3435話
カクヨムにて5話先行投稿していますので、続きを早く読みたい方は以下のURLからどうぞ。
https://kakuyomu.jp/works/16817139555994570519
また、カクヨムサポーターズパスポートにでサポートをしてくれた方には毎週日曜日にサポーター限定の番外編を公開中です。
地を這うように跳んだレイは、自分の上を穢れが通りすぎていくのを感じる。
しゃがむのではなく、膝を抜くという動作をして地面に沈み込み、その動きで床を蹴って前に跳んだのだ。
もししゃがむという行為をしていれば、膝を抜くよりも多少ではあるが時間が必要である以上、もしかしたら穢れを回避出来なかったかもしれない。
急速に近付くガリウス……正確にはガリウスの足を見つつ、そんな風に思う。
ガリウスはレイが床のすぐ上を跳んでくるのを見ていたが、だからといって咄嗟に反応出来ない。
もう少し考える時間があれば、対処する方法を理解出来たのかもしれないが……急速に近付いてくるレイを相手にそんなことは出来なかった。
レイは床を跳んでいる間に左手に持っていた黄昏の槍を落としている。
これによって、レイの左手は自由に動かせるようになっていた。
ガリウスの側まで到達したレイは、左手を床について強引に身体を止める。
人外の身体能力を持つレイが地面を蹴って得た速度を考えると、その速度を左腕一本で身体を止めるのは困難だろう。
だが、レイは左腕一本だけで速度を、そして衝撃を殺す。
正確には速度と衝撃の方向性を変える。
……それでもレイの腕でなければ、手首や指の骨が折れたり、筋が断裂していたり、もしくは左腕だけで衝撃を殺せずに勢いがついたまま転び、床を滑っていただろう。
だが、レイは左腕一本だけでそれに耐えた。
それどころか、その左腕を軸として跳んできた速度を利用し、左腕を基点として回転しつつ、デスサイズの一撃を放つ。
「地中転移斬!」
ただし、レイのデスサイズが狙ったのはガリウスの足……ではなく、床に広がる自分の影。
今の一撃でもガリウスは回避する、あるいはもう一人残っている部下によって先程のように庇われると判断しての行動。
実際、ガリウスはレイの動きには若干遅れたものの、床を蹴って高く跳んでいた。
この点は、ガリウスにとっても最善の判断だろう。
もし上ではなく後ろに跳んでいた場合、長物のデスサイズである以上はその攻撃範囲から逃れるのはかなり難しかったのだから。
だが……その判断は最善であっても、レイの読み通りでもあった。
レイの影に沈んだデスサイズの刃は、高く跳んだガリウスの影からその刃を出したのだから。
「な……」
高く跳んだガリウスは、自分の影から伸びてきたデスサイズの刃を見て驚きの声を上げる。
だが、空中にいる以上はそう簡単に動ける訳がない。
レイの持つスレイプニルの靴でもあれば、空中を蹴って移動出来るのだが、残念ながらガリウスの靴は普通の靴で、空中を蹴るといったことは出来なかった。
手足を動かすことで多少は空中での体勢を変えることは出来るが、それはガリウスの影から伸びている刃を回避する程でもない。
数秒に満たない時間で、ガリウスは自分の死を回避出来ないと悟ったのだろう。
それでも泣き喚いたりはせず、レイを睨み付け……
「ガリウス様を死なせはしない!」
その言葉と共に、ガリウスの部下の中でも最後の生き残りが走る。
だが、その部下も無傷という訳ではない。
レイがガリウスと戦っていた短い間に、エレーナを始めとする他の面々の攻撃が行われていた。
穢れによって攻撃手段は限られていたものの、ヴィヘラの浸魔掌とレリューの魔剣によって、次々と穢れは倒されていた。
特にレリューの魔剣は、触れるだけで穢れを消滅させられる能力を持っているのだ。
このような狭い場所で多数の穢れを相手にするには、その魔剣はこれ以上ない程に強力だった。
あるいは最適だったという表現が正しいのかもしれないが。
そんな状況では、ガリウスの部下もただですむはずもなく、次々にダメージを負っていた。
そのような状況でガリウスを助ける為に無茶をしたのだ。
その行動を逃さず、マリーナは数が減った穢れの隙間を縫うように矢を射って男の胴体を貫き、エレーナのミラージュが鞭状になり、その意思に従って穢れの隙間を縫うように移動し、ガリウスの部下の左足を膝から切断する。
そこまでのダメージを受けても、ガリウスの部下は自分の主を救う為に走り、跳躍して落ちてくるガリウスにぶつかる。
押すのではなく、それこそ体当たりという表現が相応しい、そんな一撃。
押すといった行動をしていては間に合わない、あるいは致命傷に近いダメージを受けた今の自分では、ガリウスを助けることが出来ないと判断しての行動だったのだろう。
結果として、ガリウスは先程別の部下に助けられた時のように吹き飛び、影から伸びたデスサイズの刃から逃れることに成功する。
それによってレイの狙ったように地中転移斬の効果を発揮しなかったものの、レイは立ち上がりつつ影から引き抜いたデスサイズを振るい、同時に左手に黄昏の槍を戻すと突きを放つ。
身体を斜めに斬り裂かれ、同時に黄昏の槍によって身体を貫かれ……ガリウスの部下は、エレーナとマリーナ攻撃もあって命の炎が消える。
「ぐぅ……貴様ぁっ!」
部下の死に、吠えるガリウス。
既にその声には、最初にレイ達に向かって自分の姿が見えない状況で声を掛けてきた時の冷静さはどこにもない。
怒りだけがその声にはあった。
「俺は降伏しろと言ったぞ?」
そう言いつつ、レイは持っていたデスサイズと黄昏の槍を振るい、刃に付着していた血や肉片を振り払う。
「それを断ったのはお前だ。その結果はお前が素直に受け止めないといけないだろう?」
ブルーメタルの鋼線の塊を手に、穢れを近付かせないようにしながら言う。
ガリウス達が先程放った穢れは、既にその大半が倒されている。
レリューの持つ魔剣とヴィヘラの浸魔掌によるものだ。
その上、通路の真ん中にはブルーメタルの鋼線の塊を持つレイがいる。
先程はガリウスによってブルーメタルの効果範囲内に穢れが侵入したものの、それはやはりかなり無理矢理の行動だったのだろう。
今はブルーメタルを持つレイに近付いてくる様子がない。
「さて、それでどうする? このまま降伏するのか、それとも勝てないのを承知の上で戦うか」
尋ねるレイだったが、この期に及んでガリウスが大人しく降伏する筈はないと判断していた。
もし降伏するつもりがあるのなら、それこそ最初からレイ達と戦わないで大人しく降伏すればいいのだから。
しかし、ガリウスは降伏を拒否して戦いとなった。
その戦いで部下が殺された以上、この状況で大人しく降伏するとは思えなかったのだ。
そんなレイの予想を裏付けるかのように、ガリウスは再び穢れを生み出す。
戦うと言葉にはしないが、その行為そのものがレイ達から見れば敵対行為だった。
「そうか。……手を出さないでくれ。俺が仕留める」
そう言い、レイは離れた場所に待機させていた光の盾を近くに移動させる。
エレーナを始めとした他の面々は、そんなレイの言葉に素直に従う。
レリューはせっかく自分達が有利なのだから、このまま数で押せばいいのにと思っていたが、それを口に出すことはしない。
ここでそのようなことを口にすれば、他の面々……その中でもかなり世話になったマリーナがどのような反応をするのか分からなかったからだ。
それでもレイの強さを知らなければ、レリューも止めていたかもしれない。
レリューもレイの実力を知っているからこそ、ここで大人しく退いたという一面があった。
「レイ……貴様、私を侮るか?」
「そんなつもりはないな。ただ、この状況では俺が一人で戦った方が手っ取り早いと思っただけで」
「それが侮っているというのだ。……だが、貴様がそのつもりなら、それでいい。こちらも相応の対応をするだけだ」
追加で更に穢れを生み出すガリウス。
だが、レイはそのようなガリウスを前にしても特に気にした様子はない。
それこそ相手がどのような行動をしようと、自分の手札で対処出来る自信があったからだ。
「そうしてくれ。……ああ、そうだ。戦いを始める前に一つ聞かせて欲しいんだが、構わないか?」
「言ってみろ」
本来なら、ガリウスもレイの言葉を素直に聞くような義理はない。
だが時間を掛ければ、それだけ多数の穢れを使うことが出来るようになる。
つまり時間は、ガリウスにとって味方なのだ。
問題なのは、ブルーメタルの鋼線の塊を持つレイを相手に、どうやって攻撃するのか分からないことか。
一応先程一度レイに向かって穢れを攻撃出来たものの、あの時は感情が高ぶっており、それによって放たれた言葉だった。
それを同じようなことが今の状態で出来るのかを言われれば、それは難しい。
(だが、やるしかない)
自分が生き残る為、そして自分の為に死んだ部下達の仇を取る為。
その為には、ここでレイを倒す必要があった。
(あの光の盾は……あれで穢れを防げるのか? そのような物があるとは思えないが……実際、レイが持ってる青い金属のことを考えると、迂闊に否定は出来ないか)
レイの周囲に存在する三枚の光の盾を見ながら、ガリウスは口を開く。
「それで、聞きたいこととは?」
「さっきの戦いで結構な人数がこの神殿の中に逃げ込んだだろう? その割には随分と静かだと思ってな」
レイの問いに、ガリウスは不愉快そうに眉を顰める。
出来れば答えたくない。
いや、今必要なのは時間を稼ぐことである以上、真実を話す必要もない。
必要もないのだが……ガリウスの性格からして、ここで嘘を口にすることは出来なかった。
「贄だ」
端的に口にするガリウス。
だが、それだけに言葉には重みがあり、真実味があった。
ただし、その言葉の意味は分かったものの、具体的に何をする為にそうしたのかが分からない。
「つまり生贄か。何の為に必要なんだ?」
「大いなる存在を顕現させる為の贄だ」
大いなる存在という言葉に、レイは嫌な予感を覚える。
穢れの関係者達が何を目的にした集団なのかを考えれば、その目的を想像するのは難しくはない。
だが……ガリウスの言葉を聞くと同時に、疑問を覚える。
「何故、今そのようなことを?」
「貴様達が来たからに決まっているだろう」
それはつまり、その大いなる存在という相手によってレイ達を撃退しようとしているのだろう。
世界を滅ぼすのを目的としている者達が呼び出す存在だ。
それだけの力を持っている以上、レイ達を倒すことも容易なのは間違いないと、そう穢れの関係者達の上層部は判断したのだろう。
「妖精の心臓が手に入れば、このようなことをする必要もなかったのだが」
そう言うガリウスは、レイから少し離れた場所を飛ぶニールセンに視線を向ける。
そのガリウスの言葉で、レイは穢れの関係者達が最初に会った時から妖精の心臓を奪おうとしていたことを思い出す。
(なるほど。つまりニールセンの……というか、妖精の心臓は、その大いなる存在とやらを召喚する為の触媒とかそんな感じなのか?)
穢れの関係者達が妖精の心臓を必死になって探していた理由に、レイは納得する。
とはいえ、ガリウスの様子を見る限りでは妖精の心臓があればいいが、なくても大いなる存在を呼び出すことは出来るようだったが。
「つまり、生き残りは全員死んだ……いや、待て。もしかしたら生き残り以前に俺達との戦いで死んだ連中も生贄になったのか?」
もしレイ達が来た時点で妖精の心臓もなしに大いなる存在を呼び出すのなら、わざわざこの地下空間にいた者達をレイ達と戦わせる必要はない。
集まった者の大半は士気こそ高いものの、特に戦闘訓練はしていないか、もしくは戦闘訓練をしていても素人より強いといった程度でしかなかったのだから。
そのような者達がレイと戦った時、どうなるのかは容易に想像出来る。
実際、レイ達と戦った穢れの関係者達は一方的に蹂躙され、最終的には壊走したのだから。
わざわざ生贄にする者達の数を減らしてどうするのか。
普通に考えれば、それは悪手でしかない。
だが……生贄にするのが、どこか特定の場所でなければならないということはなく、この地下空間のどこでも構わないとすればどうか。
それも特に何らかの儀式が必要ではなく、ただ死ねばいいとすれば。
(あるいは穢れの関係者が呼び出す相手である以上、ただ死ぬのではなくて憎悪や絶望、悲しみ、苦しみ……そういう負の思いがあれば、より効率的であってもおかしくはない)
ガリウスの言葉をそう理解し、レイは呆れと軽蔑の表情を浮かべて口を開く。
「仮にも仲間だというのに、その仲間を生贄にするとはな」
そんなレイの言葉に、ガリウスは複雑な表情を浮かべる。
何も反論はしないが、ガリウスもこの状況を決して好んでいる訳ではないのは明らかだ。
それはレイにも理解出来たが、だからといってそれは自分に関係ないとデスサイズと黄昏の槍をそれぞれ構えるのだった。