3424話
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ダスカーの口から出た、穢れを寄せ付けないブルーメタルの装飾品を身に付け、その上で奴隷の首輪を嵌めるという提案は、レイにとってもかなり厳しいものに思えた。
奴隷の首輪を嵌めても、決して厳しい労働を命じるようなことはしないとダスカーは言ってるし、レイもダスカーがそう言うのならと、その件については信じることが出来た。
だが……それを理解した上でも、ダスカーの提案は厳しいものだ。
そう思うレイだったが、結局反対することはない。
「分かりました。かなり厳しい処置ですが……穢れの関係者のことを思えば、それも仕方がないかと」
もしかしたら、フォルシウスは……あるいは離れた場所に集まっている穏健派達も、本拠地までレイ達が攻め込んできた以上、もうどうすることも出来ないと判断し、ここから逃げ出す手段としているだけという可能性も決して捨てきれない。
そう考えれば、ダスカーの指示は決して厳しすぎるというものではない。
本来なら、この本拠地にいる時点でレイ達にとって殲滅対象なのだ。
それから逃れられる以上、相応のリスクは負って貰う必要があった。
「ダスカー様の言葉は分かりました。ただ、それと……フォルシウス達が言う、頼れる存在についてはどうします?」
『頼れる存在か。……世界を滅ぼせる存在を自分達が有していた為に、突発的な暴走はなかった。そう考えれば、何らかの象徴的な存在については理解出来ないでもないが……何がある?』
「それを俺に聞かれても、ちょっと困ります」
フォルシウスからはレイの持つ莫大な魔力について言及されていたのだが、その件については口にしない。
それをここで口にして、ならお前が面倒を見ろと言われたくはないからだ。
この一件が終わって、ギガントタートルの解体をどうにかしたら、レイは迷宮都市に行くつもりなのだから。
もしフォルシウス達の面倒を見ることになれば、迷宮都市に行くことも出来なくなる。
……いや、ダスカーを通してそのような話が来ている以上、行けなくなるということはないだろう。
だが、実際に迷宮都市に行くのが当初の予定よりも大分遅れてしまうのは間違いない。
それはレイにとってあまり面白いことではなかった。
『それについては後でいいか。なら、レイはまずその件について聞いてみてくれ』
「分かりました。……ちなみにギルムではない場所で暮らして貰うということでしたけど、その辺については、具体的にどこというのはもう決まっているのですか?」
『いや、まだ何も考えていない。……そもそも、この話を聞いたのは今なのだ。すぐに場所を用意出来る筈もない。個人的には、ギルム以外にも辺境に村があってもいいとは思うが、それは難しいだろうしな』
「でしょうね」
ダスカーの希望はレイにも理解出来るが、すぐにそれが無理だという言葉にも同意する。
辺境は様々なモンスターが存在する場所だ。
それこそ街道の近くでも高ランクモンスターが出てくるのは珍しい話ではない。
そんな中で村を作るとすれば、余程の防備がない限りはモンスターに殺されて村は壊滅するだろう。
それこそ穢れの関係者を人知れずに殺すという意味では、そういう方法もありかもしれないとレイは思うが、そのつもりならそんな迂遠な真似はせず、今ここで殺してしまえばいいのだ。
「分かりました。じゃあ、まずはその辺についてフォルシウス達に話してみます。対のオーブは……どうします? このままにしますか?」
『いや、一旦切る。俺のような存在が直接話を聞いてると知れば、向こうも決して面白くはないだろうし』
「別にそんなことはないと思いますけど。……分かりました。じゃあ、切りますね。また何か進展があったら連絡します」
『分かった。俺もまだ起きていよう。……明日の朝が心配だが』
そう言うダスカーの言葉にレイは笑みを浮かべながら対のオーブを切り、自分の周囲にいた面々に向かって口を開く。
「そんな訳で、聞いていたような感じになった。今回の一件はお前達にも予想外の件があったと思うけど……どうだ?」
「ダスカー様がそう判断したのであれば、私は問題ありません」
レイの言葉に真っ先に反応したのは、オクタビアだ。
ダスカーに仕えている騎士だけに、ダスカーが直接指示をした以上は何も問題がないと判断したのだろう。
あるいはこれでダスカーがフォルシウスも含めて皆殺しにしろといった命令を出していれば、オクタビアはそれを撤回させる為にレイとダスカーの会話に割り込んだだろう。
他の面々も、ブルーメタルと奴隷の首輪が必須というダスカーの言葉には少し厳しいとは思ったものの、穢れの関係者の危険性を考えれば、そのようなことも仕方がないと判断したのか、異論を口にする者はいない。
「じゃあ、早速話してくる。……ただ、ダスカー様との会話の中でも話題に出ていたけど、強硬派がいつ襲ってくるか分からない。それは気を付けてくれ」
レイの言葉に、それぞれ頷く。
穏健派との会話については、エレーナ達も悪くない手応えを感じているのだろう。
だが、それ以外の……強硬派を相手にした場合、まともな会話が成り立つとは思えない。
であれば、何かあった時は即座に対応出来るようにしておくのは当然だった。
そんな面々を一瞥してから、レイはレリューと会話をしているフォルシウスに向かって歩き出す。
予想外なことに……あるいはフォルシウスにとっては好都合なことにと表現すべきか、二人の会話は決して険悪な雰囲気はなく、寧ろ友好的な会話が行われている。
(もしこの状況でフォルシウス達を皆殺しにしろとか、そういう命令が出たら……一体どうなるんだろうな)
間違いなく面倒なことになるだろうし、あるいはレリューはレイの指示を否定し、フォルシウス側につくといった可能性もあった。
レイにとってそれは可能な限り避けたい出来事であった為、ダスカーの口から穏便な意見が出たのは感謝している。
もっとも、奴隷の首輪や穢れを寄せ付けないブルーメタルの装飾品を身に付けることを義務づけることを穏便な意見と表現してもいいのかどうかは微妙なところだが。
「ちょっといいか?」
レリューはレイが近付いてくるのを気配で察していただろうし、フォルシウスはレイが近付いてくるのをその目で確認していた。
その為、双方共にレイが声を掛けてもそこまで驚いた様子はない。
「どのような結論になりましたか?」
「取りあえずどうするべきかと聞いて……待て」
聞いてみた。
そう言おうとしたレイだったが、不意にその言葉を止める。
そしてレイに続いて側にいたレリューも含め、他の面々も気が付く。
「レイ殿?」
唯一、フォルシウスだけはレイが一体何故途中で言葉を止めたのかを理解していなかった。
しかし、レイはフォルシウスの言葉に答える様子もなくとある場所……ちょうどレイ達のいる場所と反対側、穏健派の背後となる部分に視線を向けていた。
「ぎゃああああああああっ!」
そして聞こえてきた悲鳴に、レイは即座に行動に出る。
「オクタビアはフォルシウスを守っていろ!」
地面を蹴ると同時に叫ぶ。
フォルシウスが穏健派の中でも高い地位にいる人物なのは間違いない。
それどころか、穏健派を率いる人物であってもレイは特に驚かないだろう。
レイを前に、それも武器を手にしたレイを前にして、それでも怯えた様子を見せないフォルシウスの度胸はかなりのものだ。
……もしフォルシウスがトップであったら、そのトップが殺されるかもしれないのにレイの前にやって来たのは決して褒められることではないが。
ダスカーのように、人を率いる者であっても最前線で戦うことはある。
だがそれは、あくまでも敵と戦える力があってのことだ。
レイが見た限り、フォルシウスはそれなりに鍛えてはいるようだが、それはあくまでもそれなりでしかない。
穢れの関係者の一員である以上、穢れを使って戦うことは出来るかもしれないが。
ともあれ、フォルシウスの存在が自分達と穏健派の間を繋いでいるのはレイも理解しているので、オクタビアに護衛を任せたのだ。
レイの視界の中、急激に近付いてくる穏健派の集団。
その集団の前方にいる者達は、突然背後から聞こえてきた悲鳴も気になるが、レイが真っ直ぐ自分達の方に……それもデスサイズと黄昏の槍を持って走ってくるのを見て、恐怖で顔を引き攣らせていた。
背後の悲鳴も気になるが、やはり今はレイの存在が怖いのだろう。
(このままだとちょっと不味いな)
相手に悲鳴を上げられると、より混乱が増しかねない。
そう判断したレイは、まだ穏健派から十分に距離があるにも関わらず、地面を蹴って跳ぶ。
人外の身体能力を持つレイの跳躍だ。
十分に速度が乗ってることもあってか、人の頭を優に超えるだけの高さまで跳ぶ。
レイが近付いてくる……それも武器を持っているということで、悲鳴を上げようとしていた者達も、レイの跳躍に悲鳴を上げるのも忘れ、ただ唖然とレイのいる方を見ていた。
とはいえ、幾らかなりの高さまで跳躍したとはいえ、別にレイは空を飛べる訳でもない。
当然のように重力に従って高度が下がっていくが……
「え?」
レイの行動を見ていた者が、落ち始めたレイの姿に気を付けろと叫びそうになったものの、その前にレイが空中を蹴ったのを見て間の抜けた声を上げる。
まさかレイが空中を跳ぶとは思わなかったのだろう。
あるいはそれは跳ぶではなく飛ぶと認識されたかもしれない。
それくらい、レイの行動は普通とは呼べないものだった。
そんなレイの姿を見た者達は、数十人に及ぶ。
背後からいきなり悲鳴が聞こえ、一体何があったのかと混乱してる中でレイが自分達の方に突っ込んで来たのだ。
それもデスサイズと黄昏の槍を手に持ち。
そんなレイを見て、恐怖を覚えない者は一体どれくらいいるだろう。
中にはフォルシウスがレイ達に殺されてしまったのではないかと心配する者もいたが……そんな者達の視線がレイに集まり、そのレイが跳躍する瞬間を見た。
空を飛ぶレイの姿に一瞬にしろ、目を奪われた者は多いのだが……レイはそんな視線については全く気にした様子はない。
レイにしてみれば、穏健派の者達からどのような視線を向けられようとも、それについて特に何も思うところはない。
とにかく今は、聞こえてきた悲鳴の場所まで行く必要があった。
(強硬派だろうな)
空中を蹴り、その一蹴りで十m近くも空を跳ぶレイ。
そのまま一歩、二歩、三歩と同じようにスレイプニルの靴で空中を蹴って、穏健派が集まっている中でも最後尾と思しき場所に向かう。
するとそこでは……背後から襲い掛かって来た者達を相手に、必死に逃げ回っている者達の姿があった。
考えるまでもなく、襲い掛かっているのは強硬派、逃げ回っているのが穏健派だろう。
穏健派にとって不幸だったのは、レイと接触するということで一切の武器、そして防具の類を持っていなかったことだろう。
武器を持っていればレイに敵だと判断されるかもしれない。
フォルシウス達はそう考え、武器を手にしていなかったのはともかく、それでも防具くらいは持ってきてもよかったのだが。
レイはそんな穏健派の事情については分からず、とにかく襲われている者達を助けようと空中を蹴って強硬派と思しき者達に突撃しようとしたのだが……
(ん?)
強硬派に突撃するべく空を跳んでいたレイは、襲撃されている者達の中で強硬派の者達が何人も地面に倒されていく光景を目にする。
一体何だ?
そう思って空中で素早く地上の様子を確認する。
すると、そこでは数人の穏健派と思しき者達が強硬派を素手で殴り、気絶させていた。
顎の先端、あるいは鳩尾、中には心臓や側頭部を殴っている者もいる。
前者はともかく、後者は相手の意識を奪うだけではなく、命を奪ってしまいかねない危険な行為だ。
もっとも、それ自体はレイも否定はしない。
穏健派に襲い掛かっている強硬派は、長剣や短剣、槍といったような武器を持っている者もいれば、穢れを使っている者もいる。
そうである以上、穏健派だけが相手を殺してはいけないということはないだろう。
そんな戦いを数秒にも満たない時間見て、納得する。
自分達と敵対しないように武器や防具を持ってこないのは納得出来たが、だからといって完全に無防備という訳でもなかったのだろうと。
もっとも、素手で戦闘をする者というのはそう多くはない。
身軽さという点では有利だが、どうしても一撃の破壊力に欠けるのだから。
ヴィヘラの浸魔掌のように一撃必殺のスキルを持っていたり、あるいは現在地上で戦っている者達のように相手の顎先のような特定の部位を狙う技術を持っていれば話は別だが。
穏健派の中にも面白い者達がいるんだな。
そう思いつつ、レイは地面に着地するのだった。