3443話
広大な空間の中をレイは進む。
目指すのは、この空間の中でも奥の方……金属の扉が入り口だとすると、一番奥の方にある場所だ。
そこからはそれなりに離れていても、何らかの力をレイに感じさせる。
レイには魔力を感じる力はない。
そんなレイでも何かを感じるのだから、それが危険な存在なのは間違いないだろう。
「ちぃっ! 邪魔だ!」
儀式をしている穢れの関係者にしてみれば当然だろうが、今は非常に重要な時だ。
大いなる存在を呼び出すという、それこそ穢れの関係者にとっての悲願を叶えようとしてるのだから。
当然ながらそれを邪魔しようとする……それどころか、本拠地の中でも最重要なこの祭壇に入り込んできたレイをそのまま通す筈もない。
それ故に、穢れの関係者達はレイに向かって攻撃する。
投擲された黄昏の槍は、穢れを放とうとしていた男の頭部を砕く。
レイの放った一撃がそれだけで終わる筈もなく、黄昏の槍は穢れの関係者を一人殺した程度で動きは止めず、その後ろにいた数人の身体をも貫き、そこでようやく威力が弱まり、レイの手元に戻った。
ざわり、と。
自分達の仲間の数人が問答無用で殺されたことにざわめく穢れの関係者達だったが、それでもすぐ我に返るとレイに向かって攻撃を行う。
自分に向かって飛んでくる穢れを回避しながら、レイは地面を蹴る。
ただし、向かうのは自分に攻撃してきた相手……ではない。
レイの本心では、自分に攻撃してきた敵は全て倒したいのだが、状況がそれを許さない。
今のレイがやるべきことは、穢れの関係者を倒すことではなく、穢れの関係者達が企んでいること……つまり、大いなる存在を呼び出すのを止めることなのだから。
ただでさえ、この崖を破壊して本拠地の中に入ってからはフォルシウス率いる穏健派との接触や、半ば暴走状態の穢れの関係者と戦い、神殿の中に入って敵の幹部と戦い、無限ループの通路に迷わされ、壁を破壊して庭に出るも、そこには多数の未知の植物が生えており、それを魔法で燃やしたところで地下に続く階段を見つけ、階段の先……地下にある本拠地の更に地下では巨大な魔法金属の扉があってそれを開けることが出来ず、壁を破壊して金属の扉を迂回するという方法で中に入った。
大いなる存在を呼び出そうとしているのに、無駄に時間を使ってしまった感じだ。
幸いにも……本当に幸いにも、まだ大いなる存在は呼び出されていない。
そうである以上、レイがやるのはまずその儀式を阻止することだ。
レイは相手が強力な何かを呼び出したり、もしくは変身をしようとしているのを黙って見ているような趣味はない。
相手が強力になるのなら、その強力になった相手と戦って勝利する自信があるとしても、わざわざそのようなことをする必要はないのだから。
だからこそ、レイは自分に攻撃を仕掛けて来た穢れの関係者達を殺すことはあまりない。
先程黄昏の槍を投擲して殺した数人のように、進行方向にいて邪魔な相手なら容赦なく排除していたが。
また、この祭壇のある場所に突入したのはレイだけではない。
他にもエレーナ達のように、腕利きの者が何人もいる。
レイが倒せない……倒すような余裕のない相手は、エレーナ達に任せることが出来た。
レイはその場に倒せなかった穢れの関係者を残して、祭壇に進む。
(速く、速く、速く……少しでも速く!)
心の中で考えつつ、レイは進む。
「と……止めろ! その男を止めるんだ!」
穢れの関係者達が、走るレイを見て叫ぶ。
自分の攻撃ではとてもではないがレイに命中させることが出来ないと思ったのだろう。
その声に反応するように、穢れの関係者達はレイに向かって攻撃する。
この祭壇の間とも呼ぶべき場所に入った場所にいた弓を持った穢れの関係者達がいて、そのような者達は既にレイが倒している。
しかし、それはあくまでもこの祭壇の間に入ったばかりの場所にいた者達だけだ。
その場所を通りすぎた以上、まだ他にも弓を持っている敵はいる。
あるいは魔法を使う者もいる。
何より厄介なのは、やはり穢れを使う者達だろう。
とはいえ、レイはブルーメタルの鋼線の塊を大量に持っているので、そちらについては気にしなくてもいい。
そうした穢れを使う相手を気にしなくてもいいのは、レイにとって幸運だった。
「っと!」
矢を回避し、反撃をしないままでその場を通りすぎる。
「レイ、援護する!」
エレーナがミラージュを鞭状にして放つ。
そうして穢れの隙間を縫うように伸びる刃が穢れの関係者の首を断つ。
「ぐ……」
首を切断されても、そのくらいの声を上げることが出来たのはある意味それだけ覚悟が決まっているということの証だろう。
「悪い!」
短く叫び、レイは祭壇に向かう。
そうして走り続けたレイは、やがて祭壇に急速に近付いてきたことを理解し、武器を構える。
だが……そして近付いて来たところで、より祭壇の大きさと、そこから感じられる力の強大さを嫌でも理解出来てしまう。
「厄介な!」
走りながら吐き捨てたのは、祭壇の前に何人もの穢れの関係者が待ち構えていたためだ。
決死の覚悟とでも呼ぶべき表情を浮かべている者達。
大いなる存在を呼び出すのを邪魔させないようにする為、自分達が命を懸けてレイの行く手を阻もうというのだろう。
当然だが、この場所……祭壇の近くにいるということは、穢れの関係者の中でも相応の地位にいるか、あるいは腕利きの可能性が高い。
レイはフォルシウスが口にした、腕利きの二十人についての話を思い出す。
神殿の外での戦いから、神殿の中での戦いも含め、既に結構な人数を倒している。
とはいえ、問題なのはそうして倒した相手が本当にその二十人の仲間なのかどうかが分からないということだろう。
もしかしたらレイがそう思っているだけで、実は違うという可能性も十分にあるのだから。
ただ、こうして祭壇の前に立ち塞がっている者で腕利きと思しき存在となると、その相手は二十人の一人……それも上位に位置する存在であるのは違いない。
近付いて来た相手に向け、ミスティリングから取り出したブルーメタルの鋼線の塊を投擲するレイ。
そんなレイの動きとほぼ同時に、祭壇の前に立ち塞がっていた者達が一斉に穢れを放つ。
レイにとって――正確にはブルーメタルにとってだが――穢れは無力だ。
……いや、実際にはブルーメタルの結界とでも呼ぶべきものを突破した穢れもいるので、絶対無敵の盾とまでは呼べないだろう。
だが、それを考えた上でもブルーメタルが穢れに対し圧倒的な強さを持ってるのは間違いなかった。
なかったのだが……
「マジかっ!?」
放たれた穢れの大半はブルーメタルの鋼線の塊が飛んでくると、まるで磁石の同極が反発しあうかのように、離れて……いや、もしくは吹き飛ぶという表現でも間違ってはいないだろう。
だが、大半はということは、中にはブルーメタルがあっても問題なくレイのいる場所に向かって突っ込んでくる穢れもいるということだ。
その可能性があるとは思っていたものの、それでもレイにとってこうして何匹もの穢れがブルーメタルの結界を通り抜けてくるというのは予想外だった。
その中の一匹……レイの頭部に向けて飛んできた穢れを、レイは首を動かすことで回避する。
レイの顔のすぐ側を通り抜ける穢れに背筋に冷たいものを感じつつ……だが、足で地面を踏む力はより強く、そして前に進む速度も今まで以上に速くなる。
(この程度の危険……慣れている!)
内心で叫びつつ、前に出るレイ。
祭壇の前にいる者達は、レイのそんな行動に目を見開く。
まさかこの状況でレイが前に出て来るとは、思ってもいなかったのだろう。
レイにしてみれば、寧ろこの状況で後ろに下がるというのは敵に余裕を与えるという意味で有り得ない選択肢だ。……単純に、レイの思考が防御よりも攻撃向きであるというのも、この場合は大きな意味を持っているが。
そうした行動によって敵の意表を突いたものの、それで相手が動揺するのも一瞬だ。
次の瞬間には、レイに向かって再び攻撃を行う。
だが、レイが欲しかったのはその一瞬で、その一瞬があれば十分でもあった。
速度を上げて間近に迫った敵に向かい、レイはデスサイズを振るう。
「多連斬!」
敵が強敵なのは、ブルーメタルの結界を突破したことから明らかだ。
そうである以上、レイもここで手を抜くといったことをする訳にはいかず、放たれたスキルはデスサイズが使えるスキルの中でもトップクラスの威力を持つ多連斬。
「な……」
その一言を漏らし、多連斬を食らった相手は肉片へと姿を変える。
また、放たれた斬撃の数は全部で二十の斬撃。
レイが狙った相手だけではなく、近くにいた数人も多連斬の餌食となる。
あるいはレイの狙っていた者の側に誰もいなければ、多連斬で殺されるのは一人ですんだだろう。
だが、祭壇の前に集まっていた者達は、最悪自分の身体を盾にしてでもレイを止めようとしていた者達だ。
もし並んだ場所にある程度の距離があった場合、レイはその隙間を通り抜けて祭壇に向かうだろう。
それを阻止する為にこうして固まっていたのだが……それが穢れの関係者達にとっては不運以外のなにものでもなかった。
「パワースラッシュ!」
多連斬によって出来た隙間を通り抜けながら、レイはデスサイズを振るう。
空いた隙間を埋めようと、まだ動ける者達が行動したのだが、ちょうどそのタイミングに合わせてレイはパワースラッシュを放ったのだ。
レベル四までの手首に掛かる負担がなくなった今では、こうして半ば無理矢理の一撃を放つといったことも出来るようになっていた。
背後から聞こえてくる、肉片が周辺に散らばる音。
それを聞きながらも、レイが足を止めることはない。
何人かが目の前の光景に吐く音も聞こえてはきていたが。
ブルーメタルの結界を破った穢れを使った者……フォルシウスから聞いた二十人に所属する者なら、死体を見てもそこまで騒ぐことはないだろう。
……あるいは穢れの関係者にとって死体というのは穢れを使って黒い塵にすることを意味しているのかもしれないが。
そうであれば、実際に肉片や内臓、血……そんな諸々を直接自分の目で見て、予想以上に気持ち悪い光景に吐き出す者がいてもおかしくはない。
とはいえ、実際には違う。
レイの足止めを……そして可能ならレイを殺す為に集まったのは、レイがフォルシウスから聞いた二十人に数えられる者もいるが、それ以外の……二十人に数えられない者もいる。
そのような者達は、長老の直接の部下であった。
穢れの関係者の中ではある意味で特権階級や指導者層と呼ぶべき者達である以上、人の死体を……それもパワースラッシュによって砕かれたような人の死体の断片を見るのは、これが初めてという者も多い。
結果として、レイという敵……それこそ穢れの関係者にとっての運命に関わってくるだろう敵がいるのに、穢れで殺したのではなく普通に殺された死体を見たことで思わず吐き出した者もいる。
レイにしてみれば、ある意味で見慣れた光景でもあったのだが。
日本にいた時は、レイも別に死体をその目で見るようなことはなかった。
……いや、父親が飼っている鶏を絞めて解体するのを手伝ったり、犬や猫……そして田舎ということもあって、狐や狸が道路で車に轢かれて死体になっているのを見たことはある。
もっと小さいのであれば、それこそ蛇や蛙が死んでいる光景を見たこともあるし、夏になれば部屋に入ってきた蚊を始めとした虫を潰したこともあった。
だが……それでも人の死体というのは、精々が葬式の時にきちんと整えられているのを見たくらいしかない。
そんなレイだったが、このエルジィンに来てからというもの、それこそ数え切れないくらいの相手を殺している。
それこそ、人やモンスター問わずに。
また、ゼパイルによってこの世界に誘われた時、人を殺すことに対する倫理観を始めとして、日本においては当然のものを、エルジィンで生きるのに問題がないようにされている。
だからこそ、レイは『俺が……人を殺した……』といったようなことで深く悩んだりといったことは最初からしなかった。
勿論、全く何も感じない訳ではなかったが、それでも吐いたり深く落ち込んだりといったことはなかったのだ。
(このまま一気に……)
背後で予想外の出来事に吐いている者達や、それに驚いている者達の気配を感じつつ、レイは自分を足止めしようとした者達を抜き去ると、そのまま祭壇に続く階段を駆け上がるのだった。