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レジェンド  作者: 神無月 紅
穢れ
3405/3865

3405話

「うわ……」


 そう声を上げたのは、キャリス。

 だが、声を上げることが出来ただけ、キャリスはまだ余裕があったのだろう。

 キャリスの部下達は、自分の視線の先に存在する物に、驚きで声もでなかったのだから。

 もしキャリス達がこの辺りに初めて来たのなら、そこまで驚いたりはしなかっただろう。

 だが、何度かこの辺りに来たことがあると言っていただけに、この辺りの地形についてはそれなりに詳しい。

 そんなキャリス達にしてみれば、いきなり視線の先に土で出来た小屋……いや、部屋と表現すべきか。とにかくそのような物があるとは、思いもしなかったのだろう。


(無理もないか。ベスティア帝国の内乱から、俺もそれなりに成長したし。地形操作のレベルも……あれ? どうだったか。けど、多分レベルは上がってるよな?)


 ベスティア帝国で内乱があったのは、そんなに昔のことではない。

 だがレイの場合、内乱が終わって以降も幾つもの騒動に巻き込まれてきた。

 結果として、そんなに前ではない筈の内乱が、随分と昔のように思えた。

 そんな自分の騒動に巻き込まれる運命に色々と思うところがない訳ではなかったが、それでも騒動に巻き込まれたお陰で手に入れることが出来た物があるのも事実。

 客観的に見れば、後遺症が残るような重傷を負ったりもしていないので、ある意味幸運な一面があったのも事実なのだろう。


「驚いてくれたようだな。じゃあ、いつまでもこうして外にいるのも何だし、そろそろ行くぞ。あの中なら、風や雪は防げるからそれなりに快適だ」


 レイのその言葉でキャリスは我に返る。

 そして自分達を置いていくように、先に建物と思しき中に入っていくレイを部下と共に追う。

 レイもキャリスをその場に残して自分だけ中に入るつもりはなかったので、キャリス達はすぐにレイ達に追いつき、そして建物と思しき中に入る。


「これは、また……」


 その中に入ってキャリスの口から、そんな驚きの声が漏れる。

 建物だとばかり思っていたのだが、特に床があったり壁があったりする訳ではない。

 床は地面で、壁は土。

 屋根も土で出来ているらしく、時々土……いや、砂が落ちてきているのが見える。

 だがそれでも中にいる者にしてみれば、レイが言うように雪や風がないだけで十分に暖かい。


「あ、レイ? ……って、セトちゃん!」


 ここで待っていたミレイヌは、レイの姿を見て時間よりも少し早いということで少し驚き、そして次の瞬間にはレイから遅れて中に入ってきたセトを見つけ、突っ込んでいく。

 レイの横を……より正確にはレイの側にいるキャリスやその部下の横を通る時に一瞥をしたが、誰なのかといったように聞く様子はない。

 レイが連れてきた以上、そして特に縛られたり怪我をしたりしていない以上、敵ではないと判断したのだろう。

 もっとも、それでもセトがここにいなければ、一体どういう者達を連れて来たのかと聞いただろうが。

 今は取りあえず問題がないのなら、それよりもセト。

 それがミレイヌの思考だった。

 キャリスは見ず知らずの自分達を見て、それでいいのかと疑問に思う。

 その部下達も同様だったが、レイは勿論、他の面々もそんなミレイヌの行動を気にした様子はない。

 一行がここに来るまでの旅の途中でヴィヘラの性格を理解したように、ミレイヌがセトを見るとポンコツ化するのも、知れ渡っていた。

 もっともミレイヌがセト好きなのはギルムでは有名な話なので、最初からそのことを知っていた者はそれなりにいたが。


「気にするな。あれでも腕利きの冒険者なんだ。俺達の拠点となるこの場所を一人で守っていたのを見れば、その辺は分かるだろう?」

「あれがなけりゃ、もっと安心出来るんだけどな」


 レイの言葉にレリューがそう口を挟む。

 それに反論しようとしたレイだったが、実際にミレイヌがセトを見てポンコツになるのは今に始まったことではない以上、特に突っ込むことは出来ない。


「ああ。そう言えば……ヨハンナはミレイヌのライバルだぞ」


 このままだとちょっと問題になるかと思ったレイは、そう話を誤魔化す。……実際には全く誤魔化せていなかったが。

 ともあれ、同じ元遊撃隊のヨハンナについての話ということもあり、キャリスは驚いてミレイヌを見る。

 ここまで移動する途中にセトの身体に多少なりとも積もった雪を手で払い、どこから出したのか濡れたセトの身体を布で拭くミレイヌ。

 そんなミレイヌがヨハンナのライバルだと聞き、キャリスは驚く。


「本当ですか?」

「ああ。ただし、冒険者としてではなく、セト好きとしてだが」

「ああ」


 短い一言だったが、それだけでキャリスも納得出来た。

 遊撃隊の中にはセトを可愛がっている者が多かったが、ヨハンナはその筆頭とも呼ぶべき人物だったのだ。

 そんなヨハンナだけに、今のようにセトの世話を焼いているミレイヌのライバルだと言われれば、素直に納得出来てしまう。


「さて、ともあれゆっくりしてくれ。ヴィヘラ達が戻ってくるまで、まだそれなりに時間がある。……取りあえず温かいスープでも飲むか」


 そう言い、レイはミスティリングから温かい野菜スープの入った鍋を取り出す。

 キャリスはレイがミスティリングを持っているのは何度も見ていたし、何よりそれによって内乱の時も温かな食事で士気を高めることが出来たので、今の光景には特に驚くことはない。

 しかし、キャリスの部下達はレイがどこからともなく取りだした鍋……それもかなり大きな鍋を見て、驚きの表情を浮かべた。

 レイはそんな面々を気にした様子もなく、鍋の次は皿やスプーンを取り出しそれぞれに野菜スープを配っていく。

 キャリスの部下達にも配られた野菜スープ。

 最初はそれを恐る恐るといった様子で受け取ったキャリスの部下達だったが、キャリスが心の底からスープを美味そうに飲んでいるのを見て、自分達も野菜スープを飲む。


「美味い……っていうか、温かい? いや、暖かい?」


 一人がしみじみといった様子でそう呟く。

 その言葉は、お世辞でも何でもなく、本当に心の底からそう言っているのが、聞いている者達にも理解出来た。

 他の者達もそんな様子を見て、野菜スープを口に運ぶ。

 全員が、それを美味いと思う。

 味覚というのは人によって大きく違う。

 とある人物は絶品だと褒め称えるような料理であっても、別の者にしてみれば美味いけどそこまで騒ぐ程か? と疑問に思い、またある者は不味いと思うこともあるだろう。

 だというのに、レイが出した野菜スープは誰が食べても美味いと思える。

 それを不思議に思いながら、夢中になって野菜スープを食べる面々。

 レイはそんなキャリスの部下達を満足そうに眺めていた。

 この野菜スープは、レイが作った料理ではない。

 あくまでもレイが美味いと思っている店から鍋ごと購入したものだ。

 それでもレイは自分が美味いと思った料理を他の面々も美味いと言って食べているのだから、それを喜ぶなという方が無理だった。


「薪は……まだ問題ないか」


 中央に存在する焚き火は、まだ轟々と燃えている。

 薪はレイが用意したものだが、焚き火をここまでしっかりと燃やしたのはミレイヌだ。

 そのお陰で、この部屋の中はそれなりに暖かい。

 外では雪が降っているが、この中ではそんな寒さとは無縁だ。

 キャリスの部下の中でも、何人かが焚き火の側で野菜スープを飲んでいる。

 暖かい場所で温かい野菜スープを飲む。

 しかもその野菜スープは非常に美味いのだ。

 まさに幸福というのは、今のようなことなのだろうと、そう思ってもおかしくはない。


「それにしても、ヨハンナ達が元気でやってるようでよかったです」

「ギルムにある大きな屋敷を借りて、そこで元遊撃隊の連中と一緒に共同生活をしてるみたいだな。勿論全員じゃないが」


 家族や恋人と共にギルムに行った者、あるいはギルムで恋人が出来た者はヨハンナが借りた屋敷から出た者もいる。

 だからといって屋敷の人数が減って寂しくなった訳ではない。

 屋敷を出る者がいれば、新しく入る者もいる。

 ヨハンナ達と会ったことで住む場所がないような者達や、ヨハンナの実家でやっている商会の者であったり。

 そういう意味では、既に元遊撃隊だけの屋敷という訳ではない。


「ヨハンナ達なら、どこででもそれなりにやっていけそうですけどね」

「それは否定しない」


 レイもヨハンナ達……いや、ヨハンナの能力は知っていたつもりだったが、それでも予想以上に早くギルムに馴染んだのは驚きだった。

 たまにギルドで元遊撃隊の面々を見ることもあったが、全員が相応に活躍したのはレイも知っているし、担当受付嬢のレノラやその友人のケニーから聞いたこともある。

 もっとも、ここ最近はクリスタルドラゴンの一件で自由にギルムの街中を歩けないので、現在どうしてるのかはあまり知らないのだが。


(もしかしてだけど、俺と繋がりがあるからってことで面倒に巻き込まれてないよな?)


 少しだけそんな心配をするものの、元遊撃隊の面々は強い。

 何か妙な真似をして陥れようとしても、その罠を正面から食い破るくらいのことは容易に出来る筈だった

 そもそもそれ以前に、そのようなことをすればレイを敵に回し、クリスタルドラゴンの素材や情報は入手出来なくなるのだが。


「春くらいになったら、ギルムまで遊びに行ってもいいかもしれませんね。元遊撃隊の中でベスティア帝国に残った連中とは、今もそれなりに付き合いがありますし」


 キャリスの言葉に、それはいいと言いそうになったレイだったが……


「悪くない提案だと思うが、今のギルムは増築工事を行ってるんだが、知ってるか?」

「え? いや、知らないです。そうなんですか? そうなると……ギルムというのは辺境にある街なんですよね? そうなると、かなり大規模な工事になるんじゃ?」

「そうなるな。実際、もう二年くらい工事をやってるが、まだ終わりは見えないし」

「それは……」


 ギルムが増築工事をしているとレイに聞いたキャリスは、正直なところそこまで大きな増築工事ではないのではないかと思っていた。

 そう思った理由の最大の要因は、ギルムが辺境にあるという情報くらいは知っていたからだ。

 ベスティア帝国にも魔の山という辺境があり、キャリスはその近くにある街に行ったこともある。

 それなりに頻繁に高ランクモンスターが現れる以上、当然だが街の増築工事をやろうと思ってもそう簡単に出来るものではない。

 下手に大規模な増築工事をしようものなら、それに触発されたモンスターが襲ってきてもおかしくはない。

 それを知ってるからこそ、キャリスはギルムで行っている増築工事も、それこそ城壁部分の修理をするついでに少し広げる程度だろうと予想した。

 しかし、二年もの間増築工事を続けてるとなると、それは間違いなく大規模な増築工事だろう。


「春になると、仕事を求めて多くの者がやって来るから、宿とかを使うのも難しいと思う。……ヨハンナの住んでる屋敷なら、空き部屋とかがあるかもしれないから、人数が少なければどうにかなるかもしれないけど」

「そんなに人が来るんですか?」

「そんなに人が来るんだよ。宿だけじゃ足りなくて、工事現場の近くに寝泊まり出来る簡易的な建物を作ったり、宿をやってる訳でもない普通の家でも部屋に余裕があるのなら一時的に誰かを泊められるようにしたり、そうやってもかなり厳しいらしいしな」


 レイの説明に、キャリスはどんな表情をすればいいのか分からなくなる。


「それはまた……凄いですね。そんなに大勢が集まるのなら、元遊撃隊の全員で遊びに行くのは難しそうですね」

「それに遊びに来ても、俺がそれに関われるかどうか分からないしな」

「何故です?」


 キャリスにしてみれば、元遊撃隊が集まる一種の同窓会のようなものだ。

 そうである以上、遊撃隊を率いたレイがいなければ話にならないと思える。


「実は少し前に魔の森……多分ベスティア帝国で言う魔の山と同じような場所だと思うけど、そこでランクアップ試験の最中に未知のドラゴン……クリスタルドラゴンと名付けられたが、そのドラゴンを倒してな。何しろ新種のドラゴンだ。その素材を売って欲しかったり、情報が欲しいという奴だったり、そういう連中が大勢いるから、今はギルムに入るにも変装して入ったり、直接セトに乗って目的の場所に降下したりしてるんだよ」

「それは、また……凄く大変そうですね」

「もう慣れたけどな。それに今回の件が終わったら、あるいは春になったら、ミレアーナ王国から出て、迷宮都市の冒険者育成校で教師をやることになってるし」


 レイの言葉に、キャリスは一体この人は何を言ってるのだろうといった視線を向けるのだった。

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