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レジェンド  作者: 神無月 紅
穢れ
3440/3865

3440話

「ちょっとこれ……」


 マリーナの言葉に、レイはそっと視線を逸らす。

 階段のある場所に近付いた時、ニールセンが少し暖かくなってきたと呟いたのだが、その言葉をレイは聞き流していた。

 あるいはあれだけの熱風があったのだ。

 まだ庭の中には熱さが多少なりとも残っていてもおかしくはないと思っていた一面もある。

 だが……こうして実際に地下に続く階段の側までやってくれば、ニールセンが言っていた意味をこれ以上なく理解出来た。

 何しろ明らかに階段から熱気が漂っているのだから。

 レイはドラゴンローブがあるので、それには気が付かなかったものの、他の面々の様子を見ればそれは明らかだ。


「石造りの階段だし、しょうがないのかもしれないが……穢れの関係者ももう少し素材を考えて階段を作って欲しかったな」


 そう言うレイだったが、それでも他の面々から向けられる視線は変わらない。

 この石の熱をどうにかしなければ、階段を降りることが出来ないのだから当然だろう。

 そして熱した石というのは、そう簡単に冷めることはない。

 レイの地元――実際には少し離れているが――には、木で出来た桶に味噌ベースの出し汁と多数の魚介類、野菜を入れて熱した石をその桶に入れ、一気に沸騰させるという漁師料理がある。

 長時間煮るのではなく、一瞬……というのは少し大袈裟だが、それでも数秒から数十秒、場合によって一分かそこらで仕上がる鍋は、レイにとっても驚きだった。

 他にも少し違うが、溶岩プレートという物もある。

 そんな風に石というのは熱せられると熱くなり、簡単には冷めない。

 ましてや、この庭はレイの魔法……それもいつもより多くの魔力を使って魔法を放ったのだ。

 赤いドームの中がどれだけの熱さだったのかを考えれば、この階段がそう簡単に冷えることはないのは明らかだった。明らかだったのだが……


「ちょ……階段を見てみろよ!」


 不意に響いたレリューの言葉に、レイも含めてその場にいた全員が階段に視線を向ける。

 そうやって階段を見れば、一体何故レリューが今のような声を上げたのかは明白だった。


「階段が急速に冷えている?」


 そう口にしたのは、グライナー。

 その言葉が事実なのは、階段から漂ってくる熱気が急速に冷えていたことからも明らかだ。


「これは……一体何が起きている?」


 訝しげに言うレイ。

 この階段が熱くて地下に降りられなかったのは、レイも自分の目で見ている。

 ……実際には、レイにはスレイプニルの靴があるので、それを使えば階段を使わずに空中を蹴って地下に進むことも出来たかもしれないが。

 ただ、この階段がどのくらいの長さであるのが分からない。

 スレイプニルの靴も無限に空中を踏んで移動出来る訳ではない以上、途中で限界が来て熱された階段を踏み、それによってスレイプニルの靴が壊れるかもしれないと考えると、レイも迂闊にそのようなことは出来なかった。


「地下にいる連中の仕業と考えた方がいいだろう。……この階段から手が伸びていたのを考えると、地下に誰かがいるのは間違いない。いや、大いなる存在を呼ぶという儀式が地下で行われているのは、ほぼ間違いないと思っているのだろう?」


 エレーナの言葉にレイは頷く。


「俺はそう思ってるけど、何らかの確証があってのことでもない。この庭の場所であったり、わざわざ周囲から見えないよう植物が生えていたりと、そういう状況証拠からそうだと思ってるだけだ。……もしかしたら、本当にもしかしたらの話だが、あの階段の先には祭壇とかそういうのはなく、ただの倉庫という可能性もある」

「ただの倉庫なら、何で階段が急に冷えるのよ?」

「ぐ……」


 マリーナの言葉にレイは反論出来ない。

 結局のところ、この階段の下がどうなっているのかは実際に行ってみないと分からない。

 儀式を行っている祭壇があるのか、ただの物置なのか、あるいはそれ以外の何かなのか。


(どうやってか、偵察が出来ればな。イエロがいれば)


 イエロは自分が見た光景をエレーナに追体験させるといった形で見せることが出来る。

 高い防御力や、周囲の景色に溶け込むという能力もあり、このような時の偵察には最善の能力を持っている。

 だが、そのイエロはセトと一緒に外にいる以上、頼ることは出来ない。

 どうしようか。

 そう思ったレイの視線が向けられたのは……


「ちょっと、レイ。どうかしたの?」


 自分に向けられたレイの視線に気が付いたのか、ニールセンは少し戸惑った様子で尋ねる。


「ニールセンなら空を飛べるし、小さい。誰かに見つからず偵察出来ると思うんだが、どうだ?」

「ちょっと、無理を言わないでよ。大いなる存在とやらを呼び出すには、妖精の心臓を使うんでしょ? なのに、妖精の私が行くのは自殺行為じゃない」


 絶対に自分は行かないといった様子のニールセン。

 そんなニールセンの様子を見ていたレイは、そうかとすぐに諦める。

 ニールセンが言うように妖精の心臓の件を考えると、迂闊に……それこそ鉱山のカナリアではないが、危ない場所にニールセンだけを突っ込ませる訳にいかないのも事実。

 もしそのようなことをして、大いなる存在とやらが万全の状態で呼び出されるようになったら、それは洒落にもならないのだから。


「ニールセンを行かせることが出来ない以上、いっそ全員で行った方がいいかもしれないな。全員なら、何があっても対処は出来るだろうし」

「そうなると、俺達が地下に向かってる時に穢れの関係者が階段を降りてきて攻撃をしたら厄介なことにならないか?」


 レイの意見にレリューが反対を口にする。

 実際、その言葉には説得力があった。

 しかし、それでもレイは首を横に振る。


「レリューが言いたいことは分かるが、敵が大量に来た場合とかを考えると、中途半端に戦力を残していきたくはない。かといってある程度の戦力をこっちに残すと、儀式を防ぐのが難しくなるかもしれない」

「だが、敵が背後から来たら危険だぞ? 例えば階段を何らかの手段で封鎖して俺達を閉じ込めるとか、そういうことをされたらどうする?」

「大いなる存在を呼び出そうとしている連中が、その場所を塞ぐとは思えないけどな。それに……もし塞いだとしても、俺達ならどうとでも出来る」


 自信を持って言うレイ。

 実際にその言葉通りのことを出来ると思っての言葉だ。

 そして崖を崩したり、庭に生えている植物を燃やしつくしたりという意味で、レイがそれだけの実績を見せてきたのは間違いない。

 その為、レイの言葉を聞いても強がりだと思っている者はいない。


「分かった。レイがそう言うのなら、俺もそれに従う。今回の奇襲部隊はレイが指揮をすることになってるしな」


 レリューがレイの言葉に頷き、他の面々もその言葉には特に異論がないらしく頷く。

 ……実際にはこの場にいる大半がレイの実力を知っているから、というのが大きかったのかもしれないが。

 この場にいる者達の中でレイの実力を正確に知らないのは、冒険者のグライナーと騎士のガーシュタイナー、オクタビアの二人だ。

 ただ、その三人もレイとの模擬戦を行っていたので、それなりにレイの実力については理解していたが。


「じゃあ、行くぞ。……先頭は俺が行く」

「あの盾があるものね」


 ヴィヘラの言葉に頷き、レイはデスサイズを手に口を開く。


「マジックシールド」


 発動したスキルによって、レイの周囲には三枚の光の盾が生み出された。

 レイと一緒に行動していた者達は、光の盾を見ても特に驚くようなことはない。

 だが、ミレイヌを始めとした他の面々は、突然レイの周囲に生み出された三枚の光の盾を見て、驚きの表情を浮かべている。


「この光の盾は一度だけはどんな攻撃も防いでくれる。それと……まぁ、これは半ばおまけ的な感じになるが、光っているのを見れば分かるように明かりにもなるから暗い場所を進むのには向いている」


 そう説明するレイだったが、夜目が利くレイにしてみればその要素は本当におまけのようなもので、特に必要ではない。

 とはいえ、夜目が利かない者達にしてみれば、光の盾によって明かりが確保されているというのは大きな意味を持つだろう。


(問題なのは狭さだよな。……この階段、明らかに地上からこの地下空間に続いていた階段よりも狭い)


 ただでさえデスサイズや黄昏の槍といった長柄の武器を使うレイにとって、階段のような狭い場所はその本領を発揮出来ない。

 地上からこの地下空間に続く階段もそれなりに狭かったが、それでも長柄の武器を使って突きを放つといった攻撃方法は使えた。

 目の前にある階段は、そんな階段よりも更に狭い。


(ここで儀式を行うとなると、結構な人数が必要になる……いや、違うな。神殿の外で俺達が倒した連中も生け贄になってるんだとしたら、大いなる存在を呼ぶのに生け贄をこの階段の先に連れて行く必要がなくて、それこそ儀式を進められる者達だけがいればいいのか。……けどそうなると、神殿の中に逃げ込んだ連中はどうなったんだ?)


 半ば暴走状態でレイ達に襲い掛かって来た者達は、彼我の実力差によってあっさりと撃退された。

 そうして撃退されたものの多くは神殿に逃げ込んだ筈だった。

 少数はミレイヌ達が入ってきた場所から逃げようとしてミレイヌ達と遭遇して全滅したという話だし、あるいはミレイヌ達が入ってきたのとは別の隠された出口がある可能性も否定は出来ない。

 だが、レイが見たところでは大半はこの神殿の中に逃げ込んだのだ。

 だというのに、神殿の中は静かで人の気配もなかった。

 それはつまり、逃げ込んだ大量の者達は庭にある階段の先にいるのでもなく、神殿の中にもいない……あるいは生きていないということを意味してる。


(多分、俺達が行っていない神殿のどこかに誘導されて、纏めて殺されたんだろうな。普通に考えれば、やっぱりこの階段の先で殺した方が生け贄としての効果はありそうだけど)


 そんな疑問を抱きつつ、レイは周囲に光の盾を浮かべたまま階段を下り始める。

 エレーナ達もレイに続いて階段を下りるが、その表情には真剣な色が、そして警戒の色がある。

 この階段の狭さを考えると、何かあっても対処出来るのはレイだけだろう。

 あるいは前ではなく上から敵が襲ってくるようなことでもあれば、レイの後ろにいる者達もそれに対処出来るかもしれないが。

 上から襲ってきた相手がいても、レイなら余程の例外でもない限り、すぐに把握出来るだろうが。

 ただし、大いなる存在を呼び出す儀式を行っている場所を守る存在が、余程の例外であるという可能性は否定出来ないだろう。


「かなり狭いから、敵の襲撃があった時の対応でも混乱しないようにな」

「そこは注意するけど、この辺りはレイの魔法でダメージがあった場所でしょ? 今はもう何らかの理由で冷えたけど、ここの階段を守っていた敵は纏めて死んだんじゃない?」


 ヴィヘラのその言葉に、他の面々も同意するように頷く。

 実際に階段から伸びていた数本の手。

 手だけではなく恐らく身体も灰となって風に流されたのだろうが、あの手の持ち主達が本来ならこの階段を守り、地下に……儀式の行われている場所に侵入者が来るかもしれないのを防いでもおかしくはなかった。


(とはいえ、本当にあの魔法でここを守っていた奴が全員死んだのかは分からないけど。……やっぱりそれはちょっと難しいか?)


 庭にある植物を燃やす為に使った魔法は、レイが通常よりも多くの……それもかなり多くの魔力を込めているということもあり、普通なら生きていられる筈がない。

 とはいえ、それはあくまでもレイの予想だ。

 もしかしたら、レイが知らない何らかの方法でレイの魔法を耐えきった可能性も決して否定は出来ない。

 ……普通ならそこまで心配はしないのだが、今回の敵は穢れの関係者だ。

 しかも他の拠点ではなく、本拠地にいる相手。

 レイの知らない何らかの防御手段を持っていても、おかしくはない。

 そういう意味で警戒をしないという選択肢はなかった。


「それにしても、一体どうやって階段が冷えたのだろうな。普通に考えれば穢れの関係者が行ったことなのだろうが、これは私達にとって有利になることで、向こうにとっては不利になることだと思うのだが」


 エレーナが疑問を口にする。

 そうして疑問を口にしながらも、周囲に何か異常がないかどうかの警戒の手は緩めない。

 もし突然敵が襲ってきたとしても、エレーナならすぐに対応出来るだろう。


「単純にこの階段が熱いと儀式をしている場所にも悪影響があるからではないですか? レイ殿が赤いドームを解放した時の熱気を考えれば、あの赤いドームの中がどのような温度になっていたのかは容易に予想出来ますし」


 アーラの答えに何人かは頷きつつ、階段を下り続けるのだった。

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