3422話
レイの言葉に微かにだが反応したフォルシウス。
常に穏やかな表情でレイと話していただけに、今の一瞬の反応は余計に分かりやすかった。
もっとも、それでも反応したのは一瞬だったので、それを見ることが出来る者は少ないだろうが。
(おいおい、これってもしかして……本当にもしかするのか?)
普通に考えれば、本拠地というのは非常に重要な拠点だ。
そうである以上、その本拠地を守る戦力は相応に多くなる。
……だが同時に、穢れの関係者は長い間、人に知られずに存在してきたという実績がある。
何百年単位、あるいは千年を超えるかもしれない時間、自分達の存在を隠し通したのだ。
そうである以上、本拠地が重要な拠点だというのは分かっているだろうが、だからといってそこまでの戦力が必要なのか? といった疑問を抱く者が出て来てもおかしくはない。
これはあくまでもフォルシウスを見たレイの予想でしかないので、間違っている可能性もある。
実際には穢れの関係者の中でも腕利きの者達が大量に揃っており、レイ達を倒そうと準備している可能性も。
だが……それでも今の状況を考えると、もしかしたらという思いがレイの中にはある。
フォルシウスの反応も、それを表しているかのように思えた。
「どうだ? 俺の予想は間違っているのか?」
「間違っています。……そう私が言っても、信じるのでしょうか?」
レイの言葉で動揺したことはもうすっかり忘れたかのようにフォルシウスが言う。
そんなフォルシウスの様子を見つつ、レイはどうするべきかと考える。
(とはいえ、やるべきことは変わらないけどな。そもそも戦力が少ないのなら、その戦力を小分けにして攻めてくる理由が分からない。戦力の逐次投入というのは、愚策でしかないし)
実際には戦力の逐次投入という行為も、場合によっては良策となる。
しかし、今回の場合はただでさえ戦力が少ない現状で戦力を分散して投入するのは、レイ達に各個撃破する絶好のチャンスとなる。
何らかの理由があってそのようなことになったのだろうが、生憎とレイは何故そうなったのか分からない。
分かるのは、各個撃破したことによって穢れの関係者の戦力にそれなりのダメージを与えたといったところか。
「……」
レイは無言のまま、今まで下ろしていたデスサイズの刃を、黄昏の槍の穂先をフォルシウスに向ける。
そんなレイの行動を見たのだろう。
離れた場所で待機していた穢れの関係者達がざわめく。
しかしそんな者達とは違い、フォルシウスは武器を……レイがその気になれば一瞬にしてフォルシウスの命を奪ってもおかしくはない武器を前にしても、特に動揺した様子はない。
「何故このようなことを?」
「こうして俺の前にいる以上、お前がそれなりの地位にいる、もしくは地位は低くても人望があるのは分かる」
「おや、私達にとっては絶対的な敵対者である貴方の前に出るのです。もし何かあっても問題のない人物を派遣するのが普通では?」
「あくまでも普通ならな。けど……この状況でも全く動揺した様子がなく、何より向こうにいる連中の様子を見れば、それは明らかだ」
レイがデスサイズと黄昏の槍をフォルシウスに向けた時、離れた場所にいた穢れの関係者達は間違いなく動揺した。
捨て駒として……それこそ一種の生贄として差し出された者であれば、そのようなことにはならないだろう。
「おや、そうですか」
「それで? 一体何が目的だ? いい加減、本題に入ってくれないと困るんだけどな」
構えた武器をそのままに、レイはフォルシウスに尋ねる。
武器を向けられていることもあり、それは一種の最後通牒のようにも思えた。
……ただ、フォルシウスに返事を急かすレイだったが、今の状況はそんなに悪いとは思っていない。
その理由として、ミレイヌ達が別の場所からここに入り込んでいる筈だからというのがある。
レイ達がこうして話していれば、自然と穢れの関係者達の意識もレイ達に向けられる。
それはフォルシウスと共にいた者達だけではなく、それ以外の……気配で察した感じでは、他にも何人かが色々な場所に隠れているのを見れば明らかだ。
とはいえ、穢れの関係者達もセトやビューネ、キャリス達のいる場所に人を派遣し、それが倒されたのは知っている筈だった。
そもそもレイ達がここにいる時点で、それは明らかなのだから。
つまり、今こうしている時もレイ達以外に誰か侵入者はいないかと考えている者はいるだろうが、それでもこうしてレイ達が堂々と穢れの関係者の本拠地にいる以上、どうしてもそちらに多くの者を配置する必要があるのは間違いなかった。
そしてレイ達に意識が集中していれば、ミレイヌ達が自由に動けるようになる。
……ミレイヌ達が現在何をしているのかは、レイにも分からない。
分からないが、それでもグライナーのようなランクA冒険者や、ガーシュタイナーのようにダスカーに仕える中でも腕利きの騎士達が一緒にいる以上、間の抜けた展開にならないだろうというのはレイにも理解出来た。
「そうですね。こちらの要望の中でも一番大きいのは……貴方達には、このまま来た道を戻って、ここから立ち去って欲しいのですが」
「そんなことを素直に受け入れると思うか?」
穢れの関係者達を殲滅する為に、レイ達はここに来たのだ。
その為に来たレイ達が、穢れの関係者から帰って欲しいと言われて素直に頷ける筈もない。
寧ろその提案を受け入れて帰ったら、レイ達も穢れの関係者達に寝返ったか何かしたかと判断され、最悪の場合はダスカーと敵対することになりかねない。
これが例えば、穢れの関係者の目的は実は世界の破滅ではなく世界平和でしたといったようなことでも判明すれば話は別だが、今のような状況でそのようなことになるとは到底思えない。
「そうでしょうね。一応聞いてみただけですから。そうなってくれると、こちらとしても幸いだったので」
「世界の破滅なんて望んでる連中を相手に、殲滅以外の手段があると思うか?」
「それは誤解です」
「……誤解? 何がだ?」
「私達は別に世界の破滅など望んでいません」
「オーロラから聞いた話と随分と違うな」
「ああ、彼女は強硬派ですから」
「……つまり、フォルシウスは違うと?」
「はい。勿論、御使いが大きな力を持っているのは知っています。ですが、大きな力を持っているからといって、それだけで危険とは言えないでしょう? 例えば、レイ殿。私達が知ってる限りでも、貴方は一国……それもミレアーナ王国やベスティア帝国のような大国とすら、一人で渡り合える実力を持っています」
「……まぁ、そうだな」
そう言われると、レイも否定は出来ない。
もしここで否定をすれば、それによって話の主導権がフォルシウスに持っていかれると思っての言葉だった。
「そんなレイ殿は、しかし特に問題なく暮らせていますよね? なら、私達も同じように出来ないでしょうか」
「無理だな」
考える様子もなく、即座に返事をする。
フォルシウスは、まさか一切考えることもなくそのようなことを言ってくるとは思っていなかったらしく、一瞬驚いた様子をみせつつも口を開く。
「何故、とお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「お前の言葉で言えば、俺は大国を相手にしても一人で戦える実力があるのかもしれない。だが、それはあくまでも国と戦えるのであって、世界を崩壊させる力を持ってる訳ではない。ましてや……」
そこで一旦言葉を止めたレイは、とある方面に視線を向ける。
気配を察知した場所に。
そこにある気配は、殺意を伴ったものだ。
つまり、フォルシウス達の言う強硬派だと思われる。
「世界を崩壊させる力を持っている上に、世界を憎んでいる者もいる。そんな連中をそのままにしておけと?」
レイは核兵器について思い浮かべる。
もし日本で……いや、地球という世界の中で、世の中を憎んでいる者達が核兵器を持っていたらどうなるか。
間違いなくそのままという訳にはいかないだろう。
その上で、今回は穢れという世界を滅ぼせる存在だ。
核兵器も世界を滅ぼすと言われることがあるものの、それでも核兵器の種類によっては効果範囲を限定的にすることも出来る。
それに対して、穢れは違う。
いや、実際にはレイが知らないだけで穢れによって崩壊させることが出来る範囲を限定することが出来るのかもしれないが。
ただ、今のところそのような話をレイは知らない。
そんな世界を滅ぼす力を、世界を恨んでいる者達が持っている時点で危険極まりない。
レイはそう思うし、今回の一件を許可したダスカーも、そう思ったからこそ戦力を集めたのだろう。
「ですが、世の中には全てを失った者もいます。……オーロラの事情についてレイ殿は知っていますか?」
「大雑把にだが知っている」
その地を治めている領主の横暴によって、村そのものが燃やされ、村人も多くが殺されたと。
レイが聞いても、オーロラに同情すべき点はある。
点はあるが、だからといってそれが理由で世界を滅ぼしてもいいかというのは、また別の話だろう。
「そのような、どこにも行き場のない者達が最後の縋る場所として、ここは存在意義があると思いませんか?」
「理屈は分かるが、それなら穢れ……お前達が言う御使いを使う必要はないだろう?」
レイは穢れが具体的にどのようにして世界を滅ぼすのかは分からない。
ニールセンの……妖精の心臓を欲しているのを考えると、それも何か関係しているのかもしれないが。
ただ、長……数多の見えない腕から聞いた話によると、穢れというのはいわゆる悪しき魔力とでも呼ぶべき存在だと聞いている。
それが具体的にどのような意味を持つのかはレイにも分からないが、話の流れからすると穢れが存在するだけで世界に対して何らかの悪影響を与えている可能性があった。
例えフォルシウスがどのようなことを言おうとも、世界を崩壊させかねない穢れが存在する時点で討伐対象になってもおかしくはないのだ。
「しかし、世の中に絶望をしている者達が少しでも安堵するには、圧倒的な力が必要です。その力の側にいるので、そのような人達もある程度は安心することが出来るのですから」
「その対象が何でよりにもよって穢れなんだ?」
「何度も言うようですが、強力な力だからです」
世界を破滅させる力を持つのだから、強力な力だというのはレイも納得は出来る。
出来るが、だからといってそれを受け入れられるかと言えば、それは否だったが。
「力というだけなら、別の力もあるだろう? 例えば……そうだな。穢れの関係者はかなりの人数がいるんだから、魔法の素質を持ってる者もいる筈だ」
「レイ殿のような魔法を使えるのならともかく、普通の魔法使いでは到底無理です」
「……言っておくが、俺をこの組織の象徴にするとか、そういうのはごめんだからな」
レイの場合は、元々持っていた素質が違いすぎる。
日本にいた時に事故で死んで、ゼパイルに……正確にはゼパイルの魂によって、救われた。
その理由こそが、レイの持つ莫大な魔力だった。
魔力を何らかの方法で感じることが出来る者は、レイの魔力を見ればそれだけで戦意を喪失してもおかしくはないし、実際にレイは今まで何度かそんな光景を見ている。
そのような魔力を持つレイだからこそ、穢れの関係者にしてみれば象徴としたいと思ってもおかしくはないが、レイは絶対にごめんだった。
「そのようなことは考えてませんよ。レイ殿のようなというのは、あくまでも例えですから。ですが……私がこう言うのも何ですが、レイ殿が今のような地位にいるのは、大魔法使いと呼んでもいいくらいに強力な魔法を使えるからではないですか?」
「そうだな。それは否定しない」
レイも自分が圧倒的なまでの魔力を持っているのは自覚している。
そのような魔力があったお陰で、魔獣術でセトを生み出すことが出来たのも事実。
また、冒険者となってからも普通では考えられないような依頼を次々とこなしたのも事実だ。
レイの名前が一躍有名になったのは、冒険者になったばかりの頃にオークキングを倒したというのがある。
オークキングは仮にも高ランクモンスターに入るだけの実力を持つモンスターだ。
それだけに、冒険者になったばかりのレイがそのような存在を倒したというのは、非常に大きな話題となった。
あくまでもギルムやその周辺での話で、ベスティア帝国との戦争で深紅の異名を持つようになる以前の話だが。
そんなとんでもないことが出来たのも、ゼパイル一門が作った身体のお陰というのもあるが、レイが持つ莫大な魔力が影響してるのも事実。
そういう意味では、やはりレイが莫大な魔力を持つから今のような地位にいるというフォルシウスの言葉は、決して間違っている訳ではなかった。