3437話
穢れの関係者の本拠地、その中でも中央にある……本拠地の中でも間違いなく重要な場所だろう神殿の中をレイ達は進んでいた。
そのような場所を進むレイ達だったが……
「妙に広い神殿だな。ここまで広かったか?」
ガリウス達との戦いがあった場所から、既に十分近くは移動している。
だというのに、未だに通路だけが続いているのだ。
これだけ長い通路なのだから、何らかの部屋があってもおかしくはない。
そう思うレイだったが、あるのは壁ばかりで、部屋の扉と思しきものはない。
「ここが穢れの関係者達にとって神殿のようなものなのだから、普通と違う建築様式であってもおかしくはないんじゃない? 例えば、穢れの関係者達の独特の建築様式とか」
そう言うヴィヘラだったが、本人もその意見が正解だとは思っていないらしく、注意深く周囲の様子を窺っている。
もし何か……そう、例えばいきなり穢れが出てきても、即座に対応出来るように。
「長い間人に見つからないようにして続いてきた組織だ。独自の建築様式くらいはあってもおかしくはないと思うが……ここを使ってるのは長老と呼ばれる者達だろう? なら、その長老達はこの通路を歩くのか?」
「なるほど。長老……爺さんや婆さんの中にも元気な奴は多い。けど、大抵の老人は長い道を歩くのは決して得意じゃねえってことか」
レリューの言葉に、レイはその通りだと頷く。
世の中には年を取っても非常に元気な者もいる。
ましてや、このエルジィンは剣と魔法の世界だ。
レイが知ってる日本の老人よりも元気な者達が多くてもおかしくはなかった。
だが、それでも長老と呼ばれている者達全員がそうだとは、到底考えにくい。
そのような者達が毎回この長い通路を使って行き来してるとは、レイには到底思えなかった。
「考えられる可能性としては、誰かが運んでいるとかでしょうか? もしくは何らかの乗り物があるとか」
オクタビアのその言葉に、レイは床を見る。
何らかの乗り物と言われてレイが思い浮かべたのは、日本にいる時に街中で見掛けた自動三輪車とでも呼ぶべきものだった。
速度そのものは人が歩く程度のものでしかないが、それでも歩くのが難しくなった老人が使うには便利だと、街中でそのような物を使っている老人達を見たことがあった。
とはいえ、床を見てもそのような乗り物が移動した形跡はない。
(この世界の場合だと、床に痕跡を残さないで移動する乗り物とか、そういうのがあっても不思議じゃないけど)
もしくは、穢れの関係者達が長老達をおんぶや抱っこをして運んでいるという可能性もあったが、さすがにそれはないだろうと判断する。
「取りあえず、この壁を破壊してみるか?」
「何でそうなる?」
レイの呟きにレリューが突っ込む。
だが、レイはそんなレリューの言葉に壁を軽く叩く。
「いや、もしかしたら何らかの魔法的な罠とか、マジックアイテムとか、スキル、魔法……手段は分からないが、この通路は入り口と出口が魔法的に繋げられてるんじゃないかと思ってな」
無限ループ。
日本にいた時にゲームをすることを好んだレイだけに、そんな言葉がすぐに思い浮かぶ。
それを口にしても通用するかどうか分からないので、適当に説明したが。
「うーん……でもそれっぽいのはなかったわよ? 精霊が使えないから確実なことは言えないけど」
「その辺を確認する意味でも、壁を破壊してその先を確認する。……時間があるのなら壁を破壊するのではなく、壁に傷を付けておいてそれを目印にするところだが」
ガリウスから聞いた情報からすると、レイ達に襲い掛かって来て撃退され、逃げ出した者達はこの建物で生け贄にされているという。
生け贄を使って儀式を行い、それによって大いなる存在というのが呼び出されるのがいつになるのかは、レイにも分からない。
それでも時間はそう残されてないと思った方がいい。
もしくは、時間にある程度の余裕があっても、儀式を止めるのは早い方がよかった。
儀式がある程度進んだ場合、大いなる存在を完全な状態で呼び出すことは出来ずとも、中途半端な状態で呼び出される可能性は十分にあったのだから。
「反対する奴はいるか?」
「一応聞いておきたいが、もし何らかの手段で同じ場所をずっと歩かされているとして、壁を破壊した場合、それがこちらにとって不利になる……ということはないか?」
「エレーナの言いたいことも分かるが、多分大丈夫だとは思う」
そう言うレイだったが、具体的な理由を説明はしない。
何となく大丈夫だと、そういう確信が自分の中にあった為だ。
これはあくまでも何となくというものでしかない。
その何となくを説明しろと言っても、レイとしてはちょっと難しかった。
「誰か反対する奴はいるか?」
改めて尋ねるレイだったが、その言葉に反論する者はいない。
実際には少し危険な点もあるのではないかと思う者もいたのだが。
それでも今の状況を考えると、レイの言うように多少の危険は覚悟の上でも素早く行動に移した方がいいと、そう判断したのだろう。
「誰も反対はいないみたいだな。……一応、何かあった時の為に壁からは離れていてくれ」
デスサイズを手に、レイは皆に指示を出す。
他の面々がレイ達のいる場所から十分に離れたと確認すると、レイは即座にデスサイズを振るう。
斬、と。
予想通り一撃で切断は出来たものの、その手応えはかなりあったことに少しだけ驚く。
本来なら大木ですら抵抗を感じさせずに切断出来るデスサイズだ。
それが壁を斬り裂く程度で今のような手応えがあるということは、恐らくこの壁は普通の壁ではない。
(崖のように、何らかの手段で強化されていたとか、そんな感じか? それでもデスサイズの刃は防げなかったみたいだが。考えてみれば当然か)
この建物は神殿だとレイは認識している。
その上で、穢れの関係者達の中でも長老と呼ばれる者達がいる場所だ。
そのような場所である以上、ただの建物の筈がない。
何らかの手段で強化されていても、レイとしては十分に納得出来た。
「レイ? どうしたの?」
レイが黙っているのが気になったのか、ニールセンが近付いて来てそう尋ねる。
そんなニールセンに、レイは壁を見て口を開く。
「この壁は何らかの方法で強化されていたらしい。俺だから……というのは少し大袈裟だな。ここにいる者達なら恐らく破壊は出来るだろうけど、普通の冒険者とかだと破壊出来ないと思う程度には頑丈だった」
「具体的にはどのくらい?」
「そうだな……」
ニールセンの言葉にどう説明すればいいのか少し迷ったレイだったが、改めて壁の方を見て口を開く。
「トレントの森にある大木を切断出来たり、折ることが出来たりするような奴なら、この壁を壊せると思う」
うわ……と、レイの説明に近くで聞いていたニールセンだけではなく、他の面々も嫌そうな表情を浮かべる。
レリューやオクタビアはトレントの森に行ったことはないが、それでも他の森に行ったことはある。
それだけに、大木と言われればどのくらいの太さを持つのかは理解出来た。
そして改めて、レイの壊した壁を見る。
一見すると、壁そのものはそこまで特別なようには見えない。
レイが言う以上、間違いなく強化はされていたのだろうが。
「壁の件はいいとして、今は壁の向こうだ。……庭、か?」
切断された壁の向こう側を見たレイが、そう呟く。
その言葉は間違っておらず、壁の向こう側に存在するのは庭だった。
地下であるせいか、レイの知っている庭とは生えている植物が違う。
太陽の光がない中で育つ植物というのもあるが、それなりに珍しい。
穢れの関係者はどうやってかそのような植物を集め、庭にしたのだろう。
それがどれだけの手間だったのかは、レイにも分からない。
分からないものの……
「ねぇ、レイ。本当に庭に出る気? 何だか見るからに怪しいわよ?」
レイはマリーナに否定の言葉を口に出来ない。
実際、目の前にある庭に生えている花を含めた植物は、見るからに怪しいのだから。
「モンスター……だと思うか?」
「どうかしら。モンスターでもおかしくないと思うけど、恐らく違うと思うわ」
そう説明するマリーナの言葉は特に理由を話していないにも関わらず、レイを納得させるには十分な説得力を持っている。
マリーナはダークエルフで自然とは親しい関係にあり、何より世界樹の巫女でもあるのだから。
世界樹の巫女という存在の言葉だけに、その説得力は非常に大きかった。
マリーナがそのような存在だと知らないレリューやオクタビアも、マリーナが言うのならと納得している。
この辺は日頃の行いが大きく影響しているのだろう。
元ギルドマスターというマリーナの肩書きは、こういう時に非常に大きな意味を持つ。
レリューは冒険者として今まで何度も世話になっているし、オクタビアにしてみればマリーナは元ギルドマスターという肩書き以外にも、主のダスカーと親しい関係にある相手という認識だ。
……ダスカーにしてみれば、自分の黒歴史を知られているという意味で苦々しい相手なのだが。
とはいえ、それはあくまでダスカー個人としての感情で、ギルムの為に今まで働いてきたマリーナの献身についてはダスカーも十分に理解しているのだが。
「モンスターじゃないのか」
マリーナの言葉に残念そうな声を上げたのは、レイ。
もしモンスターなら、倒せば魔石が出る。
そして中庭に生えている植物はどれもレイが見たことのない相手だった。
それはつまり、未知のモンスターであるということを意味している。
つまり、魔獣術で新たなスキルを習得したり、もしくは習得しているスキルのレベルが上がったかもしれないのだ。
「それなら少しは楽かもしれないな。中庭を通って先に進むぞ」
「それはいいけど、向かう場所は分かってるの? この建物はかなり広いのよ? 適当に進んでも儀式をしてる場所に行けるかどうか分からないし、無駄に時間を使うだけかもしれないけど」
「ヴィヘラの言いたいことは分かるが、だからといって他に行く場所はない。あの通路を延々と進んでいても仕方がないし、何らかの方法で通路の仕掛けを解除するのも……出来るかどうか分からないし」
これがゲームであれば、無限ループをしている通路に何らかの仕掛けがあり、それを解除することで先に進むことも出来るだろう。
だが、これはゲームではなく現実だ。
剣と魔法の世界ではあるが。
そんな訳で、レイ達にとって好都合なことに無限ループの通路に仕掛けを解除出来るスイッチか何かが分かりやすくあるとはレイには思えなかった。
とはいえ、もし誰かが偶然罠を発動させてしまった時の為に何らかの仕掛けがある可能性は否定出来なかったが。
ただ、もし本当にそのようなものがあっても、それを見つけて解除するのに一体どれだけの時間が掛かるか。
ある程度時間に余裕のある時ならともかく、今は少しでも早く大いなる存在を呼び出す儀式を止める必要がある。
そう考えると、通路の仕掛けは無視して庭を通った方がいいのは間違いなかった。
……もっとも、ヴィヘラが言うようにこの庭のどこをどう通ればいいのか分からない以上、それはそれでまた少し難しいことではあったのだが。
「精霊魔法は……」
「残念ながら駄目ね。というか、もう完全に使えなくなってるわ」
マリーナの言葉に、レイは残念に思いながらも、同時にやっぱりなとも思う。
元々精霊魔法は穢れの側では非常に使いにくかった。
いや、マリーナだからこそ穢れの側でも明確な精霊魔法は使いにくくても、精霊の動きを感じる程度のことは出来たのだろう。
だが、大いなる存在に近付いている今、そのようなことも難しい。
穢れの関係者達が呼び出すのが大いなる存在。
そして穢れを御使いと呼んでいることを考えると、レイの認識では大いなる存在というのは穢れの上位に位置する存在だろうと思えた。
つまり、穢れの側で精霊魔法を使うのが難しいのなら、その上位に位置する大いなる存在という相手の側ではより精霊魔法を使えなくなるのではないかと。
「精霊魔法が使えないのを利用して、大いなる存在が呼び出される場所を見つけるというのは無理か?」
「少し難しいわね。この神殿に入った時点で精霊魔法は完全に使えなくなっているもの。これで幾らか精霊魔法を使えるのなら、使いにくい場所を探しながら進むといったことも出来るかもしれないけど」
そう言われると、レイもその言葉には頷くしかない。
元から精霊によって儀式を行ってる場所を見つけるのが難しい以上、後は自分達で探すしかないのも事実。
「誰か人がいればいいんだけどな。もしくは……フォルシウスにでも聞いてくるか」
レイはそう呟き、庭を見回すのだった。