3445話
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残り三人の敵に向かい、レイは歩を進める。
決して素早く歩いている訳でもないその足取りは、相手が何をしようとそれに対応してみせるという自信から来る行動。
敵が具体的にどのように動くのかはレイにも分からない。
だがそれでも、敵が動いたらそれに合わせて自分も動いてみせると、そのように思っていた。
そんなレイを相手に、残り三人は警戒の視線を向ける。
レイが強いのは、今までの行動で十分に理解している。
しかし、それでもここでレイと戦わないという選択肢は存在しなかった。
「どうした? ただ俺を待ってるだけでいいのか? それなら俺はお前達を放っておいて、儀式を行ってる連中を殺しに向かうが」
相手の慎重さ……もしくは動きを見せない鈍重さから、レイはそう挑発する。
そうして挑発されれば、三人も行動を起こさなければならない。
儀式を行っている者達を守る為に、こうしてレイを追ってきたのだ。
だというのに、そんなレイを相手に慎重になり、動かない間に儀式を行っている者達を殺される訳にはいかないのだから。
もっともレイは相手を挑発するようなことを口にしつつも、残りの三人をその場に残して儀式をやってる者達に向かおうとはしない。
レイにしてみれば、出来れば少しでも早く儀式を中断させたいとは思う。
思うのだが、だからといってこの三人を……あるいはまだ追加で援軍が来るのかもしれないが、とにかく目の前にいる三人をそのままにして儀式を行っている者達を始末する訳にはいかなかった。
儀式を行っている者を完全に殺すよりも前に、この三人が護衛に来るといったことになれば、それが儀式にどう影響するのか分からない。
幸い……本当に幸いなことに、今のところ儀式を行っている者達はそちらの儀式に集中……というより、意識を完全に向けられている為か、仲間を殺されてもそれに気が付いてすらいない。
一種のトランス状態に近いのだろう。
だが、レイと三人が側で戦っていた場合、いつその状態から目覚めるのかが分からない。
大いなる存在を呼び出す以上、そう簡単にトランス状態から目覚めるとは限らない。
しかし、それでもレイとしては出来れば儀式をしている者達が実際に何かをするよりも前に、殺してしまいたかった。
その為、レイは相手に近付き……次の瞬間、一気に前に出る。
「散れ!」
三人の中でも恐らくリーダー格なのだろう男が叫ぶ。
仲間を生かす為の言葉だったのだろうが、それはレイにしてみれば標的と見定めるのにちょうどいい行為でもある。
リーダー格……指揮官を真っ先に潰せば、この先の行動がやりやすくなると判断したのだ。
男も自分が狙われたと気が付いたのだろう。
即座に穢れを五匹生み出し、それをレイに向けて飛ばす。
レイが自分から突っ込んでくるのだ。
そこに穢れを向かわせれば、もしかしたらレイが穢れに触れて倒せるかもしれない。
そう思ったのだろうが……相手が穢れを出した時点で、レイもまたミスティリングからブルーメタルの鋼線の塊を取り出す。
ただし、レイの両手はそれぞれデスサイズと黄昏の槍を持っているのでブルーメタルの鋼線の塊を手にして投擲するようなことは出来ない。
レイが行ったのは、ミスティリングから出て空中を落下したブルーメタルの鋼線の塊を蹴ることだった。
それによって成功した経験があるからこその行動。
そして最初とは違い、蹴られたブルーメタルの鋼線の塊は明らかに以前よりも高速で飛ぶ。
レイの狙っている男を目掛けて。
ブルーメタルを避けるように穢れは移動し、レイと男の間には何の障害物も存在しない。
男は自分の顔面目掛けて飛んできたブルーメタルの鋼線の塊を何とか回避するが……
「死ね。パワースラッシュ」
放たれたデスサイズの一撃は、男の上半身を爆散させる。
「デリグラーネ!」
残り二人のうち、女が悲痛な声で叫ぶ。
その叫びはただの仲間を思ってのものではないことはレイにもすぐに分かった。
だからといって、それでレイが行動を止める筈もなかったが。
「飛斬!」
叫んだ女に向かって飛斬を放つ。
恋人――恐らくだが――を殺されて混乱しているうちに、女を仕留めようと考えての行動。
あるいは飛斬を回避しても追撃の一撃を放とうとしたレイだったが、その飛斬の行方を見るまでもなく、即座にその場から跳び退く。
次の瞬間、レイがいた場所を一匹の穢れが通りすぎていった。
生き残っていた三人のうちの一人がレイに向かって穢れを放ったのだろう。
デリグラーネと呼ばれたリーダー格の男は咄嗟に複数の穢れを放ったが、今の男が放った穢れは一匹だけ。
だがそれは、男の技量が劣っているという訳ではない。
実際、レイに向かって放たれた穢れの移動速度はデリグラーネよりも明らかに上だったのだから。
「いやああああっ!」
穢れを回避し、それを放った男に視線を向けるレイだったが、不意にそんな叫びが聞こえる。
その声が誰の声なのかは、考えるまでもない。
先程デリグラーネと叫んだ女の声だったのだから。
それでも一瞬だけそちらに視線を向けると、首が大きく斬り裂かれ、そこから大量の血が吹き出していた。
女は必死になって飛斬によって切断された首を押さえているものの、そう遠くないうちに死ぬのは明らかだ。
それだけが分かればもう十分と、レイの視線は最後に残った一人に向けられる。
「悪いが、時間の余裕はない。……すぐに死んで貰うぞ」
「そう簡単にやられるとおもってるのか?」
男は長剣を手に、そして自分の周囲に複数の穢れを浮かべる。
先程レイに向かって一匹だけ穢れを放ったのと違い、複数の穢れを使うことも出来るのだろう。
(さっきの穢れと同じ速度で全部の穢れを使われるとかしたら面倒だけど……どうだろうな。出来るのなら、さっきの一撃で複数の穢れを使っていただろうし。それがなかったということは、多分一匹だけしか穢れは使えないということ……か?)
そうであって欲しいという希望的な予想ではあったが、何となく自分の判断はそう間違っていないように思える。
ともあれ、レイにとって残り一人。
それを倒そうとしたところで……
「レイ!」
聞こえてきた声に、レイは笑みを浮かべる。
その声の主が誰なのかを理解した瞬間、レイは男との間合いを開ける為に後ろに大きく跳ぶ。
男はレイに追撃を放とうとしたものの、そうはさせじと男に向かってかなりの速度で近付く人影があった。
男もそれに気が付いたのだろう。
手を振り、穢れを自分に近付いてくる相手に向かって放つが……
「はっ!」
鋭い呼気と共に放たれた一撃は、穢れをあっさりと消滅させる。
「なにぃっ!?」
男は自分で見た光景がとてもではないが信じられなかったのだろう。
思わずといった様子で叫ぶ。
だが、レイにしてみればそれは既に見慣れた光景だ。
男に近付いた人物……ヴィヘラにとって、穢れは一撃で倒すことが出来る獲物にすぎないのだから。
いや、ヴィヘラにしてみれば既に獲物ではなく的に等しいという方が正確か。
穢れを回避されるのなら、レイにされたことで男も理解出来ただろう。
だが、まさか穢れを殺されるとは思っていなかったのか、動揺したまま……それでも何とか自分に近付いてくるヴィヘラを倒そうと、残っていた穢れを放つ。
その穢れの速度は、やはり先程レイに向かって放ったのと比べると大分遅い。
最初にヴィヘラに放った穢れも、レイに放った時よりも遅かった。
(となると、あの時の一撃だけが何らかの理由で速かったのか?)
そんな疑問を抱くレイの視線の先で、次々と穢れがヴィヘラの浸魔掌によって滅ぼされていく。
男はその光景に驚きながらも何とか距離を取ろうとするものの、純粋な運動能力という点ではヴィヘラには及ばず、あっさりと近付かれる。
そうして近付いた瞬間、男の動きが一瞬止まる。
ヴィヘラの美貌に目を奪われたのか、それとも娼婦や踊り子のような薄衣に包まれた魅惑的な肢体に目を奪われたのか、あるいは何か別の理由か。
ともあれ、動きが止まった男の横を通り抜け様に腕を振るう。
正確には、手甲から魔力によって生み出された爪を振るって男の首を切断する。
「ふぅ」
首から噴き出る血を避けるように、倒れ込んだ男から距離を取ったヴィヘラの口から出たのは、そんな声。
まるで少し大変な作業を終わらせたといったように思える声。
とてもではないが、人を……それも穢れの関係者の中でも最精鋭と呼ばれている者達の一人を倒した後に出る声とは思えない。
とはいえ、レイにしてみればそれも慣れたことだが。
「ヴィヘラがここに来たってことは、階段の下にいた連中は全員倒したのか?」
「何人かは逃げたけど、攻撃してきた相手は全員しっかりと倒しておいたわ。生きている人も……何人かはいると思うわよ?」
ヴィヘラの言葉に、らしいなとレイも納得する。
とはいえ、逃げた者がいるというのは少し驚きだったが。
(ここにいた連中は、全員生粋の穢れの関係者だとばかり思ってたんだけどな)
本部にいる……それも襲ってきた暴徒と違って、本拠地にある神殿の地下に隠された祭壇にいた者達だ。
そのような相手である以上、それこそオーロラ並に生粋の穢れの関係者だとばかり思っていたレイだったが、ヴィヘラが言うように逃げたということは、どうやらそのような者達ばかりでもないらしい。
それはレイにとってもかなり意外だった。
(それならフォルシウスと一緒に降伏してくればよかったのにな。どういう扱いを受けるか分からなかったから、フォルシウスと行動を共にはしなかったのか?)
実際、フォルシウス達は奴隷の首輪を付けられ、ブルーメタルのアクセサリを身に付けることになっている。
本人の意識はどうあれ、傍から見れば奴隷にしか見えないのも事実。
そうである以上、それを避けたいと思う者がいても当然だろう。
それにフォルシウスは、あくまでもレイとの交渉の結果……ダスカーによる許可により、そのような境遇に落ち着いたのだ。
最初はその辺は何も決まっていなかった以上、もしかしたら降伏したら即座に殺されるという可能性も十分にあり、だからこそフォルシウスと行動を共にしなかった……そんな可能性も十分にある。
とはいえ、もうフォルシウスとの交渉は終わった以上、これからそちらに合流するというのも不可能だろうが。
「もしかして、逃げた連中を追った方がよかった? レイを一人にするよりは、少しでも早く援軍に向かった方がいいと思ったんだけど」
「そうだな。その判断は助かる。今は少しでも早く儀式を中断させる必要があるし。……そんな訳で、取りあえず話は移動しながらでいいか?」
尋ねるレイにヴィヘラは特に異論はなく頷く。
強敵との戦いを好むヴィヘラにとっても、大いなる存在という相手についてはそのままにしておけないという思いがあるのだろう。
同時に、そのような強敵と戦ってみたいという思いがない訳でもなかったが。
このような時……それこそ文字通りの意味で世界の破滅に繋がるという時だけに、自分の中にある強敵と戦いたいという戦闘欲を抑えることくらいは出来た。
この点が同じ戦闘狂でも、普通の……自分の中にある欲望をコントロール出来る者と出来ない者との違いだろう。
もっとも、ヴィヘラにしてみれば強敵との戦いは楽しみたいという思いがあるのは間違いないものの、穢れはあまり趣味に合わないという点もあったのだが。
確かに触れた相手を黒い塵として吸収するという穢れは、非常に厄介な相手だ。
だが、それは対処法……穢れの単純な思考回路であったり、ミスリルの釘やブルーメタルについて知っていれば、対処するのは容易い。
そのような単純な相手であっては、それこそ型通りの動きしかしない以上は戦う上で決して好ましい相手ではない。
人によってはそのような相手であっても戦えれば満足していたり、苦労せずに敵を倒せるのだからそれで十分だと言う者もいるだろう。
ヴィヘラはそのような相手の考えを否定したりはしない。
しかし、それはあくまでも否定しないだけであり、ヴィヘラ本人がそのように思うかというのはまた別の話だ。
自分の中にある規範、あるいは美意識と言い換えてもいいのかもしれないが、そのような戦いをしたいとはヴィヘラには思えなかった。
それはこの状況であっても変わらないし、寧ろ今の状況を思えばレイ達にとって幸運なことでもあったのだろう。
「じゃあ、どうせなら二手に別れましょう。少しでも早く儀式を止めたいんでしょう?」
そう聞いてくるヴィヘラにレイは少し考えた後で頷くのだった。