3406話
レイ達がキャリス達と話をすること、一時間程。
レイはキャリスと内乱の時の話や、ギルムに戻ってからの話をしており、ミレイヌはセトと遊び、他の面々も寒い中で焚き火や温かい野菜スープを楽しんでいた。
「それで、ゴーレムを入手する為に……ん? あ、戻ってきたな」
キャリスと話していたレイは、不意に視線を建物の出入り口に向ける。
そんなレイの様子に、キャリスは数秒前までの楽しそうな様子から真剣な表情に変わった。
レイが口にした戻ってきたというのが、一体誰のことを言ってるのかが明らかだった為だ。
キャリスにしてみれば、ヴィヘラは既に出奔したとはいえ、元皇族だ。
それだけではなく、次期皇帝のメルクリオが慕っている相手でもある。
そのような相手だけに、ふざけているところを見られる訳にはいかないのだ。
「私達が探索をしてる間、レイは随分と楽しい時間だったみたいね」
建物の中に入ってきたヴィヘラが、言葉とは裏腹にどこか面白そうな様子でそう言う。
……なお、ヴィヘラを見たキャリスの部下達は、色々な意味で唖然としていた。
まず、ヴィヘラの美貌に目を奪われ、それが元皇女であると気が付いた少数の者が口を大きく開け、最後に真冬の夜中だというのに踊り子や娼婦が着るような向こう側が透けて見えるような薄着を着ていて、それでも平然としていることに驚く。
そんなキャリスの部下達を気にした様子もなく、レイは残っていた野菜スープを器に盛って、ヴィヘラ達に渡す。
「取りあえず暖まってくれ。詳しい話は色々だ。……もっとも、マリーナがいたから探索にそんなに苦労はしなかっただろうけど」
マリーナの精霊魔法があれば、積もった雪をどかすことも、冬の夜の寒風を遮ることも可能なのは間違いない。
実際にレイはそれを自分の目で確認しているのだから、尚更だ。
レイ達が非常に苦労して歩いた場所を、マリーナがいれば全く何の問題もなく歩けるのだから、非常に羨ましい。
(ん? あ……しまった。そうだよな。マリーナがいるんだから、雪踏みは別にいらないのか。まぁ、戦力が増えたんだから、キャリス達と合流したのは結果的にプラスだろうけど)
雪踏みがあれば、雪が積もっている場所でも雪に埋まらずに歩ける。
だがレリューやミレイヌのように速度を重視する戦い方をする者にしてみれば、雪踏みを使っての戦闘は大きく戦力ダウンとなる。
だが、マリーナの精霊魔法によって、そもそも邪魔な雪を排除してしまえば、それこそレリューやミレイヌは普段通りの実力を発揮出来るだろう。
(ま、まぁ……その、うん。何かあった時のことを考えれば、雪踏みがあればそれはそれで便利だろうし。ギルムとかにはなかったから、これを持っていけば流行るかもしれないな)
レイは自分のポカに気が付いて言い聞かせるように考える。
そんなレイの様子を、他の面々……特に戻ってきたヴィヘラ達は不思議そうな、呆れたような、それでいて愛おしげに笑みを浮かべて眺める。
キャリスはそんな女達――特にヴィヘラ――の姿を見て、色々と思う。
ヴィヘラが幸せになればいいという思いや、ヴィヘラを含めて絶世の美女三人に想われているのを羨ましく思ったり、そして何よりこの件がメルクリオに知られたら面倒なことになるという思いもそこにはあった。
そんな複雑な人間関係が想像出来る中……やがてヴィヘラ達が野菜スープを食べ終わった頃、レイも既に我を取り戻していた。
なお、その間にヴィヘラ達に対してキャリスは自己紹介をしており、元遊撃隊だという話も周知されている。
「さて、まずはこっちの事情よりもそっちで何かなかったのか聞かせて貰えるか?」
尋ねるレイに、エレーナは首を横に振る。
「色々と見て回ったものの、特に報告出来るような内容はない。私達が捜している連中の本拠地があるのなら、それなりに見つけられると思ったんだが」
悔しそうに言うエレーナ。
実際、自分達で穢れの関係者の本拠地を見つけることが出来ていれば、すぐにでもレイ達を呼んで攻撃を仕掛けるつもりだったのだろう。
その目論見が狂った形である以上、悔しく思うのは当然だった。
「そっちでも見つけられなかったか。……こっちも見つけられなかったのは同じだが、キャリス達が怪しい場所を幾つか知ってるという話だから、そっちに向かおうと思う」
「何度もこの辺りに来ていたとなれば、そのような怪しい場所を知っていてもおかしくはないか。……そこが穢れの関係者の本拠地であればいいのだがな」
しみじみと呟くエレーナの言葉に、多くの者が頷く。
ミレイヌ達が穢れについて知らされたのは最近だったが、レイは……そしてレイと親しい者達は、かなり前から穢れと戦ってきた。
だからこそ、出来るだけ早く穢れの関係者の本拠地を見つけ、さっさと潰してしまいたい。
……それが終わっても、レイはクリスタルドラゴンの件があるので自由にギルムに出入りは出来ないのだが。
それでもトレントの森が安全になるのは、レイにとって大きな意味を持つ。
「ともあれ、これからすぐにでもキャリスが知ってる怪しい場所に向かう。そこが本当に連中の本拠地であれば、一気に奇襲をしたい。……本来なら、今日はもうゆっくりと休んで、明日にでも奇襲をしたいところなんだけどな」
「それは難しいでしょ。今は夜だからそんなに目立たないかもしれないけど、これは明日になれば間違いなく目立つわよ?」
マリーナの言っている『これ』が現在自分達のいる場所……具体的にはレイが地形操作で作ったこの場所であることは明らかだ。
そしてマリーナの言葉にレイも反論出来ない。
この辺りに穢れの関係者の本拠地があれば、見回りがいてもおかしくはない。
もっとも、これまでキャリスが行動をしていて、そのような相手に遭遇していないことから、恐らく見回りの数も多くないか、もしくは見つかりにくい手段で見回りをしているのだろうと思えたが。
とにかく一日前には存在していなかった建物――と呼ぶのは大袈裟かもしれないが――がこうしていきなり出来ているのだから、もしそれを穢れの関係者が知れば間違いなく警戒する。
そのようなことになるよりも前に、今から奇襲をした方がいいのは間違いない。
「それに、今は真夜中だ。見張りがいても、集中力が落ちて注意力も散漫になっている可能性が高い」
エレーナの言葉には強い説得力がある。
既に午前二時近く、日本においては草木も眠る丑三つ時と呼ばれる頃合いだ。
そのような時間だけに、穢れの関係者が油断をしている可能性は十分にあった。
「分かった。じゃあ、行くか。……もっとも、あくまでも俺達が行くのは敵の本拠地があるかもしれない場所だ。もしかしたら実際には何もないかもしれないから、あまり期待しすぎないようにした方がいいだろうな」
一応ということでそう言っておくレイだったが、実際にレイにしてみればこれから行く崖が敵の本拠地であって欲しいとは思う。
そうして全員が出発する準備を終えると、レイ達は全員外に出る。
それを確認してから、レイはミスティリングからデスサイズを取り出し、地形操作のスキルを使う。
するとこれだけの人数が中に入っても全く問題なく、快適だった広さを持つ空間が、地形操作によって地面に沈んでいく。
十秒少しで、先程までここに何かがあったとは思えない状況になっている。
もっとも、地形操作で地面を動かしたことにより、雪の上には土が被さっている場所も多数あり、今すぐにここに誰かが来れば、何かがあったと考えるのは間違いないだろう。
ただし、それは今だけだ。
明日の朝……いや、そこまでいかずとも、数時間も雪が降り続けば雪の上にある土に更に雪が積もって土を覆い隠すだろう。
そういう意味では、そこまで気にすることはないと思われる。
「マリーナ、精霊魔法を頼む」
「任せて。……ただ、前にも言ったと思うけど、穢れが近くにいると精霊魔法を使うのは難しいわ。そうである以上、穢れの関係者の本拠地が近くなれば……」
「分かってる。けどそれはつまり、精霊魔法に影響が出て来たら穢れの関係者の本拠地が近いということを意味してもいるんだろう? なら、探知能力としても使えるということだ」
「……あまり好ましい使い方じゃないのだけれど」
少しだけ憂鬱そうにしながらも、マリーナはレイの意見を否定したりはしない。
穢れという存在が、精霊にとっても非常に厄介な相手だと理解出来ているからだ。
ここで……レイを始めとした精鋭が揃っている今この時、穢れの関係者を潰さなければ最悪の結果が待っているかもしれない。
それを考えれば、精霊達に少し……いや、かなりの無理をさせてしまうことになるだろうが、それでも今はまず穢れの関係者の本拠地の対処をする必要があった。
「分かってる。それでも……頼む」
マリーナの様子から、自分が頼んでいるのは決して容易なことではない。
それどころか、かなりの難しい……難易度の高いことを要求してるのは、レイも理解していた。
しかし、それでもレイはここで穢れの関係者を壊滅させるつもりだったので、マリーナに申し訳ないと思いもながらも、無理をして貰う必要があった。
「レイの言うことだし、仕方がないわね」
「悪いな」
そう言うレイに、マリーナは笑みを浮かべて口を開く。
「ここで私に無理をさせるんだから、後でしっかりとお礼はして貰うから、そのつもりでね」
「……俺に出来ることでならな」
一体何をさせられるのか、レイには分からない。
分からないが、それでも今の状況で穢れの関係者の本拠地を確実に見つけるには、精霊魔法を使うマリーナに頼るのが一番手っ取り早いのも事実。
だからこそ、レイはマリーナに対して一種の予防線を張ったのだ。
「ふふっ、約束よ。一体何をして貰おうかしら」
レイとの約束を取り付けたマリーナは、嬉しそうな様子を見せる。
そんなマリーナに、エレーナとヴィヘラは色々と言いたそうだったが、今はまず穢れの関係者の本拠地を見つけるのが最優先であると知っている以上、迂闊に口に出すことも出来ない。
「じゃあ、とにかく進むわよ。……その崖に案内してくれるのは誰?」
尋ねるマリーナにキャリスが前に出る。
「俺が案内します」
真っ先に立候補したキャリスに、部下から嫉妬の視線が飛ぶ。
マリーナのようなダークエルフの美人と接する機会を隊長の権限を使って奪われたと、そう思ったのだろう。
……実際、隊長の権限を使ってマリーナと話す権利を奪ったのは間違いないが、キャリスは別に何か妙なことを考えて行った訳ではない。
寧ろ自分の部下達をマリーナと一緒に行動させるようなことをした場合、マリーナに何かとんでもない失礼を働いてしまうのではないかと、そう思っての行動だった。
普通ならキャリスもそんな心配はしないのだが、マリーナの美貌を見ると普通の態度でどうこうといったことを考えるのは難しいと判断しての行動となる。
マリーナがレイに好意を持ってるのは、キャリスにはすぐに分かった。
それだけに、もし部下がマリーナに妙な真似をしたら、一体どうなるのか……それを考えれば、ここで妙な騒動が起きない方がいい。
その為、現在こうして自分がマリーナと話をしていたのだ。
「分かった。じゃあ、頼む」
そんなキャリスの態度に気が付いたのか、それとも気が付いておらず顔見知りだから任せたのか。
ともあれ、レイはキャリスにそう頼む。
そうして一行は進み始めたのだが……
「これ、凄い……」
レイの側を歩いていたキャリスの部下の一人が、感嘆の声を上げる。
それは当然だろう。
少し前まで……キャリス達だけで行動していた時や、レイ達と一緒に行動していた時は、雪踏みがなければ雪の上を移動するのにかなり苦労した。
だというのに、マリーナの精霊魔法を使っての移動となった瞬間、地面に積もっている雪は勝手に移動し、風は遮られているのだから。
快適としか言いようがない歩きやすさ。
……実際にはそれでも地面が雪によって湿っていて若干足が取られたりするので、本当の意味で快適という訳ではない。
具体的には、春や夏にこの辺りを歩くのに比べると、それなりに疲れはする。
だがそれでも、雪が積もっている時と比べると、まさに比べるのも馬鹿らしくなるくらいの違いがあった。
声には出さないが、キャリスの他の部下達も聞こえてきたそんな言葉に賛成だった。
これまで何度かこの辺りに怪しい存在を捜しにやって来たのだが、それでも今のこの状況は快適としか言いようがなく、このような快適な環境をいつでも楽しめるレイ達を、キャリスの部下達は羨ましく思うのだった。