3423話
莫大な魔力を持っているからこそ、レイは今のように自由に生きてきた。
そうフォルシウスに言われたレイだったが、だからといってフォルシウスを……いや、穢れの関係者を認める訳にはいかない。
自分の行動が魔力があったりしたものだというのは間違いではないものの、だからといって穢れの関係者達を認める訳にはいかないのだから。
これが、例えば世界を破滅させるのではなく酷い目に遭った者達が集まって世間に関わるようなことはなく、誰にも迷惑を掛けずに助け合って生きている……そういう者達であれば、レイも危険視はしなかっただろう。
勿論それはレイだけではなく、ダスカーが危険視して今回のように奇襲を許可するといったこともなかっただろう。
だが、穢れの関係者達は違う。
自分達が酷い目に遭ったから、その報復として世界そのものを破滅させようとしているのだ。
それはレイにとって到底受け入れられるものではない。
「お前達が穏健派だとしても、穢れという世界を破滅させるだろう存在を崇めている状況では到底認める訳にはいかない」
「それでは、こうして無抵抗な私達をどうするというのですか?」
「ダスカー様からは、基本的に捕虜はいらないから全員殺せと言われている」
「……そのようなことが許されると?」
フォルシウスは、一切脅威を感じた様子もなくレイに尋ねる。
そんなフォルシウスの言動に、レイは即座に頷くことが出来ない。
これが例えば、問答無用で襲い掛かって来たり、自分達は酷い目に遭ったのだから世界を滅ぼす権利があるといったようなことを言ってきたのなら、レイもその言葉は無視しただろう。
そのような相手であれば、明確に敵と認識してもいいのだから。
だが、フォルシウスは理性的な態度でレイの前に立っている。
特に何か武器も持たず、攻撃してくる様子もなく。
その上で自分達を殺さないで欲しいと懇願してるのだ。
(これって、どうすればいいんだ? 正直なところ、俺の判断出来る範囲を超えてる気がするんだが。ダスカー様に連絡を……あ、そう言えば)
レイはエレーナを見る。
突然視線を向けられたエレーナだったが、レイとフォルシウスの話を聞いていた以上、自分に視線を向けてくるレイの意図にはすぐに気が付く。
若干、本当に若干だったが、嫌そうな表情を浮かべていたが。
そんなエレーナを見たレイは、申し訳なさそうな表情を浮かべるも、それを一瞬で消すと、改めてフォルシウスに視線を向けて口を開く。
「ちょっと待っててくれ。もしかしたらお前達をどうにか出来るかもしれない」
レイの言葉にフォルシウスが驚きの表情を露わにする。
今までは基本的に穏やかな表情を浮かべているだけで、その表情が変わることは……一度、微かにあっただけだ。
それも顔の一部が少し動いた程度。
そんなフォルシウスがここまで露骨に表情を変えたのだから、それが一体どれだけ今のレイの言葉に驚いたのかを表していた。
「どうにか……なるのですか?」
「どうにかする為に俺に話し掛けてきたんだろう? 武器を向けられても反撃しようとしなかったのも大きいな」
レイが曲がりなりにもフォルシウスを信頼する気になったのは、結局のところそれが一番大きい。
戦いたくないと言いながらも、実際にレイが武器を向けた時に反撃したり、あるいは反撃まではいかなくても迎え撃つ構えを取ったりしていれば、恐らくレイもここまで簡単にはフォルシウスの言葉を信じなかっただろう。
「……ありがとうございます」
レイの言葉に深々と頭を下げるフォルシウス。
そんなフォルシウスを見て、穏健派と思しき者達がざわめくのがレイには見えた。
それがどういう意味でざわめいているのか……穏健派を率いる、あるいはそこまでいかなくても影響力のあるフォルシウスが頭を下げさせられたと憤慨してるのか、あるいはレイ達との間で戦闘が起きないという結論になって感謝の為に頭を下げたのか。
その辺はレイにも分からなかったし、究極的にはどうでもいいとすら思う。
とにかくフォルシウスをその場に一旦残して、他の面々の場所に戻る。
「俺はちょっとダスカー様に連絡をするから、それが向こうから見えないようにしてくれ。それとフォルシウスから色々と情報収集をしてくれると助かる。この現状は、俺にとっても予想外だった」
基本的に今回の行動について、レイはダスカーから全権を委任されている。
それはつまり、レイの判断で何をしてもいいということだ。
ことだが……フォルシウス達の存在は、レイにとっても完全に予想外だった。
だからこそ、この件については自分の考えで判断せず、しっかりとダスカーに相談した方がいいと思う。
レイが自分の考えで対処をして、ダスカーがそれを後で聞いてもレイに完全に任せている以上、不満には思っても怒ったりはしないだろう。
しかし、それでもレイとしてはこの件についてはダスカーからの指示を貰う必要があると判断した。
そんなレイの言葉を聞いて、オクタビアは安堵した様子を見せる。
騎士であるのも影響しているのだろうが、オクタビアにしてみれば敵意を向けてくる訳でもないフォルシウスを一方的に殺すというのは気が進まなかったのだろう。
「じゃあ、俺が聞いてくるよ」
「言っておくけど、相手を怒らせるなよ?」
自分がフォルシウスから話を聞くとそう主張したのはレリュー。
レイはそんなレリューを止めることはなかったが、一応注意しておく。
レリューは疾風の異名を持つ腕利きの冒険者だが、その口調は荒い。
その言葉遣いによって相手を不機嫌にさせることもある。
……もっとも、レリューにしてみればそれをレイに言われたくはないだろうが。
レイもその言葉の悪さで今まで何度もトラブルを起こしてきたのだから。
「分かってる。少し話をしてくるだけだ。世間話の中で何か情報を入手出来るかもしれないしな」
そう言い、レリューは軽く手を振ってからフォルシウスの方に向かう。
レイはそんな様子を一瞥してから、他の面々にフォルシウスやその仲間達から見えないように壁を作って貰う。
これから使うマジックアイテムは、それなりに貴重な物だ。
それだけに、レイがそのようなマジックアイテムを持っているのは、出来るだけ知られたくなかった。
レリューがフォルシウスと話にいったのは、レイ達の近くにいるフォルシウスにレイがこれからやることを見られないようにするという意味もある。
レイは他の面々の身体に隠れると、ミスティリングから対のオーブを取り出す。
本来なら対のオーブはダスカーが持っていなかったが、今回の作戦の件で無理を承知でレイがエレーナに頼み、エレーナの対のオーブは現在ダスカーが持っていた。
魔力を流し、対のオーブを起動させ……
『……レイか?』
たっぷりと数分が経過してから、そんな声が聞こえてくる。
これが日中なら、出るのが遅いとレイも不満に思ったかもしれない。
だが、今はもう完全に真夜中だ。
ダスカーも特別な理由がない限り、眠りに就いている時間だった。
それを思えば、数分でダスカーが対のオーブに反応したのは寧ろ早い方だろう。
「はい。ちょっとこっちでは判断出来ないことが起きたので、どうすればいいか指示を貰いたくて連絡させて貰いました」
『レイが判断出来ないことだと?』
ダスカーは今回の奇襲の件で全面的にレイに任せているのに、そのレイが判断出来ないと言ってきたことに驚いたらしく、対のオーブに顔が映る。
今まで声だけだったのは、貴族として寝起きの顔を見せる訳にはいかないと考えたからだろう。
実際、その顔はいつもと違って眠気が完全に消えてはおらず、目にもいつもより力……いわゆる、目力や眼力の類がない。
「はい。実は現在、穢れの関係者の本拠地の中にいるのですが、そこで穏健派と接触しました。向こうは戦う気は一切ないようです」
そう言い、レイは現在穏健派について分かっていることを説明していく。
レイの説明に、ダスカーの眠気の残っていた表情は次第に覚醒していく。
『それはまた……難しいことだな』
「はい。まさか無抵抗の相手を一方的に殺す訳にもいきませんし」
『……だろうな』
レイの言葉に、ダスカーは数秒の沈黙の後で同意する。
元騎士のダスカーとしては、レイの言葉を当然だと思う。
だが、現在のダスカーは領主だ。
領主の立場としては、穢れの関係者のような危険な存在は問答無用で皆殺しにしてもいいのではないかと、そう思ってしまう。
そんな意識の齟齬が、返事までに数秒を要した理由だった。
ダスカーのそんな様子に気が付いているのかどうか、レイはそれを気にした様子もなく口を開く。
「それでどうしたらいいですかね?」
単刀直入に聞いてくるレイの言葉に、ダスカーは何と答えるか悩む。
あるいはこれが日中なら、それなりにすぐどうするべきかを考えたかもしれない。
しかし、今のダスカーは寝起きだ。
寝起きというのは、基本的に頭が働かない。
それを一番分かっているのは、やはり普段の寝起きは十分程ボーッとしているレイだろう。
とはいえ、依頼をこなしていたり、何らかの緊急事態の時は寝起きでも即座に頭が働くのだが。
『答える前に一つ聞きたい。フォルシウスという穏健派の相手と話しているということだが、そうなると強硬派とでも呼ぶべき連中はどうしている?』
「そう言えば、いませんね」
レイ達がこの本拠地にやってきてから、それなりの時間が経つ。
だが、それでも姿を現したのはフォルシウス達のような穏健派だけで、攻撃的な相手は一切出て来ていない。
強硬派と呼ばれる者達がいるのなら、自分達の中から裏切り者とも呼べるフォルシウス達がレイ達と接触するのを見逃すとは思えない。
にも関わらず、現在のところは一切その手の相手が出て来ない。
これは明らかに異常な出来事だった。
『その辺についてレイはどう思う?』
「そう言われても……俺もフォルシウス達とはあったばかりですし」
ダスカーの問いにレイは即座に答えることが出来ない。
こうしてダスカーにフォルシウス率いる穏健派について指示を仰いではいるものの、フォルシウスについてはレイもそこまで詳しくないのだ。
分かっているのは、せいぜいがフォルシウスはレイ達とは戦うつもりがないということ。
この穢れの関係者の本拠地において、それが非常に大きな意味を持ってるのは間違いないものの、だからといってフォルシウスを完全に信頼出来るかと言われれば、それは否だ。
『そうか。まぁ、レイのことだからその辺の心配はいらないと思うがな。……それよりも、そのフォルシウス率いる穏健派についてだが』
「あ、はい」
穏健派をどうにかするということに話が戻ったことを安堵しながらも、レイは本当にどうするんだろうなと思う。
最悪の場合は、フォルシウス諸共穏健派も含めて全員を殺せという命令が出ることだろう。
ダスカーの性格を考えれば、そのような命令が出るとは思えないが、それはあくまでもレイが知っているダスカーだからの話だ。
領主としての面を前面に押し出した場合、そのような命令が出てもおかしくはなかった。
『レイの目から見て、どうだ? さっきはどういう男だと聞いたが、それとは違う。信用出来るかどうかだ』
「それは……」
フォルシウスがどういう男だと聞かれても、レイにはあまり教えられる情報がない。
だが信用出来る相手かと言われれば……
「俺が武器を向けても反撃したりしなかったので、取りあえずこっちと戦う気がない、もしくは騙そうとしたりしていないのは間違いないかと」
『そうか。……だが、穢れの関係者が今までやって来たことを考えると、そのまま無罪放免という訳にいかないのは理解出来るな?』
ダスカーの言葉にレイは素直に頷く。
何しろレイが知ってる限りでも、穢れの関係者は結構な騒動を起こしている。
レイ的には一番大きな騒動はトレントの森に延々と穢れを送り込んできた件だが、穢れの関係者が長年人知れず存在し続け、その上そこに所属している者は絶望を味わった者達だ。
今まで表沙汰になっていないだけで、一体どのようなことが行われてきたのか。
(それでもフォルシウスの言動が信用出来るのなら、そういう行為をしてきたのは強硬派の面々だと思うけど)
強硬派という名称だけに、自分達が不幸になった以上は他の者達に何をしてもいい。
そんな風に思っていても、レイは驚かない。
穢れの関係者とは今まで何人か接してきたものの、その全てが恐らくフォルシウスが言う強硬派だったのだから。
それはつまり、フォルシウスが穏健派を上手く纏めて統制を取っていることを意味していた。
「具体的にはどうなります?」
『そうだな。……まだ完全にこれで決まりとは言えないが、穢れを呼べないようにブルーメタルの装飾品か何かを常に身に付けさせ、奴隷の首輪を嵌める。その上でどこかあまり人の来ない場所で生活させるといったところか。奴隷の首輪を嵌めるが、それでも特に何か厳しい仕事をしろといった命令はしないつもりだ』
そうダスカーは告げるのだった。