3438話
無限ループの罠が仕掛けられていた通路から壁を壊して庭に出たレイ達。
だが、庭には多数の……それも初めて見るような植物が植えられており、そんな中でどうすればいいのかと迷う。
「植物、いっそ全部燃やしてしまうのはどうだ? もし儀式をやってる場所がこの庭にあるのか、もしくは庭と接している壁を壊した場所にあるのか。その辺はちょっと分からないが、とにかくこの植物は邪魔だと思うし」
大きな植物は小柄なレイは勿論、レリューより大きく二m程の高さのものもあった。
そのような植物に視界を遮られているせいで、周囲の様子を細かに確認出来ないのだ。
そうなると、レイとしては自分が炎の魔法を得意としているだけに、この庭を燃やして見渡しをよくした方がいいのではないかと思える。
だが、そんなレイの言葉にマリーナは即座に首を横に振って否定した。
「止めておいた方がいいわ。ここに生えている植物は、私も知らないものが多いから。中には燃える……いえ、何らかの衝撃を受けたことによって毒を生み出すかもしれないから」
自然界の中には、外からの刺激で特定の行動をするという性質を持つ植物も多い。
マリーナが……ダークエルフにして世界樹の巫女であっても知らない植物。
その上、ここは世界の破滅を願う穢れの関係者の本拠地の中でも特に重要な神殿だ。
そのような場所にあるのだから、何らかの致命的な毒を持つ植物があってもおかしくはないと、そう言うマリーナの言葉にレイも理解出来たが……
「なら、毒を出してもそれが俺達に影響しないよう閉じ込めて燃やしてしまえばいいんじゃないか?」
レイはあっさりとそう告げる。
これが普通であれば、この庭の広さを考えるとそのような無茶を言うなと、そう思うだろう。
だが、それを言ったのはレイだ。
今まで何度も奇跡のような行動を起こしてきたレイがそう言うのなら、そのようなことも出来るのではないか。
レイの言葉を聞いている者達は、そこに強い説得力を感じてしまう。
あるいはもっと余裕が……大いなる存在を呼び出す儀式が行われていないのなら、そのようなことをしなくても詳細に調べて儀式を行っている場所を見つけるという方法もあるだろう。
だが、今の状況ではとてもではないがそのような余裕はない。
あるいはマリーナですら知らない植物という意味では貴重なのかもしれないが、その貴重な植物の為に大いなる存在を呼び出させ、世界を崩壊させたりといったことは絶対に避けたかった。
「そうね。その場所がこの庭にあるのか。この庭と接するどこかに扉があるのか、もしくは壁を破壊して中に入らないといけないのか。その辺はまだ分からないけど、とにかくこの植物を完全に燃やして、その上で毒の類があってもそれを燃やすことが出来るのなら、そうした方がいいわ」
こうして植物を燃やすのに反対をしていたマリーナが賛成側に回ると、二人のやり取りを聞いていた者達も全員がその言葉に同意する。
そんな面々を見ると、レイは自分も含めて壁際まで戻ってからデスサイズを手に呪文を唱え始めた。
『炎よ、汝は我が指定した領域のみに存在するものであり、その他の領域では存在すること叶わず。その短き生の代償として領域内で我が魔力を糧とし、一瞬に汝の生命を昇華せよ』
呪文を唱えながら、レイはデスサイズの石突きを地面に突き刺す。
するとそこから赤い線が地面に生み出され、その赤い線は庭全体を覆うようにして動き……やがて庭そのものを一周してデスサイズの石突きまで戻ってくる。
『火精乱舞』
そして発動する魔法。
赤いドームが現れ、庭全体を覆う。
勿論その赤いドームの中には、庭に生えている植物も含まれていた。
そんな赤いドームの中には次第にトカゲの形をした火精が姿を現し……その数は急速に増えていく。
やがて赤いドームの中に限界まで火精が増えたところで、やがて火精の一匹が爆発する。
その爆発そのものはかなり大きい。
……本来なら、この魔法における火精が起こす爆発は一匹ではそこまで強力ではない。
だが、今回はもし植物が毒を発したり、それ以外にも有害な何かを発したりする可能性もあったので、レイはかなりの魔力を込めて魔法を発動していた。
その魔力の量は、それこそ穢れを焼滅させる時と同じ……いや、より大きな魔力が込められていた。
「うわ、これは凄いな……」
唖然とした様子でレリューが呟く。
レリューもレイの実力については十分に理解していたものの、こうした魔法を改めて見ると驚きで声を出してしまう。
爆発が連鎖し、既に赤いドームの中は爆破によって中の状況を確認することは出来ない。
赤いドームによって中がどうなっているのかは、既に外からでは見ることは出来ないのだが、それでも赤いドームの外には一切の影響がないのが、その光景を見ている者達にとっては一種の異様さを感じさせる。
特にレイのことは知っていたものの、実際にここまで極端に大きな炎の魔法を見たことがないオクタビアは、声も出ない。
……それでも地下空間の中に入るよりも前に、崖を地形操作のスキルで破壊したのを見ていたので、狼狽して騒いだりといったことはなかったのだろうが。
とはいえ、そんなレリューやオクタビアはそんな光景に驚きを露わにしていたものの、それ以外の面々……レイの仲間のエレーナ達はレイのやることに慣れていたので、そこまで驚く様子はなかったが。
エレーナ達にしてみれば、この程度のことで驚いていては、レイと一緒に行動することは出来ない。
「……む?」
赤いドームの中を見ていたエレーナの口から、不意にそんな声が漏れる。
その声は、レイだけではなく他の面々の耳にもしっかりと届いていた。
「エレーナ? どうしたの?」
ヴィヘラの問いに、エレーナが赤いドームを見ながら口を開く。
「私の聞き間違いでなければ、何か悲鳴が聞こえた……というか、今も聞こえているのだが」
「悲鳴? ……うーん、私には聞こえないけど。エレーナの聞き間違いじゃなくて?」
「分からん。微かに聞こえてくる感じだからな。ただ、それでも……やはり悲鳴が聞こえるように思う」
「だとすれば、植物が何らかの音を出していて、それが人の悲鳴のように聞こえるとか?」
ヴィヘラはそう言いながらマリーナに視線を向けるが、視線を向けられたマリーナは頷くでもなく、考える様子を見せる。
「どうかしらね。私も知らない植物がそれなりにあったから、その中にヴィヘラが言うような性質を持つ植物があってもおかしくはないと思うわ。それにそういう手段で獲物を誘き寄せるモンスターとかがいてもおかしくはないし」
「モンスターはいないんじゃなかったの?」
「あくまでも私が見た感じではそうだったというだけで、実際に本当にそうなのかどうかまでは分からないわ」
食虫植物の中には、甘い匂いで虫を呼び寄せ、それを食べる種類もいる。
であれば、植物系モンスターの中には人の振りをして悲鳴を上げてそれで獲物を誘き寄せるといったモンスターがいてもおかしくはない。
(モンスターか。いないって話だったけど、実はいてくれると嬉しいな。……とはいえ、問題なのは魔石が残ってるかどうかだけど)
魔獣術を使うのに必要な要素は、何らかの手段でその戦闘に参加していることと、そのモンスターの魔石が残っていること。
戦闘の関与というのは、それこそ石を投げて相手に当てるといった程度でも構わない。
そういう意味では、今回はレイの魔法で庭を燃やしているので、その辺については何の問題もなかった。
だが、その魔法が毒があった場合にそれを燃やすということで、魔力を大量に使い、かなりの威力になっている。
それだけの威力だけに、もし庭の中に植物のモンスターがいても、魔法が終わった後で魔石が無事に残っている可能性は決して高くはなかった。
「声……ねぇ。もしかして、もしかするんじゃない?」
レイが魔石について考えている間にもエレーナが聞こえた声について話していたヴィヘラ達だったが、ヴィヘラが何かを思いついたかのようにいきなりそう呟く。
その『もしかして』というのがなんなのかは、それを聞いていた者達……そして魔石について考えていたレイにもすぐに分かった。
「つまり、この庭に儀式を行う場所に行く……そうだな。階段とかか? そういうのがあると?」
レリューの問いにヴィヘラが頷く。
「あくまでも可能性の話だけどね。……けど、ないとは言えないんじゃない? この建物の全体の大きさや形は分からないけど、通路を歩いてきた感じだと、この庭は建物の中央近くにあると思えるわ。だとすれば、その地下に儀式を行う場所があってもおかしくはないと思うけど」
「その辺はもう少し確認すればよかったかもしれないな。とはいえ、俺達が見た感じでは地面に道のような場所はないように思えたけど……俺達の場合は壁を壊してここに来たんだし、当然か」
自分が壁を壊したので、レイはそう言いつつ微妙な気分になる。
とはいえ、もしヴィヘラの言うことが事実なら、レイの壁を壊して無限ループの通路から脱出するという選択は間違っていなかったことになる。
もっともレイはこれを狙ってそのようにした訳ではなく、偶然そのような形になったというだけなのだが。
「ともあれ、詳しい話は庭の植物を……警戒!」
話している途中、近付いてくる気配を感じたレイは素早く叫ぶ。
その声を聞いた者達は、即座に反応する。
この期に及んで、レイの言葉を疑うような者はここにはいない。
それだけの実力と実績を、レイは示してきたのだから。
即座に警戒の態勢を取るレイ達だったが……
「ちょっと待って! 私よ私! ミレイヌ! グライナーさんとガーシュタイナーさんもいるから!」
聞こえてきたその声は、確かにレイにも聞き覚えのある声だった。
他の面々もミレイヌの声だというのは理解したのか、武器を下ろす。
ただ、その声を聞いただけで本当に完全に警戒を解いた訳ではない。
穢れの関係者が何らかの手段でミレイヌの声を模倣している……あるいは、何らかの手段でミレイヌを操っているという可能性も否定は出来ないのだから。
「顔を出して欲しい。もし本当にミレイヌ達であれば、それくらいは問題ないだろう?」
エレーナの言葉に、壁の穴からそっとミレイヌが顔をだす。
続けてグライナーとガーシュタイナーの二人も。
特に操られているといった様子ではない。
実際に操られていないかどうかは、まだはっきりと分からないが。
もしかしたら、レイ達には理解出来ない何かで操られているという可能性は十分にあるのだから。
それでもこうして見た感じでは、恐らく大丈夫なのだろうと、レイにも判断出来た。
エレーナがレイに視線を向け、レイはそれに頷く。
(ここにセトがいれば、何らかの手段……もしくは勘とかそういうので、ミレイヌ達に何か妙な影響がないのかどうか、確認出来たんだろうけど)
そう思うレイだったが、そもそもミレイヌの前にセトがいて、それでセトに夢中になるかどうかでその辺について判断も出来たのだが。
いや、寧ろその判断方法こそが一番手っ取り早いのも事実。
「三人とも無事で何よりだ。それで何かあったのか?」
エレーナの問いに、ミレイヌは申し訳なさそうに首を横に振る。
「この地下空間がここまで広いとは思わなくて。それに途中で私達が入ってきた場所から出ようとした相手もいたので」
ミレイヌもエレーナがどのような人物なのかは知っている為か、レイに向けるような気楽な感じではなく、目上の者に対する言葉遣いで言う。
そんなミレイヌの言葉を聞いたエレーナは、その件については心当たりがありすぎるくらいにある為に、その件で責めるようなことはしない。
責めない代わりに、聞いておくべきことを尋ねる。
「全員倒したと思っていいのだな?」
「はい。もし逃がせば、私達が入ってきた場所から出ていたでしょうし。そうなると、キャリス達が遭遇する可能性があるので」
その言葉にエレーナは安堵する。
……いや、一番安堵していたのは、ビューネと一番古い付き合いのヴィヘラか。
ヴィヘラにとってもビューネが心配だという思いはそこにあるのだろう。
だからこそ、ここでしっかりとミレイヌから話を聞くことが出来て安堵した様子を見せる。
もっとも、ヴィヘラも元皇女だ。
そのような感情を表に出さない手法については熟知しており、ヴィヘラが安堵したというのを理解したのはレイを始めとしてヴィヘラと親しい付き合いをしている者達だけだったが。
「そちらの処理があったので、ここにやって来るのが遅れたのは申し訳ないと思います」
そう言うミレイヌに、エレーナは気にしなくてもいいと告げるのだった。