3430話
レイの放った魔法によって、逃げ出そうとしていた者達の多くは死んだ。
ただし、死んだ者は多いが、それは少数が生き残ったことを意味している。
レイが今回やるべきは、穢れの関係者達の殲滅。
……実際にはフォルシウス達が降伏してきたので全員を殺すということは出来ないが、それでも今こうしてレイ達の前にいるのはフォルシウス達のような穏健派と違い、世界の破滅を願っている者達だ。
だからこそレイとしては全員殺すべきだと思っていたのだが、今は少数の逃げた者達を殺すよりも、まだ戦意を持って戦っている者達を狙う必要があった。
『火球』
再び放たれた魔法で火球が放たれ、前線で戦っている者達から離れた場所にいる相手……特に戦いが起こっている場所を回り込み、挟撃をしようと動いている者達に向かって飛んでいく。
悲鳴を上げながら炎に包まれる者達。
最初に灼熱地獄を作った魔法より威力は落ちるものの、それでも数人……人の密集具合によっては十人近くが炎に包まれ、それを見ていた者達は悲鳴を上げて逃げ出す。
そんな様子を見つつ、レイは次に狙う場所を探し……
「うん?」
その時、穢れの関係者達の中で妙な動きをしている者が数人いるのに気が付く。
妙な動き……というよりは、興奮や恐慌、混乱、恐怖……そんな様々な感情で好き勝手に動いている者達の中を縫うように、そして壁にするかのように動いている者が数人いるのだ。
エレーナ達と戦っている……いや、一方的に蹂躙されている者達からは離れた場所にいるからこそ、好き勝手に動くことが出来ているのだろう。
(好き勝手に動き始めたせいで、自分達がどういう風に行動すればいいのか分からない状態になっているってのが……いやまぁ、指揮しようとする者をマリーナが弓で狙ってるんだから、無理はないけど。ともあれ、あの数人は一体なんだ?)
多くの者達の隙間を縫うように移動するその動きは、レイの目から見ても素人ではなかった。
こうして自分達に襲い掛かって来た者達の全てが、素人であるとは限らないというのはレイにも予想出来ていたが。
ここは穢れの関係者の本拠地である以上、フォルシウスが口にした二十人の腕利き以外にもそれなりに戦闘訓練をした者がいてもおかしくはない。
しかし、レイが見つけた者達は明らかにそのような者達よりも凄腕だった。
「レイ? どうしたの?」
弓を構えていたマリーナは、レイが魔法を使わずに穢れの関係者達をじっと見ているのに気が付き、そう尋ねる。
普通ならサボってると思われてもおかしくはないのだろうが、この状況でレイがそのようなことをするとは思っていなかったのだろう。
「穢れの関係者達の中に、何人か手練れがいる。それも他の連中と協力したりするんじゃなくて、集まってる連中を盾か障害物代わりにして動いているな」
「何ですって?」
レイの言葉を聞いたマリーナは、レイの視線を追う。
ダークエルフのマリーナだけに、その視力は非常に高い。
また、熟練の冒険者ということもあり、マリーナはすぐにレイの見ているだろう人物の姿を発見する。
一度見つければ、マリーナもレイの言いたいことはすぐに分かった。
他の者達とは明らかに動き方が違うのだ。
見られている者達は、そんなレイの視線に気が付いた様子もなく他の者達を壁にしながら動いていた。
「あれ、エレーナ達を狙ってるよな?」
「動きを見ると恐らくそうでしょうね。向こうにしてみれば、前線に出ているエレーナ達をどうにかしないと、この状況を解決出来ないと思っているのかもしれないけど。……いえ、正確には私とレイのいる場所は離れているから近づけないのかしら。普通に考えれば、レイの魔法は出来る限り早く対処したいでしょうし」
近接攻撃――エレーナは連接剣なので中距離での攻撃だが――を行っている者達も脅威だが、穢れの関係者にとってより深刻な脅威なのは間違いなくレイだ。
灼熱地獄をつくり、火球を飛ばし、数人から数十人を纏めて焼き殺すような実力を持つレイ。
また、レイ程ではないにしろ、弓を使って特定の人物……混乱している者達を纏めようとする者を狙って狙撃してるマリーナも厄介なのは間違いないだろう。
とはいえ、そんな二人が危険なのは分かっているものの、レイとマリーナは戦場から離れた場所にいる。
穢れの関係者達を壁にして近付くといったことをしている者達にしてみれば、間に誰もいないレイとマリーナを狙うのは不可能だろう。
だからこそ、狙えるエレーナ達を狙っているのだろうが……
「あの腕利き達は、フォルシウスが言っていた二十人に所属している奴だと思うか?」
尋ねるレイの言葉に、マリーナは特に考えるでもなく頷く。
「私に確認しなくても、レイには分かってるじゃない? あの動きを見る限り、とてもではないけど素人や素人がちょっと鍛えた程度というようには思えないわ。だとすれば、フォルシウスが言っていた人達で間違いないでしょうね」
マリーナの言葉はレイが予想したものと同じだ。
だがそうなると、また別の問題が出てくる。
「動いてる中で中立派がどのくらいいるのかだな」
フォルシウスからは、出来れば中立派の者達は殺さないで欲しいと言われている。
今の状況を考えれば、フォルシウスもレイが自分の頼みを完全に聞いてくれるとは思っていない。
だが、それでももしかしたらという思いがあるのだろう。
「どうするの?」
「こうする」
マリーナの言葉に、レイはデスサイズを手に呪文を唱え始める。
『炎よ、我が意に従い敵を焼け』
その呪文と共にデスサイズの先端に火球が生み出され……
『火球』
魔法が発動する。
放たれた魔法は、アーラを狙っているのだろう相手に向かって放たれる。
ただし、放たれた火球の速度はそれなりのものだが、ある程度の実力があればその攻撃を回避するのは難しくない。
実際、レイが狙った相手も自分に向かって飛んでくる火球の姿を確認すると、アーラを狙うのを一旦諦め、即座にその場から退避する。
そして数秒後、アーラを狙っていた男のいた場所に火球が着弾し、その場にいた数人を焼き殺す。
自分の近く――それでもある程度の距離はあったが――に火球が着弾したアーラが、レイの方に視線を向ける。
ただし、アーラがレイに向ける視線には特に責めるような色はない。
アーラも、レイが自分に向けてわざわざ攻撃をしたとは思わないのだろう。
レイとアーラの初対面の時の印象の悪さから考えると、今の信頼度は非常に高くなっている。
何しろレイが初めてアーラと会った時……実際にはレイがエレーナに初めて会った時なのだが、その時、お互いがお互いに見惚れていたのだが、それを見たアーラはレイがエレーナに何かをしたと判断して攻撃をするといった騒動があったのだから。
もし当時のアーラが今のアーラを見たら、一体どのような反応をするだろうか。
そう思いつつも、レイはアーラに軽く頷くだけでそれ以上は何も言わない。
アーラもまた、そんなレイの様子を見て……それでいながら、パワー・アクスを握る手は止まることなく動く。
ただでさえ、外見に見合わぬ剛力を持つアーラだけに、パワー・アクスの一撃が命中するとその相手は文字通りの意味で爆散する。
……見た目が派手ということもあり、アーラを怖がって近付かない者も多い。
その場合はアーラが自分から敵に向かって突っ込んでいくのだが。
穢れの関係者達は逃げようにも後ろにも多くの仲間がおり、逃げることは出来ない。
結果として後方にいる者達の盾代わりとなり、パワー・アクスの一撃によって身体が爆散し、背後にいる者達に肉片や血、内臓……もっと悪い時はアーラの攻撃を防ごうとした長剣すらも折れて背後にいる者達に襲い掛かる。
「うわ……」
そんな戦闘を見ていたレイは、再び火球を生み出し、次に狙う相手を見つけるよりも前に、その光景に思わず声を上げる。
現在行われている戦いの中で、一番凄惨な戦場と評してもいいだろう光景に。
「レイ、あそこ」
マリーナの指示する方向……ヴィヘラが戦っている場所の近くにいた相手に向かい、レイは火球を跳ばす。
ヴィヘラは他の者達よりも多くの者と戦っていた。
その理由は、やはりヴィヘラの着ている薄衣だろう。
娼婦や踊り子が着るようなその薄衣に、戦いの興奮から多くの男が襲い掛かったのだ。
普段は善良な者であっても、戦闘の興奮というのは容易に獣欲を抱かせる。
ましてや、レイの生み出した灼熱地獄やその後に起きた一方的な攻撃によって、戦闘の興奮以外にも恐怖し、動揺し、絶望し……そんなところにヴィヘラのような極上の美女が、しかも男を誘う服装で姿を現したのだから、感情の限界を超えて暴走してもおかしくはない。
だが……そのように暴走したからといって、ヴィヘラをどうにか出来る訳がない。
拳に触れただけで骨が折れ、内臓が破裂する。
また、手甲から伸びた魔力の爪によって手足は容易に切断される。
足甲の踵から伸びた刃も、革鎧をあっさりと貫く。
着ている服の影響や、ヴィヘラの体捌きの流麗さもあって、その戦いはまさに舞踏……いや武踏と呼ぶのに相応しい戦いだった。
……もっとも、戦っている本人は相手が弱いこともあってか、あまり嬉しそうではなかったが。
(あれ? これってもしかして後で怒られるんじゃ?)
戦闘狂のヴィヘラが、強敵と戦う機会を奪うのだ。
ヴィヘラにしてみれば余計なお世話なのでは?
そう思いつつも、レイはマリーナの指示した通りに火球を放つ。
放たれた火球は、真っ直ぐ目標……ヴィヘラを狙ってるのだろう相手に向かって飛ぶ。
狙われた相手はすぐに察知し、何らかの反応……それこそ火球を回避したり、あるいは迎撃したりするのかと思っていたのだが……
「え?」
レイが狙った相手は、そんなレイの予想を裏切るように、近くで壁代わりにしていた穢れの関係者と共に炎に包まれる。
火球に対して何らかの反応をするのだろうとばかり思っていたレイだったが、相手は結局何も反応することなく、それこそレイの狙い通りに炎によって燃やされた。
これはレイにとっても予想外の出来事だったが、死んだのなら死んだで構わないだろうと判断しておく。
「なぁ、俺が殺した奴、中立派だと思うか?」
「どうかしらね。まさか攻撃を回避しないとは思わなかったけど。……中立派でも今は敵なのは間違いないんだし、殺してしまったらしまったで仕方がないんじゃない?」
レイに言葉を返しながらも、マリーナは矢を射る手を止めない。
……いや、指揮を執っている数人を射殺したところで、その動きは止まった。
正確には、矢筒に入っていた矢がなくなったというのが正しい。
もしこれが穢れの関係者の本拠地ではなければ、弓ではなく精霊魔法を使って敵を攻撃しただろう。
だが、ここでそのようなことは出来ない。
いや、精霊魔法を全く使えない訳ではないが、今の状況で使える精霊魔法よりは弓を使った方が明らかに攻撃力が上なのだ。
「レイ、矢筒をちょうだい」
「ほら」
マリーナは背負っていた矢筒を外すと、レイに言う。
その言葉にレイは即座にミスティリングの中から矢が最大まで入っている矢筒を取り出してマリーナに渡す。
その矢筒を素早く背負うマリーナ。
……いつものようにパーティドレスを着ているマリーナだ。
ただ、いつもと違うのは胸元が大きく開いていないことだろう。
寒さ対策の為なのか、弓を使うからなのか、もしくはそれとは違うもっと別の理由なのか。
その辺はレイにも分からなかったが、胸元が開いていないドレスではあっても、マリーナの豊かな双丘はドレスの上からでも隠しようがない。
それだけではなく、矢筒を背負った為に矢筒のベルトが胸元に食い込み、その双丘を強調する。
不幸中の幸いだったのは、マリーナがレイと同じく敵から離れた場所にいる為に、そんな蠱惑的な姿を多くの者が見ていなかったことだろう。
……何人かは偶然そんなマリーナの姿を見て、思わず動きを止めていたが。
ただ、多くの者が暴れている中でそのようなことをすれば、後ろから、あるいは横からやって来た者達にぶつかってしまう。
その衝撃で地面に倒れた者は、逃げ回っている者達によって踏みつけられ……最悪の場合は死んでしまう。
「マリーナ、後は手強い奴がどこにいるか分かるか?」
「そうね。……どうやらレイに一人殺されたのを見て、警戒したらしいわ。かなり慎重に行動するようになったみたいね」
「どうやってそれを知ったんだ?」
多くの者達が騒いでいるのだ。
それこそ怒声や悲鳴がそこら中に響き、普通に会話をするにも怒鳴らないといけない。
そんな中で一体どうやって仲間が死んだのか。
そう疑問を抱くレイだったが、マリーナは自分にも分からないと首を横に振るのだった。