3446話
ヴィヘラと別行動をすることになったレイは、目標……儀式を行っている者のいる場所に向かって走る。
瞬く間に近付くその姿だったが、儀式に集中して半ばトランス状態になっている相手は近付いてくるレイの存在に全く気が付いた様子がない。
それだけ儀式に集中してるのだろうが、下手に暴れたりしないのはレイにとっても好都合だった。
もっとも、レイの姿を見て動揺し、それによって儀式が失敗するのならそれはレイにとっても悪い話ではないのだが。
そんな風に思いつつ、儀式をやっている相手に近付き……足を止めることなく、横を通り抜けながらデスサイズを振るう。
特にスキルを使うでもなく、ただ魔力を流して放ったその一撃は容易に儀式を行っていた一人の首を切断する。
デスサイズの持つ鋭さと、レイの技量。
この二つが組み合わさった結果、切断された首はすぐ床に落ちることはなく、それどころか自分の首が切断されたということにも全く気が付いた様子がなく、儀式が行われていた。
見る者が見れば、レイの技量とデスサイズの鋭さに驚きを隠せなかっただろう。
だが……それでも首が切断されたのは間違いない。
トランス状態であっても、微かに身体は動く。
それによって身体が揺れ……切断された首が地面に落ちる。
そうして首が地面に落ちたにも関わらず、数秒は首から血が噴き出ない。
しかしその数秒が経過すると、切断された場所から激しく血が噴き出る。
その血の勢いは激しく、その勢いによって首を失った身体は立っていることが出来ず、地面に倒れ、周辺に血を撒き散らかすことになる。
(あの首は年寄り……とまではいかないが、五十代くらいか? 多分、長老の一人なんだろうけど)
既に次の標的に向かっているレイは、自分が切断した首を思い出しながら走る。
最初に倒した相手も、決して若くはない相手だった。
それはつまり、儀式を行っているのが長老と呼ばれている者達である可能性が高い。
あるいは儀式を行える者達だからこそ、穢れの関係者達の中でも長老として敬われていたのかもしれないが。
(そう言えば長老よりも上の奴がいるって話だったけど、そっちはどうなったんだ? もしこの祭壇で儀式を行っているのなら、その相手を出来るだけ早く倒してしまった方がいいと思うんだが)
そう思うものの、まずは儀式を止めるのが最優先なのは変わらない。
儀式を成功させて、大いなる存在を呼び出すことだけは絶対に避ける必要があった。
戦って勝利出来るかどうかは分からない。
勿論、レイもそのような相手を野放しにする訳にはいかない以上、実際に大いなる存在が呼び出されたのなら、戦うだろう。
だが戦うにしても、わざわざ相手が万全の状態になるのを待つ必要はない。
最善なのは、そもそも大いなる存在を呼び出されないようにすることだろう。
そうする為に、レイはこうして広い祭壇の上を走り回っているのだから。
「死ね!」
また新たに一人、儀式を行っていた長老を殺す。
手の中に僅かに残った感触から、首を切断したの確認しつつ、レイは次の標的を目指す。
ざっと見たところ、残りは十人弱。
(間に合うか?)
既にレイは複数の長老を殺している。
走りながら周囲の様子……具体的にはヴィヘラの姿を確認する。
ヴィヘラもまた、素早く移動しては儀式を行っていた者を殺しては次の相手を狙っていた。
(さすがヴィヘラか。……セトがいれば、もっと効率よく儀式を行ってる奴を殺せたんだろうが)
そう思うも、庭から地下に続く階段の狭さを思うと、セトが来るのは少し難しかっただろう。
一応セトにはサイズ変更という、身体の大きさを変えられるスキルがある。
だが、まだレベル二と低レベルである以上、地上から続く階段はともかく、庭から続く階段を下りてくるのは難しかっただろう。
最悪の場合、サイズ変更を使っても階段を下りることが出来ずに動けなくなってしまい、その救助に時間が掛かっている間に大いなる存在が呼び出されてしまう可能性もあった。
そう考えると、やはりセトをここに連れてこなかったのは間違っていなかったのだろう。
……それが分かっていても、セトに乗って移動出来れば儀式を行っている者達を殺す時間が短縮されると思ってしまうが。
いや、あるいはヴィヘラのように別行動をしてそれぞれが儀式を行っている者達を殺そうとするか。
(いないセトのことを考えても仕方がないか)
そう考え、近付いて来た標的……儀式を行っている者の首を切断し……
「え?」
その感触に、レイは思わず疑問の声を出す。
それでも足を止めないのだが。
次の首の落ちる音を聞き……その音が今までのような肉塊が地面に落ちる音ではなく、金属が地面に落ちる甲高い音であるのを聞き取り、やはり自分の感じたことは間違いではなかったと理解する。
今の長老も、首を切断したというのはこれまでと同じだった
だがそんな中でも違ったのは、デスサイズで首を切断する際に感じた抵抗だ。
魔力を流したデスサイズは容易に……それこそ一切の抵抗もなく首を切断したが、その際に手に返ってきた反応は間違いなく肉以外のもの。それこそ金属的な存在だったのは間違いない。
一体何故。
そんな疑問を抱くレイだったが、今はまず儀式を行っている者を殺すのが最優先なのは間違いなく、悠長に足を止めて調べているような余裕はない。
そうして走りながら次の敵に向かい……キン、と。
首を切断した時に周囲に響いた音は、先程の長老よりも明らかに甲高い金属音となっていた。
デスサイズとレイの魔力、そして技術のお陰で全く問題なく切断は出来たものの、それでも明らかに先程よりも抵抗は強くなっている。
(こうなると、もう気のせいじゃないよな)
一度だけなら、何かの間違い、あるいは気のせいといった可能性もあった。
しかし、こうして二度続けて同じような……いや、より硬くなっているとなると、そこに偶然や気のせい以外の何らかの理由があるのは間違いなかった。
そしてレイはそれが何なのか、何となく理解出来る。
走りつつ、祭壇の中央の上に浮かんでいる巨大な黒い塊に視線を向け、それが原因なのだろうと予想する。
(儀式を行う者の数が減ったことで強力になった? それとも儀式が進んでそれを行っている者が強力になったのか。……後者なら、俺にとっても悪い話じゃない)
後者……儀式が進む、つまり時間が経つに連れて儀式を行っている者が強化されるのなら、自分とヴィヘラが同時に駆け回っている以上、もう少しで全員殺せるだろう。
だが、レイが予想した前者の場合、時間は関係なく儀式を行っている者が減ればそれだけ強化されるのだから、レイにしてみれば非常に厄介極まりなかった。
「それを確認する為にも、急ぐ!」
鋭く叫び、レイは走る速度を一段上げる。
すると次に殺す相手も急速に近付いてきて……それに対して、レイはこれまでと同じようにデスサイズに魔力を流して首を狩る。
ギン、と。
前の長老と比べても明らかに甲高い音が周囲に響く。
それはつまり、一人前よりも強化されているということを意味していた。
……もっとも、強化されてもデスサイズの一撃を防ぐことは出来なかったが。
(このまま、デスサイズで切断出来るうちに全員殺しきれるか?)
レイが殺している間、ヴィヘラも同様に相手を殺している。
しかし、レイがデスサイズで一閃するのとは違い、ヴィヘラにそのような鋭い武器はない。
結果として、ヴィヘラは浸魔掌を使って儀式を行っている長老を殺しているのだが、浸魔掌はデスサイズの一撃のように横を通り抜けながら出来る攻撃ではない。
一度足を止め、そこから一歩踏み込まなければ浸魔掌を放つことが出来なかった。
この辺については浸魔掌を放つ一撃として必要な動作である以上、どうしようもないことだ。
もっとも、実際には足を止めて浸魔掌を放ち、そしてまた走り始めるといった行為をしているヴィヘラだが、その速度は決して遅い訳ではない。
一般的に見た場合は十分に速い。
ただ、レイに比べれば……そして緊急の現在の状況を考えると、その多少の遅さが非常に大きな意味を持つ。
(とはいえ、こういうのはヴィヘラ向きじゃないんだから、仕方がないか。寧ろミラージュを使うエレーナか、弓を使うマリーナの方がこういう行動は得意だろう)
連接剣のミラージュは鞭状にすることでその射程距離が普通の長剣とは比べものにならないくらいに長くなる。
弓にいたっては、マリーナの技術も合わさって動かない標的を殺すのにはこれ以上ない程に向いている。
だが、その二人は現在祭壇の下で他の相手……この祭壇を守っていた者達や、それ以外にも地下に集まっていた穢れの関係者達と戦っている。
こちらの戦力は別にその二人だけという訳でもないので、そういう意味では完全に任せきりという訳でもない。
そういう意味でも、エレーナとマリーナに来て欲しいとは思うが……ヴィヘラが来てくれただけでも助かったのだ。これ以上を望むのは贅沢だろう。
「よし、これで後一人!」
考えごとをしながらもレイは動きを止めておらず、とうとう最後の一人を残すまでになった。
ただし、たった今デスサイズで首を切断した相手の防御力は非常に高くなっており、レイが放った一撃であっても結構な抵抗を見せている。
ヴィヘラのお陰で大分手間が省けたものの、最後の一人がまだ残っている以上、その人物がどれだけ強化されているのか、レイには分からなかった。
もっとも、レイにとって幸い……そしてヴィヘラにとって不幸なことに、強化はされているが、儀式を行っている長老はトランス状態で全く動くことがないということだろう。
それでも最後の一人だけあって、あっさりと殺せるかどうかはレイにも疑問だったのだが……
「あれ?」
予想以上にあっさりと最後の一人の首を切断出来てしまったレイの口からは、戸惑いの声が漏れる。
勿論、他の者達と同じく強化はされていた。
されていたのだが、それでも何の抵抗もなくあっさりと首を切断出来るとは、レイも思っていなかった。
何らかの方法で自分の身を守るなり、あるいは攻撃をしてくるといった行為をすると思っていたのだ。
強化されていただけあって、デスサイズでも首を切断するのはかなり苦労をした。
それこそデスサイズでなければ切断は無理だったのではないかと、そう思ってしまう程に。
だが、それでも切断出来たのは間違いないのだ。
レイの予想では、これまでの敵が強化された割合からデスサイズの刃でも弾くのではないかと、そう思っていた。
それだけに、あっさりとではないにしろ、首を切断出来たのは驚きでしかない。
「レイ!」
戸惑っているレイに、最後の一人ということで向かっていたヴィヘラが声を掛ける。
レイはそんなヴィヘラに視線を向けるも、どう反応したらいいのか迷う。
「これで終わった……と思うか?」
「どうかしらね。取りあえず儀式を行っていた相手は全員殺したけど……」
そこまで口にしたヴィヘラは、空中に存在する巨大な黒い塊に視線を向ける。
「あの様子を見る限り、儀式が失敗に終わったとは思えないわよね」
「その割には笑ってるぞ」
「……あら」
レイの注意に、ヴィヘラが獰猛な笑みを困ったような笑みに変える。
ヴィヘラにしてみれば、穢れやそれを使う穢れの関係者はそこまで強い相手ではなかった。
それこそ穢れに触れれば危険という意味で警戒する必要はあるものの、言ってみればそれだけだ。
だが……こうして祭壇の上に浮かんでいる存在を見れば、それが穢れや穢れの関係者とは違い、圧倒的な強者であるのを想像するのは難しい話ではない。
だからこそ、強敵との戦いになるかもしれないと思っているのだろう。
……レイにしてみれば、そんな強敵とはとてもではないが戦いたくないのだが。
これがせめてモンスターであれば……具体的には魔石を持つ存在なら、魔獣術的な意味で戦っても構わないと思っただろう。
強敵のモンスターだけに、間違いなく新たなスキルの習得か、習得しているスキルの強化が出来るのだから。
だが、大いなる存在と呼ばれているのは魔石を持たない穢れの上位存在だ。
そうである以上、倒しても魔石を手に入れられるとは思えなかった。
(いやまぁ、穢れの上位存在だからこそ魔石を持っている可能性はあるのかもしれないが)
そう思うレイだったが、元々が悪い魔力と評される穢れだ。
その穢れの上位存在が魔石を持っていても、それを魔獣術で使うかどうかは……正直、微妙なところだろう。
「それで、これからだが……」
そうレイが口にしたその瞬間、ドクンと祭壇の上に存在する黒い大きな塊の方から音が聞こえてくるのだった。