3429話
レイ達の存在を見つけた相手が何かを叫ぶと、その叫びを聞いた者達は一斉にレイ達に向かって走り出す。
走ってくる者達が友好的に接触しようとしている訳ではないのは、短剣や長剣、鉈、斧、包丁……中には他に何も武器に出来る物がなかったのか、木で出来たスプーンを持っている者すらいた。
「あの様子だと、話して落ち着かせるのは難しいだろうし……仕方がないか。魔法を使う」
これで相手が素直に話を聞く様子なら、レイもいきなり魔法を使おうとは思わなかっただろう。
ましてや、相手は穢れの関係者だ。
ダスカーからも無理に捕虜にする必要はないと言われている。
「え? その、レイさん。もしかしてあの人達を全員殺すんですか?」
レイの言葉を聞いて半ば反射的に尋ねたのは、オクタビア。
自分達に向かってくるのは敵意や悪意、殺意を抱いている者達ではあるが、結局のところ一般人だ。
それだけに、そのような相手を全員殺すといったレイに思わず尋ねたのだが……
「そうだ」
一切の躊躇なくレイは断言する。
レイにしてみれば、ダスカーから無理に捕虜にしなくてもいいと言われているだけに、襲ってくる相手は皆殺しにするつもりだった。
これが穢れの関係者ではなく一般人であれば、もう少し考えただろう。
だが、相手は穢れの関係者で、世界の崩壊を願っている者達だ。
そうである以上、相手が特に戦闘訓練をしていないような者達であっても、ここで手加減をするという選択肢はレイにはない。
「何か問題があるか?」
その言葉に、オクタビアはすぐに自分のミスを認める。
オクタビアも、今回の任務の重要性は理解している。
そうである以上、レイの言葉は間違っていないだろうと。
もしこれが、例えば相手が一人や二人といった人数ならオクタビアもこのようなことは言わなかっただろう。
だが、相手は千人近い人数なのだ。
その全員を殺すといったようなことだけに、規模の違いからオクタビアも今のように口を挟みたくなったのだろう。
「いえ、何も問題はありません。ダスカー様からの指示通りにお願いします」
その言葉にレイは小さく頷く。
表情には出さないが、その内心には助かったという思いがある。
もしこれでオクタビアが騎士として一般人を攻撃するのは許容出来ないと言おうものなら、間違いなく面倒なことになっていただろう。
もっともその場合であっても、レイがこれから自分が行おうとしていることを止めるつもりはなかったが。
デスサイズを手にしたレイは、呪文を唱え始める。
『炎よ、汝のあるべき姿の一つである破壊をその身で示せ、汝は全てを燃やし尽くし、消し去り、消滅させるもの。大いなる破壊をもたらし、それを以て即ち新たなる再生への贄と化せ』
呪文を唱えると同時に、火球が生み出される。
それはファイヤーボールと似て非なるもの。
その火球にはレイの魔力が凝縮されており、もし魔力を感知出来る者がその火球を見た場合、腰を抜かすか、気絶するか。
それ程の魔力が込められた火球をレイは放つ。
『灼熱の業火!』
放たれた火球は、真っ直ぐに飛んでいく。
レイ達に向かって突っ込んでくる者達は、未だに火球に気が付いた様子がない。
あるいは火球に気が付いてはいても、狂信的な存在となっている今、そんなことで足は止まらないのか。
もしくは、火球の存在に気が付いてはいても、その程度の火球……それもたった一つだけで自分達をどうにかすることは出来ないと思っているのか。
魔法を放ったレイには、向こうがどのように考えているのかは分からない。
分からないが、レイの魔法をその目で見ても問題ないと判断したのなら、魔法を放ったレイとしてはそれはそれで構わなかった。
レイにしてみれば、敵が何の抵抗もなく自分の攻撃を受けてくれるということなのだから。
「あ」
だが、そんな魔法に向かって放たれた存在……見ただけで生理的な嫌悪感を覚える存在があった。
それは穢れ。
突っ込んで来た者の中にも、レイの魔法は危険だと判断したものがいたのだろう。
あるいは単純に自分達の夢を妨害するレイの思い通りにするのは許容出来ないと思ったものか。
その辺りの理由はレイにも分からなかったが、とにかくレイ達に突っ込んでくる者達の中の一人がレイの放った魔法に向かって穢れを放ったのは間違いない。
しかし……
「馬鹿が」
放たれた穢れを見て、レイが吐き捨てるように言う。
穢れは確かに触れただけで相手を黒い塵にするといった能力を持つ。
あるいは魔法を使ったのがレイではなく、普通の魔法使いであれば穢れに対して何らかの対処が出来たかもしれない。
だが……魔法を使ったのは、レイだ。
それも普通に使える魔法という訳ではなく、レイがかなりの魔力を消費して放った魔法。
そんな存在に穢れを使っても……
「ほらな」
ざわり、と。
レイの言葉を聞いたという訳ではなく、穢れの絶対性を理解していた者達が生み出したざわめきだ。
その光景に、レイ達のいる方に向かって進んできた者達の半分近い者達がその足を止めて空……いや、上を見上げている。
そんな者達の視線の先にあったのは、レイの放った火球に触れた穢れが一瞬にして燃えたのだ。
本来なら、穢れに触れた存在が黒い塵となって吸収される筈だった。
だが、穢れの関係者達が見たのは、それとは全く正反対の現象。
一体何が起きたのか、理解出来ないといった様子だった。
あるいは理解していても信じられないといった様子か。
穢れの関係者にしてみれば、穢れは御使いと呼び、信仰に近い思いを抱き、狂信的な者も多い。
そんな穢れがレイの魔法を消滅させることが出来ず、逆にレイの魔法によって穢れが燃やされたのだ。
穢れの関係者達にとっては、自分の目で見ても信じられない、理解出来ないことだっただろう。
そして……穢れを燃やした火球は次第に高度を落として穢れの関係者達に向かって落ちていく。
自分達目掛けて落ちてくる火球に、興奮して狂信的な感情に突き動かされていた者も、不気味な……そして不安な何かを感じる。
中には興奮から覚め、レイの魔法を危険だと判断して逃げようとした者もいたが……
「遅い」
そうレイが呟いた瞬間、火球は地面に着弾して灼熱地獄を生み出す。
その灼熱地獄は、レイが前もって決めていた範囲の中だけに存在していた。
範囲の外にいれば、灼熱地獄のすぐ側にいても熱によって苦しめられることはない。
だが……それはつまり、範囲内にいた者達は、その灼熱地獄から逃げることは出来ないということを意味していた。
もっとも、灼熱地獄に巻き込まれた者達はその大半が一瞬にして焼き殺されている。
偶然何らかの魔法防御を高めるマジックアイテムなりスキルなりを持っていた者であれば、即死はしない。
即死はしないが……それはとてもではないが幸運ではない。
寧ろ幸運なのは、即死した者達だろう。
自分に何が起きたのか全く分からないまま、死んだのだから。
それに比べると、下手にレイの魔法に耐えた者は自分が死ぬまでの時間を理解させられてしまう。
灼熱地獄に耐えながら、その範囲外に出ればまだ助かっただろう。
だが、灼熱地獄に耐えるのが精一杯で、その場から動くことが出来ない。
このままでは自分が死ぬ。
それが分かっていても、その場から動くことは出来なかったのだ。
ただ、灼熱地獄に耐え続けることしか出来ない。
そうして耐えている間にも、魔力、魔石、あるいはそれ以外の何か……とにかく、灼熱地獄を耐えている物を動かしている動力源とでも呼ぶべきものが減っていく。
「う……うわあああああああ! 助け、助けてくれ! 熱が、熱が! もう保たない! 頼む!」
結界か何かを張るマジックアイテムでも持っていたのか、灼熱地獄の中で自分の周囲に円球の結界を張り、それで何とか灼熱地獄の中で生き抜いていた男が叫ぶ。
そのような者は一人ではない。
何とか生き残っている者全員が、どうにかしてくれと叫んでいた。
しかしそんな叫びを聞いても灼熱地獄の範囲外にいる者達はどうしようもない。
中に入れば自分が死ぬのは、既に焼き殺された者達を見れば明らかだろう。
そうなると、結局出来るのはただ外で見ていることしか出来ない。
やがてそんな中、先程助けてくれと叫んでいた男の結界が限界となり、パリンと結界が破れる。
次の瞬間、割れた結界諸共に中にいた者も焼き殺される。
他の場所では、それこそ結界諸共に中にいた者が焼き殺されたりもした。
そうした悲鳴は周囲に響き、灼熱地獄の範囲外にいる者達……特に先頭に立ってレイ達を攻撃しようとした者達の足さえ止める。
だが、それは致命的なミスだ。
その瞬間、マリーナが射った矢が一本、二本、三本、四本、五本、六本と連続して先頭にいた者達に突き刺さる。
それも一人につき一本が頭部を貫くといった具合に。
それが一体どれ程の技術を必要とするのか、考えるまでもない。
矢によって先頭を進む者達が地面に倒れ、そのすぐ後ろを走っていた者達は混乱する。
後方では灼熱地獄、前からは矢。
一体この状況でどうすればいいのかと。
……既にこの時点で、穢れの関係者達を半ば暴走させていた狂信的な思いは消えている。
そんな中で今のような状況だ。
とてもではないが、そのままレイ達を攻撃するといったことは出来ない。
そして、レイ達の攻撃はまだ終わっていない。
矢によって相手の機先を制し、六人を射殺した。
その動揺に付け込むように、次の瞬間にはエレーナ、ヴィヘラ、レリューの三人が、そして少し遅れてアーラが敵に向かって突っ込む。
哀れなのは、暴走していた者達だろう。
完全にどうしようもないこの状況で、エレーナ達を相手にするのだから。
そしてエレーナ達も、相手が何をしようと自分達の方に向かってきたのかは知っている以上、ここで手加減をするといったことは一切しない。
エレーナの振るう連接剣のミラージュが、離れた場所にいた男の首を鞭状になった刃で切断する。
ヴィヘラの手甲から伸びた魔力の爪が、男の頭部を数枚にスライスする。
レリューが穢れに特効を持つ魔剣ではなく、自分の魔剣で疾風の異名通りの素早い動きで相手にも気が付かれないうちに斬り殺す。
そんな三人から少し遅れたアーラは、パワー・アクスを使って数人の身体やその一部を纏めて肉片にする。
新たに現れた四人は、穢れの関係者達にとっては悪夢でしかなかっただろう。
これが最初にレイ達に向かって走り出したように、穢れ……いや、御使いに殉じる者として半ば暴走している状態なら、興奮から脅威を感じることもなかったかもしれない。
しかし、レイの魔法によって……そして続いて射られたマリーナの矢によって、多くの者は既に我に返っている。
完全に我に返っていなくても、最初のように興奮している状況からは覚めつつあった。
そうなると、どうなるか。
「ひ……ひいいいいいぃっ!」
まず真っ先に、臆病な者達が何人も悲鳴を上げながら逃げ出そうとする。
しかし……それを見た者にとっては、そんな臆病な相手を許容出来る筈もない。
特にまだ興奮が覚めておらず、半ば暴走したままの者にしてみれば、そうして逃げ出す相手を許容出来る筈もない。
「貴様、何を考えている! 御使いの為に死ぬのならまだしも、天敵を前に逃げ出すとは何事だ!」
「ぎゃっ!」
逃げようとした男の首が斧によって切断される。
首から派手に血を吹き出しながら地面に倒れる男。
それを見て、逃げ出そうとして近くにいた他の者達の動きが止まる。
ここで逃げ出そうとすれば、自分も同じ目に遭うと、そう理解してしまったのだ。
だが、そうして動きが止まった瞬間にはマリーナの射った矢が飛んできて、指示を出していた……いや、逃げるなと脅していた男や、その周囲にいた者達の頭部を矢が貫く。
マリーナにしてみれば、敵の士気を上げたり、あるいは部隊として纏めるような存在は出来るだけ早く倒したかった。
そうなれば……今のように自分達を恐怖で縛ろうとした者達がいなくなったのを確認して、その場から逃げ出す者も多い。
レイの狙いとしては、本来ならここで全ての敵……穢れの関係者を殺すつもりだった。
そういう意味では、マリーナがこうして相手を逃がすというのは問題だろう。
とはいえ、それについてレイが不満を言うようなことはしない。
何故なら……
『炎よ、我が意に従い敵を焼け』
デスサイズを手に、呪文を唱えるレイ。
レイが使う魔法の中でも、かなり詠唱の短いその魔法は、それだけに使いやすい魔法でもあった。
『火球』
魔法が発動し、三十cm程の火球が飛んでいく。
向かうのは、マリーナの矢によって督戦隊的な役割をしていた者が死んだことにより、逃げ出した集団。
逃げ出す者達の中心部分に火球が着弾し……次の瞬間、多くの者達を炎が燃やしつくすのだった。