砕け散る? セト!」


 その様子に違和感を覚えたレイは、乗っていたセトに対して咄嗟に叫ぶ。

 するとセトはそんなレイの考えを察し、素早く翼を羽ばたかせて急上昇する。

 このままでは何も考えるような時間もなく、大いなる存在と接触するかもしれない。

 そう判断したレイの咄嗟の叫びだったが、見事にセトがそんなレイの考えに反応した形だ。

 上空に……大いなる存在が浮かんでいる場所よりも高く飛んだセトの背中の上で、レイは相手を確認する。


(槍が黒い塵になって吸収されるのなら分かる。穢れの能力がそれだったし、大いなる存在は穢れの上位存在だって話だし。けど……何で槍が砕ける? いや、壊れかけの槍だったから、単純に頑丈さの問題か?)


 槍が砕けた理由が分からないまま攻撃を仕掛けても、それが自分にどのような影響を与えるのか分からない。

 いや、それだけではなく最悪……本当に最悪の場合だが、デスサイズや黄昏の槍が破壊される可能性も否定出来なかった。

 だからこそ、最低でもある程度は大いなる存在が先程の槍を砕いた方法について知った上で、攻撃する必要があった。


(そうなると、壊れてもいい……岩か)


 すぐにそう判断すると、レイはセトの首を軽く撫でて口を開く。


「セト、大いなる存在の上に向かってくれ。高ければ高い程にいい」

「グルゥ!」


 レイの言葉に即座に喉を鳴らしたセトは、翼を羽ばたかせて上に向かう。

 そんなセトの背の上で、レイは地上を……そこに残してきたエレーナ達を見る。

 当初の予定では、レイが攻撃をした後で大いなる存在の意識を自分に向け、その隙を突いてエレーナが竜言語魔法を使う予定だった。

 だが、その最初の一歩で予定が狂ってしまった以上、竜言語魔法の発動も待って貰う必要があった。

 幸いなことにレイの視線の先ではまだエレーナが竜言語魔法を使おうとはしていない。

 恐らくは実際にレイが大いなる存在に攻撃されるようになってから竜言語魔法の準備を始めるつもりだったのだろうが……その最初の行動が失敗した以上、単純に待機しているのだろう。

 エレーナもレイが自分を見ているのに気が付いたのか、ミラージュを手に軽く手を振る。

 そんなエレーナに手を振り返し、レイはセトに乗ったまま大いなる存在の上……それもかなりの高度まで移動する。


「さて。これならどうだ?」


 視線の先にいる大いなる存在に向けて、レイはミスティリングから取り出した岩を落とす。

 穢れの関係者達の拠点に続く階段を隠していた崖が崩れて出来た岩だ。

 その重量は、普通なら……いや、普通ではない冒険者であってもそう簡単に持ち上げることは出来ないだろう重量だ。

 そんな重量の岩が、真っ直ぐ大いなる存在に向かって落ちていく。

 かなりの高度からの投擲――正確には落としただけだが――なので、それなりの結果を期待するレイだったが……その期待は容易に裏切られた。

 いや、正確には完全に裏切られた訳ではない。

 落下していった岩は先程投擲した槍のように砕けることはなく、しっかりと大いなる存在にぶつかったのだから。

 セトの飛んでいる高度から落とされた数百kgの岩だ。

 それが命中した時の衝撃は、一体どれ程のものか。

 そんな衝撃が大いなる存在を襲ったのは間違いない。間違いないのだが……次の瞬間、その岩は大いなる存在の身体を構成する巨大な黒い塊に飲み込まれたのだ。

 これもまた、黒い塵にして吸収する穢れとは違う力だ。

 その事にレイは疑問を抱きつつ、続けて二個、三個と先程の岩と同じくらいの大きさの岩を落とす。

 続けて落とされた岩も、最初同様に大いなる存在にぶつかってダメージを与えたものの、次の瞬間にはその身体に飲み込まれてしまう。


(うーん、これはダメージを与えているのか?)


 一旦岩を落とす手を止め、レイは大いなる存在の様子を確認する。

 最初に地下で見た時は、相手の放つ圧倒的な存在感に威圧されたレイだったが、こうして接してある程度慣れたのか、既に普通に大いなる存在を見ることが出来ていた。

 もっとも、それでも相手が厄介な存在なのは変わらないのだが。


「グルゥ!」


 と、不意にセトが鋭く喉を鳴らし、翼を羽ばたかせる。


「え?」


 突然のセトの行動に驚きの声を上げたレイだったが、それでもしっかりとセトに乗っているので、突然の行動であっても振り落とされたりといったことはない。

 そうしてセトに掴まったまま、一体何があったのかと大いなる存在を見る。

 この状況で何かを起こすのなら、それは大いなる存在がやったことなのは、間違いないと思えたのだ。

 だが、そんなレイは下を見た瞬間、大きく口を開ける。

 それは、驚きの表情。

 何しろ目の前に黒い柱が存在したのだから。

 ……いや、違う。それはレイの目には一見柱に見えたものの、その柱の先端には握り拳がある。

 それはつまり、レイの視線の先……数秒前までセトの姿があった場所を貫いていたのは、柱ではなく腕であるということを意味していた。


「……腕?」


 呟くレイの視線の先で、その腕は唐突に消える。

 そう、消えたのだ。

 大いなる存在の身体を構成する巨大な黒い塊に戻ったり吸収されたのではなく、文字通りの意味でレイの目の前で消えてしまう。

 大いなる存在がレイやセトに目掛けて今の一撃を放った時も、レイはその存在に全く気が付かなかった。

 それはつまり、レイの視線の先にある大いなる存在から今の黒い巨大な腕が伸びたのではなく、消えたのと同様に一瞬にしてそこに姿を現したと考えた方が自然だろう。

 これが巨大な黒い塊から伸びてきたのなら、レイもそれを察知することが出来るし、回避するように指示も出来るだろう。

 だが、何もない場所に突然腕が現れるのだ。

 セトは何らかの理由でそれを察知出来たようだったが、レイには全く何も分からない。

 本当にいつの間にかそこに腕があったとしか言いようがない。


「セト! 回避は任せる! 向こうもこんな手段で攻撃してきたということは、岩を嫌がっている筈だ!」

「グルルルルゥ!」


 レイの言葉に、セトは任せてと喉を鳴らして翼を羽ばたかせる。

 セトの急激な動きに、しかしレイは動じる様子もない。

 それこそセトが一瞬前までいた場所に再び黒い柱が……いや、黒い腕が姿を現しても、二度目ということもあり動揺せず、しっかりと観察する余裕すらあった。


(瞬間移動……いや、瞬時に生み出される? ともあれ、そういう風に存在している腕だが、それでも大いなる存在から伸びているのは間違いないのか)


 突然姿を現す腕だったが、その腕の先……根元とでも呼ぶべき場所には大いなる存在がいる。

 つまり、出現の仕方が特殊なのは間違いないが、それでも大いなる存在と繋がっているのは間違いないということを意味していた。


「飛斬!」


 セトの背に乗りながら、デスサイズを振るってスキルを放つ。

 放たれた飛ぶ斬撃は、黒く巨大な腕に命中し……


「消えた?」


 レイの口からそんな疑問の声が漏れる。

 飛斬が命中したのは間違いない。

 その威力によって消えたのか、それとも飛斬とは全く関係のない状況で消えたのか。

 それは生憎とレイにも分からなかったが、それでも巨大な腕が消えたのは間違いない。


(実は幻影とか、そんな可能性もあるのか?)


 オーロラの指輪を使って認証するシステムのあった場所が幻影で隠されていたのをレイは思い出す。

 だが、すぐにレイはそんな自分の想像を否定する。

 巨大な黒い腕には、幻影とは違う、明らかに存在感があった為だ。

 それはつまり本物であるということの証明でもあった。

 勿論、世の中には圧倒的な存在感を発する幻影というのもあるだろう。

 それはレイも知っているが、それを知った上で巨大な腕が幻影とは到底思えなかった。

 普通に考えれば、一瞬にして出たり消えたりする腕は幻影の仕業と考えてもおかしくはない。

 しかし、レイが見たのは幻影ではないと、そう確信出来た。


「ともあれ、攻撃を嫌がってるのは間違いない。なら……食らえ」


 セトが大いなる存在の上を通った瞬間を見逃すことなく、レイはミスティリングから岩を取り出し、落とす。

 一個、二個、三個、四個。

 そんな具合に落ちていった岩は、大いなる存在にぶつかると最初と同じくその身体にそのまま吸収される。

 即座にセトはその場から退避し、数秒後にはそこに巨大な黒い腕が突然現れる。


(今回は腕が出てくるのが遅かったな? 何がどうなって……いや、腕を作ったり消したりしてるんだから、それが普通なのか。大いなる存在と呼ばれる相手にしては、ちょっと疑問だけど)


 再び消える黒い腕を見ながら、レイはそんな疑問を抱く。

 明確にダメージを与えているのかどうかはともかく、大いなる存在に攻撃してその注意を自分に向けるという行動は成功していた。

 後は大いなる存在の隙を突いて……それが具体的にどうすれば隙なのかはレイにはちょっと分からなかったが、とにかくエレーナが竜言語魔法を使うのを待てばいい。

 そう考えを纏めると、冷静に同じ行動を繰り返す。

 普通なら、何の予兆もなくいきなり目の前に巨大な黒い腕が現れるのだ。

 それを思えば、緊張して行動を失敗してもおかしくはない。

 ……いや、そもそも巨大な腕がいつ自分のいる場所に現れるかと、恐慌状態になってもおかしくはなかった。

 だがレイの場合は、幸いなことにセトがいる。

 一体どのようにしてなのかはレイにも分からなかったが、とにかくセトは大いなる存在の腕が現れるのを察知出来る。

 その為、レイは巨大な腕の対処はセトに任せ、自分はただひたすらに大いなる存在の上を移動した時に岩を落とすという行為を繰り返せばよかった。

 これもセトを深く信用しているからこそ出来る行動だ。

 もしレイとセトの間に確かな絆がなければ、このような分業は到底不可能だっただろう。

 そんな一人と一匹の行動は、大いなる存在にとっても厄介……もしくはそこまでいかなくても目障りだったのか、腕が突然出現する頻度が高くなっているようにレイには思えた。


(セトがいないと、一体どうなっていたんだろうな)


 ミスティリングから岩を落としつつ、レイはしみじみとそう思う。

 レイはセトが一体どのような方法によって腕が現れるのを把握しているのか、全く分からない。

 分からないが、それでも把握出来るのは間違いなく、それによってレイが助かってるのも事実。

 そうなると、回避については自分で考えるようなことはせず、完全にセトに任せてしまった方がいい。

 そうして行動し続けて一体どれくらいの時間が経ったのか。

 セトが回避してくれるとはいえ、いつ現れるか分からない大いなる存在の攻撃に緊張しているレイだけに、自分とセトが行動を始めてから一体どのくらいの時間が経ったのかはちょっと分からない。

 分からないが、それでもしつこく行動していると……ドクン、と。

 眼下に存在する巨大な黒い塊が脈動するのが分かった。

 何だ?

 そう注意し、攻撃を一度止めて下の様子を見る。

 もしかしたら、攻撃が予想以上に効いているのかと、そんな思いもあったのが……次の瞬間、巨大な黒い塊が蠢き、変化し、巨大な人型になったのを見たレイは、口を大きく開けるのだった。

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