3404話
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下手をすれば自分達が皇帝のトラジストに説明しないといけない。
そう言われたキャリスは、今回の一件が予想以上に深刻な事態なのだと理解する。
そして選んだのは……
「なるほど。とにかく特殊な集団で、レイさん達……というか、ギルムにちょっかいを出している連中な訳ですね」
詳細については聞かず、大雑把な……重要な部分だけは隠した説明を受けることにした。
普通ならそのような説明で納得しろと言われても、許容出来ないだろう。
それこそ、ふざけるなと叫んでもおかしくはない。
だが……今回の一件においては、キャリスは勿論、キャリスの部下達もその意見に賛成した。
これが、例えばこの辺りを治めている領主に説明するという規模の話なら、キャリス達ももっと詳細な事情について聞きたがっただろう。
しかし、その対象が皇帝となれば話は違う。
とてもではないが、皇帝の前に出て説明をするようなことをしたいとは思わない。
その気持ちはレイも分かるので、キャリスの選択に特に不満はなかった。
トラジストはそれこそ獅子の如き風格を持つ男だ。
ベスティア帝国という国の皇帝として相応しい人物。
それはトラジストと直接会ったレイも十分に理解出来ていた。
……もっとも、そのような雰囲気を持つトラジストだが、色々とレイには理解出来ない行動をすることもある。
例えば、レイがキャリスを部下として率いていた内乱もそうだ。
その内乱そのものは、一種の次期皇位継承権を懸けての戦いでもある。
そうしてメルクリオが勝利をしたのだが、するとすぐにトラジストはミレアーナ王国と友好的な関係を築き始めた。
次期皇帝のメルクリオがヴィヘラや……こちらは相当渋々とだがレイとの関係から、ミレアーナ王国と戦争ではなく友好的な関係を築きたいのは分かる。
だが、レイが知っているトラジストという皇帝の性格を考えれば、メルクリオがどのように思っていても、将来的に自分の後を継いでからミレアーナ王国と友好的な関係を築くのはともかく、自分が皇帝の今はわざわざそんなことをする必要もなく、それこそミレアーナ王国を征服するつもりで行動を起こしてもおかしくはない。
そうレイは思うし、トラジストの持つ雰囲気を思えばそのようなことは当然と思うのだが……それが、一転ミレアーナ王国と友好的な関係を構築し始めたのだ。
それに疑問を抱くなという方が無理だった。
「そうだ。しかも特殊な攻撃方法を持っていてな。それがかなり厄介なんだ」
レイの言葉を聞いたキャリスだったが、それが具体的にどのような攻撃方法なのかといったことは聞かない。
ここで迂闊にその辺について聞いたりすれば、それこそ本格的にこの件に巻き込まれると思ってしまったからだ。
レイとしては……より正確にはガーシュタイナーとしては、キャリスやその部下達を戦力として引き込みたいのだが。
(無理もないか。俺がキャリスの立場でも、面倒は避けたいだろうし)
キャリスの気持ちも何となく分かるレイは、穢れについての突っ込んだ話はしないで話を続ける。
「その連中の本拠地がこの辺にあるのは間違いないんだが、あくまでも分かってるのは大体この辺りってだけで、詳細な場所が分からないんだ」
「雪も降ってますしね」
キャリスの言葉にレイも素直に同意する。
これで雪が降ってなければ、そして積もってなければ、穢れの関係者の本拠地を探すのもかなり楽になったのは間違いない。
「なら、もう少し早く……冬になる前、秋にでも来ればよかったんじゃないですか?」
「ここが本拠地と呼んでるのを聞けば分かるだろうが、他にも幾つか拠点があってな。今の季節だからこそ、本拠地を襲撃しても他の拠点から援軍が来ることはない」
実際にはそれ以外にも、穢れの関係者に時間を与えれば穢れで一体どのようなことを行うか分からないから、少しでも早く本拠地を奇襲する必要もあったのだが。
キャリスはその辺については関わりたくないと態度で示してるので、レイもそちらについては黙っておく。
「そういうものですか。……俺達も何度かこの辺を探索してますけど、それらしい場所は分かりませんね。ましてや、レイさんが本拠地なんて表現を使う以上、かなり大きな場所なのでは?」
「どうだろうな。人に見つかるのを避けていた連中の本拠地だけに、本拠地という名称ではあっても俺達が思うように大規模な建物ではない可能性もある。それこそ、見つからないようにするのを最優先にするとか、そんな感じで」
穢れの関係者の目的を考えれば、普通の者には到底受け入れられるものではない。
そうである以上、まず自分達の存在が見つからないようにするのを最優先にしてもおかしくはなかった。
実際、妖精郷で情報を入手するまで、レイは穢れの関係者について全く何の知識もなかったのだから。
あるいは、これがレイだけが知らなかったのなら、そこまで不思議な話ではない。
だが、ギルムの領主をしており、三大派閥の一つ中立派を率いるダスカーですら、穢れの関係者達については何も知らなかったのだ。
そういう意味では、やはり穢れの関係者達はとにかく見つからないようにするのを最優先として本拠地を構えてもおかしくはないし、レイにとってもそれは十分に納得出来ることだった。
「うーん、そうなると見つけるのは難しいかもしれませんね。何かこう、手掛かりはないんですか?」
「生憎と何もない」
オーロラの尋問が成功していれば、本拠地が具体的にどこにあるのかをしっかりと把握も出来ただろう。
だが、世界そのものを恨むオーロラは、一切尋問に屈することはなかった。
その為、結局オーロラが治めていた洞窟にあったオーロラの家から入手した情報……この辺りに本拠地があるという大雑把な情報しかない。
(ここに来れば、何となく成り行きで見つかるかもしれないと思ったけど……ちょっと甘かったな)
セトの嗅覚であったり、他にも何らかの理由で穢れの関係者の本拠地を見つけられるかもしれないと思っていただけに、今回の件についてはレイにとっても予想外だった。
とはいえ、こうしてこの辺りを何度も調査しているというキャリス達と接触して協力関係を結べたのだから、悪いことばかりでもないのだが。
「多分、普通に見ただけでは分からないと思うような場所にあるんだろうな。……何か怪しいといったような場所はないか?」
「そう言われても、改めて考えると怪しいと思える場所はかなりありそうなんですよね」
キャリスは迷い……その時、不意に今まで黙って話を聞いていたキャリスの部下が口を開く。
「隊長、あの崖はどうですか? あそこなら、その……レイさんが言うような場所に当て嵌まるんじゃないですか?」
「崖? ああ、あそこか。そう言われると怪しいかもしれないな。どうしますか、レイさん。案内してもいいですけど」
「頼む」
レイとしては、穢れの関係者の本拠地と思しき場所があるのなら、そこを調べないという選択肢はない。
それで何も問題がないのなら、そこに穢れの関係者の本拠地がないということで、問題はない。
もしそこに本拠地があるのなら、それこそ奇襲する場所を発見出来るのなら全く問題はない。
「分かりました。じゃあ……」
「あ、ちょっと待ってくれ」
これから案内します。
そう言おうとしたキャリスの言葉を遮るレイ。
そんなレイに、どうしたのかといった視線を向けるキャリスに、レイは少し言いにくそうにしながら口を開く。
「まさかここまで雪が積もってるとは思わなかったから、ちょっと歩きにくいんだよ。お前達が使ってるそれ……雪の上を歩きやすくする奴の予備はないか?」
「それなら大丈夫ですよ。おい」
キャリスが部下の一人にそう声を掛けると、声を掛けられた部下は前に出る。
背中には大きなバッグを背負っており、それを雪の上に下ろすと、そこから予備の雪を踏む道具を取り出す。
「悪いな。これ……ちなみに名前はなんて言うんだ」
「名前ですか? 別に特に何かある訳じゃないですけど……そうですね。雪踏みと呼ばれています。あくまでもそう呼ばれてるだけで、きちんと正式名称として決まってる訳じゃないですよ?」
「雪踏みか。その雪踏みだが予備どのくらいある?」
「それなりにありますけど? 使ってると結構簡単に壊れますし、持ち歩くにもそこまで重い訳でもないですから」
キャリスの説明に、そういうものかとレイは納得する。
それでも多数を持ち歩くのはどうかと思うが、バッグを持っていた者が特に負担を感じてるように見えないのも事実。
であれば、特に突っ込む必要もないだろうと判断する。
「実はここに来ているのは俺達だけじゃない。ヴィヘラ達も来ている」
「……え?」
ヴィヘラの名前にキャリスやその部下達の動きが止まる。
キャリス達にしてみれば、ヴィヘラは出奔したとはいえ、皇族の一人だ。
特にキャリスは、内乱の際にヴィヘラと何度か話したこともあるので、余計に驚きが強い。
そんなキャリス達の様子に、ヴィヘラの正体を知らない者達は不思議そうにしているものの、レイはそれはスルーして言葉を続ける。
「ここがベスティア帝国である以上、何かあった時はヴィヘラがいた方がいいだろう?」
「それは……まぁ」
レイの言葉には一定の説得力があるのも事実なので、キャリスは完全に納得はしてないながらも頷く。
普通なら、元皇女がこういう現場に出て来るのはどうかと思ったりもするのだろうが、キャリスも元遊撃隊としてヴィヘラの性格については知っている。
いや、元遊撃隊という立場ではなくても、それこそ少し事情に詳しい者であればヴィヘラが戦闘狂であるのは知っていてもおかしくはないだろうが。
「それで、どうする? 時間的には……そうだな、一応もう一時間くらいで合流する予定になってるけど」
ミスティリングから出した懐中時計で時間を確認し、そう言う。
レイにそのように聞かれれば、キャリスもヴィヘラを置いて怪しい場所に行くといったことは出来ない。
「レイさん、断れないのを承知の上で言ってますよね?」
諦めるように息を吐きながら、キャリスは言葉を続ける。
「じゃあ、一度その合流する場所に向かいましょうか。この状況で二手に分かれたままで行動するのは、かなり危険そうですし」
キャリスのその言葉には、誰も異論を口にしない。
レイと一緒に行動している面々も、ヴィヘラの性格については十分に理解している。
そこまでヴィヘラについて知らなかった者でも、ギルムを旅立ってからここに到着するまでの数日、ヴィヘラと一緒に行動することでそれなりにその性格については理解していた。
だからこそ、もしここでヴィヘラを置いていくようなことがあれば、後で面倒だと理解出来たのだろう。
キャリスやその部下達は、ベスティア帝国に所属する者として否はない。
そうしてレイ達はミレイヌがいる場所に戻るべく移動を始めたのだが……
「いや、これ凄いな」
レリューが雪踏みで雪が積もっている場所を歩きながら感心したように言う。
来た道を戻るのだから、雪の上にはある程度の道が出来ている。
……セトがファイアブレスで溶かした雪は半ば凍っており、歩くのに注意が必要だったが。
ともあれ、レリューは雪踏みを使って歩くのに慣れる為、わざと誰も踏んでいない積もった雪の上を歩いていた。
雪踏みを使っても、雪の上を普通に……地面の上を歩くように歩ける訳ではない。
だがそれでも、雪踏みによって体重が分散されることにより、普通に柔らかい雪の上を歩く時のように、足が埋まったりはしない。
それだけでも雪の上を歩くのには十分な効果を発揮していた。
(とはいえ、雪踏みをつけたままで戦闘は厳しいだろうな。特にレリューのように、速度を重視した戦い方をするタイプには)
これが魔法や弓を使う者達のように、遠距離から攻撃出来る手段を持っているのなら、雪踏みを使っての戦闘もそこまで不利にはならない。
何故なら、自分が動かずに攻撃を出来るのだから。
……極論を言えば、その手の者達は雪踏みを使っておらず、足が雪に埋まっていても特に問題なく戦闘は出来るだろう。
勿論、何もない状況での戦闘と比べると動きは鈍くなるだろうが。
だが、レリューのように素早さを重視する戦闘スタイルの場合、かなり不利になるだろう。
「レリュー、あまり遊びすぎるなよ。それで体力を消耗して、実際に戦いになった時にろくに動けないようでは意味がない」
「俺がそんな間抜けに見えるか?」
自信に満ちた笑みを浮かべるレリュー。
レイも実際には問題ないとは思っているものの、それでも何かあった時に体力が消耗してるのは危険な以上、一応注意する必要があった。