3412話
セトのサンダーブレスによって動けなくなった数人……真っ先に攻撃を行ったダーリッジはサンダーブレスによる攻撃を避けることが出来たものの、その後に続いたその数人は、痺れて動きが止まったところで、キャリスの部下のうち、弓を手にした者が射った矢によって頭部や心臓が貫かれる。
ダーリッジの相手はキャリスが長剣を手に行っていたが、技量は互角。
そのことにキャリスは表情には出さないものの、内心で驚きを隠せない。
元々キャリスは腕の立つ男だったが、レイの率いる遊撃部隊に所属することになり、レイやセトの訓練を受けてその実力を上げた。
内乱が終わり、遊撃隊が解散された後でも訓練は欠かさず、その実力はレイが知っている時よりも明らかに上がっている。
だというのに、ダーリッジはそんなキャリスと互角だったのだ。
(いや、違うな)
首を狙って放たれたダーリッジの一撃を長剣で弾きつつ、自分の中の動揺を落ち着かせるように考える。
今のダーリッジと自分の力は互角だ。
だがこれは、ダーリッジが暴走状態だからこその状況。
御使いを穢れと呼ばれたことによって、火事場の馬鹿力とでも呼ぶべき、本来なら使えない力を使っているからこそ、キャリスと互角に戦えていた。
そのように理解すれば、キャリスも落ち着きを取り戻す。
ダーリッジが怒りから普段以上の力を出しているのは間違いない。
間違いないが、それによって戦い方はかなり力強い……言い換えれば大雑把で乱暴な戦い方となっている。
それこそダーリッジは頭部や首、心臓といったように一撃で致命傷を与える場所だけを集中して狙ってくるのだが、幾ら怒りで限界を超えた力を使えるとはいえ、何ヶ所かの同じ部分しか狙ってこないようでは、対処するのも難しくはない。
これでフェイントを交えてきたり、あるいは致命傷にはならない部位を狙う場合は、対処をするのはそれなりに難しいのだが、ダーリッジは一刻も早くキャリスを殺すことだけを考えていた。
「はぁっ!」
強力な一撃を受け流し、カウンターとして放たれたキャリスの長剣は、ダーリッジの身体を斬り裂く。
「ちいっ!」
しかし、思わず舌打ちをしたのは攻撃を放ったキャリスだった。
ダーリッジは自分が一撃を食らっても全く気にした様子がなく……それどころか、好機とばかりにキャリスの頭部に向かって一撃を放ったのだ。
キャリスの放った一撃によって受けた傷は、致命傷とまではいかないが決して軽いものではない。
だが怒りで興奮しているダーリッジは、そんな傷の痛みなど全く気にした様子もなく、一刻も早くキャリスを殺すべく攻撃を続けていた。
「ちょっと、隊長が危ないんじゃない!?」
そんなキャリスとダーリッジの戦いを見ていた部下の一人が、深刻そうに叫ぶ。
それでも手を出すことが出来ないのは、キャリスとダーリッジの動きが素早く、ここで迂闊に矢を射ったりしたらキャリスに矢が刺さるかもしれないと思ったからだろう。
「今はあいつは隊長に任せておけ! それより、他の連中の相手だ!」
仲間の言葉に、弓を持っていた女は周囲に視線を向ける。
既にセトのサンダーブレスによって倒された者達は全員が死んでいた。
残っているのは、穢れという言葉にダーリッジのように過激な反応をしなかった者達と、最初に接触したダリジャという男だけだった。
そのうち、ダリジャはセトによって既に瀕死の状態となっている。
特にスキルを使った訳でもなく、素の状態での戦い。
だが、人とグリフォンでは元々の身体能力が違いすぎる。
ましてや、セトはその身体に幾つかのマジックアイテムを身につけており、それらによって能力が強化されているのだ。
これでダリジャが穢れでも使っていれば、それに対処する方法がないセトも苦戦をしただろう。
だが、ダリジャは最初にブルーメタルの鋼線によって穢れが無効化……より正確には近づけないという光景を見せられている。
その結果として、ここで穢れを使ってもセトには効果がない。それどころか、その隙を突かれて致命的な一撃を食らってしまうのではないかと思った。
ブルーメタルの鋼線という存在について知っていれば、そんなことはないと理解しただろう。
だが、まさか親切にキャリス達がブルーメタルの鋼線について教える筈もなく、結果としてダリジャは何が理由で穢れが対処されたのか分からず、セトと生身で……より正確には長剣一本で渡り合うことになっていた。
しかし、当然の話だがセトと長剣だけでまともな戦闘になる筈もなく、既に致命傷に近い傷を何ヶ所か負っている。
それこそ、もしここでセトが攻撃をするのを止めても、そう遠くないうちに死んでもおかしくはない、そんな決定的な攻撃だった
そんな戦いを見て、取りあえずセトの方は問題ないと判断したキャリスの部下達は、残る戦闘……キャリスの部下の中でも近接戦闘を得意とする者達と、ダーリッジの仲間で穢れというキャリスの言葉に激高しなかった者達との戦いに視線を向ける。
こちらは他の二つの戦場とは違い、かなりの接戦となっていた。
キャリスの部下達は相応の強さを持っているものの、だからといって突出した強さを持つ訳ではない。
それこそ、敵を圧倒するだけの力を持つ訳ではない。
そして今回こうして穢れの関係者から派遣されてきた者達は当然ながら相応に腕の立つ者達であり……結果として、双方共にどちらも同じ程度の実力の持ち主となっていた。
その為、今の状況ではどちらが勝利をしてもおかしくはなく、キャリスの戦いには援護出来ず、セトの戦いには援護がいらないということで、キャリスの部下のうち弓を持っている者達はそちらに援護の矢を放っていた。
乱戦となっている場所に向けて矢を射るのは、本来なら非常に危険な行為だ。
キャリスとダーリッジとの戦いでは関与出来なかったのに、乱戦の方を弓で援護するのは普通なら納得出来ない。
しかし、キャリスが戦っているのと、その部下達が戦っているのでは、やはり動きが違う。
それ以外にも、同じ訓練をこなしてきたということで、このタイミングなら大丈夫だという、一種の信頼に近いものもあったのだろう。
そうした結果、次々と……だが慎重に射られた矢によって、そちらの戦闘はすぐに片付く。
キャリスの部下達の戦闘が片付く頃にはセトの前足の一撃によってダリジャの頭部が砕かれ、そちらの戦いも終了し、残るのはキャリスとダーリッジの戦いだけとなる。
ただ、その戦いもそう長く続かないと見ている者達は判断した。
ダーリッジは未だに御使いを穢れと呼んだことに怒り狂い、とにかくキャリスを殺そうと大雑把な攻撃を繰り返している。
それに対して、キャリスは相手の大雑把な攻撃の隙を突くようにカウンターの一撃を積み重ね、それによってダーリッジは身体中に多数の傷を負っていた。
対してキャリスは無傷なのだが、だからといってキャリスが楽勝で戦っている訳ではない。
ダーリッジの攻撃は大雑把な攻撃でカウンターによって反撃しているものの、その大雑把な一撃は大雑把だからこそ威力が強い。
回避するのは難しくないが、何らかのミスをして一撃を食らえば、それによってあっさりと形勢が逆転しかねない。
足下の雪に滑らないか、風によって目にゴミが入らないか、寒さによって身体が普段通りに動かなかったらどうなるか。
それ以外にも、考えられる不安は幾つも存在する。
だが……それでもキャリスはダーリッジの攻撃を回避しながら、次々に攻撃を当てていた。
「隊長、もう少しです! 頑張って下さい! その男が最後の一人です!」
「え?」
弓を持つキャリスの部下の一人の声。
それを聞いて意表を突かれたような声を上げたのは、キャリス……ではなく、ダーリッジ。
今の今まで、目の前にいるキャリスを殺すことだけを考えていたのだが、その声が何故か……そう、本当に何故か不意に耳に入ってきたのだ。
そして我に返ってしまえば、暴走していた状態から我に返ってしまい、気が付けば身体中が血塗れになっていることに痛みで気が付き、大きく一撃を振るってキャリスに回避させ、距離を取る。
……が、その瞬間をキャリスの部下が見逃す筈もない。
今までキャリスの戦いを援護出来なかったのは、キャリスとダーリッジの戦いが激しい動きで行われていた為だ。
仲間との戦いよりも激しく動いていたので、迂闊に援護をすればキャリスに矢が当たるかもしれないという思いから、援護が出来なかった。
しかし、ダーリッジが自分からキャリスとの距離を取ったのなら、持っていた弓で矢を射るのは当然の流れとなる。
ダーリッジにしてみれば、戦っていたキャリスと距離を開け、それによって自分の仲間達を見たその瞬間、射られた矢は呆気なくダーリッジの頭部を貫く。
矢を射った者の狙い通りではあったがものの、まさかキャリスとあれだけ激しい戦いをしていた者にこうもあっさりと自分の矢が命中するとは思っていなかったらしく、寧ろ矢を射った者が驚きの表情を浮かべていた。
え? 何で当たるの? といったように。
矢によって頭部を射られたダーリッジは、周囲の状況を確認している中での出来事だったので、それこそ自分でも気が付かないままに命を絶たれ、地面に倒れ込む。
「えっと……」
「よくやった。別に一騎打ちじゃなかったんだから、今ので責める奴は誰もいないから気にするな」
キャリスは矢を射った部下にそう言い、褒める。
キャリスの言葉は間違っていない。
今の戦いは別に一騎打ちでも何でもなく、襲ってきた犯罪組織と騎士の戦いだったのだから。
褒められた女は、その言葉に頭を下げる。
「ありがとうございます、隊長。……まさか、あんなに簡単に矢が当たるとは思ってませんでしたけど」
「向こうが冷静ではなかったからだろうな」
穢れの関係者が大切にする存在……向こうの認識では御使いと呼ばれているそれを、キャリスは穢れと口にした。
その瞬間、それまで紳士的と言ってもいい態度だったダーリッジが豹変し、キャリス達に襲い掛かって来たのだ。
それこそ冷静さという言葉をどこに忘れてきたのかと思えるような、そんな様子で。
豹変したダーリッジは、非常に凶暴だった。
それこそ、戦っているキャリスにとっては獰猛な獣ではないかと思えるように。
実際、その一撃は大振りではあったものの、命中すれば致命傷になってもおかしくはないだけの威力があった。
結果的に無傷で勝利したキャリスだったが、もし一撃でも当たっていればそれが自分にとっての致命傷になった可能性も高い。
だからこそ、キャリスも敵の攻撃を必死に回避したのだが。
「穢れだったか。それを使わなかったのも、こっちにとっては助かった」
「レイさんのお陰ですね。セトに倒された相手が最初に穢れは通じないと言っていたので、それで向こうも穢れを使おうとは思わなかったんでしょう」
ブルーメタルの鋼線が埋めてある場所を見て、安堵した様子を見せる女。
「そうだな。お陰で助かった。それに最初に出て来た男の様子を見る限り、穢れを使うのには若干の時間が必要になるようだ。戦いの中でそのようなことをすれば、その一瞬の隙が致命傷になってもおかしくはない。……それでこれからどうするかだが……」
「グルゥ?」
キャリスの言葉を遮るように、セトが喉を鳴らす。
そんなセトの様子に、キャリスを含めた他の面々は先程のことを思い出して周囲を警戒する。
……なお、イエロは少し離れた場所にある岩肌に掴まってじっとしており、日中ならともかく月明かりしか光源のない今はそこにイエロがいるというのは分からない。
イエロも自分が迂闊に動けば、先程の戦闘の邪魔になると理解していたのだろう。
また、イエロは非常に強固な鱗を持ち、高い防御力を持っているものの、それでも穢れに触れるようなことがあれば対処出来ない。
その為、見つからないようにするのが最優先だと判断してもおかしくはなかった。
そんなイエロの側にはビューネもいて、周囲の邪魔にならないように可能な限り気配を消していた。
「どうやら無事みたいだな」
セトが見ている方から、不意にそんな声が聞こえてくる。
その声にキャリスを含めた他の面々は安堵する。
何故なら、その声には聞き覚えがあった為だ。
そんなキャリス達の前に姿を現したのは、レリュー。
レイ達と共に穢れの関係者の本拠地に侵入すべく、準備をしていた者の一人だ。
「レリューだったよな? 何でここに?」
そうキャリスが尋ねる。
レイに対するのとは違う、気楽な声。
これはキャリスがそれだけレイに敬意を抱いているからこそで、寧ろレイに対する言葉遣いの方が特別なのだろう。
「さっき、セトの声が聞こえてきてな」
その言葉に、キャリスを含めた者達は納得する。
セトが何度か大きな鳴き声を上げていたのは、当然ながら知っていたからだ。
「それでレイから様子を見に行くように言われたんだが……予想通り襲われていたみたいだな」
レリューの言葉に、キャリス達は地面に転がっている死体を見ながら頷くのだった。