3441話
周囲を警戒しながらも階段を下り続けるレイ達だったが……
「あれは、階段の終わりか?」
視線の先に、階段が終わっている光景を目にしてレイが呟く。
一瞬何かの見間違いではないかとも思ったのだが、改めて視線の先を確認しても、やはりそこで階段が終わっている。
(結局階段を下りる途中で襲ってくるモンスターはいなかったな。てっきりモンスター……ではないにしろ、穢れの関係者か穢れが襲ってくると思ってたんだが)
実はこの狭い階段で穢れに襲撃されるのは、レイにとってあまり好ましいことではなかった。
レイにも穢れを倒せる方法はあるが、一番使い慣れている方法が庭を燃やしつくしたあの魔法だからだ。
つまり、庭のようにある程度の広さがある場所ならともかく、この階段を下りている途中で襲ってこられると対処するのが難しい。
勿論、ブルーメタルの鋼線の塊はまだそれなりに持っているので、絶対に対処出来ない訳でもないのだが。
もし穢れによって襲撃された場合、対処するのはレイではなく浸魔掌を使って一撃で倒せるヴィヘラか、あるいは穢れに特効を持つ魔剣を使っているレリューになるだろう。
この狭い階段の中で隊列を入れ替えるのは大変そうだったが。
もっとも、結局こうして階段の終わりが見えて、階段の途中で襲撃されるようなこともなかったので、その辺の心配はいらなかったのだが。
「階段が終わったみたいだ。この先に何があるか分からない以上、全員注意してくれ」
「……敵は結局現れなかったんですね」
オクタビアが意外そうに呟く声が聞こえてくる。
レイもその意見には賛成だったものの、今はまず先に進む方を優先し、それ以上は何も言わずに黙って進む。
そうしていよいよ階段の終わりになり……レイは周囲に展開していた光の盾を動かし、自分の前に三重に並べる。
どのような攻撃でも一度だけなら防ぐ光の盾だが、同時に一度攻撃を防げば消えてしまう。
そのような欠点を持つ光の盾だが、それでもこうして三重にすれば一枚目の光の盾が壊れても、すぐに二枚目の盾が攻撃を防ぎ、それが駄目でも三枚目がある。
そういう意味では、こうして三重にするのは非常に強力な防御力を誇るのだろう。
もっとも、これはあくまでも一方向から相手が攻撃してきた時にしか使えない方法だったが。
そのような万全の状態で階段を下りて、そこに繋がる広間と思しき場所に出たレイだったが……
「うわ、マジか……」
目の前に広がる光景に、思わずといった様子で呟く。
そんなレイの声が聞こえたのか、後ろにいる者達も階段を下りてくる。
レイの様子から何かあったのは間違いないが、その何かが敵の攻撃ではないのは明らかだったからだ。
そうして姿を現した面々もまた、レイの見ている光景に驚きの声を上げる。
「これは、また……」
そう言ったのは誰だったのだろう。
それはレイにもちょっと分からなかったが、そう言いたくなる気持ちはレイにも十分に理解出来てしまう。
何故なら、レイ達の前には巨大な……巨大すぎると表現しても間違っていない、そんな扉が存在したのだから。
高さ十mを優に超え十五m程もあるのでないかと思える高さを持つ扉。
その扉は高さだけではなく、横幅も広い。
レイ達が階段で下りてきた分の高さを持っている……あるいは、それ以上の高さがあるのではないかとすら思ってしまう扉だった。
普通に考えれば、階段で下りてきた以上の高さを持つ扉というのは考えられない。
だが、大いなる存在を呼び出す儀式が行われている場所である以上、空間が広がっていてもおかしくはない。
実際、エレーナが使う馬車やレイのマジックテントは、空間魔法によってその内部の空間は外から見るよりも圧倒的に広いのだから。
魔法使いや錬金術師が普通に出来る――それでも実際に出来る者が希少なのは、空間魔法の掛かっているマジックアイテムがとんでもない値段なのが証明している――のだから、穢れの関係者が同じようなことを出来ても不思議ではない。
「あ」
巨大すぎる金属の扉を見ていたレイだったが、不意に聞こえてきたアーラの声で我に返り、その視線を追う。
するとその先に二十人近い人の死体と思しきものがある。
何故思しきという表現になったのかは、それを見て人の死体だと判断するのは難しかった為だ。
階段から伸びていた手のように灰になっている訳ではないものの、黒く小さい死体とでも呼ぶべき外見だったのだ。
それでもレイが見たところ、何となく人の形をしているように見えたので、恐らくは人の死体……もしくは人ではなく、エルフ、ドワーフ、獣人、もしくはそれ以外の人に近い形をした者の死体と判断する。
「あれは、レイ殿の魔法で死んだ敵でしょうか?」
「ここに死体が転がってるってことはそうだろうな。もしかしたら何らかの理由によって、俺が魔法を使うよりも前に死体となってここに転がっていたという可能性もあるが……いや、ないか」
「この場所の重要性を考えれば、それはないでしょうね」
大いなる存在を呼び出す儀式を行う場所のすぐ外に死体を置いておくのは、明らかに不味いだろう。
下手をすれば死体がアンデッドとなって動き出す可能性もあるのだから。
(あ、でも大いなる存在というのは、ようは穢れの上位存在だろう? そう考えると、死体を置いておくのも大きな意味があったり……しないか)
可能性としてはないとは言えないだろう。
だが、それでも本当にその可能性があるかと言われれば、レイは首を横に振る。
そのような儀式めいた何かよりも、レイが使った魔法によって死んだ可能性の方が高いと。
とはいえ、それはそれで不思議なこともある。
レイの魔法によって熱されていた階段が急速に冷やされたのだ。
そのようなことが出来るのなら、階段の上の方にいた者達……灰になって風に消えた者達はともかく、扉の外で死体になっている者達は冷やすなりなんなりして保護をしてもよかったのではないか。
「それで、死体はともかく……あの扉はどうする?」
ランクA冒険者だけに、死体は見慣れているのだろう。
グライナーは死体から視線を逸らし、巨大な金属の扉を見る。
レイにとっても、金属の扉は一体どのように対処をすればいいのかはちょっと分からない。
あれだけの金属の扉だと、それこそ普通に開けることは無理だろう。
ゼパイル一門によって生み出されたレイの身体は常人よりも優れた身体能力を持っている。
そんな身体能力を持つレイであっても、他の面々と協力して金属の扉を開けようとしてもまず無理だろうと判断出来てしまう。
「こうして扉があって、恐らくこの先で大いなる存在を呼び出す儀式をしている。そうなると、何らかの手段でこの扉を開ける方法はあると考えるべきだが……ん? ちょっと待て」
言葉の途中でレイはふと扉のとある部分に気が付く。
金属の扉の一部に、見覚えのある物があったのだ。
それは、地上においては崖にあり、幻影で隠されていた物。
そう、オーロラから奪った指輪を使うのだろう仕掛けだ。
「あれを見てくれ。崖で見たのと同じような仕掛けに見えないか?」
レイの言葉に、他の面々が扉に視線を向ける。
するとその仕掛けを見た者が納得した様子を見せた。
「なるほど、あの指輪を使う訳ね。……けど、どうするの、レイ?」
マリーナの言葉に、レイもすぐに答えることは出来ない。
まず普通にオーロラの指輪を使うのは問答無用で却下だ。
この指輪を使う実験をした時、どうなったのかはレイも知っている。
それと同じような結果になる可能性が高い以上、とてもではないがそのようなことをしようとは思えない。
そうなると、別の手段を考えなければならず……
「レイ殿、崖を壊したみたいに、この扉も破壊するのはどうだ?」
ガーシュタイナーの提案だったが、それを聞いたレイは難しい表情を浮かべて首を横に振る。
「時間があるのならそれもいいんだけどな。崖ですら結構な時間が掛かったのを考えると……」
そこで言葉を切ったレイは巨大な金属の扉に視線を向ける。
金属の扉と表現をしているが、このような場所に用意されている以上、ただの金属……具体的には、鉄とかで出来た扉とは思えない。
それこそ魔法金属か何かによって作られた扉の可能性が高い。
(そう考えると、これがどんな魔法金属なのかは分からないが、出来れば欲しいな)
魔法金属は非常に高価だ。
それこそこれだけ巨大な魔法金属を用意するのに、一体どれだけのコストが必要なのかはレイにも分からない。
もっとも、穢れの関係者が自分達の最重要機密を隠す為に用意した扉である以上、誰かに注文をするといったことは出来ないだろう。
あるいは出来ても、それを作った錬金術師は仕事が終わった後で殺されてもおかしくはない。
レイは日本にいる時に見たTV番組で、日本に限らず海外であっても城を作った者が殺されることはそこまで珍しい話ではなかったというのをやっていたのを思い出す。
この金属の扉を作った錬金術師も、もし穢れの関係者ではない一般人の場合は殺されてしまっただろうと、そう思えた。
あるいは単純に、穢れの関係者に所属する錬金術師が作ったという可能性もあったが。
いや、寧ろそちらの可能性の方が高いだろう。
(階段の狭さを考えると、ここでこの金属の扉を作った……んだよな? とてもではないけど、こんな大きな金属の扉を運べるような階段じゃなかったし。あるいは金属の扉を作った時はもっと広い通路だったのが、金属の扉を設置したら埋めてあの階段を作り直したとか?)
そんな疑問を抱くレイだったが、すぐに今はそんなことを考えているような余裕はないと思い直す。
「とにかく、崖と同じ方法で扉を壊すのは難しいと思う。この金属の扉の向こう側に何があるのかを考えれば、崖なんかよりも強化されていてもおかしくはないし」
「……なるほど、レイ殿の意見は分かった。だがそうなると、これからどうするかというのが問題になると思うのだが」
「扉のない場所は……無理ね。扉がこの空間の端から端まであるわ。しかもこれ魔法金属よ。これを用意するのに一体どれだけ掛かったのかしら」
ミレイヌが呆れとも感嘆ともつかない様子で言う。
その言葉は皆が思っていたことであったので、誰も反論することはない。
「持ち帰ることが出来れば一財産だな」
「持ち帰ればだけどな」
レリューの言葉にグライナーがそう言う。
だが、そんな会話の中でレリューがふと気が付いたようにレイを見る。
「もしかして、レイならこの金属の扉をどうにか出来たりしないか?」
「……可能かどうかと言われれば可能だと思うけど、こうやってしっかり設置されてるとなると、それをどうにかするのはちょっと難しいな」
「やっぱりそう簡単にはいかないか」
心の底から残念そうな表情を浮かべるレリュー。
レリューのように異名持ちの高ランク冒険者……つまり金に困ることがないような者であっても、魔法金属によって作られた巨大な扉というのは、惹かれるものがあったのだろう。
あるいは金銭的な面だけではなく、純粋にその魔法金属を使って魔剣なりなんなりを作ろうとしたのか。
元々が魔剣を使うのを得意としているレリューだけに、新たな魔剣を作れるかもしれないとなれば、それに興味を持たない筈がなかった。
「そうだな。俺の認識が……いや、ちょっと待て」
自分の認識が問題だ。
そう言おうとしたレイだったが、不意にその言葉が止まる。
そんなレイの様子に期待の視線を向けたのは、レリュー。
いや、レリューだけではなく、他の者達もそんな視線をレイに向けていた。
多くの者達から視線を向けられつつ、レイが見ているのはこの部屋の壁。
それも魔法金属で出来ている巨大な扉ではない、岩によって固められている、扉が嵌められているのとは別の場所にある壁だ。
「レイ、その壁がどうかしたのか?」
そんなレイの様子を黙って見ていたエレーナだったが、一分程が経過したところでレイに向かって声を掛ける。
エレーナの声で我に返ったのだろう。
レイは岩の壁を見ながら口を開く。
「いや、この扉を破壊するのは多分無理だ。けど、扉のない場所ならどうだ? 見た感じ、普通の岩が嵌められた壁に見えないか? なら、扉をどうにかするのは無理でも、壁を破壊することは出来ると思わないか?」
レイが口にした言葉は、普通なら簡単に思いつかない。
普通なら、金属の扉があるという時点でそちらをどうにかしようと思うだろう。
また、壁もまた見るからに頑丈そうな岩で出来ているのを考えると、そう簡単に壊せるとは思えない。
思えないのだが……それでも、こうして見た限りではどうにか出来そうだと、そうレイは思うのだった。