3401話
ヴィヘラが元貴族だから兵士に見つかっても問題はないということで、取りあえず話はついた。
……実際には、貴族だからといってこの辺りの出身でもなければ、兵士達に見つかった場合に対処出来るとは思えなかった者もいたが、レイ達の様子からこれ以上の追及はしない方がいいだろうと判断し、そういうものだと思うことにした。
この辺りは今回のような重要な依頼や任務に選ばれるだけあって、察しがいい。
「それで、二手に分かれるのは分かったけど、どうやって合流するんだ? ここは幸いマリーナさんが雪をなくしてくれたし、ここで合流ということにするのか?」
レリューのその言葉に、レイは周囲の様子を見る。
レイ達のいる場所には雪がなく、普通に歩くことが出来る。
だが、そこから一歩外れれば、そこには三十cm程の雪が積もっていた。
いや、レイ達がここに着地した時にそのくらいの積雪だったが、話している間にも雪が降り続いていたのを考えると、積もっている雪はもっと深くなっているだろう。
そのような場所を移動する以上、合流する場所は今いる雪のない場所がいいという主張が出るのは別におかしな話ではない。
「そうなると、セト籠をここに置いていく? 目印になる物は必要だし」
「セト籠を置いてくのなら、誰かそれを守る者も必要になるんじゃないか?」
ミレイヌとレリューの会話を聞いていたレイだったが、それに対してどのような反応をすればいいのか、少し迷う。
レイとしては、セト籠を置いていくのは正直なところ遠慮したいのだ。
何しろセト籠はエレーナ達と共に移動する時に必須のマジックアイテムだ。
もしセト籠がなければ、集団で移動する際にセトの移動速度は意味がない。
それこそセトの足に掴まって移動するといった非常手段を使うしかない。
……実際には、セト籠が出来る前にセトの移動にレイ以外の者が便乗する場合は、セトの足に掴まっていたのだが。
空を飛ぶという行為……それもセトの背にのるのではなく、足にぶら下がって飛ぶというのは、かなりの苦労がある。
何より身一つで空を飛ぶセトの足にぶら下がっているのだから、恐怖も相当なものだろう。
レイとしては、セト籠を何らかの理由で壊されるかもしれない以上、セト籠から目を離したくはない。
そうなると、レイがこの場に残るのが最優先となるものの、この場にいる最大戦力であるレイが探索に出ないというのは、多くの者が納得しないだろう。
……微妙に方向音痴気味ということもあるので、そういう意味ではここから動かないという選択肢もありなのだが、生憎と今のところそのような意見を口にする者はいない。
「セト籠は出来れば置いていきたくはないな。……どうしても拠点代わりに使うのなら、俺が地形操作で簡単な風除けとか屋根を作るけど」
「ああ、野営をする時に使った」
ミレイヌの言葉にレイは頷く。
地形操作のスキルを使えば、簡単な……本当に簡単な拠点もどきとでも表現出来るような物を作れる。
それがあれば、ここに戻ってくる際の目印にもなるし、誰かがここに残る場合であっても中に入れば寒くはない。
とはいえ、マリーナの精霊魔法でその辺はある程度どうにかなっているのが正直なところなのだが。
「ビューネはどうする?」
「いや、駄目だろ」
ビューネが返事をする前にレイがヴィヘラに言う。
そんなレイの言葉に、ビューネは怒るどころかその通りだと同意するように頷く。
基本的に『ん』しか言わないビューネにしてみれば、もし自分がここで待っている時に穢れの関係者……はともかく、ベスティア帝国の兵士がやって来た場合、意思疎通が難しいという自覚があるのだろう。
また、純粋に実力という面でもかなり厳しいのは事実。
ビューネは盗賊としてはかなり高い戦闘力を持っているものの、今回ここに来た者の中で最弱なのも事実。
そんなビューネだけをこの場に残していくのは難しい。
また、盗賊だけにビューネは穢れの関係者の本拠地が隠されている場合、それを見つけられる可能性もあった。
(となると……)
誰を残すべきかと、レイは他の面々を見る。
騎士の二人は……ダスカーに色々と報告する必要がある以上、二手に分かれるのならガーシュタイナーとオクタビアもそれぞれ同行する必要があるのでレイは即座に騎士達を残すという選択肢は却下する。
次に視線を向けたのは冒険者達だが……
「ミレイヌ、頼めないか?」
「え? ちょっと、私? 私はレイと一緒に行くつもりだったんだけど」
レイと一緒と口にしているものの、実際にはセトと一緒というのが正しい。
それはレイも分かっていたし、今更の話なので特に突っ込んだりするつもりはない。
しかしそれを理解した上で、ミレイヌにはここに残って欲しかった。
そこそこの戦闘力――それでもここに集まっている中では下位グループだが――があり、常識的な――セトが関わること以外は、だが――判断も出来る。
また、ギルムではそれなりに有名なミレイヌだが、ベスティア帝国では無名なのは間違いない。
そして人当たりもいいのを考えると、穢れの関係者はともかく、見回りをしているベスティア帝国の兵士達と遭遇した時に、ある程度言いくるめることが出来るというのは大きい。
先程ヴィヘラが言ったように、ビューネをここに残すようなことをした場合、そもそも意思疎通が出来ず、何かの間違いで敵と認識される可能性も否定は出来なかった。
だからこそ、レイはミレイヌに残って欲しい。
そう言うと、ミレイヌは渋々といった様子で頷く。
「分かったわ。レイの話を聞く限りだと、私がここに残った方がいいのは間違いなさそうだし。けど、いい? 私がここにいるけど、だからって絶対にベスティア帝国の兵士をどうにか出来るとは限らないわよ?」
「それで構わない。あくまでも俺かヴィヘラが戻ってくるまで時間を稼いでくれればいい。……後は、魔剣は置いていった方がいいか?」
ここでレイが言う魔剣というのは、一般的な意味の魔剣ではない。
オーロラが隠し持っていた、穢れに対する特効のある魔剣だ。
刀身に触れるだけで穢れが死ぬという能力を持ち、穢れと戦う際にはかなり……いや、絶対的なまでに有利になる。
レイやエレーナ、ヴィヘラと違い、穢れを倒す手段を持たないミレイヌにとっては、もし穢れと遭遇した場合、魔剣がないとミスリルの釘やブルーメタルの鋼線を使うといった手段しかない。
「ブルーメタルの鋼線があるから、それを使えば穢れはそれを越えることが出来ないんでしょう? なら、魔剣はレイ達の方で使ってくれていいわよ」
「ミレイヌがそう言うのなら、その言葉に甘えさせて貰うか。……誰が使うのかは、しっかりと考える必要があるけど」
魔剣を使うのなら、レリューが使った方がいいのでは?
レイはそう思ったが、それはレリューがどのように考えるかによって話は変わってくる。
「で、どうやって分けるかだな。さっきも言ったように、俺とヴィヘラは別々に行動する必要がある。そしてビューネはヴィヘラと一緒だな。後は……ガーシュタイナーとオクタビアはそれぞれ別行動で……まぁ、ガーシュタイナーが俺で、オクタビアはヴィヘラだな」
レイの言葉に、ビューネ、ガーシュタイナー、オクタビアがそれぞれ頷く。
オクタビアは初対面の時こそヴィヘラを嫌っていたものの、模擬戦によってそれも解消した。
今となっては、積極的にヴィヘラの世話を焼き、オクタビア的には破廉恥としかいいようがない、娼婦や踊り子が着るような衣装を普通の衣装に着替えさせようと奮闘している。
もっともヴィヘラは、そんなオクタビアの言葉を聞くつもりは全くないようだったが。
ただ、服を着替えるつもりはなかったものの、ヴィヘラがオクタビアを嫌っている訳ではない。
普通に接してくるオクタビアとのやり取りを、ヴィヘラも十分に楽しんでいるのはギルムを出発してから、ここまでの旅路の間にレイも十分理解している。
「後の面子は、グライナー、レリュー、エレーナ、マリーナ、アーラの五人か。とはいえ、アーラはエレーナと一緒の組に入るだろうから、実質的に四人だな」
レイの言葉にアーラは感謝の視線を向ける。
アーラにしてみれば、今ここにいるのはあくまでもエレーナに付き従ってのこと。
もしエレーナがここにいなければ、アーラが今回の件に関わることはなかったかもしれない。
アーラがレイを嫌っている訳ではなく、アーラにとって純粋にエレーナが一番重要視する存在なのだ。
だからこそ、もしここでレイがエレーナとアーラを別行動にするといったことを口にした場合、それに従うことはなかっただろう。
レイもまた、それが分かっているからこそエレーナとアーラを一緒に行動させることにした。
「で、どうする? いっそ、男と女に分けるか? 俺とグライナー、レリュー、ガーシュタイナー。残りはヴィヘラの方といった具合に」
「それだと人数が……いえ、レイが行くんだから、セトも行くわよね?」
マリーナの言葉にレイが頷く。
アーラがエレーナを第一に考えるように、セトもまたレイを第一に考える。
「グルゥ!」
そんなマリーナの言葉に同意するように、セトは喉を鳴らす。
「イエロはエレーナ達の方ということで……そうだな、二時間くらい探して穢れの関係者の本拠地の手掛かりを見つけられなかったら、ここに戻ってくる。それでどうだ?」
二時間くらいと口にしたのは、きっちり時間通りに戻ってくるのは難しいだろうという思いと同時に、レイには懐中時計があるものの、ヴィヘラ達の中に懐中時計を持っている者はいないからというのが大きい。
それでもヴィヘラ達なら体感である程度の時間を把握出来るのは間違いないだろう。
それ故の、二時間という時間だった。
「そうね。じゃあ、それでいいわ。……じゃあ、行きましょうか。お互いに何か手掛かりを得られるといいわね」
そう言い、ヴィヘラは他の面々と共に去っていく。
ちなみにドラゴンローブの中にいるニールセンは、今もそのままなので、自然とレイのチームに振り分けられた。
レイもまた、そんなヴィヘラ達を見送った後で、セト籠を収納し、地形操作で簡単な部屋――と呼んでもいいのか微妙だが――を作ってから、グライナーとレリュー、ガーシュタイナー、セトと共に歩き出す。
歩き出すのだが……
(これはちょっと失敗だったかもしれないな。……今更だけど)
マリーナが雪を排除した場所から出ると、当然ながらそこには雪が積もっている。
ヴィヘラ達はマリーナがいるから、精霊魔法によって積もった雪や風、雪に対処出来るが、レイ達の方に精霊魔法使いがいない以上、同じことは出来ない。
もっとも、精霊魔法を使えるからといって全員がマリーナと同じようなことが出来る訳ではない。
いや、寧ろマリーナと同レベルのことを出来る者は、世の中に一体どれだけいるのか。
レイが知ってる精霊魔法の使い手は決して多くはないものの、その全員がマリーナと同レベルの使い手とは到底思えなかった。
「う……これは厳しいな」
一歩歩くごとに、軽くではあるが足が雪に沈む。
特に先頭を進んでいるレリューは、一面の大雪原を自分の足で進む必要がある。
それと比べれば、レリューの後方を歩いている者達は、レリューの歩いた場所をそのまま踏めばそれなりに歩ける。
……ただし、それはあくまでもレリューの歩いた場所をそのまま歩ければの話だ。
人によって歩幅は違うし、周囲の様子を警戒する必要もある。
その結果、微妙に踏む場所がレリューの足跡から外れ、それが余計に歩いている者の体力を奪うという一面もあった。
「ちょっと待った! 止まってくれ!」
進んでいた一行を、レイはそう言って止める。
不幸中の幸いなのは、雪が降っていて風もそれなりにあるが、それでも吹雪とまではいかないところだろう。
もしこれで吹雪になろうものなら、視界も塞がれ、声も非常に聞きにくくなる。
そういう意味では、まだこれは最悪ではなかった。
「どうした? 何があった?」
先頭を進むレリューが、そうレイに尋ねる。
もしかしたら、早速何か手掛かりでも見つけたのかもしれないとでも思ったのか、その声には若干の期待がある。
だが、レイの口から出たのはそんなレリューの期待を満たすような言葉ではない。
「セトに先頭を任せよう。嗅覚で何かを察知するのもそうだし、何よりセトが歩いた後ならそれなりに楽に歩ける。……あるいは、ファイアブレスを使ってもいいし」
一時的に雪を溶かしてもすぐに溶けた水が凍って余計に歩きにくくなる。
だが、それでもある程度の時間が必要である以上、すぐに移動するのなら問題はない。
そうレイは考え、他の面々も積もった雪の中を歩くよりはいいと判断し……そうして一行の先頭はセトになるのだった。